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チャプタ―15
お犬様15
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ただ、一日も休みがなかったわけではない。
細い細い伝手を頼ってなんとか霊能力者ふたりに来てもらって仔狛犬たちの面倒を任せることができたのだ。だから、裕樹は部屋にこもってゲーム三昧の朝昼夜を過ごした。というわけには、納得できないがいかなくなった。
従姉妹たちが市内に買い物に行くと言い出した。それ自体は問題はない。だが、そのお供を命じられたのは納得がいかない。母曰く、
「仮にも、年頃の娘さんを預かってるのよ。何かあったら困るからついて行きなさい」
と眉間にしわを寄せて叱声を浴びせてきたのだ。しかも、
「家にいるなら、仔狛犬たちの面倒をみなさい」
とつけ加えられた。
いい加減、仔狛犬の世話にはうんざりしていた。ゲームをしたいという気持ちを涙を呑んで抑え込み従姉妹たちと電車に乗って市内にくり出した。
そして、まずはアーケード街の入口にあるパルコを下から順に上がっていくことになる。
同世代の男子と比べファッションにあまり興味のない裕樹にとっては退屈な場所だ。が、早紀と常盤はテンションが高くなりあちこちの店で商品を手に取ったり、マネキンが着ている服を指さして感想を捲し立てている。
だが、よく見ると美弥もまた退屈そうな顔をしていた。こちらの視線に気づいた彼女はそっと姉と妹の側をはなれ裕樹のもとに歩み寄ってくる。
「姉好きの美弥も全部が全部、好きってわけじゃないか」
「おまえ、殴るぞ」
裕樹の冗談に美弥は本気の口調で応じる。
「だったら、入院して仔狛犬の世話から逃げてやる」
「おまえ、まだそんなこといってるのか」
裕樹の半ば本気の言葉に美弥はあきれ顔をした。
「誰が好きこのんでブリーダーの真似事なんてするんだよ。貴重な一〇代の時間をケダモノの世話に費やすなんて悲しすぎるんだよ」
「知るか」
「あら、ふたりとも仲がいいわねえ」
そこに、早紀が声を割り込ませた。話をしているのに気づいて近づいてきたらしい。
「誰がこんなやつと」「こんなやつはないだろ」「照れちゃって」
美弥と裕樹は同時に顔をしかめた。早紀が会話に加わるととたんにカオスになる。
とにかくその後、パルコを見てまわりさらにはアーケード街の店を覗きながらしばらく歩いた。そして、地元に何店舗か展開している喫茶店に入店した。そこは、秋葉原がオタクの街になる前からメイド服を店員が着ている。ただし、清潔感があふれる質素なデザインの上にスカートも長めで決して下心を感じるような外見ではない。
そこで各々、飲み物とケーキを頼んだ。裕樹はここのシフォンケーキが好物だった。
「あそこのワンピース可愛かったね」「でも、あそこのスカートも捨てがたいわあ」
ケーキを口に運びながらも常盤と早紀のあいだで未だにショッピングがつづいている。まったく、よくも飽きないものだ。
「ゆうちゃんは服に興味はないの」
「ないよ」
ゆうちゃん、と呼ばれることに顔をしかめながら裕樹は早紀に応じる。
「じゃあ、なにに興味があるのよ、あんた」
「ゲーム」
常盤の質問に裕樹は簡潔に応じる。
「ゲームって、遊びじゃない」
「服だって元は布だ。体を隠す、保温とかの機能さえあれば本当はいいはずだろ」
「服とゲームを一緒にしないでよ」
常盤の一言に裕樹はいら立ちをおぼえた。大体の人間が「たかがゲーム」という考えを持っているものだ。だが、裕樹は怒りを抑えた。論破するのに使うエネルギーがもったいなかった。
「ふたりとも、話が弾んで仲がいいわねえ」
