銀の月

紅花翁草

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銀竜ナセラ

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 守備兵に守られた門を抜けると銀礼の神殿の全貌が目に飛び込んできた。
 正面には高くそびえる教会のような建物、その左右に繋がって広がる3階建てのマンションみたいな建物、すべてが王宮とおなじ白い石でできていた。

「最初城から見たときは小さい建物って思ってたけど、城が大きすぎだったのね。」
 ティオが私の隣をゆっくりと歩いてきた。
「オルトリアスに住む民の全ての政をここでしているのよ。」
「へぇ~」
 私は再度、神殿を観察して国会議事堂やホワイトハウスの建物を連想していた。
(なるほど!)

 お姫様モードになったティオの後ろを、私はモカを抱きかかえてゆっくりと歩調を合わしてついていった。
 ハミルさんは相変わらすナイト様だった。

 人々がティオに向かって静かに頭を下げる中、大きな門をくぐりぬけた私達は、まっすぐと伸びる青い絨毯を進んでいく。
 100メートルくらい歩いた先には低い壇上と並んだ椅子が左右に。壇上奥の壁は上から水が滝みたいに落ちていて、薄いカーテンのようになっていた。
(ほんと、教会みたい・・・)
 水のカーテンの奥の壁に何か描かれているみたいだけど、ハッキリと見ることができなかった。

 壇上には少し歳を感じさせる皴が目立つ,ふっくらとした女性が私達を待っていた。
「遅いですよ。ティオ姫。」
 芯の通った深い声がティオに向けられた。
ティオがちょっと照れているのか、恥ずかしいのか、そんな態度を見せていた。
「はい、すみません。すぐに教室に入りますね。それと、友人の見学を許してくださいませんか?」
 視線が私に向けられた。

「はい。ルミナ様から聞いてますよ。私が案内させてもらいますね。」
 優しい顔の女性が壇上から降りて私のところに来た。
「ナムル様が案内するのですか?」
 ティオが驚いている。
「あら、私じゃ役不足かしら?」
 皮肉を言ってるのが私にも判った。
「お仕事の方は、もうよろしいのですか?」
 なんかティオがすまなそうな顔でこっちを見ていた。
「私のことよりティオ姫は早く着替えて教室に入りなさい。」

「なお。がんばってね。」
 私に何か言いたかったのだろう。ティオは部屋の右手にある扉から忙しく出て行った。
(なにをがんばれと・・・・・)

「ナムル・リンシアよ。」
 私も自己紹介してモカを紹介した。
「人の世界へようこそ、モカ様。」
 私とモカはちょっとビックリした。 (そっか、精獣だもんね。)
「なおさん。この世界の歴史とか、興味ありませんか?」
 今、一番知りたい事を言われたのでちょっとびっくりしたけど私は即答した。

「はい。あります。」
 モカを抱いた私は、ナムルさんの後をついていく。大きな木の扉を開けて中へと入っていった。
 沢山の本が棚に収められている書斎室のような部屋だった。

 真ん中の広場みたいなところににテーブルがある。
 バスケットボールくらいの大きい水晶玉がテーブルの上にあるのがみえた。
「この水晶と記石を使って見ましょうか。」
 壁の模様かと思っていたら1面引き出しになっている棚だった。ナルムさんは小さな引き出しを開け緑の石を取り出して私に見せてくれた。
 台座に乗っている水晶。その水晶の真下にあるくぼみに石を置いた瞬間、水晶の中に映像が写し出された。
「なお~。すごいです。」
「だね。 これも魔法の力なんだ。」
 私とモカは映し出された映像を見ながら喜んでいた。
 ナムルさんがそんな私達にゆっくりと話を始めた。
「この映像は学業のために作ったもので、神々の時代の伝説をわかり易くしてあるのよ。それじゃ始めますよ。」
 ナムルさんが水晶に手をかざした。
 水晶の映像が動きだしたと同時に、女性の声も水晶から流れてきた。


 二つの神だけが存在する世界で創造する快楽に目覚めた太陽神ゲル・月の女神レナ。
 太陽神ゲルが大地を創ると、月の女神レナが水を創った。

 太陽神ゲルが火の精霊バルードルと大地の精霊ムーロンを創り、大地を赤く鼓動させた。
 それを見た月の女神レナが水の精霊リエムを創り、水の中を泳がして水球を作った。

 水球を見た太陽神ゲルが風の精霊ルーエを創り、大地を回して球体を作らした。
 月の女神レナが、大地の影から闇の精霊オーレンをつくった。

 闇の精霊オーレンは大地を侵略しはじめる。
 太陽神ゲルと月の女神レナは闇の精霊オーレンを抑制するために自分たちの分身を創る。
 光の精霊ルゲル・月の精霊ミレナは闇の精霊を抑えるため大地に水球をぶつけた。
 闇の精霊は水に囲まれて動けなくなり、溶けていった。

 太陽の神ゲルと月の女神レナは混ざった大地を見て、一緒に創る喜びに目覚めた。
 大地と水で木を、火と水で空を創った。
 そして火・大地・風・水の精霊の破片から生命を創った。
 破片の量で、聖獣・妖精・動物と沢山の種類が生まれていった。

 最後に二人の神は、人間を創った。

 ところが人間を創る際に闇の精霊が混ざってしまった。
 人間から闇の精霊を取り出すため二人の神は世界を分けることにした。
 まず最初に聖獣と精霊の世界を創った。今の精霊界と呼ばれるところである。
 そして人間から闇の精霊を取り出して閉じ込める世界を創った。 人は魔界と呼んだ。
 最後に力を使いすぎた太陽神ゼルと月の女神レナは天界を創り深き眠りへと入っていった。
 そして大地には人間と動物だけとなった。
 

