銀の月

紅花翁草

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月礼祭

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 なおは自室のベットでモカと寝転がっていた。
 城に戻るとすぐに自室に入り、モカと二人で、のんびりとティータイムを過ごし、お祖母ちゃんの帰りを待っていた。
 最初は窓から外を見ながら、モカと色々な話をしていたけど、待ち疲れて、今はベットでだらだらとしている。
「まだかな~。」
 なおは、その言葉を何度もつぶやいている。

 扉を叩く音がした。
 お祖母ちゃんが戻ったら、メイドのハレさんが伝えにくる事になっているから、なおは飛び起き、大きく返事を返すと、扉まで急いで駆けた。
 扉を開けたハレさんに話しかけると同時に、ハレさんの後ろからお祖母ちゃんの姿が見えた。
「もう少し、落ち着きを覚えないって何度も言ってるだろう。」
 私は背筋を正し、深呼吸を小さくした。
「お祖母ちゃん、お帰りなさい。」
 ハレさんに照れ隠しの笑みを返し、部屋に入ってきたお祖母ちゃんに挨拶をする。
 ソファに腰掛けたお祖母ちゃんの対面に私は座り、はやる気持ちを押さえていた。
 扉からワゴンを押して入ってきたミレさんがお祖母ちゃんに冷たい飲み物を用意している。
 お祖母ちゃんは、手に持っている風呂敷を机の上に置くと、一息つき、カップの飲み物を飲み干した。
「あの子は契約者になれたよ。」
「よかったぁー。」
 私は気が抜け、安堵の言葉を出していた。
「近いうちに、会いに来るだろうね。契約した精獣がなおと、その精獣に用があるって言ってたからね。」
 私とモカは、二人して、きょとんとした顔を見せ合う。
「なんだろうね?誰なんだろうね?」
 私の問いに、首を傾げるモカはどこか不安そうに見えた。
「まあ、会った時の楽しみにしてようね。」
 モカの頭を撫でた私は、気になっていた風呂敷の中身を聞いた。
「ああ、これは、火竜の爪だね。」
「火竜ってエンデュ?」
「そうだよ。切った爪でも、50度の熱を帯びてるままだから、暖房器具みたいに使えたり、水に入れれば丁度いいお風呂の湯加減になるんだよ。お風呂のお湯の温度が少し下がってきてたから、新しいのに変えようと思って、貰ってきた。」
「そ・・・そうなんだ。」
 私はたぶん、とんでもない事なんだろうな、と思いながら話を切り上げた。

「それじゃ、わたしは、これを置いてきて、休ませてもらうね。」
 早々に部屋から出て行く、お祖母ちゃんを私は見送ってソファに座り直す。
 私の為に用意してくれていたお茶をゆっくりと飲み、夕刻の空を窓から眺めた。
「あとは、祭りを楽しむだけだね、モカ。」
「はいです。」

 また静かになった部屋で私とモカは、だらだらとベットの上で過ごすことにした。


 扉を叩く音が聞こえた。 
 ティオが、疲れた顔で部屋に入ってくる。
「どうしたの?」
「明日は遠征者達の帰祝会と祝杖式だけの予定だったのに、太陽の姫巫女の戴冠式をやることになって、・・・光の塔と司祭が無くなったじゃない、あれの代わりに昔にあった姫巫女を復活させて、それの式を祝杖式の中に入れて、もうね、オルトリアス聖典祭とか・・・新しい行事作っちゃうし、段取り覚えるのに大変だったのよ。」
 畳み掛けるように喋ったティオに私は圧された。
「そっ・・・そうだったのね。お疲れ様。」
 ぐっすりと寝ているモカを起こさないようにベットから起きた私はソファに座った。
 
 遅れて入ってきたハレさんとミレさんがお茶を用意するのを待って、落ち着きを戻したティオが笑顔を浮かべる。
「昼からの聖典祭だけが明日の予定だから、朝からそれまで、一緒に祭りを回ろうね。」
「もちろん、楽しみにしてるから、よろしくね。」

