銀の月

紅花翁草

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月乃宮なお

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 人工的に作られた白い石段。崩れ落ちた白い岩壁には苔が生えている。人の気配がない廃墟だった。
暖かい日の光と心地よい風が、昔、大切な場所だったのだと気付く。
 ぐるっと見渡せる小さな廃墟は、神殿跡らしき建物一つと、庭園らしい整えられた木々、模様のように彫られた溝を流れる水だけだった。
 屋根も壁も崩れているが、建物の奥にいくと小さな泉が造られていた。
 日の光に照らされた竜の石造と、今も溢れている水がきらきらと輝いている。この泉が外の庭園を流れる水の源になっているみたいだ。
 
(この水、美味しそうね。のど渇いたし)
 私は泉を覗き込んだ。
 短く整えられた黒髪がちょっと跳ねていた。
(む・・・寝癖がついてる・・この世界って鏡あるのかな?)
 水をすくって跳ねた髪をなでながら私は適当な石に腰掛けた。私は朝からの事を考えることにした。

(いつものようにセーラー服を慌てて着替えて、高校にいくはずだったのよね。・・・起きたらお祖母ちゃんの知り合いの家にいたんだよね・・・しかも日本じゃないらしく・・私の住んでた世界でもないらしい・・・でも、言葉は一緒だし・・・食べ物も一緒なんだよね・・・。ここに来た理由はお祖母ちゃんが知ってるみたいだから、帰ってから聞くとして、きっかけは多分あれかな?・・・昨日もらったカード。こっちの世界に一緒に来てたし。)

(それにしても・・・ここって気持ちいいなぁあ~)
 腕を上に伸ばして深呼吸をする。進学か就職か悩んでいた自分が癒されるようだった。

(家にもどろうかな。おじさんとおばさんはこの森の管理人みたいなこと言ってたけど、ここの遺跡を守ってるのかな?)

  遺跡に降り注ぐ光が、一瞬途切れた。
 突然、空から泉に向かって何かが落ちてくる。私はすぐに立ち上がり後ろに飛んだ。
 数秒の時間が流れ、何事もなかったような静けさが戻った。
(なになに・・・)
 私はゆっくりと泉の中を覗き込んだ。泉がちょっと茶色に濁っている。その下に白い物が見えた。
(ボール?毛が生えてる・・・動物?)
 肘くらいの深さしかない泉に右手を突っ込んで、その白いソフトボールみたいな物を取り上げた。
 服とスカートの拭きやすいところを使って濡れている体を包んでみる。
 ある程度拭き取ったので私は両手に乗せてまじまじと観察した。
(暖かい・・顔はどこだ?・・あ!この硬いのってクチバシ?・・・じゃ・・この左右にあるのが・・手?
ってことは・・・あった。足だ・・・・・・フクロウの子供ってたしかこんな感じだったかな?・・・)
 顔らしき場所を正面にして覗いていると黒いガラス玉みたいな目が開いた。
(あ・・起きた・・可愛いいなぁ~暴れないかな?逃げないかな?噛まないかな?)
 私は小さな声で、
「おはよぉ」
 手の中にいる小さな動物は開けたばかりの目をぱちぱちと瞬きしていた。
「おはようございます」
(え?)
 一瞬・・思考が止まった。
 私は呼吸をゆっくりと再開して手の中にいたものを、日向になっている石の上に置いた。
「喋れるんだ・・・」
 朝からの出来事があって、ちょっとファンタジーぽい展開に馴染んでいたのか?
 まあ、ありかなって納得しながら私は小さな動物に喋りかける。
「えっと・・はじめまして私の名前は月乃宮なお。・・あなたは?」
 目の位置が一緒になるように膝を落として、白いふわふらの子を見つめる。
「はじめましてです。僕の名前はまだ無いんです。」
 そういってその子はパタパタと腕らしきものを動かしていた。
 私はさっき腰掛けていた岩に座りなおして会話を再開する。
「あなたは・・フクロウの子?」
 まじまじと見ながら私はやっぱり可愛いな~って思って顔が緩んでいた。
「えっと・・僕・・・怖くないです?・・・」
「うん。全然!」 私は言葉を続けた。
 私はこの愛らしい生き物がなぜか大好きになっていた。一目惚れ?
 小さな白い子は、目をぱちぱちとして
「精獣って知っています?」
「ん?。・・・知らない。・・・それって何?」 
 私は興味津々で白い子に問いかけた。
 少し考えているのか、ちょっとの時間が流れる。
「僕達は魂の輝きが強い者と契約する事で大人になることが出来る種族なんです。そして契約の証に私は名前を付けて貰えるのです。」
 私は白い子の説明がいまいちよく理解できなかったがとりあえず納得してみた。
「じゃあ・・それまで、友達とか・・どうやって呼び合うの?」
「会話は直接相手の意識に伝わるので無くても・・・それに僕には、」
 そう言ってちょっと悲しそうな顔になった。
「ともだち・・いないの?」 私の問いに白い子は小さく頷いた。
「じゃあ・・私の友達になってよ、ね。だめかな?」
 私はちょっと強引だったかなと思い反省していた。
「いえ!そんなことはないです。」
 力強い言葉が返ってきた。
「じゃあ!今から友達ね! 私はなお。月乃宮なお。よろしくね!」
 私は嬉しくなってスクっと立ち上がった。
「呼び名が欲しいね。・・・呼び名なら別にいいよね?」
「はい。大丈夫だと思います。」
 私は小さな白い子をまじまじと見て考えてみた。
(適当に名前つけちゃうか。シロ・・・タマ・・・犬や猫みたいだし・・ひねりがないなぁ~
ん~~そだ!)
「モカ!」
 私はこっちを見ている白いその子に言い放った。
「どう?気に入らないかな?・・・かわいいとおもうんだけど。」
 びっくりしてちょっと萎縮したようにみえる,その子は困惑しながら
「ん~うん。はい!そうしましょう~」
 嬉しそうに腕を伸ばしている。
「ねぇ・・モカ?・・・私は今日の朝、この世界に来たの。」
 私は昨日までの世界と、朝からの出来事をモカに話した。小さい最初の友達に、意見とか助けてほしいとか、そんな気持ちで話してるんではなく、ただ、この世界が夢とかじゃなくて、私の中で本当の世界であってほしいような・・・なんか不安な気持ちをちょっと落ち着かしたいって思うところもあって・・・私はモカに語りかけていた。
「なおさんの世界ってどんなところだろ~行ってみたいです~」
 モカは私の話を信じてくれてゆらゆらと体を震わしていた・・うきうきしてるって感じに見えた。
「聞いた話ですが、異界へいく魔法があって実際に行った魔法士がいるって。でも、ものすごい魔力がいるから誰でもって訳にはいかないみたいです。」
 モカは立ち上がり(ちょっと足元が浮いたように見えるだけなんだけど、)
「月の王宮にいるルミナ様なら出来るかもです。」
 私はモカを両手で抱き上げた。
「モカ。ありがとね。」
 私は私の事を心配してくれているモカがとても大切なものになっていた。今日はじめて、心から笑っていた。