 水晶に写し出された映像を真剣に見ていたなおとモカは大きなため息をついた。数分間の映像に見入ってしまっていた。
「これって伝説を映像化したんですよね?」
 ナムルさんが「そうよ。」と答えながら石を取り出してもとの引き出しに戻した。
「どう?分かりやすかったでしょ。次のを出すから待っててね。」

「はい!」
 私とモカは同時に返事をしていた。
 ナムルさんが私達を見て微笑んだから、私もモカの頭を撫でて笑ってみた。
「ナムルさん、今の映像だと、この世界に精霊や妖精がいないってことになるのよね?魔族も・・・」
 私は思った疑問をモカを見ながら聞いてみた。
「はい。そうですね。さっきのが神の時代って言われてて、そこから、四界の時代と呼ばれる人と獣だけの時代が始まるの。」
 ナムルさんが新しい石を乗せて、また手をかざした。
「四界の時代の終わりからの話です。」
 私とモカは水晶の中を無言で覗き込んだ。
 
 
 神々の存在を忘れた人間たちは大地の支配者となった。
 そして、神が与えた大地を、壊し。空を、黒く染め。海を、汚していった。
 太陽神ゼルと月の女神レナはまだ深い眠りの中にいた。

 大地に異変が起こった。
 闇の門が開いたのである。
 大地は闇に覆われた。
 魔界で生まれた獣や精霊が人間を魔族に動物を魔獣に変えていった。
 人間は、なすすべも無く、滅びようとしていた。
 精霊界の光の精霊ルゲルと月の精霊ミレナは闇に覆われた大地を見て深く悲しんだ。
 そして、天界の太陽神ゲルと月の女神レナを起して、大地を助けてほしいと願う。
 愚かな人間に愛想が尽きた神は大地を捨てた。
 しかし光の精霊ルゲルと月の精霊レナの願いは強く、神は人間に試練を与えることにした。
 それは闇を振り払う勇気と知恵、力を授け、自ら大地を取り戻せと。
 愚かな人間達に悔い改める機会を与えるため、太陽神ゼルが人間の前に降り立つ。
 光に包まれた全ての人間は神から試練を受け取った。のちに『光の啓示』と呼ばれる。
 もう一人の神、月の女神レナは光の精霊ルゲルと月の精霊ミレナに試練を与えた。

 大地の再生と人間の管理を命じられたルゲルとミレナは4つの精霊を従えて大地に降り立った。
 月の女神レナは精霊界と大地を繋げた。
 人間は精霊の助けを得るために神殿を造り、精霊の力を得て闇と戦った。
 そして人間は大地から闇を取り除き、魔族を魔界へと押し戻した。
 だけど闇の門は閉ることはなく、いまだ人間は、神の試練の中にいる。


 水晶の映像が消えて終わりを確認した私は、また大きくため息をついた。
「立って覗き込んでたから、腰がいたい~。」
「あら。椅子を出すのを忘れてたみたいね。ごめんなさいね。」
 石を棚に戻したナムルさんが棚の横にある積んであった椅子を持ってきてくれた。
「いえ。私も夢中になってて、忘れていました。」
「なお~。面白かったです。」
「そうね。」 
 私はモカをテーブルの上に置いて持ってきてくれた椅子に腰掛けた。ナムルさんは本棚から巻物みたいなものを持ってくるところだった。
 テーブルの水晶を棚の隣の台に乗せて、持ってきた大きな紙を広げた。
「さっきのが、四界の時代の終わりから今の時代、『試練の時代』に入る話です。」
「精霊と人との関係がなんとなくわかりました。」
 私はテーブルのモカを撫でながら、そう答えた。
(モカはこの世界を守るためにいるんだ。)
「モカはえらいんだね。」

「ぼく・・えらくないよ。」
 モカにとっては、重荷にしかならない事なのだと私は気付き、反省した。
「ううん。ごめんね。モカは私の友達。それだけでいいよね。」
 伝える言葉が見つからない私はモカをそっと抱きしめた。

 ナムルさんが私を見つめている。微笑みの中に真剣な面影が見えた。
「私達、人間は自然を守り、自然の中で生きていくのが大切なんです。そうすることで人間の試練も精霊達の試練もいつか、終わりを迎えることでしょう。」
 私は無言でその言葉に頷いた。

 テーブルを見るとこの世界の地図だとすぐに判った。
 ひとつの大きな大陸が真ん中にあり、あとは小さな島と海だけだった。
「この世界って大陸はひとつなの?」
 ナムルさんが大陸の南南東の端あたりを指さしながら答えてくれた。
「はい。そうよ。あとは無人の小さな島があるだけです。ここが今いるオルトリアスになるのよ。光の精霊ルゲル様と月の精霊ミレナ様が降り立った場所。」
 そういって、次々と絵が描いてある印を、指差していく。
「オルトリアスを中心に北に大地の精霊ムーロン、東に水の精霊リエム、南に火の精霊バルード、西に風の精霊ルーエ。それぞれが降り立ってそこに神殿が建てられたの。」
 地図には気になる図が二つあった。
 大陸のほぼ中心に大きな山が描かれてる。それと南西の大陸の端は黒く塗られていた。
「これってなんの印なんです?」
「そ・・・」

 ナムルさんが話を続けようとしていたのを止めてしまったみたいだった。
「はい。この真ん中のところは精霊界や天界にいける門があると言われている場所ですね。こっちのは魔界の門がある場所。どちらも、未確認ですが。」
 私は魔界の門がある場所をみていた。
「それでは・・・人間の変化について簡単にお教えします。」

 指先を大地の神殿を示している。
「神殿の近くで生活していた人たちから、生まれてくる子供の髪の色が、変化している現象が起こりました。」
「精霊の加護の現れと知った人間は、色の濃い子供を生むため神殿の近くに住むようになり、色を受け継ぐ民として、それぞれの文化を形成していったのです。」
 私は自分の黒髪を触りながら釈然としないため息をついていた。