 私はミリアとお祖母ちゃんの話をティオに聞かせた。
「ミリアさんは無事、契約者になれたのね。」
 ティオの表情は落ち着いた安堵感のような笑みを浮かべる。
「まさか、お湯がエンデュ様の爪って・・・お祖母様って凄過ぎる。」
 こっちは呆気に取られた溜め息を、こぼしながら、笑っている。
「やっぱり、とんでもない事なのね。」
 私とティオは、顔を見合わせ、笑い合った。


 日が落ち、暗くなり始めた外に気が付いた私は、窓から城壁の向こうに見える明かりを見る。
「そういや、前夜祭って何するの?」
 ティオは私の隣に立って窓から同じように外を見る。
「オルトリアスを囲むようにある4つの都市のさらにその外側、そこには魔獣や猛獣が沢山いるのよ。
で、それを被害が出る前に討伐しているのが、遠征隊なの。その人達がみんな帰ってくるのが今日で、待っていた家族や友人が、美味しい物をご馳走したり、騒いだりするから、朝まで店を営業する口実として、前夜祭って形にしたのよ。」
 日が落ちた空には、銀色に光る丸い月が、大地を明るく照らしている。
「なるほどね。」
「まあ、お酒を出す店がほとんどだし、私達が楽しむのは明日の朝からの出店やお菓子コンクールとかね。」
「お菓子コンクールって?」
 私は問い詰めるほどじゃないけど、勢いのある言葉をティオに向けていた。
 嬉しそうにティオが答える。
「3日間の月礼祭の間に、色々なお菓子店が新作を出すの。それを大きな広場をお店にした会場で販売。私達が食べたい物を買って美味しいと思ったらそのお菓子に一票入れる。3日後に順位を発表。そんな流れよ。ちなみに3日間やるのは、」
 ティオが勿体つけるように話を一度止めた。
「100種類くらいあるお菓子を、食べ比べする為よ。お金とお腹が許す限り、食べるからね。」
 ティオの意気込みが最後の言葉に詰まっていたのがよく判って、可笑しくなって私は笑ってしまった。
「なおも食べるんだからね。」
「もちろん、そのつもりよ。」
 私とティオの笑い声が部屋に広がっていく。
「モカも沢山食べるよね。」
 寝ているモカに小声で話しかけて、私とティオは、決り事のように自然に入浴の準備を始めた。
「じゃ、今日も背中流してあげるね。」
 嬉しそうに早足で扉から廊下にでたティオが振り向く。
「ありがと。」
 

 月礼祭の初日の朝、朝食を済ませた私は、中庭でモカと二人でティオが来るのを待っていた。
(誰だろ?)
 二人並んで向かってくる人の一人がハミルさんだと私は気が付いた。
 ハミルさんと並んで歩いているのがティオだと、気が付くには少し時間がかった。

 ハミルさんは鎧姿じゃなく、礼装のような服だった。
 ティオは髪を束ねて、すこしツバの広い可愛い帽子を被っている。
「お待たせ、なお。それじゃ、銀礼の神殿の方から街に出るわね。」
「その格好だと、ティオってばれないの?」
「身近な人なら判るかもだけど、街でばれたことはないわよ。」
 ハミルさんの私服と並ぶティオは街で見かける恋人達のように見えたのを黙っている事にした。
 
 
 街は賑やかで、人々の笑顔で溢れていた。
「モカ、凄いよ。」
 腕の中に居るモカはキョロキョロと首を回して街や人を見ている。
「人がいっぱいです。いい匂いもするです。」
 本通りに出た私達の目には、沢山の出店と、行き交う歩行者達。石畳の道路は馬車が通れないほど人で溢れている。
「私達はお菓子を食べる予定だから、食べ物の出店は我慢するのよ。」
 お姫様の品を出しているティオが小声で私達と話す。
「そうね。お菓子コンクールの会場までの道にある雑貨屋を色々みていきましょ。」
 ティオの隣に並んだ私は、すこし背筋を伸ばしてお嬢様ぽい仕草を見せる。
 そんな私を見たティオが笑いそうになっているのが判った。
 街には色々な髪色の人が居るのに私は気が付いた。
「四都市の特産品や雑貨を出店で売りに来ているからね。」
 ティオが答える。
「もちろん。お菓子コンクールもね。」
 