「モカ、私にこの世界のこと教えてくれない?、さっきのルミナ様って人のことや、いろんなこと。」
 私はモカの柔らかい毛と暖かい温もりを感じながら・・・お腹が鳴った・・・・。
 モカが目を丸くしている・・(もともと丸いんだけどね)
「お腹すいたね。」
「僕もです~。」
 そういって私たちは笑っていた。


 モカと私は廃墟を出ておじさんとおばさんのいる家に向かっていた。モカは私の肩の上辺りを
ふわふわと浮かんでいた。
「ルミナ様って人・・私の話をきいてくれるかな?・・国王様なんでしょ・・」

私の頭の上に乗っかったモカが力ない声で
「確か月の祭司もしてるはずです、神殿に行けば会えると思います。」
 
「ねぇ・・一緒に行ってくれない?」
 私は頭の上に乗っているモカに頼んでみた。
「もちろん!なおさんが無事に帰れるまで一緒にいきます。」
 私はモカの返事が嬉しかった。そしてちょっと意地悪っぽい口調で
「なお!って呼ばないと頭の上に乗せてあげないからね。」
 モカはちょっとテレながら私の事をなおって呼んでくれた。

 古いログハウスみたいな家が見えてきた。
 家の横には湖があり、家の周りは芝生と花で整えられている。
 晴天な青空がより一層地面の色を引き立たせている。
「あそこよ。」
 私はモカにそういってちょっと早足になっていた。
(家からいい匂いがしてる~なんのご飯かな~お腹すいたよ~)

 突然、岩が崩れたような鈍い音が後ろから聞こえた。立ち止まって振り向いた瞬間、頭から重みがなくなった。
 反射的に私は振り向く。
「うぁあー」
 モカの声が聞こえると同時に目の前には軽自動車くらい大きい黒い蜘蛛が地面から出てきているのが見えた。
 モカは蜘蛛の口から出ている太い白い糸に巻かれて捕らわれていた。
(なになに・・なんなの・・この蜘蛛。モカを食べるき?・・助けないと!)
 私は辺りを見渡して武器になるようなものを探してみた。・・・と、家からおじさんとおばさんが慌てて出てきたのが見えた。
「おじさん~モカが・・モカが蜘蛛に。」
 私はそういいながら家の脇にあった薪割り用の斧を取りに走っていく。
 蜘蛛へと駆け出したおじさんとすれちがった。
「なおちゃん。危ないから家にはいって。」
 おじさんはそう言って蜘蛛に向かって何かつぶやいていた。

 私は足の長さと同じくらいある長い斧に手をかけて、めいっぱいの力で持ち上げた。そして両手に握り締めたまま地面からすこし浮いた状態になっている斧先を固定したまま蜘蛛へと走った。