「魔力を受け取った民は精霊の性格まで受け取ってしまい、結果、火の民は攻撃的に水の民は保守的に、風の民は奔放的に、大地の民は、包容的な性格になってしまったのです。」
 私はさっきのティオの言葉を思い出した。

 ため息のような声で私は呟いていた。
「髪の色で全て決まってしまうのって・・・淋しいね。」
 私は膝の上にいるモカを撫でていた。
「そうね。あなたの言う通りです。髪の色で人を判断し、そして競い、争う。・・・これもこの世界の常識なんです。」
 ナムルさんがゆっくりと優しく私を見ている。
「精霊の加護を求めた民たちは、黒髪で生まれてきた子供をどう扱ったと思う?」
「え・・・」

 私は、私なりのこの世界の考え方と、私の住んでいた世界の考え方と照らし合わしてみた。
「落ちこぼれとか、落胆な気持ちで子供を見るんだろうな・・・・」
「はい。そうです。悲しい事に、生まれた子供を捨てたり、殺したりする親まででました。」
 やり場のない悲しみと怒りが涙となって溢れるのが判っていたけど、じっとナムルさんを見つめた。
 ナムルさんは変わらず暖かい笑顔で私を見ていた。
(おばあちゃんみたい・・・)

「もう、今はそんな事する人はいないのよ。あなたと同じ心を持った人たちが集まって子供達を保護したり、引き取ったりしてね。そして黒い髪の人たちにもすばらしい加護があることを伝え広めたのです。」

私は滲んだ涙をふき取った。
「その加護ってどんなのなんですか?」
 テーブルを挟んで立っているナルムさんは変わらずに私を見ている。
「人と人との心を繋ぐ力、自由な心と無限の想像力で物を創る才能。」
「それって・・・」
 私の思いを受け取ってナムルさんが会話を続けた。
「はい。本来、人として当たり前の力。助け合い、工夫と努力で繁栄してきた人間の力です。」
 私はなんだか誇らしげな気分で自分の髪を意識した。
「服のデザインやお菓子や料理の才能。公正な考え方で町の人々を繋ぐ才能。何にも縛られない人たちだから出来る才能ですね。」

「人間の変化はこれくらいで、次は精霊との関わりについて教えますね。」
 テーブルの地図に小さなカードを並べていった。竜の絵が描いてある。
「モカ達のことだね。」
 気分が晴れた私はモカを頭に載せた。
「はいです。」 モカも興味があるらしく、テーブルのカードをじっと見ていた。
 ナムルさんが置いたカードは神殿がある場所に置かれていた。全部で6枚。
「降り立った精霊神たちはそこに住む人間たちに力を授けるため化身となる竜を置いていったのです。 そして人間は竜から力をもらっているのです。」
 地図の上のオルトリアス場所に2枚のカードが置いてあり私は気になって聞いてみた。
「ここにも竜がいるのですか?」
「はい。いますよ。この銀礼の神殿の地下に銀竜ナセラ様が居ますよ。」
「あ!」 
 置かれたカードの絵が私の持っているファルトカードの竜とよく似ているに気付いた。
「どうしたの?」
 驚いた私はファルトカードにその竜が入っている事を話した。
「そうですか。そのカードを大切にしてくださいね。」
 ナムルさんがモカを見つめて話を進めたので私は気になった事を後で聞くことにした。
「モカさん達は聖獣と呼ばれています。精霊竜が全ての人達に力を与えるのに対して,聖獣は一人の人間だけに力を与えます。強大な力を。」
 頭の上でモカがじっとしているのが判った。
(緊張してるのかな?)

「契約についてはもうご存知と思いますから省略してもいいですね。聖獣になると人との関わりを極端に持たなくなり、聖獣は大地の守護者として気に入った場所にずっと住んでます。」
 ナルムさんがまたカードを地図の上に置いていった。
 見慣れた絵のカードが1枚大陸のほぼ真ん中にある山の近くに置かれていた。
「聖獣シルレンですよね。ここにいるの?」
「はい。ここに今もいると思いますが、見た人は遥か昔の事なので判りません。ただ、この辺りは強い精気で守られているので、まだいると思います。 聖獣はその土地と自然を闇から守るのです。人に代わってね。」
 数十枚のカードが大陸・海・島といろんな場所に置かれていた。
「モカは、どこに住むのかな?」
 私は遥か未来に聖獣になったモカを想像してみた・・・
「モカって聖獣になるとどんな姿になるんだろうね。」
 頭の上でモカがモソモソしている。
「わかんないです。契約者が創造した物に近い姿になるのです。」
「そうなんだぁ。」
(私だったら可愛いのを願うかな。)
「モカ様が気に入る場所が見つかるといいですね。」
 ナムルさんがカードを集めて地図をたたみ始めている。

「歴史とこの世界の話はこれくらいにして、ティオの授業を少し見学してみますか。」
「はい。」
 私は椅子から立ち上がり、椅子を元の場所に戻した。
大きな木の扉からまた廊下に出た私達はナムルさんの横に並んで歩いていった。モカは私の頭の上にいる。

 私は少し前を歩くナムルさんを見つめた。
 ゆったりとした空気を漂わせている。そして、人を惹きつけ、正しい道を教えてくれそうな・・・そんなふうに思えた。
「ナムルさんは、ここの先生をしているんですか?」
 歩くペースを少し落として私のほうに顔を向けた。
「はい。この銀礼の神殿で神官長という役職と、ティオ姫が勉学している月修院の教師をしてます。」
(学校か~。みんな元気かな~)

 ナムルさんが足を止めた場所はこの建物の一番端にあたる部屋の扉の前だった。さっきと同じ大きな木の扉があり中からは何も聞こえなかった。
 重そうなその扉をナムルさんは手を触れる動作一つで、扉は鈍い音を放ちながら奥へと開いていった。
 と同時に、中から楽しそうな女性の声が聞こえてた。
 私とモカはナムルさんに促されるまま、声のする部屋へと入っていった。

