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チャプタ―38
君へ向かうシナリオ38
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朝から今まで翔花に連絡を取った。だが、何度文面を変えてメッセージを送っても翔花の返事は「ノー」だった。
ただ、それを責めたり憤ったりする資格は僕にはない。
だから、祈るような気持ちでスマートフォンを操作し、文字をつづり、せっセージを送る。
一方で、あと少しだったというのにという思いを抱いていた。もう少し時間があれば、嘘偽りではなく“作家”の肩書きを得ることができたのだ。
それが作家の前に“ライトノベル”がつくものであっても、世間体の悪さでは犯罪者一歩手前のエロゲーゲームディレクターとは天地の差がある。
けれど、あきらめるつもりはなかった。
僕は生きている。
彼女も生きている。
翔花と彼女の亡くなった彼との別れのようなどうしようもない状況にはないのだ。
だったら、あきらめない。
僕の背中を、祖父のひたむきに机に向かっていた背中という光景が押す。嵐に翻弄される船のごとく心を揺らしながら原稿を書きつづけた。
しかし、そんな気持ちにストップをかけるような出来事が起こる。
いつも通り、授業のために僕は専門学校の教室をおとずれた。そこで待っていたのは、期待に目を輝かせた野呂啓花だ。
瞬間的に殴りつけたい衝動に駆られる。それを奥歯に力をこめて必死にこらえた。
「先生、あたしと付き合う気になった」
「はっきり言う、僕は君が嫌いだ。講師として最低限の仕事は果たすが、君と個人的な付き合いなんてみじんもしたくない」
辞めさせられて困ることなどないのだ、僕はついに教室で言い放ってしまう。その場に居合わせた生徒たちは瞠目し、一方で口のほうは一様に閉ざした。
静寂のひろまった教室では啓花の不規則になった呼吸が大きく聞こえる。しばし呆然となっていた彼女はふいにこちらを睨みつけ、勢いよく顔をそむけて教室を出て行った。
何人かの生徒に事情を聞かれたが答えるのが面倒で僕は、なんでもない、という言葉をくり返すにとどめる。
ただ、それで何事もなく済むはずもない。数日後、休日に体験授業のために学校をおとずれたところ、険しい顔をした丘野に教務で呼び止められたのだ。眉間にしわを寄せ、口角のあたりに力がこもっている。
「野呂が学校に来なくなったのは知ってるっすか」
「いえ」
予想はしたが確認をわざわざする気になどなれるはずもなかった。
「先生、『はっきり言う、僕は君が嫌いだ。講師として最低限の仕事は果たすが、君と個人的な付き合いなんてみじんもしたくない』なんてことあの娘(こ)に言ったらしいっすね」
「そうですね」
詰問口調に対し僕はあっさりとうなずく。
そんな簡単に肯定するなど想像していなかったらしく丘野のあっけにとられた顔をした。が、すぐにふたたび表情を厳しいものにする。
「講師が生徒にそんなことを言っていいんすか」
「編集者も人間なので、付き合いづらい人間と付き合いやすい人、ふたりの作家がいて実力が同じであれば後者を選びます。僕も人間なので、極端な言動をとる人間をまっとうな相手と同じように扱うことはできません」
直接的には関係ないが、編集者の話を持ち出した。これは作り話ではなく、雑談のなかで実際に担当編集の口から出てきたせりふだ。編集者という単語を出され、丘野は一瞬ひるんだ顔をする。
「でも、まだ社会人じゃないんすよ」
「高校生でもあるまいし、まっとうな人付き合いのできない人間を放置してどうするつもりなんですか」
「だからって」
「責任をとって辞めろと言われれば辞めます」
なおもい言い募ろうとする丘野を、僕は切り札を使って黙らせた。
朝から今まで翔花に連絡を取った。だが、何度文面を変えてメッセージを送っても翔花の返事は「ノー」だった。
ただ、それを責めたり憤ったりする資格は僕にはない。
だから、祈るような気持ちでスマートフォンを操作し、文字をつづり、せっセージを送る。
一方で、あと少しだったというのにという思いを抱いていた。もう少し時間があれば、嘘偽りではなく“作家”の肩書きを得ることができたのだ。
それが作家の前に“ライトノベル”がつくものであっても、世間体の悪さでは犯罪者一歩手前のエロゲーゲームディレクターとは天地の差がある。
けれど、あきらめるつもりはなかった。
僕は生きている。
彼女も生きている。
翔花と彼女の亡くなった彼との別れのようなどうしようもない状況にはないのだ。
だったら、あきらめない。
僕の背中を、祖父のひたむきに机に向かっていた背中という光景が押す。嵐に翻弄される船のごとく心を揺らしながら原稿を書きつづけた。
しかし、そんな気持ちにストップをかけるような出来事が起こる。
いつも通り、授業のために僕は専門学校の教室をおとずれた。そこで待っていたのは、期待に目を輝かせた野呂啓花だ。
瞬間的に殴りつけたい衝動に駆られる。それを奥歯に力をこめて必死にこらえた。
「先生、あたしと付き合う気になった」
「はっきり言う、僕は君が嫌いだ。講師として最低限の仕事は果たすが、君と個人的な付き合いなんてみじんもしたくない」
辞めさせられて困ることなどないのだ、僕はついに教室で言い放ってしまう。その場に居合わせた生徒たちは瞠目し、一方で口のほうは一様に閉ざした。
静寂のひろまった教室では啓花の不規則になった呼吸が大きく聞こえる。しばし呆然となっていた彼女はふいにこちらを睨みつけ、勢いよく顔をそむけて教室を出て行った。
何人かの生徒に事情を聞かれたが答えるのが面倒で僕は、なんでもない、という言葉をくり返すにとどめる。
ただ、それで何事もなく済むはずもない。数日後、休日に体験授業のために学校をおとずれたところ、険しい顔をした丘野に教務で呼び止められたのだ。眉間にしわを寄せ、口角のあたりに力がこもっている。
「野呂が学校に来なくなったのは知ってるっすか」
「いえ」
予想はしたが確認をわざわざする気になどなれるはずもなかった。
「先生、『はっきり言う、僕は君が嫌いだ。講師として最低限の仕事は果たすが、君と個人的な付き合いなんてみじんもしたくない』なんてことあの娘(こ)に言ったらしいっすね」
「そうですね」
詰問口調に対し僕はあっさりとうなずく。
そんな簡単に肯定するなど想像していなかったらしく丘野のあっけにとられた顔をした。が、すぐにふたたび表情を厳しいものにする。
「講師が生徒にそんなことを言っていいんすか」
「編集者も人間なので、付き合いづらい人間と付き合いやすい人、ふたりの作家がいて実力が同じであれば後者を選びます。僕も人間なので、極端な言動をとる人間をまっとうな相手と同じように扱うことはできません」
直接的には関係ないが、編集者の話を持ち出した。これは作り話ではなく、雑談のなかで実際に担当編集の口から出てきたせりふだ。編集者という単語を出され、丘野は一瞬ひるんだ顔をする。
「でも、まだ社会人じゃないんすよ」
「高校生でもあるまいし、まっとうな人付き合いのできない人間を放置してどうするつもりなんですか」
「だからって」
「責任をとって辞めろと言われれば辞めます」
なおもい言い募ろうとする丘野を、僕は切り札を使って黙らせた。
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