「なおー。たすけてー」
 モカは自分の状況を把握したみたいで絡まった糸の中でもがいていた。
 蜘蛛と対峙しているおじさんをみると伸ばした手がぼやけて見える。
「ザルド!」
 短く力の篭った声と共におじさんの手からぼやけてみえる玉のようなものが蜘蛛へと飛んでいく。
 蜘蛛の顔辺りに命中したけど・・少しよろけただけで、また体制を持ち直した。
 糸に絡まったモカが蜘蛛の口元から地面へと落ちる。
 蜘蛛が短い糸を吐く。おじさんに向かって一直線に飛んでいく。
 ひらりとかわした。また蜘蛛から糸が、今度は十数本まとめて飛んでいく。
「ウォルド。サイス。」
 おじさんの手前ですべての糸が止まって落ちた。振り上げた腕から空気を裂いた音が聞こえる。
(すごい。)
 おじさんと蜘蛛の戦いを走りながら見ていた私は、モカを助けようと全力で駆けていた。
「モカー。今助けるからねー」
 私は蜘蛛の足元に転がっているモカを助けようと蜘蛛の足めがけて力いっぱい斧をぶつけた。
 鈍い音とともに蜘蛛の足は砕け折れた。
(やった! 頭が下がった)
 私は振りぬいた斧と共に勢いよく回転して、頭めがけて斧を振りぬいた。
 果物がつぶれたような感覚と共に私の顔や手、足に白い液体が飛散した。
(ぎゃっあ!・・・気持ちわるい~)
 倒れた蜘蛛に斧を預けたまま私はモカを抱き上げて、巻きついている糸を千切ろうとしても切れなかった。
「大丈夫?」
 「うん。」 といったモカはちょっと痛そうだった。
「待っててね。おじさんに切って貰いましょう」
 私はモカを抱き上げておじさんの方を見た。
 「なおちゃん。家で待ってなさいって・・・ほら。服も顔も汚れてしまって、大丈夫かい。」
 おじさんは悪戯した子供を叱るような口調で私の側まで歩いてきていた。
「大切な友達なの、助けたかったの・・・ごめんなさい。」
 抱きかかえていたモカをおじさんに見せた。
「そうか・・・。」
 何か考え込むような表情で無言になっている。
「・・・ぐ。ぐう」
(お腹なっちゃった~~)
 私は無意味に体を動かした。誤魔化せるはずも無いのに・・
「お昼ごはんはお風呂の後だね」
 おじさんはちょと笑いながら、私を見ていた。
「はい。」
 私は力なくそう答えました。


 突然後ろから太い嗄れた声が聞こえてた。
「その精獣を渡せ。そいつは災いを持つ者、わが主、ローデル様と契約するのが定め。お前ら人間の扱える物ではないわ!」
 もう動かなくなっていた蜘蛛から聞こえている。
(なに?まだ生きてるの?こいつが喋ってるの?)
 私は生気がない蜘蛛を少し下がって見ていた。同じようにおじさんも蜘蛛の方を見ていた。
「災いってなによ!。扱うってなに。モカは道具じゃないのよ!誰がはい、判りました。って言うと思うのよ。!」
 動かない蜘蛛に向かって私は
「モカはモカ!選ぶのもモカ!あなたが決める事じゃないでしょ!」
 私はモカをぎゅっと抱きしめた。

 蜘蛛の体に黒い霧みたいなのが、現れた。その瞬間、おじさんが私の間に割ってはいる。
「なおちゃん下がって。闇がくる。」
 おじさんはまた何かつぶやきだした。

 よく見るとおじさんの周りにも霧みたいなのが見える。ぼんやりと白い光がおじさんを包んでいた。
 私は言われた通りに・・蜘蛛から離れて家の方へと後ずさりした。
 黒い霧が蜘蛛の中へと流れていく・・ぎしぎしと音を立てて蜘蛛が立ち上がる。
 対峙する蜘蛛とおじさん。突然おじさんが倒れた。
(え?・・どうしたの?・・おじさん?)
「おじさん!」
 倒れたおじさんは意識はあるようで私の行動を制止した。
「来るな・・・その子を連れて家に入りなさい。結界が守ってくれるから」
 何も出来ないことが判っていた。どうする事も出来ない無力な自分に。
 悔し涙を流していた。
「なおちゃん、こっちよ。」
 おばさんが入り口で待っている家に、向かって走り始めた。
「逃がすか。」
 さっきの蜘蛛からの声が私の頭に響いた。体に重みと苦痛がはしった。
 ひざをついて倒れた。
(重い・・なにこれ?動けない)
「モカ。大丈夫?」
 腕の中で潰されていないかと、モカを確認した。
「誰!蜘蛛を操ってこんなことして。隠れてないで出て来きないさい~。」
 押さえつけられながら少し動く顔を上げて怒鳴った。
「ふふっ。はい・・判りました。って素直に出るとおもっているのか。死にたくなければそいつをよこせ。」
(なにこいつ・・私の真似して・・むかつく~)
「力の無いものが無駄な事してなんになる。使われる立場をわきまえろ!・・そいつもお前も・・な。」

 悔しさが心を押しつぶしていた・・・・
(私はまだ、・・・決まってないの。・・・なんにも。・・・) 
 あふれる涙を否定するかのように激しく叫んだ。
「うるさいー!」
 空へと届く大きな声で私は叫んだ。
 