 机と椅子が並ぶ教室を思い描いていた私は部屋の中を見てびっくりした。大きな円卓と椅子が部屋に入ったすぐのところにあり真ん中にはさっきみた水晶が置いてある。その奥には教室2つ分くらいありそうな空間だけがあった。開放された窓から光と風が入ってきている。
 ナムルさんが円卓の横を抜けて10数人の白いワンピースの服を着ている生徒達の方へ歩いていったので私も付いて行った。

 ナムルさんに気付いた先生らしき女性が、軽く会釈をして、生徒達の言動を制した。
 静かになった部屋の生徒達の目線が私に向けられているのが判った。

 10歳前後の子供から20歳くらいにみえる人たち、それぞれが同じ服を着ている。
(うわ!・・・転校生ってこんな感じで見られているんだろうな・・)
 などと思っているとナムルさんを呼ぶのが聞こえた。
「なおさん。ここが銀の魔術を教える月修院の教室です。巫女の修行と神官の教育をしているのです。」
 私はナムルさんに招かれるまま生徒達の前に行き頭を下げて挨拶をした。
「みなさん。ちょっと授業の見学にきた方を紹介しますね。」

 私は向けられる生徒の視線の中から、笑っているティオを見つけてちょっと安心していた。
「彼女は、なおさん。ティオ姫の客人で、今日この町に来てくださったのです。今までお祖母さんと
隔離された森の中で暮らしてきたので、世間のことをほとんど知らずに育ってきました。だから、少しでも力になれるかと色々なことを見てもらっています。みなさんも力になってあげて下さいね。」

(・・・へ?)
 私は頭の中を整理しながら隣にいるナムルさんを見上げた。
 ナムルさんは笑顔で私の方を見ているので、なるほどっと理解した。

「よろしくお願いします。」
私は深く頭を下げて挨拶をした。・・・ら、頭に乗っていたモカがふわっと飛んで顔を上げた私の顔の前あたりで、浮かんでいた。
「あ・・モカごめん。」
「なお~。びっくりしたです。」
 モカは私の出した腕の中に着地して私の顔を見上げている。目が虚ろだった・・・
(寝てたな・・・)

 見上げてティオ達の方に視線を戻すと、色んな表情と視線を私とモカに向けられているのが判った。
(天使と悪魔ね・・・さっきからの視線は私じゃなくてモカの方だったのね・・・)

 私はナムルさんの方を自然とみていた。
「はい。みなさん。実際に見た人は少ないと思いますが、この方が精獣のモカ様。なおさんのお祖母さんの精獣です。稀な事ですが、契約者の意思でなおさんの付き添いをしているそうです。」
(なるほど!そうきたか。)
 私はナムルさんの機転の上手さに拍手を送りたくなった。
 ティオも同じ意見らしく、私を見て喜んでるようにみえた。
「モカ、そういう事だからね」
 私が小さく話しかけるとモカは無言で頷いていた。
「ソリアルさん。」
 ナムルさんが先生らしき人のところに行ってなにやら話している。
 私はその場から動けず、ただ立っていた。
(う~ん。どうしたら・・・)

 ティオに助けを求める視線を送ってそれに気付いたティオが私の方へと来てくれた。
「なお。魔術の修行見てみない?ソリアル先生いいでしょ。」

 ナムルさんが生徒と私の方を見た。
「私はこれからルミナ様のお手伝いに行きますからなおさんをよろしくお願いしますね。」
 そういって私の方へと歩いてきた。
「また後で、私のところに来てくださいね。ソリアルにその旨伝えてあります。」
 ナムルさんが部屋から出ようとするのを確認する間もなく、ソリアルさんが私と側にいるティオのところにやってきた。

「ティオ姫様、あまり派手な魔術を見せる事はダメですよ。それでは、各自の基礎力を見直すついでに魔術の初級から始めましょうか。」

 ティオが嫌そうな顔をしながら返事をしているので、派手な魔術というのをやりたかったんだろうと思った。
「なおさんは私の側で見学していてくださいね」

 ソリアルさんはまだ20代前半かな?結構若く見える。襟付きの白のワンピースに銀色の刺繍。腰には大きな銀の布が巻かれている。着物の帯みたいだと思った。

「では、まずは魔力の覚醒から。」
 さっきまでティオ達がいた場所に移動した。
 何もない空間に人の大きさほどある水晶がふわっと現れて、浮かんだ。

「この水晶に意識をこめると魔力に反応して白く輝くのですよ。強い魔力ほど輝きが増します。最初は小さな光なんですが、修行でみなさん強い光を出せるようになるのですよ。」

 小さな女の子が慣れた動作で水晶に手をかざすと、懐中電灯ほどの光が溢れていた。
「あの子の歳っていくつなんですか?」
「去年入学して今、9歳ですよ。一番下の子になります。」
 私はこの世界の疑問を聞いてみた。
「ここに入学するのは巫女や神官になるためなんですよね?」
「ええ。みなさんそのために日々努力していますよ。」
「あの子は・・・自分の意志で巫女になろうとしているのですか?」

 私の思いを聞き取ってくれたソリアルさんは小さな少女を見つめながら話してくれた。
「生まれたときにその才能がほぼ決まってしまう私達は、育っていく環境の中で何をしなければならないのか悟っていくのですよ。。。人より魔力が高い私達は、将来魔術で人のために生きていけるようにと。。。だから、強要で入って来る子はいないのよ。ただ、小さい頃の周りからの期待や、この町の巫女や魔術士に触れ合う中でやらなければならない。と思ってしまうのも事実ですが。」
「そうなんだ~」
 私はモカをぎゅっと抱きしめて自分の事やモカの事、色々考えていた。