そこに早紀が声を割り込める。まったくもって空気が読めていない。裕樹、常盤だけでなく美弥も脱力する。今日はシフォンケーキを食べられたことだけが裕樹にとっての成果だ。まあ、一日仔狛犬(あいつら)の顔を見なくて済んだだけでもよしとするか――そう、胸のうちでつぶやいた。
五
そんなある日、真夜中に近所で火事が起こった。
消防が駆けつけたときには大火事となっていてそうそうたやすく鎮火できそうになかった。
だが、四人家族が暮らすという家の二階からは叫びを求める声が聞こえてきていた。
それを耳にして祐樹は、近くにたたずむ従姉妹たちに目線を送りうなずき合う。
「一、みんなをよんできてくれ」
一は任せてくれとばかりに、人に聞こえない声で吠えて神社のほうへ消えてきった。
「あの仔たち、うまくやれると思う?」
早紀が胸の前で手を組んで不安げな顔をする。そのかたわらには、万が一にそなえ識神がそなえていた。厳つい顔だが気づかわしげな目を火事場へと向けていた。
確かに、人の命がかかった状況の解決は失敗すれば仔狛犬たちの心に大きな傷を与えかねない。
「あいつら次第だ」
そう答えながらも、祐樹は仔狛犬たちはやってくれる気がしていた。
こちらも根気がいたが、しつけられる仔狛犬たちにとっても退屈な時間に延々と付き合うのは嫌だったはずだ。
祐樹は“妖なんて”と考えていたが、仔狛犬たちについてはすこしは認めてはいいと思うようになっていた。一度失った仔狛犬への信頼を取り戻している。もっとも、それは完全んには程遠いが。
やがて、一〇八匹の仔狛犬たちが野次馬の外に結集する。
「おすわり」
前方にみなが注意しているため、祐樹の指示をいいぶかしむ人間はいなかった。
「神火晴明、神水晴明、神風晴明」と邪気祓いの秘咒を三度祐樹がとなえ、仔狛犬たちの状態をととのえる。
「御利益、顕現」
祐樹の指示にしたがって、仔狛犬たちが一斉に吠えた。
一匹一匹の霊力はいまだ小さくとも一〇八匹がまとまれば、ちょっとした神にも及ぶものになる。
あとは、それがうまく制御できるかどうかだ――。
祐樹は総身の筋肉が張りつめたピアノ線に取り変わったような緊張でもって空を見上げた。
一、二、三、四、五、六、七――ダメだ、失敗か、という思いが祐樹の脳裏をよぎる。
が、二〇まで数をかぞえたところで空に暗雲が立ち込めた。そして、大量の雨をまたたく間に降らせた。
うれしさと虚脱感で祐樹はよろめく。
刹那、なにかを踏んだ。なんだ、と下を見おろすと一匹の小さな狐が祐樹に尾を踏みつけられていた。
だが不審なのはその狐が慌てたようすなのだ。しかも、
「放せ」
としゃべった。
「ほう」と半眼になって祐樹はその狐の首根っこをつかみ、電柱の陰に移動する。
彼の挙動につられて従姉妹たちもやって来た。
「霊狐のようだが、その近くで火事が起こるっていうのは不審だな」
祐樹は声を低くして独語に近い口調でいった。
「お、おいらは、ちょっとボヤを起こそうと思っただけだ。それに仔狛犬たちをそそのかしたのだって怪我人とかは出てないし」
「ほう、つまりあの火事の犯人はおまえなんだな。さらに、仔狛犬たちをそそのかしていた、と。なんで、そんなことをした」
「願い事を叶えるのは稲荷も同じだから、同じ町の仔狛犬が目障りだったんだ」
「なるほどなるほど」
祐樹はさも理解したとばかりにうなずいた。そして、
「美弥、どうするべきだと思う?」
「あいつらの玩具にしてやれ」
「賛成」
常盤の賛同もあり、「ほら、玩具だぞー」と祐樹は近くに集結している仔狛犬たちに向かって仔稲荷を投げた。
一〇分もしないうちに、仔稲荷はズタボロとなり「もうしませんから助けてください」と泣いて救いを求めてきた。そのようすからして、発言に嘘はないだろうと「おすわり」と仔狛犬たちの動きを祐樹は止めた。