 突然、上空から光の玉みたいなのが落ちてきた。
  
 光は蜘蛛の後ろにある木に当たり、小さな爆音が聞こえて木は炎に包まれる。
 なおはすっと体が軽くなるを感じた。
(なに?・・助かったの?)
 私は腕の中にあるモカを確認する。気絶してるようだ。
 おじさんも私と同じように立ち上がっていた。こっちを見ている。
(よかった・・)
 おじさんに駆け寄ろうとした瞬間、私の後ろから大きな音とともに強い風が襲ってくる。
 振り向くと恐竜に羽が生えたような生き物が空から降りてくる。力強い羽ばたきがさっきの音と風の正体だった。
(ドラゴン?)
 蜘蛛と大差ないその竜をよく見ると人が乗っていた。全身赤色の鎧をまとっている。
(あの人が助けてくれたんだ。)
 竜が地面に着いたと同時にその人は竜の背から飛び降りた。流れる動きで私の方に歩いてくる。
「あ・・ありがとうございました。」
 私は竜の騎士に軽く頭を下げてお礼をいった。
 騎士は何も無かったように私の横を通りすぎていく。
(え・・無視?)
 騎士はおじさんの隣までいっておじさんと目を合わしたと思ったら、腕を燃えている木に向けた。
「ヴァルド!」
 叫ぶ騎士の手から火の玉が現れて飛んでいく。
 蜘蛛に当たり、轟音と共に燃え崩れた。
 蜘蛛がおじさんに向かって襲ってくるところだったが、蜘蛛は炎に包まれながら動かなくなった。
 私はゆっくりとおじさんと騎士に駆け寄り、改めて騎士にお礼を言った。
「あの、ありがとうございました。」
 私はやっと騎士の顔を見ることができた。
(えっ・・・女の子だ。私とおなじくらいの女の子だ・・・)
 きれいな赤い髪がとても印象的だった。
「逃げたようね。・・・何があったの?」
 私は蜘蛛が襲って来た事、モカを狙って来た事を話そうとした。・・・けど、おじさんが割って会話を止めた。
「ありがとう、ミリアちゃん。話は家でどうかな。久しぶりに会ったんだし、それに、なおを早くお風呂に入れてあげたいからね。」
 そう言って二人の視線は私に向けられた。
(うぅ・・・)
「あら・・・そうね・・そうしますわ。おじ様」
(知り合いだったのね・・・)
 ミリアと呼ばれた彼女はちょと驚いた顔をして、そしてちょっと笑っていた。
 彼女は乗ってきた竜の頭をなでてペットに話かける口調でおとなしく待っていなさいって言い聞かしていた。
(すごいな~すごいな~すごいな~)
 もう色んな事が起きすぎて私の思考は好奇心と期待でいっぱいだった。
 家に入ると、おばさんが何事も無かったかのように、お茶と香ばしいクッキーをテーブルに並べていた。
(う・・お腹すいたぁ~) 
「ぐっぐぅ~」
 私は正直なお腹を、抱きかかえていたモカで隠すようにおじさんたちを見た。

「まずは、お風呂が先ね」 お茶をいれていたおばさん。
「さ、その子をこっちに」 糸が巻きついたまま気絶しているモカに手を伸ばすおじさん。
「クッキー美味しそうね」 纏っていた鎧が光を放ちながら収縮して服の姿になったミリアさん。
 3人ともこっちを見て面白そうに笑っていた。

「クッキー残しておいてよ。」
 テレながら私はモカをおじさんに渡して私は浴室に走っていった。

 
 木の香りが心地よい湯船に、私はゆっくりと浸かっていた。

 目を閉じて、手を伸ばして深呼吸・・・体が疲れていたのがわかる。色んな事が頭に浮かんできた。
(もう、なにがなんだか・・異世界・・精獣・・大きな蜘蛛・・魔法・・竜・・おとぎ話の世界だよ~)
 私はふと・・私の世界で広まっていたカードゲームの世界観が浮かんできた。
 よくある世界観だからカードゲームを思い出さなくてもいいのに、私がカードゲームをしているから?昨日、お祖母ちゃんからカードをもらったから?・・・
(そうだ・・カードをおじさんに見せてみよう)
 湯船から起き上がった私は、おばさんが用意してくれた柔らかいタオルで体を拭いて、あたらしい服に着替えて、おじさんたちがいる部屋へと向かった。

 私が部屋に入ると楽しそうに話しているおじさんたちがいた。
 おばさんが私に気付いて席を立つ。

「さあ・・お腹空いたでしょ。お昼ごはんできてるからみんなで食べましょう。」
 台所から出来上がった食事を運び始めたのを見て、私はテーブルに着いて気になった事を聞いた。
「クッキー食べたい・・・」
 私はまたみんなに笑われるのが判っていたけど、それ以上に今食べたいって気持ちが抑えられなかった。
「はい。ご飯前だけど、特別ね」
 おばさんが食事を配り終えて、最後に私のところにクッキーを持ってきてくれた。
「おいしい~」
 香ばしく、サクサクとしてまだ暖かいクッキーを私はあっという間に食べてしまった。
(あ・・さきに食べちゃった・・)
「ちょっとまってて」
 空になった小皿を私は台所にすばやく片付けてテーブルに戻ってきて何事もなかったように席についた。
「お待たせ」
 私はそういって3人の顔をみた。やっぱり笑っていた。
 おじさんが食事前のお祈りを始めたので私も見よう見まねで合わしてみた。
「それではいただきましょう」
 おじさんの言葉でわたしは顔を上げて目の前にある料理を食べ始める。
 おばさんの料理はどれも美味しくて、どこかお祖母ちゃんの料理にも似てて・・・