「でもね。巫女としての修行や魔術の修行は大人になったとき、本当にやりたいことができたときにとても役立つからここの卒業生で悔やんだ人はいないと思うのよね。」
「はい。ライカちゃん、良い感じになってきたね。」

 ソリアルさんが少女を呼び戻して次の生徒が水晶に手をかざしていた。12歳くらいの少女はライカちゃんより眩しい光を放っていた。
「そのまま、波長を乱さないように。」
 輝きが少し変化する水晶が一定の輝きに戻っていくのが判った。

「なおさん、ここを卒業した人で、医術士になったり、保育士になったり、料理士になったり、色々な人たちがいるのよ。ここは。。。魔力を持った少女達に魔力の使い方と正しい心を教える所だと思ってるの。。。私達、元生徒の願いと想いでもあるのよ。」

 ソリアルさんの迷いも陰りもない透き通る声が私の気持ちを晴れやかにしていった。
「はい!」 少し張りのある声で私は返事していた。

「はい。リーアンちゃんも魔力の伸びと安定もよくなってきてますね。」
 水晶に、魔力を込めていく生徒達をソリアルさんは、誇らしげに誉めているのが,なんだか羨ましく思えてた。
「じゃ最後はティオさんの番ですね。」

 ティオが私に手を振っている。
 私もモカと一緒にティオに手を振った。
「モカ。ティオはどんな光を出すんだろうね。」
「です~。」 
 ティオのかざした水晶が輝きだした。

「なお。気をつけて見てね。」
 言った瞬間、水晶もティオも姿が消し飛んでしまっていた。あまりの光の量で私は目をそむけた。

「なおさん。もう大丈夫ですよ。」
 ソリアルさんの言葉で私はそむけた視線をティオに向けた。
 水晶の中に白い太陽があるみたいだった。

 ソリアルさんに呼ばれたティオが私達のところに歩いていきた。
「ティオってすごいのね。びっくりしちゃった。」
 ティオが誇らしげに笑っている。
「まあね。ちょっと本気だしちゃった。」
 横にいるソリアルさんが半歩前に出てティオと私の間に入る形になった。
「いつもそれくらい頑張ってくれると私は嬉しいんですけどね。」
 ティオの笑顔が照れ笑いに変わっていった。

 ティオの腰の辺りにライカちゃんと呼ばれていた少女が寄ってきていた。
 ティオを壁にしてモカを見ているようだった。
 くりっとした目と可愛いい髪飾り。きれいな銀髪は短く整えられている。
「この子はライカちゃん。」
 ティオから上級生が下級生の面倒みるのが慣わしだと教えてくれた。
 私はライカちゃんにモカに興味があるのか聞くと、小さな声で「うん。」
「モカ。ご指名よ。」
 私は、腕の中でくつろいでるモカをライカちゃんの目の前に差し出した。
「触ってみて、ふわふわしてて気持ちいいよ。」
「なお~。ぼくって・・・」
 モカが何か言いたいみたいだけど、撫でて誤魔化した。
 ティオとソリアルさんも私も微笑している。
 ライカちゃんがゆっくりとモカの背中を撫でて、すっと手を戻した。とても嬉しそうな顔になっているのが見えた。
「ね。 モカは私の大切な友達なんだ。怖くないでしょ。」
 今度ははっきりと聞き取れる声で「うん。」っと返事が返ってきた。
 いつの間にか生徒達が私とティオを囲んでいた。
「モカ。大人気ね。」
 モカもちょっと嬉しくなったみたいで、ぴょんっと手から飛び上がって頭に戻った。

「はい。みなさん、モカ様が困惑していますので、戻ってください。」
 ライカちゃんたちが広場の方に戻っていく。
「なお~。ぼくちょっとびっくりだったです。」
 頭の上でモソモソしているモカに私は「ごめんね。」と謝った。
「だって、モカが怖がられるのって嫌なの」
 モカは何も言わずに頭の上でくつろいでいる。

 まだ私の隣にいるティオがソリアルさんに話かけている。 
「なおが知りたい事を教えて差し上げえてみてはどうですか?」
「そうね。次は魔力での物質操作を見てもらおうと思ったのですが、」

 ソリアルさんが私に意見を求めてきたので私はすこし考えて・・・
「そうですね。それも見て見たいです。まったく魔法ってものが判らないので何でも興味あります。」

 私はおじさんやミリアさんが使っていた、戦闘用の魔法を見てみたかったけど、ここでは禁句のような感じがした。

「はい。それでは、次は操作の基本をやってもらいますね。」
 ソリアルさんは広場に向かって手をかざしている。
 いつの間にか消えていた水晶の場所に今度はソフトボールほどの水晶が・・・・1・・2・・3・・・全部で8個、宙に円を描くような位置にそれぞれ浮かんでいた。
「では、いきますよ。」
 ソリアルさんの合図ともに水晶は力尽きたように床の上に落ちた。
 ライカちゃんが前に出て手を出して念じている。
 ゆっくりと8個の水晶が元に位置に戻っていった。
「じゃ・・回転してみましょうか。」
 回りだした8個の水晶は速度を上げていく。ひとつの円を描くように移動する水晶は速度を落として最初の位置に止まった。
「はい。よろしいですよ。」
 生徒達が次々と交代していく。大きい子になるほど速度が速く、円を描く軌道もより複雑に組み合わさって、とてもきれいだった。

(わたしにも出来たらいいのにな・・・できないんだよね・・・・)
 ティオの番になっていた。
 ティオの操作している水晶はさらに早く、水晶の軌跡でひとつの大きな球体に見える。
「はい。みなさん、終わりましたね。授業の時間もなくなってきましたので、今日はこれで終わりにしましょう。」

 生徒達はソリアルさんに挨拶をしてそれぞれ雑談をはじめた。

「ティオさん、ナリアさん、マールさんは月礼の間へ。」
 呼ばれたティオ達が私の隣にいるソリアルさんの所にきた。
 ティオの視線が私に移った。
「なお、もう少し待っててね。」
「ここで待ってればいいの?」

