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異世界行商でセカンドライフを満喫するつもり
第21話 バウガルド、夢の適う場所
しおりを挟む速人が家に帰宅すると、妻の直子が出迎えてくれた。
直子とは職場結婚だった。結婚後もしばらくは働いていたのだが、出産を機会にリタイアして、その後は基本的には専業主婦をやっている。元々働くのが好きな女性だったから、速人はすこし気が引けている。
「あら、今日は少し遅かったのね。打ち合わせが長引いたりしたの?」
「あ、ああ、そんなところだ」
「ふうん。お食事は? 食べるわよね?」
「ああ、ありがとう。お腹はペコペコだよ」
「すぐに用意するわね、着替えてきて――」
いつもの何気ない会話だ。
ほぼ毎日こんな感じだ。まあ、こんなのはどこの家でも同じようなものなのだろう。夫が家に帰るまでの間何をしてたとしてもたいして気にもならない。そんな時期はもう何十年も前に過ぎ去った遠い過去の話だ。
速人は特にこれについて何か不満があるわけではない。至極当然のことだと理解している。しかし、なんだろうな……。なんかもやもやする時があるのも事実だ。
喧嘩がしたいわけじゃない。どこに行ってたのと詰め寄られても面倒だ。妻が機嫌を損ねるのははっきり言って、疲れる。
だから、極力干渉しないように神経を逆なでしないようにしているところがある。
何度も言うが、これには何も不満はないのだ。共同生活、ことに結婚とはそういうものだし、これはおそらくうちの家に限ったことではない。どこもそうだろう。
「ねえ――」
「ん?」
「わたし、旅行に行きたいわ」
その言葉は唐突だった。
「なんだよ、急に」
「いいでしょ。急でも。そんな風に思ったんだもの」
「旅行か。たしかに随分行ってないな」
「何言ってるのよ、もう10年以上前に家族で北海道にいったきりよ?」
「あ、ああ、そうだったか。あの時はまだ弘美も隆もいたな。そうか、そんなに前だったか」
「――わたしも向こうの世界へ連れて行ってよ。私一人ではどこにも行けないの、あなた分かってるでしょ?」
直子が意を決したように速人に告げた。
直子は速人の目をまっすぐに見つめている。
「お前――、どうして……?」
「なんかね、最近のあなた、楽しそうにしてるから、まさかこの歳で? それはないわよねなんて思っちゃって、仕事帰りのあなたの跡をつけちゃった」
「なんだって? そんなことしてたのか?」
「隠してるあなたの方だって悪いんじゃないの?」
「いや、まあ、でも、あまり気分がいいとは言えないな」
「ふん。それはお互い様よ」
「で、俺があの店に行っていることを知ったというわけか?」
「店長さんとケイコさん? 二人にも会って話したわよ? あ、でも事情を聴いてそのまま帰ってきたけどね。口止めはしておいたわ」
「は、はははは。そうか、あの二人ほんとに何も言わなかったぞ?」
「そりゃそうでしょう。私がそうお願いしたんだから。そんなに口の軽い人たちじゃないでしょう。二人とも礼儀正しい、良い人だったわ」
「そうか――。お前も向こうへ行ってみたいのか?」
「あなたがどんな世界を見て、そんなに楽しそうにしてるのか、私だってまだ興味があるのよ?」
「そうか。じゃあ、一緒に行ってみるか。見たらすぐに帰りたくなるかもしれないぞ?」
「ふん。あなた何年私と一緒にいるのよ? 私がそんなタマじゃないって、まだわからないの?」
――――――
「ハヤトさ~ん、こないだのと同じやつ、まだ在庫在りますかね?」
シンヤが声をかけてくる。
「あれ、めっちゃ使い勝手がよくって、重宝してるんですよ。で、さすがにもうボロボロで、買い替えないとと思ってるんですよね」
「ああ、あれだね? たしかまだあったと思うけど……。おい、ナオ、そこの箱の中にないか見てくれ――たしか黄色い布に巻いてあるやつだ」
声を掛けられた女性が箱の中を探すと、たしかに黄色い布に巻かれている一振りの短剣が見つかった。
柄と鞘にそれなりの意匠が入っているがそれは大したものではない。どこにでもある程度のものだ。しかし、中身は違った。
ハヤトがそれをすらりと抜いてシンヤに提示する。刀身に独特の文様が入っているそのショートソードは素材がかなりレアな鉱石を使っている貴重品だ。
「おお~。これこれ。なんて言うか、手になじむんだよね~」
シンヤがくるくるとその剣を取りまわす。
「武器とその主には相性があるって話だからね。今のシンヤくんにはそれがあっているんだろう。でも、それだといずれ君に合わなくなると思うよ? そろそろ次の段階に進んだらどうかな?」
そういうとハヤトはナオに目配せをした。
ナオは少し裏に下がって、すぐに戻ってきた。腕には少し長めの剣を抱えている。
「これなんかどうだろう? 振ってみるかい?」
ハヤトがシンヤにその剣を渡す。
シンヤは今持っていたショートソードと交換でそれを受け取った。
「ん? んん? これ、やべえ……」
シンヤはそれを抜き放ち、片手でブンと振ってみた。
「これ――、いいっす。ちょっと重めだけど、たぶんこのぐらいだったらすぐになじむと思います――」
「ほう、いいんじゃないか。なんかしっくり来てるというか。お前らしいというか――」
トオルも横で見ていて賛同した。
「ええ~、いいなあ。私も何かないですか、ハヤトさん」
「ははは、サラくんにはこないだのダガァがまだあるでしょ? あれでもうすこしレベルアップしてからだね。ちゃんと次のも考えておくよ」
「やったぁ! 私がんばってレベルアップする! つぎはどんな武器かなぁ、楽しみだなぁ」
サラは武器の使い勝手よりただ新しいものが欲しいだけなのではないかとたまに思う。
ハヤトとナオ(直子)はあの日以来一緒にバウガルドで行商をやっている。
今の拠点はニューズレイクだ。
でも、この世界はまだまだ広い。この先もまた次の街へその次の街へと進み続けていくつもりでいる。
あと何年、この世界で暮らせるかわからない。でも、それでもこの世界に触れていたい。
もし仮にこの世界で命を落とすようなことがあったとしても、おそらく何も誰も恨むことはないだろう。
むしろ、人生の終焉が訪れる前にこの世界に出会えたことを本当に感謝している。
バウガルドはまさに夢の適う場所なのかもしれない。
******
さすがに息が上がってきた、これ以上長引かせるのはあまり得策とは言えない――。
キョウヤは、ポーチから小型薬瓶を3つ取り出し、その口を一気に折る。
そうして3つの口を一度に自分の口へ挟むと、その液体を一気に喉の奥へ流し込んだ。
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