(あ・・・モカ!)
 忘れてた訳ではないけど・・忘れてました・・・・空腹に負けました・・・。
 私は食事を止めて、おじさんに尋ねた。
「モカは?」
 ここに居なかったからまだ寝てると思うけど、おじさんが糸を取ってくれたとおもうけど、やっぱり心配になった。
 手を止めたおじさんは優しい笑顔で、
「大丈夫、糸もきれいに取れたよ。今はまだ寝てるけど傷もなかったし、心配ないからね。」
「そっか、よかった」
 早くモカに会いたくて私は料理を慌ただしく食べた。
「ごちそうさま!モカ見てくるね。」
 おじさんたちに声をかけて私は食器を台所にささっと片付けてモカを見にいった。

 小さな木のバケットに毛布に包まれたモカが寝息をたてながら寝ていた。
(よかった・・元気そうで・・)
 私はさっきの声を思い出した。
(災いを持つものって・・・)

 私がモカを見つめていると、ミリアさんが部屋にはいってきた。
「さっきはほんとにありがとう。 私は何も出来なくて・・おじさんも、モカも助けられなくて・・・」
 伝えてたい事がまとまらず、戸惑っている私を彼女は
「あなたの声が聞こえたから私は間に合ったのよ。だからちゃんと出来てたよ。」
 私は、ちょっと熱くなった胸を押さえながら彼女の目を見つめていた。
 彼女はモカを見ながら
「ねぇ・・あなたって別の世界から来たの?おじ様がいってたから」
「えぇ・・そうね。自分でも信じられないけど・・」
 モカの柔らかい毛をなでながら私はそう答えた。
(あ・・動いた)
 モカが少し動いたと思ったら、目をパチっと開けて私を見た。
「なお~大丈夫?・・・僕たち助かったの?」
 隣にいるミリアさんを見つけてモカは起き上がった。
 モカを抱き上げて
「うん、彼女が助けてくれたの。」
 すこし寄りかかるような感じでモカは私の腕の中にいた。
「なお~・・・お腹すいたよ~」
 モカの言葉を聞いて私たちは顔を見合ったまま笑っていた。
 モカが彼女にお礼を言ったのを聞いて、私はモカを部屋から連れ出した。ミリアさんも一緒に。
「おばさん~クッキーまだある~?」
 私は台所で食事の片付けをしているおばさんに声をかけた。
「あら・・まだ食べたいの? 今持ってくから待っててね」
 まだ私が食べるのかと勘違いしているおばさんが台所からクッキーとお茶をもってきて、私の膝の上に座っているモカを見つけておばさんはなぁんだって顔をしてモカに話しかけてた。
「お茶、熱いけど飲める?」
 モカはおばさんに軽く挨拶して
「はい、大丈夫だとおもいます。」
 クッキーをさっそくクチバシではさんで上手に食べていた。
「なお、これ、おいしいよ~」

 嬉しそうに食べているモカを見ながら私はおじさんとおばさん、ミリアさんに思っていることを話始める。
「おじさんとおばさんは私のお祖母ちゃんを知ってるんだよね?お祖母ちゃんってこっちの世界の人なの?」
 二人はそうだよって、うなずいた。
「じゃあ・・お祖母ちゃんはどうして私一人だけこっちに送ったんだろ?なにか聞いてる?」
(朝は訳が判らないまま食事して、言われるままに散歩してたんだよね・・)
「ああ・・・」 おじさんが私を見つめながら会話を続けた。
「なおのお祖母ちゃんは、私達に、ちょっと孫が悩んでるから気分転換に旅行させるので、そっちで面倒みてくれって頼まれただけだよ。・・・10日くらいしたら迎えに来るからって。」

.・・・え・・そんだけ・・・まあ・・悩んでたけど・・・おばあちゃんったら・・・

 私はぼやくように喋った。
「気分転換って・・こんな世界にいきなりきたら、転換しまくりの頭の中回りまくりだっての~」
 どっと疲れが出た私にミリアが訊ねてきた。
「あなたのお祖母さんって、どんな人なの?異界の移動が出来るほどの人ってそうそう居ないはずだけど、」

 私はミリアの疑問に答えた。

「お祖母ちゃんはごく普通の・・礼儀と躾にうるさいけど、やさしい人よ。そうね・・人と違うのって髪の色ぐらいよ。でも、イギリス生まれって言ってたから・・って嘘だったのね・・」
「ねぇ・・どんな色してるの?」
 ミリアがなぜそんなこと聞くのか判らなかったけど、私はきれいな銀髪だと答えた。
 ミリアはおじさんとおばさんを見て、なにか考えていた。

(モカも異界に行く魔術が使える人は少ないっていってた・・よね・・お祖母ちゃんって・・・)

