忍び働き口入れ(時代小説新人賞最終選考落選歴あり、別名義、別作品)

牛馬走

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 誰かが住まう痕跡はないが、誰ぞ人間がいることは確か――人が移動した痕跡を発見していたのだ。
 しかも、自分が浜に流れついたのを望める位置にまでそれはつづいていた。
 これはあくまで想像でしかないが、くだんの人物は小平次が意識を取り戻すところを目撃し引き返したのではないだろうか。
 痕跡はそれを裏付けていた。そしてそれが確かだとすれば、くだんの人物は御庭番である公算が高い。祖父が海に敵を叩き落した光景が脳裏によみがえった。
 だとすれば油断のならない状況だ。出口のない場所で敵とともにいるのだから。
 とにかく、すこしでも目立たない場所へ――吟のもとへ素早くもどった小平次は彼女の腕に手をまわし移動を試みることにした。刹那、異変に気づく。熱い――吟の体が平素のそれとは違う熱を帯びていたのだ。
 しまった、舌打ちしたい気分になった。妙な夢で醒めたせいか、あるいは一度死にかけたせいか判断が鈍っていた。まずは、吟のほうを気づかうべきだったのだ。それを怠ったせいで風邪をひかせてしまった。
「お頭」体を動かされたやっと吟は意識をとりもどす。
「どうやら人のいない島に流れ着いたようです。そして、御庭番も同様にここにいる疑いがあります」
 小平次はぼんやりとした顔をする彼女に緊張を隠しきれない口調で告げた。
「すいません」「いつも世話になっているのは手前のほうです」
 足手まといになったことを自覚し、吟が詫びの言葉を口にする。気にしないでください、と小平次は応じた。が、無事にこの状況を切り抜けられるかという不安は胸にある。
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