犬を舐めるな従えよ(時代小説新人賞最終選考落選歴あり、別名義、別作品)

牛馬走

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「そんなに怒るなよ、くそ垂れ」『誰がくそ垂れだ、この愚か者が』
 光脩は犬家康の剣幕に面倒をおぼえ始めた。
「わーったよ、行きゃいんだろ、行きゃ」『最初からすんなり承知せんか』
 それにまだ憤りが抑えられない犬家康がつづく。ひとりと一匹は腰高障子を数枚横目にして移動し、一部屋の前で足を止めた。とたんに眉をひそめることになる。中から女性がすすり泣く声が聞こえてきたからだ。光脩は思わず犬家康と顔を見合わせた。
『ほれ、声をかけんか』「おい、この折にか?」
 他人事の犬家康は無責任にけしかけてくる。
『泣いておるのだ、慰めんか』「そんなことしたことねえよ」
 光脩の返答に犬家康は情けないやつめと軽蔑するような口調で言った。
 と、そこで、
「どなたかそこにいるのですか」
 光脩の声が聞こえたのか、泣いている当人に声をかけられてしまった。
「ちっ、面倒臭い」
 舌打ちこそしたものの、さすがに声までかけられては無視するわけにもいかず光脩は、
「邪魔していいか」
「はい、あ、いえ、あの」
『面倒だ、光脩。入ってしまえ』
 慰めろとか言っていた畜生が随分なことを言う。だが、面倒臭いのは光脩も同じだ、腰高障子を無遠慮に開けた。女性は畳の上に座りながらも目を腫らしていた。顔を合わせたのは、「む」「あれ」お互いに一応は面識のある顔だった。
「あんた、確か長屋の新入りだな」「はい、少し前に越してきた稲ともうします」
 相手の正体を把握したのはいいものの、それ以上の会話がつづかない。たいして見知った仲ではないのだから当然といえば当然だ。
『おまえ、訳ありなのだろう』「え?」
 犬家康が稲に話しけるが、彼女はまさか犬に声をかけられているとは思わずあたりを見まわした。
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