「あ・・そういえばおじさんもおばさんも銀髪だよね・・・だからお祖母ちゃんの知り合いって聞いて納得したんだよね。ん?・・・もしかしておじさんたちって親戚になるの?」
 おばさんが私を見て、そうよ。って答えて
「私のお祖父さんと、あなたのお祖母様のお父さんが、兄弟だったの。だから・・私の父とあなたのお祖母様がいとこになるのよ。
(ん~・・・よくわからない~)

「ん~・・じゃあ私はここでのんびりとお祖母ちゃんまってればいいのかな~」
(迎えにきてくれるし・・10日か~)
 安心感とちょっと残念な気分になっている私に今度はおじさんが答えてくれた。
「それなんだけど、なおちゃん。ちょっと行って来てほしいところがあるんだよ。」
 どこか悲しげな表情で続けた。
「行かなければならなくなったって言った方がいいかな。」
 おじさんは私の膝でクッキーを食べながらお茶を飲んでいるモカを見つめていた。
 おばさんもミリアさんもモカを見つめていた。
(そうだ・・モカが襲われたんだった。私のことはもういいけど・・モカが・・)

 私はおじさん達に聞いてみた。
「モカ・・この子ね。また襲われるよね?私じゃ守れないし、帰っちゃうし・・どうしたらいい?私になにかできる?」
 モカが自分のことの話になったのでクッキーを食べるのをやめて私の方を見ている。

 隣に座っているミリアが私とモカを見ながら聞いてきた。
「ねえ、その子って精獣だよね?おじ様からいろいろ聞いてたんだけど、あなたはその子と契約したの?」
 私はモカと出合ったときの事をみんなに話した。
「ううん。違うの。契約とかじゃなくて、友達として呼び合う名前がほしくて、私が勝手につけたの。モカもそれならいいって言ってたから。」
 モカが私の言葉に付け足すように聞いてきた。
「なお~。僕の名前、なんでモカってつけたの?」
「え・・」
(泉に落ちたとき水が濁ってコーヒーみたいになったから・・って言えないしな~)

 私はちょっと引き攣った笑顔を元に戻して
「意味はないのよ。可愛い名前をつけてみたの。かわいいでしょ?・・・」
 みんなに同意を求めるように私は答えた。
 ミリアさんは珍しそうに私達を見ながら、さらに聞いてきた。
「この世界の人じゃないあなたらしいわね。精獣ってのは、特別な存在で滅多なことがないかぎり、人と関わらないのよ。友達にしようなんて考えないし、それに、出来ないしね。・・・そうでしょ。モカちゃん。」
 面白いものでも見てるような目でモカに話しかけた。
「はい。出来ないです。」
 モカは謝るような声で言葉を続けた。
「でも・・僕を僕として見てくれたから、友達っていってくれたのが嬉しくて・・・」
 私は萎縮しているモカをそっと抱き上げて誰となく聞いて見た。
「出来ないってなんで?精獣だから?人じゃないから?物みたいに接するのが当たり前なの?」
 私はだんだん声が大きくなっていった。
「契約・契約ってモカはそのためだけに存在するの?」
 私はやり場のない感情で言葉と体に力が入っていた。
「ごめんなさい。」
 私は何も判っていないのに、自分勝手に怒ってしまってた過ちに反省して、少し深呼吸してミリアさんに頭を下げる。
「あなたの竜も契約とかなの?・・あなたの言葉は道具扱いには見えなかったけど・・」
「私のほうこそ、ごめんなさいね、悪気はなかったのよ」
 ミリアさんが謝りながら話を続けてくれた。
「そうね・・私は火の神を守る一族で、神官になると神の使いとされる竜を従えて竜騎士って言うのになれるの。まわりからみればこれも契約のひとつといってもいいのかもね。でも私もあなたと同じ。」
 窓から見える竜を見ながらミリアは言葉を続けた。
「あの子は私の家族よ。とても大切な、だから、私はあなたがその子を友達として接しているのが嬉しくてね。その子もあなたの事を大切な友達と思っている事もね。」

「そうだったの・・・ごめんなさい。」 私はミリアさんにもう一度謝った。

「精獣ってね、竜とかと違って、数も少ないし、人が精獣と契約するって言うより精獣が人を選んで契約するって方が正しいかな・・・ん~私から言わないほうがいいかな。」
 そう言ってミリアさんはモカを見つめていた。
 何かの合図だったのか、モカは私の腕の中から離れて、テーブル真ん中から私を見てきた。
「なお~。」
 寂しい声でモカは喋り始めた。
「僕達の契約って言うのは、詳しくいうと、契約した人間が生きてる間ずっと側にいて、色んな力を与えて、魔力を上げたり、肉体的に強靭にしたり、幸運を与えたりとか、それぞれ違うんだけど・・・
で、見返りに死んだとき、魂を貰うの。その魂を取り込んだときに僕達は、聖獣になる事が出来るの。より強い魂ほど、聖獣になったときの力が増すから、魂の力が強い人間・・・精神力の強い人間に僕達は姿を見せて契約するのです・・・」

 私はちょっと驚いたけど、それと友達になれないって意味がまだよくわからなかった。
「ふ~ん。でもそれって、友達になれないってのと関係あるの?モカが誰かと契約したら、もう会えないのは判ったけど・・・」
 手を伸ばしてモカの頭をやさしく撫でたおじさんが口を開く。
「それは私から説明しようかね。」 撫でた手を収めて話始めた。

