異世界旅行は命がけですがよろしいですか?―バウガルドの酒場冒険譚

永礼 経

文字の大きさ
15 / 44
異世界行商でセカンドライフを満喫するつもり

第14話 市役所住民課の公務員の夢

しおりを挟む

 葛城速人《かつらぎはやと》はいわゆる公務員だ。
 
 大学を出るころ、世の中はいわゆる氷河期であった。
 
 ゼミの同窓生たちは皆、就職活動に明け暮れたが、それに費やした時間に見合う就職先にはほとんどのものが出会えず、皆、一時凌ぎのアルバイトか、何段階も下げて妥協した仕事に就くのが関の山だった。それでもまだ仕事にありつけるだけましだ。
 就職浪人が溢れかえった世の中に、不況による事業縮小、求人数の激減。
 労働環境は最悪と言ってよかった。
 有名大学を出ていながらも、就職先が見つからなかった者は、なんとか時給数百円のアルバイトにすがり、高校入学したばかりのガキどもと同じスタートラインで、一から同等に扱われる。それでも、途方もない学歴競争世代を勝ち上がった者たちには、「知力」はあっても「応用力」はない。いや、詰め込み教育のただ暗記をして点数を取ることが「知力」というのか、今となってははなはだ疑問というほかない。
 そうなると、結果はおのずと現れる。
 若く柔軟な思考を持った人材は適応力が高い。15歳そこそこのまだまだ伸びしろのある者と、大卒で二十歳をとうに越え、しかも「点数を取れてきた」者たちの頭の固さを比べれば、どちらが雇用主から見て「可能性」があるかは明らかだった。

 速人は一年の就職浪人を経て、世の中の状況を見て、いち早く商社志望から公務員志望へと切り替え、その年の公務員試験を受験。Оオー市市役所職員となって、翌年の春を迎えた。
 いまでもこの選択は間違っていなかったと確信している。市役所職員になって35年あまり、その間に妻もめとり、子もした。家庭は円満で生活も安定している。それほど大きくはないがマイホームも持てた。速人の世代でマイホームを持てている奴などほとんどいないだろう。

 ――だけど……。

 本当は、もっといろいろな物や事に触れ、人に触れたかった。いろいろな場所へ行って、いろいろな言語で、違う感性の人たちと分け隔てなく笑い合いたかった。

 命を懸けて、ひりつくような痛みと息が上がるような疲労の中、二本の足で大地を踏みしめ、「生きたかった」。

 しかし、定年まであと数年となった今となっては、もはや、そのような「冒険」や「生活」は成し得ないであろう。

 そう思っていたある日のことだ。


――『バウガルドの酒場』大好評サービス提供中! あなたも異世界で新しい経験をしてみませんか?――


 そんなバナーが目に入った。
 それは唐突に速人の目に飛び込んできた。

 市役所の午前中の仕事を終え、昼休憩に商店街へ昼飯をと思っていた時だ。この年になってはもう「ゲーム」だとか「VR」だとかはとうに記憶の彼方へしまい込んでいた。年齢とともに反射神経が落ち、昔やっていたMMORPGエムエムオーTPSティーピーエスなどはもう操作の反応が追い付かない。そんなものはもう10年以上も前にアカウントも削除して引退している。

 なのになぜだか、そのバナーが妙に気になった。
 そのバナーには、ボードゲームカフェ『ダイシイ』と銘打ってあった。

(ボードゲーム? 人生ゲームとかモノポリーとか、昔子供の頃にやったような記憶はあるけど――)

 それと、異世界ってどういうつながりなんだ?

 速人は午後業務時間中の休憩時間に携帯端末を取り出し、『バウガルドの酒場』を検索してみた。

「バウガルド、やべぇ! 人生が二つあるようなもんだ!」
「昨日ちょっとやらかして、死ぬかと思ったけど、あの緊張感がたまらない!」
「はじまりの町ケルンから北に向かった先の隣町トーレの蜂蜜酒、サイコー!」
「昨日やっとシルバーに昇格! これでまた先に進めるぜ」

 と言った絶賛の書き込みが目立つ。利用者の評価は結構というか、相当高いようだ。しかし、一方、気になる記事も散見される。

 『バウガルド旅行でまた2名の行方不明』
 『異世界旅行の危険性について考える』
 『徹底討論! 異世界旅行に規制は必要か?』
などなど。

 読むと、どうもバウガルドへの異世界転移については未だ正式な政府見解も法規制もかかっていないとのことで、転移先で起きた事故について主催者側は一切責任を取らないということのようだ。
 つまり、あくまでも「旅行」なのだ、という。

