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チャプタ―34

君へ向かうシナリオ34

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 それから、翔花が運ばれたという病院にたどりつくまでのことは断片的にしかおぼえていない。秀穂から病院の名前と住所を聞き出し、地下鉄の改札をくぐったらもうそこは病室の前だった、そんな感じだ。
 ここにつく直前、改めて秀穂から電話があり「過労と言うことよ」ということはつたえられていた。命に別状はない、と。それでも、実際に彼女の無事を確認しないと心配でたまらない。
 病室の扉をノックし、なかに入る。相部屋になった病室の一番手前のベッドに彼女の姿を認めた僕はその場に座り込みそうになった。
 一方、翔花はというと、こちらを目の当たりにした瞬間うれしそうな顔をしたと思ったら、ケンカをしていることを急に思い出したらしく無理して怒っているような表情を作る。僕は構わず彼女の側へと近寄った。
「心配したよ」
 気のきいた言葉が見つからずありのままを告げる。
 とたん、翔花は顔をゆがめた飛びかかるようにしてこちらと距離を詰めた。抱きつかれた衝撃の強さが、彼女のさびしさの尺度のように感じられる。それは背中の側にまで突き抜けた。
 さっきの秀穂の電話にはつづきがある。
『彼女、新しい教授に自分のことをアピールするのに必死だったのよ。もともと器用な性質(たち)じゃないから、能力やまじめさを押し出して気に入られようとした。結果、それが無理をすることに繋がったの』
『ふだんは以前の状態に戻っているように見えてもやっぱり、心の均衡を崩しているのよ。だから、過剰なまでに努力したり、怒ったりする』
 そんな翔花のことを考えれば、自分はもっと側にいるべきなのだろうと思う。それこそ同居や結婚という選択肢も考えるべきだ。
 だが、と強い躊躇いが胸のうちにはある。
 そんなことをすれば、自分の職業が彼女にバレてしまう。
 まず嘘をついていたことがあきらかになる。その上、エロゲーなどという代物を作るゲームディレクターをしていることがつたわれば必ず破局につながるはずだ。
 そして、それらの出来事は僕が傷つく以上に彼女に痛みを与えるだろう。
 自分だけが苦痛に耐えるのならいい。
 けれど、彼女までも苦しめることを考えればそんな選択肢は選べなかった。
 だから、僕は足りない分を補おうとするように翔花が自分から身を離すまでずっと彼女を抱きしめていた。
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