 私の質問に答えてくれたのはソリアルさんだった。
「なおさんは私とナムル様のところにいきましょうね。ナムル様が待っていますので。」
(そか・・最初そんなこといってたよね)
 私はティオに手を振ってソリアルさんの背中を追った。
 ティオと一緒にいた少し背の高い女性の視線が気になったが、大きな木の扉を抜けてソリアルさんの後を歩いていった。

(なんか嫌な視線だったな・・・)

最初、ナムルさんと会った教会みたいな部屋の、手前の通路まで戻ってきた私は、そのまま教会の裏にまわるようになっている通路を、進んで行くソリアルさんの、後をついていった。
 窓のないその通路は壁にある電球みたいな明かりで照らされている。
 少し薄暗い通路を進むと、銀なのかよくわからないが装飾が施された扉で行き止まりになっていた。
 ソリアルさんが手をかざしてなにか呪文みたいなものを呟いている。
 扉がぼんやりと発光したように見えたと思ったら、触れてもいないのに奥へと開いていった。
「なんだろね・・・ここ・・」
 特別な場所なのだと、感じた私は小声でモカに話かけていた。
「うん・・・たぶん・・」
 そういって頭の上のモカは黙ってしまった。緊張しているみたいだった。
 私は少し前を歩くソリアルさんに近づいて聞いてみた。
「この先の扉の向こうにナムル様がいますので、そこまで、行ってくださいね。私は入ることを許されていないので。」

「え・・」

 目の前にはまた扉があり、これも銀色で凝った装飾の扉だった。
 さきほどと同じように扉を開けたソリアルさんが私の歩みを促している。
「入ると下に行く階段がありますから気をつけて下っていってくださいね。少し濡れているところもあるので滑らないように。」
 私はすこし明るくなっている扉の向こうを覗き込むような仕草で扉に近づいていった。
 下へと下る螺旋階段だけが見えている。

 覚悟を決めたわたしはソリアルさんに軽く会釈して扉を超えて階段を下っていった。
 振り返ると扉が閉まっているのが少し見えた。

「行くしかないね。モカ、いくわよ。」
 モカも頭から浮かびあがって、私の肩あたりを浮遊しながら下へと歩いていった。

 岩壁から水が滴り落ちる階段は滑りやすくなっていて、ゆっくりと踏みしめながら私は進んでいた。
「モカ、さっき何言おうとしてたの?」
「うん・・・精霊の気配がするです。とても大きな息吹が感じるです。」
 モカの緊張が私にも伝わってきた。
「じゃあ・・・やっぱりここって、銀竜ナセラがいるところなのね。」

 奥へと下っていくと私にも大きな気配と圧力みたいなものが感じられるようになっていた。
 そこは大きな鍾乳洞になっていた。
 岩のあちこちに無造作に生えている水晶が青白く輝いていて、大きな洞窟だけど見渡せるほど明るかった。
 私がナムルさんを見つけると同時にナムルさんも私を見つけていた。
「待っていましたよ。こっちへ来てください。」
「モカ、おいで」
 腕の中へモカを呼び寄せて、私はナムルさんのところに歩いていく。
 ナムルさんの後ろの青白く光る岩山が動いてるのが見える。
(うそ・・・あれがナセラ・・・・おっきい~)
 ぐいっと持ち上げた頭。青く光る二つの瞳がまっすぐこっちを見ている。

 寝そべっている銀竜ナセラの胸元に女性が一人立っていた。
「あ・・ルミナさんだ。」
 ナムルさんの隣に着いた私は銀色のドレスを着ているルミナさんに頭を下げて挨拶をした。
「ナムルさん・・・なんで私をここに呼んだのですか?」
 まったく理解できない私はまず、根本的な問いを聞いてみる。
「ナセラ様がね、モカとあなたに挨拶したいって。」
「いや・・挨拶って・・そんな・・」

(でかいし、怖いし。)

「さあ、ナセラさまの下に行ってくださいね。ルミナ様もお待ちですよ。」
 銀竜ナセラの寝床は、青白く光る水晶の照明とそれを反射する岩から染み出ている水滴で幻想的な空間だった。

 モカをぎゅっと抱き寄せてゆっくりとルミナさんの所へ。
 緩やかな上り階段になっている石段の壇上へと。一歩ずつ滑らないように。
(う~ん・・・・・・)

「えっと・・・ルミナさん、おじゃましてます。」
 何を言ってるのか自分でも判らない挨拶を済ませた私は、青い瞳の銀竜ナセラにも挨拶をした。
「はじめまして。なおです。・・・っとモカです。」
 圧倒的な大きさの銀竜ナセラを見上げる私に映った青い瞳は、威圧感がなくとても優しく暖かい瞳だった。

 ルミナさんが私に手を差し伸べてきた。
「こちらへ。」
 無意識に右手を出した私の手はルミナさまに引き寄せられる。
 すっと、押される形になった私は、銀竜ナセラの胸元に位置している。

「幼き少女よ。我がもとにようこそ。」
 声ではなく直接頭に響くその声は、深い男性の声で、渋みと威厳が伝わってくる。
 モカを見て、そしてルミナさんを見た。
「モカ。聞こえてる?」
「うん。」 
「ナセラ様の言葉は今、私達3人だけに聞こえていますよ。」
 ルミナさんが戸惑っている私に答えてくれた。
「えっと・・・私は声を出してしゃべるの?」
「ええ・・普通に会話するのと同じでいいですよ。」

 銀竜ナセラの言葉が続く。
「精霊王からの言葉を伝えよう。・・・我が息子を守ってくれてありがとう。そなたと我が息子の未来に祝福が訪れる事を願う。」
(え・・精霊王?・・・息子?・・・モカ?)
 左手と胸の間にいる小さな友達を見た。
「モカ?・・・の事だよね?」
 モカはどこか恥ずかしそうに返事をした。