「モカが言ったように精獣が契約したい人間に姿を見せて契約をする。そして人間は力の代償に命を差し出す。これがこの世界の常識って事は分かるよね?」
 私は素直にうなずいた。
「だから、この世界の人間は精獣をひとつの神として、また悪魔として、拝め恐れる存在なんだ。そうやって教えられた者たちが実際に精獣と対峙したとき、どんな態度をとるか・・・わかるかね?」
 私は想像してみた。神とか悪魔が私の前に現れたら・・・
「この感情がまず、人間側からみて、友達になれない理由になるね。」
 おじさんは私に微笑みながら会話を続けた。
「そして、精獣は契約したい人間の前にしか、姿を現さない。これは今までの歴史上絶対だった事なんだよ。・・・契約するために人間と関わる・・・これが精獣側からの友達に出来ないって理由。」
 モカが黙っている。そのモカの頭をおじさんがまた撫でて
「だけどね・・この子は何らかの理由で、なおに見つかった。そしてなおはこの世界の常識に縛られなかったから、この子を普通に扱った。それが嬉しかったんだろうね。この子はまだ契約者を選べるほど育ってないみたいだし・・・」
 モカがうん、と頷いたのをおじさんは確認して話を続けた。
「精神力のない人間には見ることも、触れることもできないんだよ。」
「え・・」 なおはおじさんに聞き返す。
「たとえモカがあの場所にいたとしても、なおに力がなかったら見えなかったって事だよ。」
(私の力・・・)

「さて・・・ここからが本題だよ。」
 おじさんは手を戻して厳しい顔つきになってテーブルについている私達を見渡した。
「結論から言うと・・なおとこの子は契約が発生している。っといっていいだろうね。」
 私はびっくりしてモカを見たら、モカもびっくりしていた。二人でおじさんの顔を見る。
「え・・名前っていっても呼び名ってことだったし・・・」 私が慌てながら喋って、
「僕も契約するとかじゃなくて・・・友達っていってくれたし」 不安そうな声でおじさんを見ている。

 おじさんは私とモカを見つめてさらに続けた。
「発生であって,まだ成立はしていないって事だよ。この子はまだ契約できるまで育ってないから契約の魔法陣が作れない。予約をしていると言った方が分かりやすいかな。」
 モカも私も言葉なくただ、おじさんの話を聞いていた。
「普通は精獣の方から契約を進めるものなのだが、未熟な精獣にはその権利みたいなものがないみたいだね。だから、なおが名前をつけて、この子が承諾した時点で、なおが契約の儀式をしたことになる。だけど、この子には契約の力がまだないので実際には、魂の癒合も獣力の結合も起きない。・・・ではいつ成立するのか。」
 おじさんは一呼吸置いてテーブルにあったお茶を飲んだ。そしてモカに目線をやると
「この子が成熟し、魔方陣をだした時、強制的に契約が成立すると思う。なおがその場に居なくてもね。」

 私は、事の大きさと過ち、モカの未来、人生を決めてしまったこと。色々な思いで何を考えればいいのか判らなくなっていた。
 モカを両手でやさしく持ち上げて、私は小さな声でモカに謝った。
「・・・どうしよう~」
 モカを膝の上に戻して私はみんなに聞こうと顔を上げた。
「ねぇ、おじ様。それって魔方陣を出さなければずっと保留ってことになるのよね?」
 ミリアさんが悩んでいた私の答えを見つけてくれた。
「あ、そうだよね。そうでしょ、おじさん。」 
 おじさんに詰め寄るかのように私は訊いた。
「ああ、そうだね。なおとの契約はそれで回避できるだろうけど、そうすると、この子はずっと聖獣になれないのだよ。」
(そうだった・・・モカは、私以外と契約できないんだった。)
 膝の上にいたモカが私の方にくるっと向いた。
「僕は、大丈夫です。聖獣になるのがずっと先になるだけだから、なおとさよならするまでこのまま一緒にいたいです。」
「さよなら?・・そっか私はこの世界から消えるわけだから、無効ってことになるのか」
 私はこっちの世界をたくさん見てみたかったけれど、すぐに迎えが来るのを思いだして少し寂しくなった。
「なおちゃん。それはちょっと違うかな。 その子はもう納得したみたいだけど。」
 おじさんはモカに優しく語りかける。
「その子は私達と違って寿命っていうのがまだ無いのだよ。聖獣になって初めて寿命が出来るのだけど、それでも500年とか生きるからね。だから、その子が言っている、さよならは、なおが大人になっておばあちゃんになって体から魂が放れた時のことを言っているんだよ。どこに居ようと契約は切れないだろうね。」
(わたしが死ぬまでモカはこのまま・・・)
 モカはもう迷いがないのか、私に笑顔を見せていたが私はまだ前を向くことが出来なかった。
「モカ・・いいの?」
「うん。 その代わり、僕をなおの世界に連れてってよ。」
 モカが嬉しそうに私にせがむ姿で私はやっと前に向くことが出来た。
「もちろん!お祖母ちゃんに頼んで一緒に行こうね。」
 私に笑顔が戻ったので、おばさんは台所に戻ってクッキーとお茶のおかわりをもって来てくれた。
「おじ様・おば様。私は用事の途中だったので先に失礼しますね。さっきの魔族の事も伝えときますね。」
 ミリアさんが席を立って笑顔で私とモカを見た。
「じゃ後でまた会いましょう。モカちゃんもまた会おうね。」
 私は急いで席を立ちドアから出て行こうとするミリアさんを呼び止めた。
「えっと、ミリアさん、色々ありがとう。私達の事なのに心配してもらって。」
「いいの。気にしないで、あなたのこと気に入ったから、もしよかったら私の事ミリアって呼んでね。
じゃまたね。」
 ミリアさんは扉を開けると同時に胸の辺りから光があふれて、出合ったときの鎧姿にもどっていた。
 私も後を追って、家の外に出るとミリアさんは竜の背中に跨るところだった。
「私の事もなおってよんでね~。今度その子に乗せてください~」
 ミリアさんが竜の背から手を上げて
「なお。その約束は難しいかも。今度挑戦させてあげるね~。」
 翼の羽ばたきと共に飛びだった竜に手を振りながら私はふと思い出した。
(あれ?私が行かなければならないって場所の話ってどうなったんだろう?)

