異世界旅行は命がけですがよろしいですか?―バウガルドの酒場冒険譚

永礼 経

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『竜撃』キョウヤと呼ばれるまでには

第24話 今度の扉は自分で開いて

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 東京に戻った京也は、また仕事に忙殺される日常に戻った。月日は光のような速度で流れてゆく。

 店長から渡されたナワキさんの「ゲーム」は、結局東京に帰ってからも開かずに棚に置いたままだった。
 ナワキさんとの思い出の夜はとても充実していたし、あの興奮は今も冷めやらないままだ。
 なのに、あの時間は――ナワキさんはもう戻ってこないのだ。

 東京にもボードゲームカフェはたくさん出店している。ゲームをやろうと思えばどこでもできる環境はあるのに、やはりなかなか足が向かなかった。
 羽原町をこっちにいる友人と歩いていて、ボドゲカフェの看板やのぼりは見かけるのだが、その友人たちはどちらかというとPCゲーム派でFPS(1人称型シューティング)ゲームやMMO(大規模多人数同時参加型オンライン)ゲームにはまっていて、アナログゲームに誘う気にはどうにも成れなかった。
 おそらくどこかで、「アナログゲームなんて面白いのか?」と馬鹿にされるような、そんな気がしていたからかもしれない。
 ナワキさんとのあの素晴らしい時間をけがされるような気がして怖かったのだ。

 そうしているうちに最後に「ダイシイ」を訪れてから7年の月日が流れていた。

 そんなある日のことだ。
「ボードゲームカフェ「ダイシイ」羽原店、今秋オープン予定!」
「画期的なシステムを当店独自に開発! この秋、新しい世界が開放される――」
という、看板を見かけた。

(「ダイシイ」って、あのダイシイ?)

 京也は気になって仕方がなかった。「ダイシイ」なら、またいい出会いがあるかもしれない。また、ボードゲームに触れる日が来るかもしれない。
 どうにも根拠がないただの感傷かもしれないが、その様に感じるのは京也にとってあの時間がとても輝いていたからなのだろうか。

(たしか、電話番号とか、SNS登録してたよな?)

 京也はすぐさま携帯端末を取り出し、「ダイシイ」のページを開いた。
 やはり間違いない。
 そこにも東京初出店の文字が躍っている。

(そうか、ダイシイも前に進んでるんだな――)

 そんな風に少し懐かしさがこみあげてきた。ふと数えてみると大阪の「ダイシイ」に行ってからもう7年が経過していたことに驚く。

(そんなに経つんだな――。店長、元気でやってるかな? ところで、この『異世界旅行は命がけですが』って企画、なんなんだ?)
京也はそのページに記された文字に注意を奪われた。


 『異世界旅行は命がけですがよろしいですか?――バウガルドの酒場』


 どうやら、新サービスらしい。

『新しい世界へと旅立ってみませんか? お一人でも、お友達とでもOKです。ただし、ご注意ください、このサービスはあくまでも「旅行」となります。旅先での一切のトラブル、事故についてはすべてお客様の責任の範囲となります。危険な個所への立ち入りは充分にご注意くださいますようお願い申し上げます』

(「旅行」――ねぇ。ゲームじゃないのかよ? どうしてボドゲカフェが「旅行」のサービスを扱うんだ?)

 とにかくわからないことばかりだが、「ダイシイ」がこの秋に羽原町にオープンするのは間違いがないとわかった。

(「ダイシイ」なら、一度のぞいてみてもいいかな――)
 

――――――――


 2032年10月〇日、ボードゲームカフェ「ダイシイ」羽原支店がオープンした。

 京也はオープン前情報で気になっていた、「新サービス」をどうしても体験してみたかった。
 サービスタイトルがとにかく気になる。『命がけ』っていったいどういう事なんだ?

 オープン日は幸い土曜日だったので、仕事は休みだ。前々からもう心に決めていたから、友人たちとの約束も入れていない。
 そうして京也は新しい扉を開きに向かったのだった。


 やはり、オープンともなればそれなりにお客さんは来るようだ。
 まだオープンして間がない時間だというのに、数組のお客さんたちがすでにテーブルとボードゲームを囲んでわいわいやっていた。

 京也は案内されたテーブルにつくと、店員さんにワンドリンクの注文オーダーを告げ、例の「新サービス」を試してみたいという旨を告げた。
 店員は少し驚いた顔をしたが、「わかりました、少々お待ちください」と言ってカウンターの方へ向かって行き、店長らしき人とすこし会話をしているようだった。

 やがて、その店長らしき人が京也のテーブルへやってくると、少し問いただすような表情でこう言った。

「お客様、新サービス『バウガルドの酒場』をご所望ということですが、間違いございませんか?」
「え? ええ、あの『異世界旅行』とかいうやつです」

 京也の返事を聞いた店長さんは意を決して京也の前の席に腰を下ろした。

「失礼いたします。本サービスに関しては、あくまでも「ご旅行」という形になるため、「旅先」で起きたことに関するすべての責任はお客様の自己責任となりますが、その点はご存知でしょうか?」

「ええ、その様に説明がついていましたね。大丈夫です」

「そうですか、分かりました。では、まずはこの誓約書にサインをお願いいたします――」
そう言って一枚の紙きれを差し出された。
 京也は言われるままにその用紙に記入してゆく。

 仙谷京也《せんごくきょうや》、32歳、職業会社員、住所○○区△△町××番地タワーハイツ●●●号、電話番号070-○○○○-○○○○。
 すべて記入した。

「はい、ありがとうございます。それではご説明をいたします――」

 そう言って店長さんはこの新サービスの説明を始めた。

 一通り説明を受けた後、京也はすぐにでも行きたい気持ちに駆られていた。しかし、店長さんは繰り返し繰り返し、「お怪我は治ります。そこは心配しないでください。ただし、死んだらもう帰ってこれません」と言った。

 死んだら終わり、まさしく『命がけ』という事だ。そういう意味ではこのサービスは「アトラクション」ではなく、「旅行」なのだ。
 旅行社が旅先での本人の事故に責任を負わないのは当たり前のことである。その為に事前に保険を掛けるよう勧められることは多い。怪我の補償ほしょうのように聞こえるが実は死んだときも含まれていることを、あまり気に留めないで皆受け入れている。
 それと同じだ。
 誰も旅行先で死んでしまうとは基本的には考えないからだ。

 しかし、は違う。
 行先はこことは違う世界、まさしく正真正銘の『異世界』なのだ。
 魔物と呼ばれるものも存在し、住んでいる種族は数十種以上に及ぶ――。

 『バウガルド』、それがその世界の名だった。
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