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チャプタ―39

君へ向かうシナリオ39

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 とりあえず、野呂啓花に対することで学校からのお咎めはしばらくなかった。
 ただ、生徒の卒業制作の添削作業や編集作業は相変わらずつづいていて忙しいことに代わりはない。
 そこにライトノベルの執筆がかさなると思わず泣き言をもらしたくなるような忙しさがあった。
 しかも、最悪の事態が起こる。
 学校でインフルエンザが流行り、僕も生徒からうつされてしまったのだ。ふつうなら、安静に寝ているところだ。
 だが、僕はそうしなかった。いや、できなかったのだ。
 翔花からメールの返事は絶えていた。しかし、ただ会いに行って彼女を説得できる自信は僕にはない。
 だからこその“作家デビュー”だ。嘘を現実にして翔花に会いに行きたかった。それゆえに、熱に浮かされ汗で着ているものが驚くくらいに重みを増し、トイレに立つだけで足もとがおぼつかなくなっても小説を書くことを止めない。
 これ以上は書けないという状態になったところでベッドにもぐりこんでは眠り、起きてはパソコンに向かう。
 寝ている間は執筆している小説の内容を夢に見た。といっても、実は作品が私小説に近いものだから、それが過去の出来事を夢に見ているのかフィクションが再現されているのか当の本人ですら判別できない。
 田舎の高校生がそれぞれの特技をいかしてノベルゲーム制作にいどむ。
 それは僕自身の経験だ。
 夕陽のさしこむ教室や、冬のすんだ空気と青空、そういった青春の風景がくり返される。
 なつかしかった。まだ十年ほどしか経っていないけれど、だからこそむしょうに。鮮明におぼえているけれど、あの頃はもう返ってこない。
 あかるい気持ちのなかに切なさが混じる。
 と、遠いところから電子音が聞こえた。しばらくすると、夢の景色が薄れ出す。そして僕は目をさまし、スマートフォンに着信が入っていることを確認した。
 ただ、意識が朦朧としていて、今自分がいるのが本当に現実なのか確信が持てない。
 ふらつきながら、テーブルの上に手をのばす。
「どうだ、翔花とはうまくやってるか」
 親友の隆生の声が聞こえてきた。
「今まで、高校のころの夢見てた」
 嬉しくなって僕はその事実を告げる。
「どうした?」
「たぶん、そのうち作家デビューできると思う」
 ふだんの自分であれば発言の脈絡のなさに驚くところだが、今の僕の体調は最悪でそれどころではなかった。
 むちゃをした反動がついにやって来る。手からスマートフォンが落ちた。あ、と思ってそれを拾いあげようとする。
 だが、近づいたのはスマートフォンではなく床だった。
 倒れたのだ。ただ、それを認識する前に僕の意識は闇へと落ちていた。
「おい、巽。巽」という隆生のあせった声が遠くに聞こえる。
 心配するなよ、隆生。
 作品を完成させて、僕は翔花と仲直りするから。

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