 家の中に戻った私は、モカとテーブルに座って暖かいお茶とクッキーに手を出した。
「おじさん、私どこいくの?」
 もう、モカとの問題はとりあえず解決した安堵感もあって私とモカはクッキーを食べながら訊いていた。
「月の王宮。ルミナ様に手紙を渡して欲しいのだよ。モカと一緒に。」
 私とモカは『ルミナ様』っていう単語を聞いて顔を見合わした。
(王様に会うの?・・・手紙?)
「私が直接渡すの?」
「手紙には二人の事を書いておいたから、直接会って話を聴くといいだろう。」
 ちょっと不安になったけど、私はモカと一緒に出かけることが嬉しくて、はい。と返事をした。
(モカもルミナ様って人の事知ってたし、大丈夫だね。)
 モカも嬉しそうにクッキーを食べていた。

 王宮のある町は、ここから4時間くらい歩いた場所のオルトリアスって言う町にあるらしく、賑やかで活気に溢れているらしい。
 私は太陽がすでに落ちて暗くなった外を寝室の窓からモカと二人で見ていた。モカは頭に乗っている。
 月明かりに照らされた水面がきらきらと輝いていた。
 夜なのに結構明るいのが気になって私は月を探してみた。
(満月なのかな?・・・・うわ!)
「月・・・まぶしすぎ~」
 円に近い形の月は野球場の照明みたいに白く光っている。
「こっちの月って明るいのね。」
「なおの世界の月は光ってないの?」
 私とモカはそれぞれの月の話をした。
 モカの話によると月の光も魔力の源になっていて、そして月の王宮の隣にある、銀礼の神殿と呼ばれる場所がなんか魔術的な施設になっているらしい。
「じゃあ・・太陽の方も同じような感じなの?」
 モカは「うん。」 と答えて太陽は同じオルトリアスの中にある光の塔が関係してるって教えてくれた。
 私は慣れない世界の常識というものを自分の常識として少しずつ吸収していく事がなにか楽しくなっていた。
「モカ。明日から一緒だね。」
 突然、異世界にきて、昨日までの悩みがとても小さな事なんだったんだなあ~。と感じた私は、明日からの想いに胸が一杯になっていた。
「ねぇ。モカって歳いくつなの?」
「人の時間で言うと8年くらいです。」
(あ・・そっかこっちの世界って私の世界と時間の流れ方って違うのかな?こっちの10日って元の世界のどれくらいなんだろう・・学校・・休みになってるのかな・・・)
 授業の事やテストの事が頭を過ぎったけどモカを見て私は頭を左右に振って元に戻した。
「モカはどうしてあそこに落ちてきたの?」
 私はまだモカの事を何も知らなかった。
「僕達の住んでいる所は精霊界って言って、この世界と交わる別世界になるんです。ほかにも魔族がすむ魔界、神族が住む天界があって、それぞれこの人界を中心に繋がっているのです。」
 私は頭の中に天国や地獄みたいな世界を思い浮かべていた。
「で・・僕は、精霊界にいるのが嫌になって飛び出してきたのです。」
「え・・それって家出?」
 モカは頭の上でもじもじしている
「はいです。でも僕達精霊族は、家族とか無くて自由に生きているので、別にいいのです。僕は次元の移動がまだ上手くできなかったので、たまたまあそこに落ちてしまいました。」
 私はモカを窓枠に下ろし、外の景色を一緒に見た。

 静寂の夜空に、月が銀色に輝いている。

「そっか・・・。明日から一緒にがんばろうね。」
 私はモカも悩み事があるんだなって知って、二人で乗り越えられたいいなって思っていた。
 私は布団の中に入るとモカが私の枕の横にちょこんと座って目を閉じた。
(そこで寝るのね。ほんと可愛い~)
 寝つきの悪い私は、珍しく深い眠りに落ちていく。
 
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