(ふうん――。異世界旅行ねぇ。ちょっと話だけでも聞きに行ってみるか――)

 その日の業務終了後、速人はあのバナーの上がっている店、ボードゲームカフェ『ダイシイ』大阪本町支店の玄関の扉を開けた。 

 そう、「冒険」というのはひょんなところ、ひょんなタイミングから始まる。

 いつの間にかその冒険に入り込み、いつの間にか当事者になっている。
 葛城速人もそんな冒険者の一人であった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

40歳のおじさん 旅行に行ったら異世界でした どうやら私はスキル習得が早いようです

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
部長に傷つけられ続けた私 とうとうキレてしまいました なんで旅行ということで大型連休を取ったのですが 飛行機に乗って寝て起きたら異世界でした…… スキルが簡単に得られるようなので頑張っていきます

最強の異世界やりすぎ旅行記

萩場ぬし
ファンタジー
主人公こと小鳥遊 綾人(たかなし あやと)はある理由から毎日のように体を鍛えていた。 そんなある日、突然知らない真っ白な場所で目を覚ます。そこで綾人が目撃したものは幼い少年の容姿をした何か。そこで彼は告げられる。 「なんと! 君に異世界へ行く権利を与えようと思います!」 バトルあり!笑いあり!ハーレムもあり!? 最強が無双する異世界ファンタジー開幕!

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

間違い召喚! 追い出されたけど上位互換スキルでらくらく生活

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
僕は20歳独身、名は小日向 連(こひなた れん)うだつの上がらないダメ男だ ひょんなことから異世界に召喚されてしまいました。 間違いで召喚された為にステータスは最初見えない状態だったけどネットのネタバレ防止のように背景をぼかせば見えるようになりました。 多分不具合だとおもう。 召喚した女と王様っぽいのは何も持っていないと言って僕をポイ捨て、なんて世界だ。それも元の世界には戻せないらしい、というか戻さないみたいだ。 そんな僕はこの世界で苦労すると思ったら大間違い、王シリーズのスキルでウハウハ、製作で人助け生活していきます ◇ 四巻が販売されました! 今日から四巻の範囲がレンタルとなります 書籍化に伴い一部ウェブ版と違う箇所がございます 追加場面もあります よろしくお願いします! 一応191話で終わりとなります 最後まで見ていただきありがとうございました コミカライズもスタートしています 毎月最初の金曜日に更新です お楽しみください!

五十一歳、森の中で家族を作る ~異世界で始める職人ライフ~

よっしぃ
ファンタジー
【ホットランキング1位達成!皆さまのおかげです】 多くの応援、本当にありがとうございます! 職人一筋、五十一歳――現場に出て働き続けた工務店の親方・昭雄(アキオ)は、作業中の地震に巻き込まれ、目覚めたらそこは見知らぬ森の中だった。 持ち物は、現場仕事で鍛えた知恵と経験、そして人や自然を不思議と「調和」させる力だけ。 偶然助けたのは、戦火に追われた五人の子供たち。 「この子たちを見捨てられるか」――そうして始まった、ゼロからの異世界スローライフ。 草木で屋根を組み、石でかまどを作り、土器を焼く。やがて薬師のエルフや、獣人の少女、訳ありの元王女たちも仲間に加わり、アキオの暮らしは「町」と呼べるほどに広がっていく。 頼れる父であり、愛される夫であり、誰かのために動ける男―― 年齢なんて関係ない。 五十路の職人が“家族”と共に未来を切り拓く、愛と癒しの異世界共同体ファンタジー!

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

大学生活を謳歌しようとしたら、女神の勝手で異世界に転送させられたので、復讐したいと思います

町島航太
ファンタジー
2022年2月20日。日本に住む善良な青年である泉幸助は大学合格と同時期に末期癌だという事が判明し、短い人生に幕を下ろした。死後、愛の女神アモーラに見初められた幸助は魔族と人間が争っている魔法の世界へと転生させられる事になる。命令が嫌いな幸助は使命そっちのけで魔法の世界を生きていたが、ひょんな事から自分の死因である末期癌はアモーラによるものであり、魔族討伐はアモーラの私情だという事が判明。自ら手を下すのは面倒だからという理由で夢のキャンパスライフを失った幸助はアモーラへの復讐を誓うのだった。

処理中です...