切支丹陰陽師――信長の恩人――賀茂忠行、賀茂保憲の子孫 (時代小説新人賞最終選考落選歴あり、別名義、別作品)

牛馬走

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 かつて、在昌は弥惣次を見逃すことを選んだ。半分血のつながった兄なのだからと逃げる彼を追わなかった。
 だが、それが結果的に兄が誤った道を進みつづける一助となった。
 もし、あのとき自分が勇気を出して彼に挑めばその後、彼に殺された者の命を救えたはずだ。
 たとえ人殺しでも兄は兄、と“因習”を曲解し利用することで己に言い訳した。みずからが因習に苦しみながら、結句のところ都合のいいときにだけしたがったのだ。だから、それを清算する。
 今度こそみずからの価値判断のもとに行動するのだ。在昌はやや早足に弥惣次へと距離を詰めていった。兄もまたほぼ同じ歩調で近寄ってきた。
 間もなく、両者が刃圏内へと踏み込む瞬間がおとずれる。
 二条の光芒が闇に走った。
 弥惣次の剣尖は空を切る。流れ出た血が左目をつぶらせ彼に死角を生んでいた。自爆の爆発による怪我に違いない。仁右衛門の置き土産が在昌の一助となった。
 紫電一閃、在昌の突きが弥惣次の腹へと深々と刺さる。
 鎖帷子をまとっていても刺突に対しこの防具は弱い、攻撃を防ぐことができず致命傷を負った。
 それを認め、在昌はすばやく彼に背を向ける。そのまま全力で遁走に入った。
胸がふさがれて強烈な吐き気をおぼえている。それに耐えながらとにかくがむしゃらに手足を動かした。憂い気持ちをふりはらうように。
 だが、次第に意識がうすれ感覚が不明瞭になっていく。
 それでもおぼつかない足取りを前に進めた。
 が、大きくよろめき脇に倒れそうになる。とたん、彼を横から支える者が現われた。
 誰だ、在昌はかすれた声で問いかける。
 友を見殺しにしたこんな自分なぞ捨て置けばよいものを、と捨て鉢な気持ちを胸のうちに抱きいていた。
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