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異世界行商でセカンドライフを満喫するつもり
第17話 たかが看板、されど……
しおりを挟む葛城速人はそれから次の日、そしてその次の日の終業後も『ダイシイ』へ急いだ。
ゲラルトさんとの約束は1年間だ。向こう時間で一年間はこちらで言うところの36日。1月少々だ。その間に、商売のノウハウや商品の知識などを身に付けなければならない。しかも、ゲラルトさんは1年間ずっと一緒にいてくれるわけではない。ある程度商売のやり方やお客さんのことについての引継ぎをすませたら、先の街へと移るだろう。
せめてゲラルトさんがいる間は足しげく通わなければと思ったのだ。
そして実際のところ、この二日間だけでゲラルトとの時間は終わりを告げる。こちらでは2日間だけであるが、向こう時間では、20日経っているのだ。ゲラルトもさすがにひと月も待ってはいられない。
「なあ、ハヤト。俺っちは思うんだよ。俺らこちら側の人間たちは、お前らダイバーよりも寿命が長い。おそらくお前らダイバーの寿命は100まで行かないんだろう? 俺らこちら側の人間たちはお前らの何倍も生きる。俺っちももうすぐ180だ。でもな、ハヤト。俺っちは人間の価値ってな、生きた時間じゃねぇと思うんだよ。どれだけの人に影響を与えたかだって思ってるんだ。俺っちは180にして初めて弟子を持った。そいつがこの先、何人の弟子を育てるかわからねえが、もしまた一人でも弟子を育てられたなら、俺っちが影響を与えた人間がまた増えるってことだ。それがどんどん大きくなれば俺っちの人生の価値も上がるってもんだぜ? ハヤト、ありがとうな。俺の人生の価値をあげてくれたお前に感謝してるぜ」
そう言ってゲラルトさんは、先の街へと旅立っていった。もしかしたら、もう二度と会えないかもしれない、この世界の唯一無二の師匠の背中を見送りながら、ハヤトは涙を流した。
必ず、いつか、私も弟子を取って育てられるように精進します――。
ハヤトは師匠の背中に深々と頭を下げた。
それから一年間、日本時間では36日、ハヤトはできる限りバウガルドへ訪問し、「ゲラルトの武器店」の看板を上げ続けた。フィーリャも、ハヤトの鬼気迫る様子を静かに見守っていた。他のダイバーよりも圧倒的に訪問回数が多かったからだ。
そうして、ついに、約束の日まであと数日というところまで来た。
次のダイブが最後の「ゲラルトの武器店」になる。その後は、屋号を変えなければならない。屋号を変えることも師匠との約束だった。
「必ず屋号を変えろ、そこからがお前の本当の勝負だ。商売人として独り立ちできなければ、早々にこの仕事を辞めるんだ。そうしなけりゃお前はこの世界で生きていけなくなるぞ?」
これが師匠の最後の教えだった。
その日も露店をたたんで、はじまりの酒場へ戻り、帰還前のひと時で、カウンター席に座って一杯やっていた。するとフィーリャくんがそばに寄ってきて、ハヤトに声をかけた。
「ハヤトさん、もうすぐ一年になるんじゃないの? 新しい屋号はもう決めてるの?」
フィーリャくんもあの日からそろそろ一年が経つ頃だと思っていたのだろう。おそらく次の訪問あたりが最後の「ゲラルトの武器店」になると察してのことだろう。
「ああ、そうなんだ。屋号なんだよね。まだ、決めてないんだよね……」
ハヤトがやや寂しそうに言うのを聞いたフィーリャは目を吊り上げて言った。
「そんなんでどうするのよ? ハヤトさんのお店の評判結構いいって聞いてるよ? 自信をもってやらないと、プレッシャーにつぶされちゃうよ? 商売なんて結局は「覚悟」なんだからさ、ね、リノさん」
そう言ってカウンター向こうの主人に振る。
「ははは、まあそうだね。なんともならないこともあるだろうけど、おおかたが「覚悟」ひとつで、なんとかなるのもまた事実ですね」
リノさんが微笑みながら返す。
「そういうものなのでしょうね。実は私、向こうの世界では公務員でして、独立とか商売とか全く縁がなかったんですよね。あ、公務員というのは、こちらの世界にはあまりいないのでしょうか? 役人と言えばいいのかな?」
「公務員、知っていますよ。国や地方の政務担当官みたいなものでしょう? たしかお給料は「税金」というものから割り当てられるとか――」
リノさんが応じてくれた。
「そうですね。向こうの世界では働いた人たちから国が一定割合でお金を徴収するんです。それを人民の生活管理や医療費の手助けや、街道の整備とかに充てて、住みよい街を作ることに使うのですが、それを担うのが役人の仕事なんです。その代わりにその「税金」からお給料として手当をいただく仕組みなんです」
ハヤトが簡潔に要約して公務員の説明をする。
「つまり、自分でなにかを仕入れて売るというようなことをしなくても、お金をもらうことができるということですね」
リノさんが核心をついてくる。
そうなのだ。公務員は身銭を切って商売対象を仕入れることはない。予算という枠組みの中で、それをいかに有効に使うかを考えるのが第一と言える。つまり、使うべき金はすでに用意されているのだ。
「今は、『ゲラルトの武器店』という看板のおかげで、だいぶん助かっています。お客さんも師匠の頃からの方もまだ多い。これを下ろした後、私のお店にお客様は来てくれるのでしょうか。とても不安な気持ちでいっぱいなんですよ」
ハヤトは本心からそのように考えていた。それほどにこの『看板』の意義は大きかった。
「ハヤトさん! 大丈夫! さっきも言ったでしょ? ハヤトさんのお店は評判がいいんだよって。看板が変わってもハヤトさんはハヤトさんなんだから、お客さんもそんなことはわかってくれるって。それに、そこから先は、よりハヤトさんらしいお店にしていけるんだよ? 逆にハヤトさんのお店だからって来てくれる人が増えるかもしれないでしょ?」
フィーリャくんが一生懸命に背中を押してくれている。つくづくこのエルフの女の子には頭があがらないな。
「ですね。私もこっちの世界に覚悟を持ってきたはずなんだ。精一杯やってやりますよ」
そう言ってハヤトはグラスに残ったエールを飲み干した。
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