忍び働き口入れ(時代小説新人賞最終選考落選歴あり、別名義、別作品)

牛馬走

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「お願いでございます、我ら郡の百姓を救うと思ってお引き受けくだされ」
 名主の屋敷の広間で、下座に座した初老の男が額を床にこすりつけて頭をさげた。その顔には憔悴の色が濃く、否といえば掴みかかってくるやもしれぬという追いつめられた気配を漂わせていた。
 彼の側には同じく一帯の郷の名主が顔をそろえている。一様に似た顔つきをしているのが、いかに彼らが困難な立場にあるかをあらわしていた。彼らもそろって土下座する。
「わたくしめらも引き受ける所存でなければこの地まで参りません」
 それに吟が如才なく応じる。相手には悪いが不毛なやり取りを長引かせず、早く本題に入らせるためだ。
「ありがとうございます」
 ふたたび名主一同が頭をさげようとするのを、吟はすばやく身振りで制止する。彼女は歩きやすい女性物の小袖に浴衣地の藍染めの上っ張りを腰紐でむすんだものと女性の旅姿でいた。男の装のときは総髪の髪型も高島田髷に結っている、動くのに不利だから男の姿でいろというのだがこればっかりは例え“下知”でも聞かない。
「本題に入りましょう。さすれば、一刻も早く仕事を始めることができまする」
「は、ならば」
 代表が女性――正確には“の装をした男”――であるにもかかわらず、名主たちは藁をもつかむ心境にあるのだろう、寸毫(すんごう)の不満すらみせずうなずいた。
「始まりは二月ほど前でございました。ひとつの村の名主の家が一夜のうちの襲われたのでございます。金子や金目の物はすべて奪われ、家の者は皆殺しの憂き目に遭いました」
「それで?」感情の昂ぶりで声を滞らせる名主の代表に、吟は話をうながす。
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