 私は銀竜ナセラに向かって。
「いえ・・・私は何も出来なかったんです。守ってくれたのは私のおじさんとミリアっていう竜騎士さんなんです。 私はただ、空から落ちてきたモカを助けただけなの。」 
 あの時の悔しさがまた込み上げてきた。

「力で守るのが全てではないぞ。幼き少女よ、そなたの想いと行動で聖獣の子は守られたのだよ。恥じることはない。これからも、その子を守ってやってくれ。私からもお願いする。」

 少し深呼吸して「はい。」と答えた。気持ちを強く持って頑張ろうと思った。

「ねえ。モカ?精霊王の息子って?」
「僕達はみんな精霊王アンリエール様の下で育てられるの。」
 私は家出みたいに出てきたモカを見つめて。
「ちゃんとモカのこと見てくれてるんだね。」
 モカが少し照れている。
(精霊界に戻ったほうがいいのかな?・・・やっぱり・・・)
 モカのために・・・
 私は答えの決まらない心の気持ちと格闘していた。

「少女よ。」
 考え事でぼーっとしていた私は銀竜ナセラの呼びかけで意識を戻した。
「あ。はい。」 すこし慌てた声で返事をした。

「魔力が欲しくないか?」
「え・・・」 

 私はおじさんやミリアみたいな魔法が使えるようになるのかなっと期待したけど・・・
 銀竜ナセラの言葉はさらに続いた。
「望むなら、特別に力を与えようと思うのだが、ルミナくらいの力くらいなら今すぐにでも。」
「え!」
 私は多分この国一番の魔力があるとおもうルミナさんを見つめた。
「どうするかね。ただ髪の色が私と同じ銀色になるがの。」
 私は今、もの凄い選択の場面に立っているのだと感じた。そして銀竜ナセラの目をしっかりと見つめた。

「要らないです。」 強く断った。
 
銀竜ナセラはすこし目を閉じて、そして言葉を続けた。
「その聖獣の子を守る力は要らないのかね。先の未来で力なく後悔する時が来ても良いのかね。」

 私は腕の中のモカをぎゅっと抱きしめ、はっきりと答えた。
「はい。モカを守る力は欲しいです。力がなく悔しいと思うこともありました。でも、自分の力で守りたいの。貰った力じゃなくて、自分で頑張った力で守りたいの。じゃないと守っても守れてないっていうか・・・今、頑張ってるティオやみんなの努力を踏み躙ってるようで・・・それにそんな大きな力を貰ったら・・・私の心が・・・挫けそうで・・・」
 語る言葉がよわよわしくなっていく。
「私に力がなくてもモカを大切に思ってくれる人が絶対守ってくれると思うし・・・私も頑張るし・・・」
 言いたい事がまとまらなくて言葉が詰まった。

「人任せか。」
 ナセラの言葉が胸に刺さった。

 私は銀竜ナセラを見上げて強い声で答えた。
「自分の力じゃない物で得た事は、自慢にも、誇りにもならないの! 力がないから誰かを頼るの。誰かに頼られる私に成りたいから自分で頑張るの!」
「いいでしょ!。」

 勢いに乗った私の言動が場違いであるのに気付いてすこし後ずさりしていた。
(やば・・・)

 無音になった洞窟で私はゆっくりと銀竜ナセラとルミナさんに顔を合わす。
 「フォッフォッフォ」
 
 渋い声だけど愉快な笑い声が頭に届いてきた。
 ナセラとルミナさんが楽しそうに笑っているのが見えた。

 私はモカに視線を移してきょとんとしているモカを持ち上げた。
「ねぇ・・・なんで・・・笑うの?」
 モカも困っている。

 ナセラの笑い声が消えそして言葉が伝わってきた。
「少女よ。とても素晴らしい返事が聞けて嬉しかったよ。さすがはシェラの孫だ。強い心に育っていて嬉しいよ。なお、その心をいつまでも忘れないようにな。」
 
「・・・・え?。」
 さっきの言葉使いが抜け切らないまま私はナセラの言葉に反応した。
「おばあちゃんの事知ってるの?あ・・・そうよね、おばあちゃんはここで育ったんだし、知っててもいいのか・・・魔法使いだし・・・ここの学校出てるのよね・・・」

(お祖母ちゃんってどんな子供だったんだろう・・・)

「そだ。ルミナさんも私のお祖母ちゃんの事知ってる?」
 銀竜ナセラの隣で、私をみつめているこの国の王妃。月の巫女。ルミナ様。
(知ってても、おかしくないのよね。なんで気付かなかったんだろう・・・)

 青白く輝く竜の反射光のせいなのか、ルミナさんの顔がすこし淋しそうに見えた。
「はい。知ってますよ。でも、お祖母様のお話は、お迎えにいらした時にゆっくりとお話しましょうね。」
 気のせいだったのか、ルミナさんは優しい笑顔で私の隣に降りてきた。

「ん~・・・ナセラ・・さん。・・さま。」
 呼び方がいまいち判らないので戸惑った。
 銀竜ナセラの渋い声がすこし変わって親しみのあるお爺ちゃんのような感じで答えくれた。
「この世界の人間は私のことをナセラ様と呼ぶがの、まあ、好きに呼んでもいいぞ。特別にの。」
 私はすこし考えてナセラをじっと見つめ、ルミナさんをちらっと見て、腕の中にいるモカに小さな声で聞いてみた。
「・・・ってどうかな?」
 モカが困惑しているのが面白かった。
 隣にいるルミナさんに同じことを言ってみたら、すこし笑ってくれた。
(良いってことだよね?)
 見上げた私の目に飛び込んできた銀竜ナセラの顔が笑っているのが見えた。
(え・・・)
「あ!・・・聞こえてたの!小声って意味なかったのね・・・」
 頭に響くナセラの笑い声が私を脱力していく・・・・
「もう・・・ナセラおじ様って呼ぶからね。き・ま・り・ね。」

