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チャプタ―14
君へ向かうシナリオ14
しおりを挟む夜、パソコンに向かってゲームシナリオを書いているとひとつの電話が入った。
スマートフォンの画面を確認すると、弟の真友(まさとも)の名が表示されている。
めずらしいな、と思いながらも電話に出た。たまに会って食事をするが、その連絡はメールLINEで済ませるため電話で言葉を交わすことなど年に数えるほどしかない。
『よお、兄貴。元気にしてる』
「この時間に元気なのは吸血鬼かコウモリぐらいだろ」
『それはつまり、夜型人間はすべてヴァンパイアってことか。人間がすべて吸血鬼化する日も近いな』
挨拶代わりの冗談の応酬にお互いの口から笑いがもれる。
「で、用件は」
僕が話をうながすと、一瞬会話に間が生まれた。
そして、
『オレ、結婚することに決めたから』
真剣な声で真友が言い放つ。
それに対し僕は感嘆の声をあげ、「おめでとう」と声を高くした。
「彼女、ってちょっと“アレ”だから、母親みたいなことは言う気はないけどむずかしいと思ってたよ」
『人の彼女をちょっと“アレ”っていうなよ』
弟は声に苦笑をにじませる。
“アレ”とは要するに、精神的に不安定な部分があり言動が一般的な人間からすると恐ろしく感じるということだ。正直、なぜ付き合ったのかかはいまだもって謎だった。それと、『母親みたいなことは言う気はない』というのは、旅行で夫婦で状況してきた両親のうち母が真友の彼女を見るなり、
「この人と結婚しても可愛い子供は生まれそうにないから付き合うのは止めて」
と言い放った件のことだ。僕も「外見なんてどうでもいい」なんていう綺麗事を口にする性質(たち)ではないが、当人と彼氏である息子を前にそんなせりふを発することのできる母はどうかしていると思う。以来、弟は両親との付き合いを絶っていた。
『何年も側にいられたんだから、“本物”だよ』
真友が口調を変えて告げる。
その言葉を耳にして僕は深い感慨を抱いた。
何年も側にいられたんだから、“本物”、か。生徒たちにも聞かせてやりたいと思う。
少し言葉を変えれば「何年も目指しつづけられたんだから、本物だよ」とプロを目指す指針にもなる。
「今日から兄貴って呼んでいいか」
『どんな結論だよ』
弟が電話越しに笑いを弾けさせた。
「いや、だってなんか僕よりよっぽど“大人”な感じがするし」
『なさけないこと言うなよ兄貴』
それからしばし雑談を交わし、もう一度祝いの言葉をのべて僕は電話を切る。
うれしさ、興奮の余韻が熱となって身体の内側に残っていた。
「よーし、やるぞ」
僕はふたたびパソコンに向かいシナリオの執筆を再開する。
ただ、三〇分もしないうちにふたたびスマートフォンが鳴った。今度は友人の上総隆生の名前が画面に表示されている。なんだかせわしないなと思いながら電話に出た。まさか、隆生まで結婚ってことはないよな。そんな思いが脳裏をかすめる。
『すまんな、エロ動画鑑賞中に電話かけて』
「なんで、そうなる」
『いや、だって電話に出るまで時間がかかったから、ああ“あれ”の最中かって』
「僕は目覚めたばかりの中学生か。仕事だよ、仕事」
『え、そっちの仕事始めたのかお前』
本領を発揮して半笑いを浮かべているであろう隆生は言葉をかさねた。
「認知症で耳が遠い老人よりもひどい誤変換は止めてくれ」
僕は思わずホールドアップを声でつたえる。
「誰がボケ老人だよ、ひどいな」『ボケ老人よりタチが悪いよ、お前は』
ツッコミを受けて隆生はさも楽しそうに笑った。
しばらく雑談をつづけて、
『で、翔花との仲はどうなんだ』
という質問を発する。これが本題だったのろう。人の恋愛事情をたずねるのに下ネタを枕詞にするのはどうかと思うけれども。
「今日、ドリーム・マウスランドに行ってきたよ」
『お前、いきなりリスキーなことするな』
僕の言葉を聞いて、隆生は気づかわしげな声で応じた。
『前の彼氏と翔花が訪れてる可能性が高いだろ。色々と思い出すんじゃないか』
現場に居らずずとも彼はきちんと何が起きたかを見抜く。そうか、冷静に考えればわかることだったか、と浮き足立って気づくべきことに気づかなかった自分の愚かさを僕は噛みしめた。
『どうした』黙り込んだことに隆生は不審を示す。
「実は」と僕はデートの詳細を彼に明かした。
『お前、バカだろ』
話を聞き終えた親友の第一声はこれだ。
『焦りすぎにも程があるだろ』
焦る、その単語が僕の胸を衝く。
“自分が選んだ道だろ? それに、医者なんて大学だけで六年は通わなきゃいけない。プロになるっていうのはそういうもんだ。焦るな”
生徒に向けて急ぐなと言ったばかりだが、現状を見定めるべきなのは自分もだと思い知らされた。
『お前さあ、集中力もあるし努力も半端ないけど、その分まわりが見えなくなるよな。自分が損するだけならまだしも、他人まで傷つけたらダメだろ』
「すまん」『いや、俺に謝られてもな』
自分の失敗を改めて突きつけられて僕はひどく落ち込んだ。
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