46 / 56
46
しおりを挟む
「わかったよ」
『む、なんともうした。もう一度もうせ』
「わかったって言ったんだよ」
ヤケクソ気味になって光脩は声を張る。
『よしよし、それでよい』
「ありがとうございます」
満足げな声を漏らす犬家康を無視し、
「まだ、礼は早い。人探しなんてはじめてだ」
胸の前で手を組んで頬を紅潮させる稲に釘を刺した。
一連のやり取りを豊は耳にしていた。場所は屋根の上だ。屋根と似た色の布で身を隠せば、頭上など誰も気にしないため案外見つからない。以前、光脩に罵倒といっていい言葉を吐いたが、今になってみると光脩のことを悪いやつではないのだろうなと思う。
悪い奴ではない、だが駄目な奴だ――。
ただ、一方で豊は光脩と自分に共通するものを感じていた。豊は伊賀者だ。しかし、この泰平の世であその力を求められることの少ない存在だ。そういう意味では、必用とされていないという点では光脩も同じだ、と思えるのだ。
一日中かけて犬家康たちの動向を調べたのち、豊は北伊賀町家の一室に移動した。正面に座している目つきが鋭く屈強な体つきをした男は頭領だ。
「務めのほうはどうだ」「つつがなく果たしております」
返す豊の声に温度はない。彼女は知っていた。英傑の魂が宿っているとはいえ犬を見張るなど馬鹿らしいという理由で自分にお鉢がまわってきたことを。頭領に会ったことで強く光脩へ共感する。不本意なことを我慢することの屈辱、苦痛、苦悩、口に出せばきりがない。
「さようか。されば、励め」頭領は豊の胸のうちなど知らず淡々と告げる。「御意」豊は感情を殺してそれにうなずいた。
『む、なんともうした。もう一度もうせ』
「わかったって言ったんだよ」
ヤケクソ気味になって光脩は声を張る。
『よしよし、それでよい』
「ありがとうございます」
満足げな声を漏らす犬家康を無視し、
「まだ、礼は早い。人探しなんてはじめてだ」
胸の前で手を組んで頬を紅潮させる稲に釘を刺した。
一連のやり取りを豊は耳にしていた。場所は屋根の上だ。屋根と似た色の布で身を隠せば、頭上など誰も気にしないため案外見つからない。以前、光脩に罵倒といっていい言葉を吐いたが、今になってみると光脩のことを悪いやつではないのだろうなと思う。
悪い奴ではない、だが駄目な奴だ――。
ただ、一方で豊は光脩と自分に共通するものを感じていた。豊は伊賀者だ。しかし、この泰平の世であその力を求められることの少ない存在だ。そういう意味では、必用とされていないという点では光脩も同じだ、と思えるのだ。
一日中かけて犬家康たちの動向を調べたのち、豊は北伊賀町家の一室に移動した。正面に座している目つきが鋭く屈強な体つきをした男は頭領だ。
「務めのほうはどうだ」「つつがなく果たしております」
返す豊の声に温度はない。彼女は知っていた。英傑の魂が宿っているとはいえ犬を見張るなど馬鹿らしいという理由で自分にお鉢がまわってきたことを。頭領に会ったことで強く光脩へ共感する。不本意なことを我慢することの屈辱、苦痛、苦悩、口に出せばきりがない。
「さようか。されば、励め」頭領は豊の胸のうちなど知らず淡々と告げる。「御意」豊は感情を殺してそれにうなずいた。
0
あなたにおすすめの小説
花嫁
一ノ瀬亮太郎
歴史・時代
征之進は小さい頃から市松人形が欲しかった。しかし大身旗本の嫡男が女の子のように人形遊びをするなど許されるはずもない。他人からも自分からもそんな気持を隠すように征之進は武芸に励み、今では道場の師範代を務めるまでになっていた。そんな征之進に結婚話が持ち込まれる。
無用庵隠居清左衛門
蔵屋
歴史・時代
前老中田沼意次から引き継いで老中となった松平定信は、厳しい倹約令として|寛政の改革《かんせいのかいかく》を実施した。