 ここが岩と水に囲まれた地下の洞窟って事を忘れるくらいその場には暖かい笑い声と空気が私を包んでいた。

「ああ。久しい。こんなに楽しい会話をしたのは。なお、逢えて嬉しいよ。そなたの道に月の恵みがあらんこと願う。」

 私はこの世界に降り立ってからずっとこの洞窟で暮らしているナセラの事が気になった。
「おじさま・・・外にはでないの? ずっとここにいないといけないの?」

 水が流れる微かな音と青く光る岩に囲まれた洞窟の中は、翼を収めた大きな銀竜には似合わない風景だった。
「ありがとうよ。わしの役目はこの世界を闇から救おうと努力する人間達に力を分け与えるのが使命なんだよ。ここの岩は月からの魔力を蓄えることができるのじゃ。それをわしが吸収し大気に流すことで人間に魔力を与えているのだよ。」

 そういった銀竜ナセラはゆっくりと首を持ち上げ、そして体を起した。悠々とした青白く光る竜は大きな息吹をひとつした。
 洞窟の中は、空気の流れる圧力で、大きな音と、岩と向こうに見えた大きな湖の水面を、激しく動かした。
 銀竜ナセラは私に目線を落として小さく微笑んだ。
「この湖を抜けると海に出るのだよ。わしもたまには動かないと翼が縮んでしまうからの。こっそりと散歩してるのだよ。」
 背伸びをしたように見えたナセラはゆっくりと座り、最初みたときの格好に戻った。
 静かになった洞窟で私は横たわる竜に声をかけた。

「ナセラおじ様。 お祖母ちゃんってどんな人だったの?」
 優しい顔の銀竜ナセラは懐かしむように語ってくれた。

「どこから話そうかの。・・・そうじゃな、はじめてシェラと逢った時の事から話そうか。」

「生まれて10日くらいの赤ん坊が、父親に抱かれてこの洞窟まで来たのだよ。洞窟全体に響く大きな泣き声でわしは目を覚ました。 父親と泣き止まない赤ん坊にわしは声をかけた。 何用かと。
まあ、赤ん坊を感じた時に全て分かっていたのじゃが。」

 ナセラおじ様は、視線を私に向け、ゆっくりと話を続けた。
「大気にある魔力を無尽蔵に吸収していたのだよ。赤ん坊からは、怖いと苦しいの感情が流れてきていてな、可哀想じゃった。 このままだと赤ん坊は魔力に耐えられなくなり、光となって消えてしまう事を父親に告げた。 わしはそうなっても仕方がないと説明したのだよ。大きな力は災いになる恐れもある。それにこの子自身、幸せな人生を送れる事は無いだろうと・・・」

 なにか気になったのか、私はルミナさんの方を見た。
 ルミナさんの目からすこし涙が溢れていた。
(やっぱり、母親としての想いが・・・)
 私もその赤ん坊の事考えると込み上げるものがあった。

「だけど父親は、それでも赤ん坊を助けて欲しいと、待っている妻の願いも同じだと、頭を下げてきてな、わしはその赤ん坊を助けることにしたのじゃよ。」

 ナセラおじ様は首をすこし持ち上げて洞窟を見回した。
「ここの岩は魔力を蓄える性質があるって話したじゃろう。わしはこの岩を凝縮・精製を施して、赤ん坊の体内に癒合させたのだよ。大人になって魔力の制御ができるまでの、受け皿としてな。」

 ナセラおじ様はそういって話を止めた。

 洞窟に静けさが戻ってきた。
「・・・もしかして、その赤ちゃんがお祖母ちゃん?」
 私の問いにナセラおじ様は嬉しそうに答えた。
「そうそう最後に、父親の願いでわしが名前を付けたのじゃよ。わしらの言葉で輝く・照らすって意味のシェラとな。」

 私はまさかお祖母ちゃんの出生のそれも凄い話を聞けるなんて思いもよらなくて、びっくりした。
「ナセラおじ様がお祖母ちゃんの名付け親で命の恩人だったなんて、なんだろ・・・ありがとう。」
 伝えきらない想いを、私は目の前の大きな竜に頭を下げるだけだった。

「なお。この話はここだけの話だからね。シェラの事を人に聞いたり話したりしないでほしいのだよ。彼女をよく思わない人もいるからね。なおがシェラの孫だと知って、危害を及ぼす可能性もあるしの。」
 ナセラおじ様は心配そうな声で私に話しかけていた。
(お祖母ちゃん・・・この世界嫌だったのかな・・・)
 私はお祖母ちゃんがこの世界を出た理由をなんとなく感じた。

「なおさん。そろそろ時間ですし、戻りましょうか。」
「あ・・そか・・もっとお話したかったけど・・・」

 ナセラおじ様に私は別れの挨拶をしてルミナさんの差し伸べた手を掴んだ。

「そうだ、なお。これを持って行きなさい。」
 目の前に真珠のような白銀の玉が淡い光を放ちながら現れた。私は残っていた手を差し伸べてその玉を掴んだ。
「わっ。」
 モカが腕から落ちてびっくりしていた。
「あ・・モカごめん。」
 モカは不機嫌な素振りで飛び上がり私の頭の上にちょんと座る。
 頭の上のモカに玉を握ったままの手で撫でて誤った。
 戻した手の中の玉を私はナセラおじ様に差し出すように見せた。
「これって?」
「なおの力になりたいと思う、わしの願いじゃ。闇から身を守る服が入っているから危なくなったら使うんじゃよ。使い方はルミナに聞けばいいから、じゃ、また遊びにおいで、待ってるぞ。」

 私は大きく手を振った。青白く光る洞窟に横たわる大きな竜に、別れを告げた。またね。と
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