ただ、一日も休みがなかったわけではない。
細い細い伝手を頼ってなんとか霊能力者ふたりに来てもらって仔狛犬たちの面倒を任せることができたのだ。だから、裕樹は部屋にこもってゲーム三昧の朝昼夜を過ごした。というわけには、納得できないがいかなくなった。
従姉妹たちが市内に買い物に行くと言い出した。それ自体は問題はない。だが、そのお供を命じられたのは納得がいかない。母曰く、
「仮にも、年頃の娘さんを預かってるのよ。何かあったら困るからついて行きなさい」
と眉間にしわを寄せて叱声を浴びせてきたのだ。しかも、
「家にいるなら、仔狛犬たちの面倒をみなさい」
とつけ加えられた。
いい加減、仔狛犬の世話にはうんざりしていた。ゲームをしたいという気持ちを涙を呑んで抑え込み従姉妹たちと電車に乗って市内にくり出した。
そして、まずはアーケード街の入口にあるパルコを下から順に上がっていくことになる。
同世代の男子と比べファッションにあまり興味のない裕樹にとっては退屈な場所だ。が、早紀と常盤はテンションが高くなりあちこちの店で商品を手に取ったり、マネキンが着ている服を指さして感想を捲し立てている。
だが、よく見ると美弥もまた退屈そうな顔をしていた。こちらの視線に気づいた彼女はそっと姉と妹の側をはなれ裕樹のもとに歩み寄ってくる。
「姉好きの美弥も全部が全部、好きってわけじゃないか」
「おまえ、殴るぞ」
裕樹の冗談に美弥は本気の口調で応じる。
「だったら、入院して仔狛犬の世話から逃げてやる」
「おまえ、まだそんなこといってるのか」
裕樹の半ば本気の言葉に美弥はあきれ顔をした。
「誰が好きこのんでブリーダーの真似事なんてするんだよ。貴重な一〇代の時間をケダモノの世話に費やすなんて悲しすぎるんだよ」
「知るか」
「あら、ふたりとも仲がいいわねえ」
そこに、早紀が声を割り込ませた。話をしているのに気づいて近づいてきたらしい。
「誰がこんなやつと」「こんなやつはないだろ」「照れちゃって」
美弥と裕樹は同時に顔をしかめた。早紀が会話に加わるととたんにカオスになる。
とにかくその後、パルコを見てまわりさらにはアーケード街の店を覗きながらしばらく歩いた。そして、地元に何店舗か展開している喫茶店に入店した。そこは、秋葉原がオタクの街になる前からメイド服を店員が着ている。ただし、清潔感があふれる質素なデザインの上にスカートも長めで決して下心を感じるような外見ではない。
そこで各々、飲み物とケーキを頼んだ。裕樹はここのシフォンケーキが好物だった。
「あそこのワンピース可愛かったね」「でも、あそこのスカートも捨てがたいわあ」
ケーキを口に運びながらも常盤と早紀のあいだで未だにショッピングがつづいている。まったく、よくも飽きないものだ。
「ゆうちゃんは服に興味はないの」
「ないよ」
ゆうちゃん、と呼ばれることに顔をしかめながら裕樹は早紀に応じる。
「じゃあ、なにに興味があるのよ、あんた」
「ゲーム」
常盤の質問に裕樹は簡潔に応じる。
「ゲームって、遊びじゃない」
「服だって元は布だ。体を隠す、保温とかの機能さえあれば本当はいいはずだろ」
「服とゲームを一緒にしないでよ」
常盤の一言に裕樹はいら立ちをおぼえた。大体の人間が「たかがゲーム」という考えを持っているものだ。だが、裕樹は怒りを抑えた。論破するのに使うエネルギーがもったいなかった。
「ふたりとも、話が弾んで仲がいいわねえ」
そこに早紀が声を割り込める。まったくもって空気が読めていない。裕樹、常盤だけでなく美弥も脱力する。今日はシフォンケーキを食べられたことだけが裕樹にとっての成果だ。まあ、一日仔狛犬(あいつら)の顔を見なくて済んだだけでもよしとするか――そう、胸のうちでつぶやいた。