第8代将軍徳川吉宗によって実施された|享保の改革《きょうほうのかいかく》、|天保の改革《てんぽうのかいかく》と合わせて幕政改革の三大改革という。
松平定信は厳しい倹約令を実施したのだった。江戸幕府は町人たちを中心とした貨幣経済の発達に伴い|逼迫《ひっぱく》した幕府の財政で苦しんでいた。
幕府の財政再建を目的とした改革を実施する事は江戸幕府にとって緊急の課題であった。
この時期、各地方の諸藩に於いても藩政改革が行われていたのであった。
そんな中、徳川家直参旗本であった緒方清左衛門は、己の出世の事しか考えない同僚に嫌気がさしていた。
清左衛門は無欲の徳川家直参旗本であった。
俸禄も入らず、出世欲もなく、ただひたすら、女房の千歳と娘の弥生と、三人仲睦まじく暮らす平穏な日々であればよかったのである。
清左衛門は『あらゆる欲を捨て去り、何もこだわらぬ無の境地になって千歳と弥生の幸せだけを願い、最後は無欲で死にたい』と思っていたのだ。
ある日、清左衛門に理不尽な言いがかりが同僚立花右近からあったのだ。
清左衛門は右近の言いがかりを相手にせず、
無視したのであった。
そして、松平定信に対して、隠居願いを提出したのであった。
「おぬし、本当にそれで良いのだな」
「拙者、一向に構いません」
「分かった。好きにするがよい」
こうして、清左衛門は隠居生活に入ったのである。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
アブナイお殿様-月野家江戸屋敷騒動顛末-(R15版)
三矢由巳
歴史・時代
時は江戸、老中水野忠邦が失脚した頃のこと。
佳穂(かほ)は江戸の望月藩月野家上屋敷の奥方様に仕える中臈。
幼い頃に会った千代という少女に憧れ、奥での一生奉公を望んでいた。
ところが、若殿様が急死し事態は一変、分家から養子に入った慶温(よしはる)こと又四郎に侍ることに。
又四郎はずっと前にも会ったことがあると言うが、佳穂には心当たりがない。
海外の事情や英吉利語を教える又四郎に翻弄されるも、惹かれていく佳穂。
一方、二人の周辺では次々に不可解な事件が起きる。
事件の真相を追うのは又四郎や屋敷の人々、そしてスタンダードプードルのシロ。
果たして、佳穂は又四郎と結ばれるのか。
シロの鼻が真実を追い詰める!
別サイトで発表した作品のR15版です。
甲斐ノ副将、八幡原ニテ散……ラズ
朽縄咲良
歴史・時代
【第8回歴史時代小説大賞奨励賞受賞作品】
戦国の雄武田信玄の次弟にして、“稀代の副将”として、同時代の戦国武将たちはもちろん、後代の歴史家の間でも評価の高い武将、武田典厩信繁。
永禄四年、武田信玄と強敵上杉輝虎とが雌雄を決する“第四次川中島合戦”に於いて討ち死にするはずだった彼は、家臣の必死の奮闘により、その命を拾う。
信繁の生存によって、甲斐武田家と日本が辿るべき歴史の流れは徐々にずれてゆく――。
この作品は、武田信繁というひとりの武将の生存によって、史実とは異なっていく戦国時代を書いた、大河if戦記である。
*ノベルアッププラス・小説家になろうにも、同内容の作品を掲載しております(一部差異あり)。
中1でEカップって巨乳だから熱く甘く生きたいと思う真理(マリー)と小説家を目指す男子、光(みつ)のラブな日常物語
jun( ̄▽ ̄)ノ
大衆娯楽
中1でバスト92cmのブラはEカップというマリーと小説家を目指す男子、光の日常ラブ
★作品はマリーの語り、一人称で進行します。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる