銀の月

紅花翁草

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ミレナの加護

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 地上に戻る岩の螺旋階段を、私はルミナさん、ナムルさんと一緒に上っていった。
 モカは私の頭に上にいる。
 なぜか私は、ルミナさんの手を握ったままだった。放すタイミングがなかったのと、別に嫌じゃなかったのもあり、ずっと手を繋いでいた。

「ティオはもう勉強のほう、終わったのかな?」
 ルミナさんに聞くのでもなく、ナムルさんに聞くのでもなく、独り言のように私は聞いた。
 私の後ろにいるナムルさんが答えてくれた。
「はい。もう教室でまっていると思いますよ。」

 手に握ったままの500円玉くらいある大きな淡く光る宝石を見た。
 よく見ると濁りのない透明な石だった。
(水晶かな? でも光ってるし。 服って・・・なんだろ・・・あっ。)
「ルミナさん、この石ってハミルさんの鎧とかと一緒のやつですか?鎧を脱ぐときに光って消えるやつ。」
 私の手を握ったまま視線を石に落としたルミナさんはすこし楽しそうに答えてくれた。
「ええ。そうですね。宝印石といって宝石の中に防具や武器を魔力によって閉じ込める物なんだけど、そのままだと持ちにくいので指輪にしたり首飾りにしたり髪留めにしたりするの。使い方は簡単です。着たいと念じるだけでいいのよ。戻すときは逆に脱ぐって思えばいいだけ。」

 便利な物なんだと、感心して、ふと着てみたくなった。
「今、着けてみてもいいかな?」
「着れないことはないけど、今着ている服に似合うかどうか。普通は選んだ宝石に、鎧やローブを封印するから、問題ないのだけれど。」

 今着ている服は、ティオに借りた純白のすこし刺繍とレースが入ったドレス。上下分かれていて腰にはおじさんに貰った皮のカードホルダーが場違いな雰囲気を出していた。

「最初の試着は部屋に戻ってから服を脱いでしたほうがよさそうですね。そして似合う服を仕立てましょうか。」
 私はどんな服が入っているのが早く知りたくて仕方がなかった。
「その宝印石もペンダントに施してもらいましょうね。それと、宝印石を貰った事は、内緒にしておいてね。」
「ティオにも?」
「ティオはいいのよ。ティオ以外の人には内緒にね。」
 私は落とさないようにしっかりと宝印石を握り直し、スカートに付いていたポケットに入れた。 

 ルミナさんと手を繋いで登っている螺旋階段が終わり、私は入り口最初の扉のところでルミナさんとナムルさんと別れる。

 手に残った温もりがすこし淋しい気持ちになった私は、モカを頭から降ろして胸に抱きしめた。そして、ティオが待っている教室に歩いていく。

 
 廊下の一番奥にある大きな扉の前に来た私は、扉を目前にあることに気付いた。
「ねえ・・・モカ。」
「はいです? 」 腕の中にいるモカが小さく返事した。
「この扉ってどうやって開くの?」
 私は取りあえず、ナムルさんがやったように手を出して扉を押してみた。
 冷たい木の感触が手のひらに感じるだけで、何も起きなかった。
「開かないね・・・」
 すこし考えてみる。
(中にティオは居ると思うから、叩いて呼んでみるか・・・)
「なおさん。お帰りなさい。」
 廊下の奥からソリアルさんが歩いてきたのが見えた。
(よかった、ソリアルさんに開けてもらえそうね。)

 挨拶をした私はソリアルさんと一緒に、ティオが待っている教室へと入っていった。

 大きな円卓を挟んで窓側の椅子にティオが座って寛いでいた。
「おかえり、なお。」
「おまたせ、ティオ。」
 挨拶を交わして私はティオの隣にいる背の高い女性に軽い会釈をした。

 部屋には制服からドレスに着替えたティオと、薄い黄色のドレスを着た彼女だけが残っている。
 彼女は私に自己紹介をした。
 名前はマール・カルト。 ティオより5歳年上で遠い血縁関係になるらしい。ルミナさんのお祖父様の妹さんがマールさんのお祖母さんと教えて貰うが・・・私は聞き流していた。
 
 ソリアルさんが彼女の紹介の補足をするように私に話してくれた。
「今の生徒の中で一番安定した魔力と技術を持っているのよ。今度の月礼祭で卒業して巫女になるの。」
「マールさん、本当におめでとう。あと少しだけど、みなさんといい思い出作ってくださいね。巫女として忙しい日々に追われると思いますが、あなたなら、大丈夫。期待していますよ。」

 ティオも彼女を称えていた。
「そうよね。マールさんならすぐに王宮巫女にも銀礼の巫女にもなれますね。私もマールさんに負けないように頑張らないと。」

 ソリアルさんが「そうしてください。」と言葉を挟むと。
 3人の笑い声が教室に響いていた。
 私も小さく微笑んだ。

 仕事に戻ると言ってソリアルさんが教室を出ていった。
 静かになった教室でティオが私に聞いてきた。
「ねえ。ナセラ様にあってきたの?」
(えっ。 言っていいのかな? マールさんいるけど・・・)
 私はちょっと戸惑ったけど、答えた。
「うん。会って来た。ちょっと怖かったけど、ルミナさんが居てくれたので大丈夫だったよ。」
「やっぱり、お母様いたのね。で、何か話したの?」

 マールさんの視線が気になったが言える事だけ話してみることにした。
「えっと。モカの話だけ、モカとなにか話してたみたいだけど、声で会話してなかったから。」
「ねっ。モカ。」

 ティオに嘘を言うのが辛くなって私はモカに話を移した。
「ん。? あ、はい。精霊界の話とか色々な話をしましたです。」
 モカは私の気持ちを受け止めて上手に会話を終わらせてくれた。
「そっか~。でも会えるだけでも凄いよね。私はまだ会ったことないのよ。」
「ほんとうに、羨ましいですね。ナセラ様と謁見できるのって数少ない人だけだから。」

 ティオとマールさんの言葉で私は稀な体験をしたのだと今頃、感じた。
(そんなナセラ様をおじ様呼ばわりした事は言えない・・・)

「そうなんだぁ。モカが一緒だから会えたんだね。」
 私はこの話題を早く終わらせたい思いで、つくろった言葉を発していた。
 不自然な会話だとティオが察したらしく、私の顔を覗き込む感じで見つめているのが見えた。
 
 だけど、初対面なマールさんはモカを見つめて私の会話に合わした。
「モカ様はこの国の宝ですからね。 とてもお優しい方だと感じます。なおさんのお祖母様の頼み事とはいえ、契約者の側を離れるなんて凄いことですし、それに私達に接するお心が暖かいですし。」
 モカも私もすこし驚いてマールさんを見た。
「あ、ありがとう・・・」
 私は意味もない返事をしていた。
 モカは照れているらしく腕の中でもそもそしていた。

「私もモカ様みたいな精獣と契約したいです・・・」
 今度はティオがすこし驚いたようだった。
「え?マールさん宝力ほしいの?」
「宝力というより、ルミナ様やいずれはティオを守ってあげれる力が欲しいかな。この町もみんなも。」
「マールさんなら宝力なんてなくても出来ますって。私が保証します。」
「あなたに言われないでも、そのつもりよ。」
 そういったマールさんの口元から笑い声が漏れ、ティオもマールさんの会話の口調が可笑しかったらしく、大きな笑い声を出していた。



 私達は教室を出て、教会になっている広場を抜けて、青い絨毯を並んで歩いていく。
 いつの間にかハミルさんが後ろを歩いている。
「ねえ、ティオ。ハミルさんっていっつもあんな感じなの?」
「私が話しかけない限り、あんな感じよ。」
 後ろのハミルさんをちらっと覗いた私はティオとマールさんよりすこし前に出て、日が傾きオレンジ色になった空の見える門の外に飛び出した。

 振り向いた私は、マールさんに別れの挨拶をして、追い着いたティオの腕を取って庭園へと続く道をすこし駆け足で歩いていった。
 ハミルさんが離れないように駆け足で付いて来てくる。 
 夕日に照らされた庭園に入った私とティオは、立ち止まり振り返った。

「一緒に歩かないとね。」
 ティオに促して私は掴んでいた腕を放した。
「子供ね。」
 ティオが皮肉めいた言葉を私にかけてきたけど、照れた顔を隠す笑顔が可愛かった。
 鳥の囀りがなくなった静かな庭園を、私はすこし早足で駆け抜け、後ろを並んで歩くティオとハミルさんを中庭で待っていた。

「やっぱりお姫様と騎士様ってむりなのかな?」
 モカと私は庭園から出てくる二人を眺めていた。
「わかんないです。」
「そりゃそうだよね。」

 私は小さく深呼吸した。
「お腹すいたね。」 何気に出た言葉だった。
「すいたです。」 モカは普通に返答した。
 小さく笑っている私とモカを不思議そうに見ながら歩いてくるお姫様とナイト様が見えた。

「ティオー!。ごめん、お腹すいた。」

 近づく二人も小さく笑って私達4人は並んで歩いた。
 城に戻り、長い通路から階段を上がって、ティオの部屋の手前でティオとハミルさんがとまった。
「ん?なに?」

「ここが、なおのお部屋よ。食事があと少しで準備できるとおもうから、それまで、ここで待っててね。」
 ティオの部屋から3部屋くらい手前の扉をハミルさんが開けてくれた。

 暗くなった窓にはカーテンが閉められ、部屋には電球みたいに光る照明が天井や壁で灯かっていて、まぶしいくらいだった。
 おおきなベットと小さなソファとテーブルがあり、西洋の高級ホテルの部屋のイメージがした。

「すぐに使いの者を呼ぶから、言い付けてくださいね。」
「あ。そう。ありがとう・・・」
 私はティオの言われるまま、部屋に入ってモカと二人、待つことにした。

 することもないので私は銀竜のナセラおじ様から貰った宝印石を見ながらふかふかのベットに寝転んだ。
 モカもつられてベットでゴロゴロしていた。

「色んな事があって疲れたね。」
 モカも『はいです。』と返事をして私達はまたゴロゴロしている。

 扉を叩く音がしたので私はベットから起き上がって扉を開けにいく。
 ぐっと、木の扉を押し開けると、メイドさんが二人立っている。
 二人とも、艶のある綺麗な黒髪をしていた。
(あ・・なんか落ち着くかも。)

 私の変な視線にどう思ったのか、メイドの一人が小さな笑みを浮かべて声をかけてきた。
「お着替えの用意とお茶の用意をお持ちしました。」
 私は『ありがとう。』と返事をして扉の取っ手をメイドさんに渡した。

 部屋へとワゴンを運んでいるメイドさん達を私はベットの横で立ちながら眺めていた。
(こういうときは・・・・椅子に座ってるべきなのだろうか?・・・)
 慣れない緊張が私の体を少し堅くしている。

 ほどよく、テーブルにお茶とクッキーが置かれ、入り口近くに移動型のクローゼットが設置される。
「なお様。温かいお茶を入れましたのでどうぞ。」
 そう言って、二人のメイドさんはクローゼットの横で待機状態になった。

 私は軽く会釈してソファに腰掛け、お茶とクッキーを頂いた。もちろん、モカもベットから飛んできて私の膝の上に座っている。
「ありがとう。美味しかったです。」

 私が、待機しているメイドさん達に声をかけると合図したかのようにクローゼットの扉を開ける。
「着替えの衣装です。ごゆるりとお選びください」
 10着くらいあるドレスが目に入ってくる。
(これまた・・・凄いドレスがありそうね・・・・)

 モカにクッキーを渡しながらソファから覗いてみた。
 ほどなく、モカを膝から下ろして、私はクローゼットに移動した。

「この着替えは食事用なの?」
 メイドさんにドレスを選びながら私は聞いてみた。
「いえ。そういうわけではないです。お城内の部屋着としてお使い下さい。」
 そう言われてドレスをよく見ると、薄いシンプルなドレスと刺繍が施された厚めの上着。それにフリルや宝飾が付いている。腰から下に付けるスカートの3点セットな服が並んでいた。

 薄い黄色がベースになっているドレス。濃いオレンジの刺繍と、花を模ったアクセントの付いた白い上着に、ドレスと同じ色でオレンジの宝石が銀細工と一緒に飾られているスカートのセットを選んで、メイドさんに渡した。
「これを、お願いします。」

 メイドさんがドレスを広げて着替えの仕度を始めたので、私はポケットにある宝印石をテーブルでまだクッキーを食べていたモカに渡す事にした。
「モカ。これちょっと持っててね。」
 モカはクッキーを食べるのをやめて、ソファに座り私はそのモカとソファの間に隠す用に石を入れた。
 カードが入っている腰ベルトもソファの上に置いた。

 待っているメイドさんの所にもどって私は着替えを済ませた。

「モカ。お待たせ。」 私はソファに戻ってモカを膝の上に乗せ、宝印石を手に取った。
 着替えた服にはポケットらしい物が無かったので、私は胸の下着の中にとりあえず押し込んでみる。
(ちょっと痛いけどまあ・・いっか)


 クローゼットを片付け始めたメイドさんの一人がテーブルの横のワゴンのところにきた。
「のちほど、姫様がお迎えに来られますのでしばらくお待ち下さい。」
「こちら、お下げしますか?」
 私はまだクッキーを食べようとしているモカを見て。
「はい。お願いします。」
 モカはまだ食べたそうだったけど、私はメイドさんに片づけをお願いした。
「これから、食事って言ってたし、お腹一杯にしちゃだめでしょ。」
 小さく笑いながら私は、モカの頭を撫でた。

 片づけを終えたメイドさんたちが扉から出て行くのを見送って、私はカーテンが架かっている窓から外を眺めてみた。

 もう暗闇が空を覆い尽くしていたけど、大きな銀色の丸い月が白い城壁を淡く照らしている。

「いまさらだけど・・・凄いところに来たんだな~。」

 見慣れない月を眺めながら私は一人、呟いていた。
 モカが私の横に来て窓の縁に座った。

「ボクも人界って初めてです。」
 私はモカの言葉を聞いて
「そうよね。モカも初めてなんだよね。色々行って見たいけど、怖い気持ちも一杯あるよね。あと、9日なのか~。」
 モカを抱きかかえて、私は城壁の上に拡がる、町の灯火に目線を移した。

 扉を叩く音がしたので、私は返事をした。
 開けられた扉の隙間からティオが笑顔とともに飛び込んでくる。

「なお~いくよ~。」
 私はそんなティオを見て、元気になっていくのが判った。

 ティオは濃いピンクのドレスに白い上着とスカートのセットを着ていた。上着とスカートには薄いピンクの花の装飾が施されている。

「なお。やっぱりドレス似合ってるね。」
 ティオに「ありがとう。」と返事をして
「こういう服って今まで着た事なかったのよね。」
「なおはいつもどんな服着てるの?」
 私はいつもの風景を思い出していた。

「色々よ。学校の制服とか、暖かい日はシャツと、ジーンズっていうズボンで、寒い日にはセーターとか色々。」
 ティオがよく分からないって顔をしながら考えていた。
 私は、ティオが制服を来ている格好を想像しながら答えた。
「絵にして今度見せてあげるね。」
「お願いね。」 ティオの顔が笑顔に変わっていた。

 私はモカを抱いてティオと共に部屋を出た。外には一人のメイドさんが待っていた。さっき扉を開けたのは彼女だったようです。
「あれ?ハミルさんは?」
 私はいつも一緒にいると思っていた護衛のナイト様が居ないのが気になった。

「今日は、もう外出もしないし来客も来ないので宿舎に戻ってるの。ずっと一緒だと、彼の時間が無いでしょ。」
 私は「そういや、そうね。」と答えてメイドさんの後をティオと一緒に歩き出した。
 ティオがそのまま言葉を続けた。
「それに、なおは身内扱いだし、食事も家族の部屋で行なうから。この階を守備兵の方々が守ってくれます。」
「そっか。」 私は身内扱いと言われて、緊張が解けた声で答えていた。
 そんな私を見て、ティオは嬉しそうな笑顔をしている。


 階段近くの扉が開かれていて、私はティオと一緒にその部屋に入っていった。
 バスケットコートくらいの大きさがある部屋の真ん中に、長細いテーブルが置かれていた。
 対面で食事するのに丁度いい幅で、片面5名ほどがゆったりと座れそうな長いテーブルに白いテーブルクロスがかけられている。
 テーブルの真ん中に片方1名、対面に2名の椅子と食器がすでに並んでいた。
 部屋に居たのは、結構年輩のおじ様風の黒髪の執事だった。
 ティオと私を2つ並んだ椅子に招いたのでモカを抱いたまま、私は席に着く。

 私は改めて部屋を見渡した。
 部屋の奥は大きな窓があり、夜空が見えている。天井には大きなシャンデリアが二つありそのシャンデリアの石一つ一つが光っている。

 入ってきた入り口近くの壁に、もう一つ扉があった。
(派手じゃないって言えばそうなるのかな? でも私にとってはおっきいのよね。)

 田舎者視線で見渡していると開かれいる扉からルミナ王妃が私達と同じようなドレスで入って来た。白1色でまとめられたドレスで胸元には綺麗なネックレスが光っている。
 執事さんが椅子を引き、私達の前にルミナさんが笑みを浮かべて腰を下ろした。

「おまたせしました。それじゃ食事をしながら会話を楽しみましょうか。」
 そう言うと執事が入り口近くにあった扉を開けた。いつの間にか入り口の扉は閉ざされている。

 いい匂いと一緒にコックさんらしい男性がワゴンを引いてルミナさんの所に来た。執事さんも奥から別のワゴンを引いて、私とティオの後ろに戻ってきた。
 ほどなく食事が並べられる。
 ルミナさんとティオが片手を胸に当て、目を閉じたので、私も真似をした。モカは膝の上でずっとまっている。

「では、いただきましょう。」
 ルミナさんの言葉で私は目を開けモカに小さな声で
「モカ。おまたせ。」
 そういって私はモカをテーブルの上に下ろす。
 ティオが執事さんにお皿を1枚用意させていた。
 私はティオにお礼を言って、モカの前に皿を置いてくれた執事さんにもお礼を言った。
「モカ。食べたい物、言ってね。切ってあげるからね。」
「うん。それほしいです。」 ナイフで小さく切り取った料理をモカのお皿に置いた。
 それから、私もお皿に並んだ美味しそうな料理を口に運んだ。
「おいしぃ。」 誰と無く笑みをこぼして、私は目の前にある料理に感動していた。
「でしょ。料理長の腕が良いからね。」 
 ティオが誇らしげに私の視線をルミナさんの奥にいるコックさんに移す。

 料理長だったその男性が、私に深いお辞儀をしているのが見えたので顔をあげた料理長に私は笑みを返した。
 ワゴンに乗っているすべての料理をテーブルに並べた執事と料理長は調理場の部屋に戻り、扉を閉めた。

 部屋には私達3人とモカだけになった。
 ルミナさんが料理を取り分けながら私に話しかけてきた。

「なおさんの世界ってこことは、随分違うのでしょうね。」
「私もその話。楽しみだったのよね。」
 ティオがまだ口の中に料理を残したまま、私の方を見ている。
 ルミナさんがそんな姿のティオを呆れ顔で見ている前で、私はモカに頼まれた料理をお皿に取りながら『はい。』と答えた。

 私は少し料理を口に運ぶのを遅くして、自分の世界をゆっくりと話した。
 最初は似ているところから話す事にした。その方が伝えやすいと思ったから。
 海・大地・空・太陽は大差なく、沢山の文化がそれぞれの国を作っていて、このオルトリアスの文化と似ているヨーロッパ地方の話を私の知る限りで喋った。
 そして、ちょっと違う、月の話から食べ物、動植物の事。そこから、全く違う【機械文明】の話になっていく。
 
 ティオはそんな会話をおとぎ話や伝説を聞く子供のように色々判らない所を聞き返してくる。
 それとは対象的にルミナさんは真剣な顔をしていた。
 私は食事と会話が楽しくて、沢山の事を話していた。

 料理のほとんどを食べてしまって手が止まった私に、ルミナさんがティーポットからカップにお茶を注いでくれた。

「なおさんの世界は試練などなく、過ごし易いのかしら?」
 ルミナさんのその言葉で、私は、私達の世界の争いや競争。壊されていく世界の話をした。
 そして、私は素直にその問いに答えた。

「大きな争いから、自分の生活のための争い、競争がありますが、その中で小さな幸せも沢山あるので多分、この世界の人達が感じている気持ちと変わらないと思います。」
 ルミナさんが少し笑顔になって「そうね。それが人が願う、幸せかもしれませんね。」
 
 3人とも食事を終えてひと段落したので、モカに果物を切り分けて私は胸から宝印石を取り出した。

「なお。それって。どうしたの?」
 ティオがびっくりした声で私の顔を見てきた。
「銀竜ナセラさんから貰ったの。」

 なぜかルミナさんもちょっと驚いている顔をしていたのが見えたので変に思ってルミナさんに同意を求めたら。
「なおさん。そんなところにしまってたの?」
(そっちでびっくりしてたのか~。やっぱり、ダメだったのかな?)

 私はちょっと照れながら「しまう場所がなくて・・・」
 ルミナさんが笑みをこぼしながらティオに説明してくれた。

「なおって本当に、何者なの?」
 ティオが呆れ顔とも困惑顔とも分からない顔でわたしを見てくる。
「さぁ~。私にもよく判らないのよ。」

 その言葉でティオが笑い声を出しながら、私に手を差し出したのでそっと宝印石を渡した。
 まじまじと観察したティオは私の手に石を戻す。
「まだ、使ってないのよね。中、何が入ってるの?」
「うん。」と私は答えて、
「あっ。この宝印石って誰でも使うこと出来るの?」
 今思いついた疑問を私は尋ねた。

その問いにルミナさんが答えてくれた。
「ふつうは、ただの宝石に本人が魔力を注いで宝印石にして、そこに入れたい物を入れるのです。そして、その魔力に反応して取り出したり入れたりするの。だから、本人しか使えないの。たぶん、ナセラ様は、なおさん専用に作ったと思いますからたぶん、なおさんにしか使えないと思います。」

「魔力ない私なのに?」 私は宝石を眺めながら聞いてみた。
「ええ。魔力って本質はその人が出しているオーラなので魔力まで高めなくてもその波長さえ読み取れればいいのです。ナセラ様なら簡単な事ですし。その波長と同じ魔力を作って宝印石を作ったと思います。」

 私はその言葉で納得した。
ルミナさんが続けて
「後で私の部屋で試着してみましょうか。」
 その言葉を聞いたティオが「私も行っていいのでしょ。」と自分の母親に強請っていた。
「もちろん。それと、この事は、他の人には絶対に禁句としますから。」
 ティオが乗り出しそうな格好のまま私に向かって
「そうよね。そんな事が知れたら、国の存続に関わってくるかもね。」
「え・・・。やっぱり、これって、もの凄い事なの?」
 私はちょっと小さな声でティオに聞き返す。
「もちろんよ。」 真剣な顔でティオが答えて、そして少し楽しそうな顔になっていた。


 モカが私の膝の上に戻ってきた。
「もう。おなかいっぱいです。」 眠そうな声でモカが私の膝の上でゴロゴロしている。
「食べすぎだよ。」
 私はモカの鼻先を突っついて笑った。
 ティオもルミナさんも笑っていた。

「それでは、私の部屋に行きましょうか。」
 そう言って、ルミナさんがテーブルに置いてあるベルで執事を呼び、私はティオと一緒にルミナさんの部屋に向かった。
 モカはもう、私の腕の中で眠っていた。

 ティオの部屋と階段を挟んで、反対側になる部屋がルミナさんの部屋だった。
 食事部屋を出るとルミナさんとティオのメイドさんが待機していたけど、ルミナさんが支度部屋に戻るように言ったので、ルミナさんが部屋の扉を開けてくれた。

 王妃様の寝室はティオの部屋よりすこし広く、扉が2枚あるけど、部屋の感じとしてはティオの部屋とあまり変わらない感じだった。違う所は、いくつかの絵が壁に飾られている。

 風景画ばかりの中、一つだけ男性の肖像画があった。
 私は素直にその絵を見ながら聞いてみた。

「この絵ってティオのお父さん?」
 ティオが私の前にきて話してくれた。
『そうよ。でも、私が生まれるちょっと前に死んでしまって、』
 ティオの言葉が詰まる。

 私は「そっか。」 と肖像画を眺めているティオの後ろ姿に答えた。
 ルミナさんもすこし寂しそうな顔をしていた。
 ティオが振り向いて聞いてきた。
「ねぇ?。なおの両親はどうしてるの?」
 私は真っ直ぐティオを見て
「私がまだ赤ちゃんの時、火事で亡くなったの。私はたまたま、お祖母ちゃんの所にいたから。」

 腕の中で寝ているモカをそっと抱き寄せて私は続けた。
「寂しいけど、幸せだと思ってるの。強がってるかもしれないけど、笑顔をくれる人達が私を見ていてくれるから。」

「そうね。」 後ろからルミナさんが優しく肩を撫でてきた。
 それから、すこし声を高く、はっきりとした口調で、ルミナさんが喋る。

「それでは、宝印石をつかってみましょうか。」
 私はその言葉に『はい。』 と答えて、モカをソファの上にそっと置いた。
 ティオも私の側に寄ってきて手の中の石を眺めている。
 私はルミナさんに言われた事を思い出して、上着とスカートを外した。
「ドレスも外した方がいいかな?」
 ティオもルミナさんも「その方がいいかも。」と答えので、私は下着姿になった。
(ちょっと、恥ずかしいな。)

「えっと・・・どうすれば服出るの?」
 私は手に持った宝印石を眺めながら尋ねた。
 ティオが手の宝印石を人差し指でそっと触れる。
「こうやって、どこでもいいから手の指先を当てて、パンって言葉を念じれば良いの。」
「パン?」 私は食べるパンを思い描いていた。
 ティオが可笑しそうにしている。
「そのパンじゃなくて、発音は弾ける音のパンって感じでね。」
 ティオは指先を引いて少しだけ後ろに下がった。
 
 私は手の中の宝印石を包むように持って心の中で念じてみた。
(ぱん!)

 宝印石が光ったと感じると、私自信も光の中に居る感覚に襲われた。
 光は一瞬で消え、私は体に付いた重々しい装備品を見つめる。

「何これ・・・服じゃなくて・・・鎧だよ。・・・」

 ルミナさんとティオに視線を戻すとビックリした表情で私の格好を見ていた。
 ルミナさんが私の側まで寄ってきて、目の前にある、白銀に輝き全身を包む鎧を品定めするような顔で覗き込む。
「これって・・・もしかして・・・ミレナの加護って言われる鎧かしら。」

 ティオが鎧の肩当を触っている。
「それって、月の精霊ミレナ様が唯一、人に与えた神具の事?」
 私はその言葉を聞いて驚いた。

「なんでそんな物を私なんかに・・・・」 ルミナさんとティオに私は問いかけた。
「銀竜ナセラ様の真意は判らないけど、なおさんには最適な防具なのは確かですね。」

 ルミナさんが私の手を取ってそっと持ち上げた。ダンス相手の手を取るかのように。
「これはまだ魔法に目覚めていない、四界の時代の月の巫女に与えた防具で、なおさんみたいに魔法が使えない人用って事になるの。内なる魔力を増幅させて、この鎧を媒介に魔法を使う事が出来るのです。もう伝説の物だと思っていましたが。」
 
 ティオが鎧のあちこちを触っては溜め息を付いていた。

 
 私は体の殆どを覆っている白銀の鎧を確かめるように眺めた。
 肌が見えているのは首から胸元辺りと腰辺り。太ももの上の辺り。あとは関節の部分だけだった。よく見るとスカートのようになっている腰下の防具は数枚のバラバラな構造になっていて、足を上げたりすると、その部分だけ動きに合わして可動するので、今の格好だと下着が見えてしまう。
 私は「う~ん。」 と悩みの溜め息を付く。
 
 ルミナさんも少し悩んでいた。
「長いふわっとしたフレアスカートと足にはこの鎧にあう靴を。上の服は体のラインに合わせたドレスのような感じで作ればいいかしら。素材は銀礼の神官と同じのを使って。そうね、綺麗な刺繍を施して、少し宝石も付けてみるのもいいかしら。」

 ティオもルミナさんの考えに賛同したらしく、「うん。うん。」と相槌を打っている。
「それと、なおさんがこの鎧を人前で着けたとしても、誰もミレナの加護だとは思わないでしょう。」
 ティオが私の姿をもう一度確認すると。

「それもそうね。」
 私とティオは顔を見合わせながら笑い合っていた。

「これ、脱ぐのは・・どうするの?」
 鎧の感触を確かめながらわたしは尋ねた。
「えっとね。モートって心の中で呟けばいいよ。でもちょっと待ってね。」
 ティオはそう言って、ルミナさんに言葉を渡した。
「そうね。その鎧にはもう一つ付いてる物があるのです。・・・使うことは無いと思いますが。」

 少し考えた様子でルミナさんは私を見つめている。
「なおさん。手を前に出してギルディアンヌと声を出してみてください。」
 私は言われた通りにした。

 手の中から光が溢れ出し、光る長い棒が私の前に現れた。私はすぐ理解してその棒を掴んだ。
「これって・・」
 光りが消えたその長い棒の先には想っていた物が付いている。
「槍?だよね・・」
「はい。その鎧の武具『ギルディアンヌ』。 戦うための武器です。一応覚えていてくださいね。」

 ルミナさんは私の手を、両手で包むように握ってきた。私は銀色に輝く槍を見上げて答えた。
「はい。」と

「戻し方は、手の中に収納するイメージをすればいいはずです。やってみてください。」
 私の手の中にあった槍が泡のように消えていった。

 ティオが私の視界に飛び込んで来た。
「それじゃ、鎧を戻してね。・・・で、明日は朝から街を案内するわね。」
「そうだった。楽しみにしてる。」

 私は下着姿からドレスを着直してルミナさまに挨拶をした。
「今日は色々お世話になりました。」

 ティオも続いて挨拶をする。
「お母様。おやすみなさい。」
 両手を胸に当て小さく頭を下げていた。

 ソファから寝ているモカを抱き上げて、私はティオと寝室に戻っていく。

「なお。また明日ね。おやすみ。」
「ティオ。今日は楽しかったよ。ありがとう。おやすみなさい。」

私はモカをベットの枕元に寝かせて、思い返す時間もないまま深い眠りに落ちていった。
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