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チャプタ―12
君へ向かうシナリオ12
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自分が住む町の駅前にたどりついたところで、
「先輩、お疲れさまです」
という、うれしげな声が後ろから聞こえた。
ふり返ると専門学校の後輩の女子が立っている。学年で五つ下、僕が講師を引き受ける前にたんなるOBとして顔を出していたときに仕事や創作について教えた相手だ。名前は茂木桜子だ。彼女はゲームプランナーとしてソーシャルゲームの会社で働いている。もっとも、正直なところ気持ち程度しか貢献できてはいないと思うが。
「あー、ちょっとひさしぶり」
うちの専攻の生徒は卒業しても学校に顔を出す傾向があるが、彼女みたいに働いているとそれはむずかしい。
在校生にとってはいい刺激になると思うし――といっても、僕の見たところ“努力なんてしたくない”というダメ人間が八割、電波系が一割、残りの一割がまじめというのが生徒の実状だが――鮮度の高い現場の情報をより立場の近い人間から聞くことのできる機会は貴重なものだと思う。
「仕事の帰り?」
「はい、今日は早くあがれたんです。先輩もですか」
「いや、今日は仕事じゃないよ」
ここでデートの帰りだよ、などといったら本気で自分が中高生みたいになるような気がしてそれ以上は告げない。
「コーヒーでもどう」
「あたし、まだ夕食まだなんです」
「じゃあ、ファミレス行こうか。僕は食べちゃったから、コーヒー飲んでるよ」
彼女をうながして徒歩数分のファミレスへと向かった。
タバコを吸う彼女に合わせて喫煙席に腰をおろす。
たあいない話をしながら、桜子がミックスフライ御膳を片づけていくのをコーヒーカップを口に運びながら僕は見守った。
食事が終わり、店員がトレーをさげたところで、
「先輩、あたし悩んでるんですよ」
という話になる。
「このまま、仕事に没頭してていいのかって」
桜子は去年の在学中からインターンで会社で働いていたから、そのときから数えれば半年以上、春先から数えても数ヶ月勤めていることになった。
五月病にはかからなかったみたいだが、まあ少し迷いが出る時期なのかもしれない。
「桜子さんは仕事に集中していいと思うよ。ゲーム会社にいればノベライズの仕事がまわってくる可能性もあるし、そのうちコネができるかもしれないし」
「そうなんですかねぇ」
僕の言葉にも彼女はなおも気の迷いを見せる。
「小説家は三〇代、四〇代、五〇代だって目指せるし、焦ることはないよ。迷って今の仕事をおろそかにするより、集中して取り組んで作家を目指す上で大事なストーリーテーリングとかキャラを描く技術とかを向上させたほうが絶対にいい」
「そう――ですね」
語気をやや強めた断言に、やっと彼女は納得がいったようすうかがわせた。
「こんな簡単に悩んでたらダメですよねえ」
「いや、そんなことないと思うよ」
桜子は僕に疑わしげな目を向ける。思わず苦笑を浮かべて口を開いた。
「あのね、僕や布施だって悩んでるんだよ」
「嘘ですよお」
「いやいや、この歳の野郎がうじうじしてても誰も同情してくれないしカッコ悪いから人にいわないだけのことだよ」
「先輩たちだったら、うじうじしてても同情しますよ」
僕の冗談交じりの言葉に桜子も笑顔で応じた。
後輩に同情される先輩って嫌だねえ、と告げ、
「『まじめに考えれば考えるほど、悩みって増えるよね』っていう結論がふたりの間で出たことがあるぐらいだから」
僕は言葉をかさねる。
「本当ですか」
「こんなカッコ悪い嘘、つかないよ」
「カッコ悪いこと、ないと思います。あたし、先輩たちが『絶対に就職したほうがいい。フリーターしながら作家を目指すのは精神的に“腐る”から止めたほうがいい』って言葉にしたがってプランナーになりましたし」
彼女の言葉に思わず目をみはった。
「ほんと」
「本当ですよ」
反射的に発したせりふを受けて、今度は桜子が苦笑を浮かべる。
「そっかー」
感慨をこめて僕はつぶやいた。
僕が学校に顔を出していた意味、僕自身の価値、そういったものが“無”ではなかったという事実にすごく勇気づけられる。
「よーし、今夜はじゃんじゃん呑むぞー」
「先輩、コーヒー飲んでも胃が荒れるだけですよ」
コーヒーカップを手に発したボケに、桜子が笑いを弾けさせた。