 私達は出店を見たり、大道芸を見たりしながら、目的地の場所に着いた。
 大きな広場にはオープンテラスのカフェのようにテーブルと椅子が並べられ、それを囲むように連なって建っている建物も小さなカフェになっていた。
 香ばしく、甘い匂いが広がる広場は、沢山の人達で賑わっている。
「じゃあ、今日は端から20店ほど見て、気に入った物を買ってみるわよ。」
 私はティオに連れられて、一店目の店に入る。そこは2種類のケーキが陳列してあった。
「大体、どのお店もこんな感じで、1個から2個の新作を売ってるから、気に入ったら買って、広場で食べるの。数個なら大きな皿に乗せて、多くなりそうならケーキスタンドを使ってね。」

 私はモカと小声で食べたいお菓子を決めてティオに伝える。ティオが3人分の注文をお店に言って、ハミルさんがお金を払う。を繰り返し次々とケーキスタンドに乗せていった。
 そのケーキスタンドを持つ係りが私になったので、モカはティオの腕の中にいる。
 20店目で、一人6品前後のお菓子になったケーキスタンドはちょっと凄いことになっていた。
(落としたら・・・)
 最後のお店で支払いを済ませたハミルさんが、自然な振る舞いでスタンドを持ってくれたのが凄く嬉しかった。

 私達は少し外れにある木陰になっているテーブルに座った。
 ハミルさんがケーキスタンドを真ん中に置くと、合図したかのように執事風の人がティーセットを持ってきた。
「4人分でお願いします。」
 ティオがそういうと、カップと皿を4つとティーポットを二つ並べて戻っていった。
 私は広場を見直すと、さっきの執事さんやメイドさん達がテーブルの世話をしている事に気付く。
「それじゃ、食べるわよ。」
 ティオがそれぞれの皿に、選んだお菓子を一つ載せる。最後に自分で選んだお菓子を一つハミルさんの皿に乗せた。
 ティーポットからカップにお茶を注いで配っていた私はそんなティオをみて不思議に思った。
「ねえ、ティオ。それっていつ相談してるの?」
「相談?」
「ハミルさんの分もちゃんと買ってるし、選んでるし、そんな会話してなかったよな~ってね。」
「私がいつも勝手にやってるだけよ。」
「そうなんだ。でも好みとかちゃんと判ってるみたいだし、ハミルさんも自然だし、なんか凄いね。」
 私は恋人みたいだと言いそうになったのを堪えた。
「街でティータイムする時は、いつもこんな感じよ。口に出さないけど、美味しいときの顔は見れば判るからね。慣れよ。」
(もう、夫婦なんじゃ・・・)

 お茶を4人分配り、ケーキも小皿に取り分けて、私達は椅子に腰掛ける。
 モカはテーブルの上に座り、いつものように私達は談笑しながらケーキを食べた。
「どれも美味しかったね。モカ。」
 さすがに6個も食べれるのかと、選んでから心配していた私だったけど、なんなく食べれた事にすこしビックリしていた。
「はい。もっと食べたいです。」
「食べたいね。でも、さすがに止めておこうかな。」
 ティオがすこし呆れ顔で見ているのに私は気が付いていた。
「そうしときなさい。これ以上目立つのは、さすがに疲れるわ。」
 
 遠巻きに、視線を向ける人達を私は、気にしないように努めながら、楽しんでいたのだった。

「そろそろ聖典祭の会場に向かうわよ。」
「はい。ごちそうさまでした。モカ、また明日食べようね。」
 
 広場を出た私はモカを抱いて、ティオとハミルさんの後ろを歩くような形で目的に向かった。
 モカは当然のように腕の中で眠りに落ちていった。



 聖典祭の会場になっている大きな建物は真っ白い宮殿だった。城が作られる前の王宮で『月の王宮』とも呼ばれていた。

(ねぇリナ、ここってリナが住んでいた所?)
 私はリナを呼びだして、聞いた。
[そうよ。懐かしいわね。]