五
そんなある日、真夜中に近所で火事が起こった。
消防が駆けつけたときには大火事となっていてそうそうたやすく鎮火できそうになかった。
だが、四人家族が暮らすという家の二階からは叫びを求める声が聞こえてきていた。
それを耳にして祐樹は、近くにたたずむ従姉妹たちに目線を送りうなずき合う。
「一、みんなをよんできてくれ」
一は任せてくれとばかりに、人に聞こえない声で吠えて神社のほうへ消えてきった。
「あの仔たち、うまくやれると思う?」
早紀が胸の前で手を組んで不安げな顔をする。そのかたわらには、万が一にそなえ識神がそなえていた。厳つい顔だが気づかわしげな目を火事場へと向けていた。
確かに、人の命がかかった状況の解決は失敗すれば仔狛犬たちの心に大きな傷を与えかねない。
「あいつら次第だ」
そう答えながらも、祐樹は仔狛犬たちはやってくれる気がしていた。
こちらも根気がいたが、しつけられる仔狛犬たちにとっても退屈な時間に延々と付き合うのは嫌だったはずだ。
祐樹は“妖なんて”と考えていたが、仔狛犬たちについてはすこしは認めてはいいと思うようになっていた。一度失った仔狛犬への信頼を取り戻している。もっとも、それは完全んには程遠いが。
やがて、一〇八匹の仔狛犬たちが野次馬の外に結集する。
「おすわり」
前方にみなが注意しているため、祐樹の指示をいいぶかしむ人間はいなかった。
「神火晴明、神水晴明、神風晴明」と邪気祓いの秘咒を三度祐樹がとなえ、仔狛犬たちの状態をととのえる。
「御利益、顕現」
祐樹の指示にしたがって、仔狛犬たちが一斉に吠えた。
一匹一匹の霊力はいまだ小さくとも一〇八匹がまとまれば、ちょっとした神にも及ぶものになる。
あとは、それがうまく制御できるかどうかだ――。
祐樹は総身の筋肉が張りつめたピアノ線に取り変わったような緊張でもって空を見上げた。
一、二、三、四、五、六、七――ダメだ、失敗か、という思いが祐樹の脳裏をよぎる。
が、二〇まで数をかぞえたところで空に暗雲が立ち込めた。そして、大量の雨をまたたく間に降らせた。
うれしさと虚脱感で祐樹はよろめく。
刹那、なにかを踏んだ。なんだ、と下を見おろすと一匹の小さな狐が祐樹に尾を踏みつけられていた。
だが不審なのはその狐が慌てたようすなのだ。しかも、
「放せ」
としゃべった。
「ほう」と半眼になって祐樹はその狐の首根っこをつかみ、電柱の陰に移動する。
彼の挙動につられて従姉妹たちもやって来た。
「霊狐のようだが、その近くで火事が起こるっていうのは不審だな」
祐樹は声を低くして独語に近い口調でいった。
「お、おいらは、ちょっとボヤを起こそうと思っただけだ。それに仔狛犬たちをそそのかしたのだって怪我人とかは出てないし」
「ほう、つまりあの火事の犯人はおまえなんだな。さらに、仔狛犬たちをそそのかしていた、と。なんで、そんなことをした」
「願い事を叶えるのは稲荷も同じだから、同じ町の仔狛犬が目障りだったんだ」
「なるほどなるほど」
祐樹はさも理解したとばかりにうなずいた。そして、
「美弥、どうするべきだと思う?」
「あいつらの玩具にしてやれ」
「賛成」
常盤の賛同もあり、「ほら、玩具だぞー」と祐樹は近くに集結している仔狛犬たちに向かって仔稲荷を投げた。
一〇分もしないうちに、仔稲荷はズタボロとなり「もうしませんから助けてください」と泣いて救いを求めてきた。そのようすからして、発言に嘘はないだろうと「おすわり」と仔狛犬たちの動きを祐樹は止めた。
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