恥ずかしさを冗談で誤魔化したけれど、ほんとうに、心から、嘘偽りなく、彼女の言葉は励みになった。
自分が住む町の駅前にたどりついたところで、
「先輩、お疲れさまです」
という、うれしげな声が後ろから聞こえた。
ふり返ると専門学校の後輩の女子が立っている。学年で五つ下、僕が講師を引き受ける前にたんなるOBとして顔を出していたときに仕事や創作について教えた相手だ。名前は茂木桜子だ。彼女はゲームプランナーとしてソーシャルゲームの会社で働いている。もっとも、正直なところ気持ち程度しか貢献できてはいないと思うが。
「あー、ちょっとひさしぶり」
うちの専攻の生徒は卒業しても学校に顔を出す傾向があるが、彼女みたいに働いているとそれはむずかしい。
在校生にとってはいい刺激になると思うし――といっても、僕の見たところ“努力なんてしたくない”というダメ人間が八割、電波系が一割、残りの一割がまじめというのが生徒の実状だが――鮮度の高い現場の情報をより立場の近い人間から聞くことのできる機会は貴重なものだと思う。
「仕事の帰り?」
「はい、今日は早くあがれたんです。先輩もですか」
「いや、今日は仕事じゃないよ」
ここでデートの帰りだよ、などといったら本気で自分が中高生みたいになるような気がしてそれ以上は告げない。
「コーヒーでもどう」
「あたし、まだ夕食まだなんです」
「じゃあ、ファミレス行こうか。僕は食べちゃったから、コーヒー飲んでるよ」
彼女をうながして徒歩数分のファミレスへと向かった。
タバコを吸う彼女に合わせて喫煙席に腰をおろす。
たあいない話をしながら、桜子がミックスフライ御膳を片づけていくのをコーヒーカップを口に運びながら僕は見守った。
食事が終わり、店員がトレーをさげたところで、
「先輩、あたし悩んでるんですよ」
という話になる。
「このまま、仕事に没頭してていいのかって」
桜子は去年の在学中からインターンで会社で働いていたから、そのときから数えれば半年以上、春先から数えても数ヶ月勤めていることになった。
五月病にはかからなかったみたいだが、まあ少し迷いが出る時期なのかもしれない。
「桜子さんは仕事に集中していいと思うよ。ゲーム会社にいればノベライズの仕事がまわってくる可能性もあるし、そのうちコネができるかもしれないし」
「そうなんですかねぇ」
僕の言葉にも彼女はなおも気の迷いを見せる。
「小説家は三〇代、四〇代、五〇代だって目指せるし、焦ることはないよ。迷って今の仕事をおろそかにするより、集中して取り組んで作家を目指す上で大事なストーリーテーリングとかキャラを描く技術とかを向上させたほうが絶対にいい」
「そう――ですね」
語気をやや強めた断言に、やっと彼女は納得がいったようすうかがわせた。
「こんな簡単に悩んでたらダメですよねえ」
「いや、そんなことないと思うよ」
桜子は僕に疑わしげな目を向ける。思わず苦笑を浮かべて口を開いた。
「あのね、僕や布施だって悩んでるんだよ」
「嘘ですよお」
「いやいや、この歳の野郎がうじうじしてても誰も同情してくれないしカッコ悪いから人にいわないだけのことだよ」
「先輩たちだったら、うじうじしてても同情しますよ」
僕の冗談交じりの言葉に桜子も笑顔で応じた。
後輩に同情される先輩って嫌だねえ、と告げ、
「『まじめに考えれば考えるほど、悩みって増えるよね』っていう結論がふたりの間で出たことがあるぐらいだから」
僕は言葉をかさねる。
「本当ですか」
「こんなカッコ悪い嘘、つかないよ」
「カッコ悪いこと、ないと思います。あたし、先輩たちが『絶対に就職したほうがいい。フリーターしながら作家を目指すのは精神的に“腐る”から止めたほうがいい』って言葉にしたがってプランナーになりましたし」
彼女の言葉に思わず目をみはった。
「ほんと」
「本当ですよ」
反射的に発したせりふを受けて、今度は桜子が苦笑を浮かべる。
「そっかー」
感慨をこめて僕はつぶやいた。
僕が学校に顔を出していた意味、僕自身の価値、そういったものが“無”ではなかったという事実にすごく勇気づけられる。
「よーし、今夜はじゃんじゃん呑むぞー」
「先輩、コーヒー飲んでも胃が荒れるだけですよ」
コーヒーカップを手に発したボケに、桜子が笑いを弾けさせた。
恥ずかしさを冗談で誤魔化したけれど、ほんとうに、心から、嘘偽りなく、彼女の言葉は励みになった。
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