 宮殿に入ると2階に続く大きな階段が見え、その壁には2枚の肖像画が並んでいた。
「あれって、誰の絵なの?」
 ティオに尋ねる。
「この宮殿を建てたルシア様とリミナス様よ。もっと近くで見てみる?」
[誰が描いたのよ。そんなの見なくてもいいわよ。]
 リナが横で慌てているのを横目で見ながら、私はティオと一緒に階段をあがった。
 2枚並んだ肖像画は 、二人とも40代くらいの大人の女性だった。
「こっちがルシア様。でこっちがリミナス様よ。」
「私の知ってるのは、カードのやつだけだから、20代くらいだったけど、そうよね、歳をとるんだよね。
二人は何歳まで生きてたの?」
「ルシア様は70歳くらいだったかな。リミナス様は、消息不明で判らないのよね。」
 私は時間の流れがちゃんとあるんだと、今更ながら、肖像画を見つめ感じていた。
(リナはなんで私と同じ歳くらいなの?)
[それは、なおの中に入ったときに同調したからよ。0歳から同じように歳が過ぎていくの。]
(じゃあ、同い年なのね。そっか~リナの大人ってこんな感じなのか~)
[ほんと誰よ。こんなの描いたのは。]
 私はすこし笑っていた。
「なお?どうしたの笑ったりして。」
「ううん、なんでもない。リナが肖像画に文句いってるだけ。」
「あ・・・なるほどね。なおとリナ様って会話できるのよね。私も色々話をしてみたいわ。」
 「また今度、入れ替わって話をしましょう」ってリナの伝言を伝えた。
「それじゃ、聖典祭は奥の大聖堂でするの。で、私は着替えをするから別室に行って準備するわね。」
 階段を降り、待っていたハミルさんと私達は宮殿の奥に進んでいった。

 別室で着替えたティオを見送って、私は寝ているモカを抱いて、リナの道案内で来賓者専用の観覧室に向かった。
 部屋に入ると大勢の向けられた視線が痛かった。
(精獣を抱いた黒髪の少女っていう存在はやっぱり、そういう目で見られるのね。)
[仕方ないことね。]
「なおさん~、なお~。」
 聞き覚えのある声が遠慮ぎみに私の耳に届いた。
「エリオナちゃん。」
 私は、数人の青い髪の巫女達の中にいる小さな少女に笑顔を返した。
 私は近づく緑の髪の巫女と女性が、お母さんと話していた風の巫女と騎士だと気付いて、頭を下げる挨拶をした。
「貴女がなおさんですね。ルミナ様とこのリッサから話は窺っています。よろしくね。」
 優しい笑顔と、気取らない言葉で、私の事を気遣っていたのを少し後で私は気付く。
「リッサさん、ミリアが、」
 私が言葉を続ける前にリッサも同じように笑顔になり、
「ええ、本当に良かったです。」
 
「ミリアがどうしったって?」
 リッサさんの背後から、リッサさんと同じくらいの背をした女性が現れた。
 栗色の髪と褐色の肌、豊満っていう言葉が似合うモデルのような人だった。
「なおさん、紹介しますね。ロレン様の所で一緒に稽古していた友人でセシア。」
 私はセシアさんと挨拶を交わして、ミリアの話をした。
「そんな事があったのか、私は光の塔や北都の魔物退治でこっちの事は詳しく知らなかったから・・・そうか、契約者になったのかミリアは。祝うべきだな。あとのことはその時だ。なあ、リッサ。」
 リッサさんは頷いていた。

 最初感じていた、人の視線が無くなっているのに私は気が付いた。
(リナ、いやな視線が消えてる。)
[そうね。水の姫巫女に、風の巫女と姫騎士。そんな人物と知り合いってなれば、当然ね。たぶんだけど、マイさんはそのことに気付いて、声を掛けてくれたのかも。]

「そろそろ時間ですし、席に着きましょうか。」
 マイさんが、話が一息付いたのを見て、仕切ってくれた。
 私は勧められるまま、席に着いた。
 右にエリオナとその護衛の巫女達、左にリッサにマイさん、後ろにセシアさん達が座っていた。
「エリオナちゃん、また会えて嬉しい。ほんとにありがとう。」
「ううん。私もみんな無事で嬉しいです。・・・モカ様は、寝てるのですか?」
 私はずっと腕の中で寝ているモカを突いて起こす。
「そうよ。さっきティオ達とケーキを一杯食べてからずっと寝てたんだよ。でも流石にこの式典は見せてあげたいし、エリオナちゃんとも話しして欲しいしね。」
 むくむくと動き、伸びをするモカ。キョロキョロと周りを見て最後に頭をあげて私を見る。
「ここどこ?」
 私はくすぐるようにモカの頭や体を触る。
「聖典祭の会場。どんなことするのか楽しみね。」
 目を覚ましたモカはフワッと浮き上がり、下に見える大聖堂を見渡していた。
「はいです。」
 
