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チャプタ―28

遺言恋愛計画書28

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 土曜の昼下がり、健人は、芽衣の母に呼び出されていた。部屋に入ると、有無を言わさずダイニングテーブルにつかされた。
 前回の健人の返答では気に食わなかったのだろう。その部分を、健人は芽衣との会話で補充していた。だが、それを伝えるだけが正解ではないだろうと思いながら、健人は母の求めに応じてこたえていった、
 言葉をかわすうちに、彼女の眼光が強さを増していった。
 健人は、それを視界に収めるのはきつく、目線をテーブルに落とす。
「芽衣を、姉のように若くして死なせたくないの」
 それは母の、切実な、痛切な、心よりの思いだ。
「でも、お母さん」
 健人は、相手の言葉の重みを感じながら口を開く。
「ありふれた喩えですが、安全な籠の中で生きるのと、危険があっても自由な空を生きるのと、どちらがいいのかという話だと思います」
 芽衣の母は目元を歪めた。
「でも、籠の中で育った鳥は野の危険さを知らない」
「そうでしょうか?」
深刻な口調の芽衣の母に、健人は聞き返す。芽衣の母は怪訝な目でこちらを見やった。人の言いなりで幸せなのか、という弟の言葉が脳裏によみがえった。
「息子は、まだ籠の中にいたのに死にました」
 健人の放った言葉に、芽衣の母の表情が浮かんだ。
「芽衣の友だちも、夭折しました」
 芽衣の母が、不安定な吐息をつく。
「芽衣は、籠の中では死にたくないんじゃないでしょうか」
「それでも」
 健人の訴えに、芽衣の母は声を震わせた。
「私は、何を間違えたのかしら」
 芽衣の母は顔を手で覆う。
 和田の件で、彼女が何か間違えたとは思わない。
 芽衣のことは、けっきょく何が正解かなんて彼が死の間際に何を思うかで決まることで、ここで正否を問うことはできないだろう。それに、
「間違えないひとなんて、いるんでしょうか?」
 と思うのだ。健人は、ふたたび視線を伏せて告げた。
 友だちが、和田が予知能力者だったからこそ、彼女がいなくなって、人間というものがいかに日常から将来のことに関するまで選択を迫られることを再認識した。そんな中で、人間という矮小な生き物がなにひとつ間違えずに生きるのは困難だ。
「ひとりの人間が間違うなら、ふたりで、さんにんで未来を探しましょう。お手伝いします」
 健人は、目を上げて芽衣の母を見据える。
 芽衣の母は、ゆっくりと首を縦にふった。
「そうね」
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