犬を舐めるな従えよ(時代小説新人賞最終選考落選歴あり、別名義、別作品)

牛馬走

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『おい、おい光脩』犬家康はこらえ切れなくなったのかついに声をあげる。
「やらん」光脩は機先を制した。
『まだ、なにももうしておらんだろうが』
「聞きたくない」
『貴様、いみじくも元将軍たるわしの言葉を聞けぬともうすのか』
「お犬の大将がうるさいぞ」
 犬家康が執拗にからんでくるのに光脩はいい加減、うんざりして側らを歩く犬家康に目をやった。往来のため声は抑え気味だ。
「いいから聞け、その憐れな娘とやらを救うぞ』「そら出た、お犬様のありがいたいお情けが」
 予想通りの言葉に光脩は顔をしかめた。
「江戸でいちいち困ってるやつのこと救ってちゃ寿命が尽きるぞ」
『薄情者が、そこに苦しんでいる者がいると知って見捨てるともうすか』
「見捨てるとか、人聞きの悪いことを言うな。そっとしておくだけだ」
『それを見捨てるともうすのだ、このたわけが』
 犬家康が感情的になって歯を剥く。と、そこでふいに犬家康が笑っているような気配の表情を見せた。
『救わぬのなら、寝ているうちに貴様の顔にクソをしてやる』
「元将軍の矜持はどこ行った?」
 犬家康のなりふり構わぬ言動に光脩は思わずうめく。同時に想像してしまった、悪臭とともに迎える目覚めを。文字通り、くそ、だ。
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