 私とモカは、始まった式典にずっと感嘆と感動を繰り返し、リナに、エリオナちゃんやリッサさん達と色々と話をした。


 マールさんの祝杖式と光の巫女の戴冠式は無事に終わり、みんなと別れた私は、リナに連れられて大聖堂の奥にある、誰も居ない静かな小さな庭園にきていた。
(ここでいいの?)
 モカはふわふわと浮かんで辺りを見ていた。
[ルシアがこの下で眠っているの]
リナは手を胸で重ね、綺麗な模様が彫られた石柱に祈りを捧げている。
 私も習うように同じ動作でルシアさんの冥福を願い、祈りを捧げる。


 戴冠式の参列者や役者達が宮殿の2階にある大広間に集まっている。すでに談話が始まっていたその場所で、私はティオ達の姿を探していた。
 数人の男性に囲まれたティオを見つける。ハミルさんは少し離れた場所から見守っている感じだった。
 お母さんのルミナ王妃のところには戴冠式で見た光の巫女さん達と話をしていた。
(ティオはお見合い中って感じかな・・・)
 私はモカを抱いて人が少ないテラス近くの壁際の椅子に座る。
 エリオナちゃんは護衛の巫女さん達に守られる感じで大人達と会話していた。
 マールさんは嬉しそうに知人らしい人達と話をしている。

 場違いだと判っていた私は、映画を見ているような傍観者になっていた。
(う~ん。こういう場の立ち回りって判らない~。リナどうすればいいの?)
[そうね。もう少ししたら談話も落ち着いてくるから、それまではここで見てるのがいいかな。]

 リナの言葉通り、挨拶周りの談話から知人達と話すようになっていく広間の人達。ティオも少し疲れた様子で私の所に歩いてきた。
「おつかれさま。何か大変そうだったね。」
「まあね、こんな機会じゃないと、私と会話出来ない人達が多いからね。」
「とくに男性は、でしょ。」
 私の言葉の意味を理解したティオはウンザリした顔で
「ほんと疲れたわ。」
 私とティオは小さく笑い合った。
 リッサさんとエリオナちゃん、そしてセシアさんが私達の所に集まってきた。
「今日は色々とありがとうございました。」
 私は聖典祭の気遣いに改めて3人にお礼を伝えた。
「ティオ、こうして揃うのは、ほんと久しぶりですね。」
 リッサさんが嬉しそうにティオを見ている。
「ほんとだよな。」
 セシアさんが笑っていた。
「来年の月礼祭はミリアも入れてみんなで出店回りすることになるなんてな。おじ様に連れられて着た時以来になるのか。あ、話はリッサから聞いたから、勿論私も参加するぞ。」
「セシアさんは変わってないですね。」
 ティオの言葉にリッサさんが笑いながら頷いていた。
 

 月礼祭の一日目はあっというまに過ぎていった。

 

 月礼祭二日目は武術剣技大会が朝から夕刻までするので、私は前日に約束したエリオナちゃんと合流して色々な所をティオ達と見て回った。

 
 そして最後の日、私はファルト親善試合の会場に来ていた。
 競技場は沢山の見物客で賑わっていた。
 私は、ティオと水の『リエムリム』代表のマリエルさんが対峙しているフィールドを、モカとエリオナちゃんと観戦している。
 部屋になってる来賓席は私達だけだった。

「やっぱり水単色のデッキってことになるのよね。」
 私は隣に居るエリオナちゃんとファルドカードの話を始める。
「はい。代表戦ですし、勝敗よりも召還獣とかを見せ合うって感じなので。」
「エリオナちゃんのデッキは違うの?」
「私のは、少し月が入っています。持って来てますよ。」
「対戦楽しみ。」
「もちろん、わたしもです。」
 笑顔をこぼす少女の顔はとても可愛かった。
「そろそろ始まるみたいです。」
エリオナちゃんの言葉で私はティオに視線を戻す。

 競技場は物凄く広く、サッカースタジアムがそのまま2つくらいは入るほどだった。
 人物を確認出来ないほどの広さの両端に建てられている高台に、二人の召還者が立っている。
 競技場の真ん中にある来賓席の、さらに上にある王族専用の観覧席から開始の合図が鳴り響く。

 高台の前に基盤カードが召還されると、どよめきと歓声が混じり合う声が会場を包み込んでいった。
 大きさが数十メートルほどに小さくではあったが、『リミナスの天空城』が浮かんでいた。
 対する水の基盤カードは青白く光る水晶で出来た城で、競技場の地面を水に変えていた。

「すごい。基盤効果で場まで変えてしまうのね。あれは・・・『エストラの水晶宮』かな。」
「はい。そうです。基盤効果は半面ほどの効果なのですが、今、ティオねぇさまが出している城が、空に効果があるようなので、地面全てに効果が広がったみたいです。」
 
 突如、鳴り響く鐘の音が、観客の歓声を落ち着かせる。
 二人の召還者は駒を次々と召還していく。その中には実物より少し小さい『銀竜ナセラ』の姿もあった。
「なお、あのカード達ってこの前の召還戦のですよね。」
「そうよ。秘蔵のカードってティオが言ってたよ。」
 私は、昨日の夜に家族と話合った親善試合の、段取り通りの決め事をエリオナちゃんに伝えた。
「やっぱり、召還師の方は王族の方なのですね。」


 ティオは競技場の高台で観客の反応を感じる中、手札のカードを見ながら戦略を考えていた。


 時は少し戻り、昨晩の事だった。
 ルミナ王妃の部屋に家族が集まっている。
「明日のファルト戦で、『リミナスの天空城』を使ってください。」
 お母さんはティオにそういって、並べられた私のカードから『リミナスの天空城』を渡した。
 都市を救った召還師は王族関係であること事と、表舞台にはこれからも出ないって事の両方を伝えるための手段だと私とティオは聞かされた。
「判りました、お母様。それじゃ今から『リミナスの天空城』に合ったカードを組みます。」
 並べられたカードから次々と選び取っていくティオは気難しい顔をしていた。
「お祖母様、このカード達ってお祖母様が集めたのですか?」
「まあ、大体がそうだね。リミナス様のカードが作れたから、それに合う相性の良いカードを探したりしたね。城に保管してあるカードも入っているよ。」
 お祖母ちゃんは、嬉し懐かしの記憶を辿るような笑みで話してくれた。
 ティオがもっとその時の話を聞きたそうにしていたのを、お祖母ちゃんは「また今度、封印師を教える時にしてあげるよ。」と言って話を終わらせた。

「明日のファルト戦でカードを見せ合う事は無いけど、やっぱり闇が付いているカードは使わない方がいいよね。天空城は仕方ないけど。」
 私はその訳をなんとなく察してみたけど、ティオに尋ねた。
「闇単色って魔族の事になるし、闇が混じっているとね・・・でも、なんで闇が混じっているのか解らないのよ。これまでも闇が混じったカードが沢山出てるし、非公式で色々検証してるみたいだけど、
特に問題はないし、使っても良いはずなんだけど・・・暗黙のルールって感じで・・・」
 ティオは『銀影の騎姫リミナス』のカードを見ながら私に気を使っているのが判った。
「まあ、そんな感じなのかなって思っていたから気にしないで。じゃあ駒カードは飛行の月単色のカードで揃えて、って事ね。」
 ティオは頷いて、足りないカードはティオの持っているカードと、そして王族が所持しているカードから選ぶことにした。

「あ。エリオナちゃんとカード対戦の約束してる。」
 カードを選び中のティオの手が止まる。
「そうね。なおもカードを一から組まないと。」

 カード選びに夢中になっている二人を、ルミナとシェラは、時間を気にせず、見ていた。


 対峙するのは水のファルト。魔法を打ち消したり、反射したりするのが得意な属性。
 ティオは競技場に現れた『エストラの水晶宮』と水に浮かぶ人魚『歌姫ライラ』や、浮遊している『水神の守護兵』、そして『水竜アンリノエ』を見つめた。
「これ、水の中にもやっぱりいるよね。」
 
 『水竜アンリノエ』と『銀竜ナセラ』の迫力ある対戦から始まったファルト戦は水中からの援護とティオの魔法を打ち消したマリエルさんが『銀竜ナセラ』を退け、優位に立っていた。
 勢いを保ちながらティオのカードを撃破していく中盤戦、『月姫ルシア』を召還したティオが反撃に出る。
 『月姫ルシア』に『賢者トラン』、『騎士グリオス』、『月の巫女セテア』の効果を重ね、『月姫ルシア』の効果、(自身が戦闘で勝利すると、もう一度行動することができる。)でマリエルさんの駒を全て撃破した。
 そのまま、勝利すると思われた戦況をマリエルさんの秘策が投じられた。
 『海王ロザリー』、竜と同じほどの大きなクラゲが水中から現れ『月姫ルシア』を拘束する。
 
 普通のカード対戦だったら、盤上を見れば判る事も、このファルト戦では本当の召還戦のような
戦略があった。
 会場は、息を呑む静けさで二人の戦いを観戦していた。
 私もその一人の観客になっていた。
「ほんと、こっちのファルトってすごいね。ううん、この会場でするファルト戦が凄いのよね。」
 私の頭の上にいるモカも「はいです。」と答える。
 隣のエリオナちゃんがそんな私達をみて嬉しそうに頷いていた。
「なおが異世界で生活してるなんて昨日聞いたときは、ほんとビックリしました。明日には戻ってしまうのですよね。」
 寂しそうな声になったエリオナに
「またすぐに来るから、『リエムリム』の祭りも絶対に行くからね。」
「はい。」
 
 ティオとマリエルさんのファルト戦は優劣を決めれないほど均衡した戦いが続いていたが、最後はマリエルさんの反射魔法でティオの攻撃を返し勝利した。

「ティオ、だめだったか~。でも本当に僅差だったね。おめでとう。」
「ありがとうございます。ティオねぇさまも自分のカードを使っていたら、違った結果になっていたと思います。」
「やっぱり、エリオナちゃんにはそう見えたのね。」
「はい。」
 ティオの事を本当によく知っている妹の笑顔はとても可愛かった。

 客席から大きな歓声と拍手が二人の召還者に送られ、親善試合は無事に閉幕した。
 私とエリオナちゃんは用意してあったファルト石盤で早速、対戦を始めていた。
 観客が競技場から退去する雑音は、来賓席の部屋では気にならないほどで、二人の意識も盤上の戦略に集中していた。

 途中、ティオとマリエルさんが部屋に来て、私たちの対戦を楽しく雑談しながら眺めている。
 カード運に恵まれ勝利した私を、観戦していたティオが茶化すように褒め、エリオナちゃんの戦術を嬉しそうに褒めていた。
 ファルト談議で楽しい時間があっという間に過ぎていく。

 私は、エリオナちゃん達と別れてティオと一緒に城に戻った。
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加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

『急所』を突いてドロップ率100%。魔物から奪ったSSRスキルと最強装備で、俺だけが規格外の冒険者になる

仙道
ファンタジー
 気がつくと、俺は森の中に立っていた。目の前には実体化した女神がいて、ここがステータスやスキルの存在する異世界だと告げてくる。女神は俺に特典として【鑑定】と、魔物の『ドロップ急所』が見える眼を与えて消えた。  この世界では、魔物は倒した際に稀にアイテムやスキルを落とす。俺の眼には、魔物の体に赤い光の点が見えた。そこを攻撃して倒せば、【鑑定】で表示されたレアアイテムが確実に手に入るのだ。  俺は実験のために、森でオークに襲われているエルフの少女を見つける。オークのドロップリストには『剛力の腕輪(攻撃力+500)』があった。俺はエルフを助けるというよりも、その腕輪が欲しくてオークの急所を剣で貫く。  オークは光となって消え、俺の手には強力な腕輪が残った。  腰を抜かしていたエルフの少女、リーナは俺の圧倒的な一撃と、伝説級の装備を平然と手に入れる姿を見て、俺に同行を申し出る。  俺は効率よく強くなるために、彼女を前衛の盾役として採用した。  こうして、欲しいドロップ品を狙って魔物を狩り続ける、俺の異世界冒険が始まる。 12/23 HOT男性向け1位

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