37 / 44
悲しみのケイロス岬
第36話 疾風と銀嶺
しおりを挟む「ふふふ――」
「あはは――」
「やっぱりそう言うと思ったわ。エルフィーリエのことだから絶対そっちを選ぶと思ったわ」
「えー、なによ? どうして私がそっちを選ぶってわかるのよ?」
「だって、ジェノアには温泉があるって聞いてるもの――」
ケイコが答える。
「あんた、大の温泉マニアじゃない」
「ちぇ、ジェノアの温泉はお肌にいいらしいのよ? つるつるすべすべになるんだって――、そう宿屋のおじさんが言ってたんだもの。それはためしてみたいじゃない?」
「私は別に――。でも、ジェノアにはいい武器防具がそろってるって聞いてるから、そっちの方がいいかなって」
そんなたわいもない会話だった。
今でもはっきりと覚えている。その決断の結末を知りもしないで、陽気にただ前しか向いていなかった。
ケイコの実力はこの「30年」の間にプラチナ級冒険者にまで上がっていた。ここまでのエリアで野外に発生するモンスターのなかに、彼女に御せないものはほとんど存在しなくなっている。
バウガルドのほぼ70パーセントに近い程度まですでに走破していた。あとは「果ての拠点群」と呼ばれる拠点と、「最果てのフィールドエリア」を残すのみとなっている。
ケイコの「仕事」はこのバウガルドの探索と危険個所の洗い出しだ。前もってこれから訪れるであろう「旅行者」たちにとって、絶対に近づいてはならない危険な場所やエリア、モンスターなどの情報を集めるのが彼女の役割だ。
もちろん、バウガルドの世界もとてつもなくゆっくりとはいえ変わってゆくところもある。
今集めた情報が、数年後(こちら世界における数十年後)に変わってしまうことはあるかもしれないが、全く情報がないものを提供するというわけにはさすがにいかない。
「テスター」であるケイコの存在意義はそういうものの情報をできる限り的確に収集し、この世界と「旅行」前の人たちに提供することにある。
初めのうちは適度に危険な目にも遭った。
片足を失ったときはさすがに焦って、死を覚悟した瞬間もあったが、それでも「ダイバー」には「緊急帰還呪文」がある。これの恩恵をうまく利用することで、かなり安全にこの世界を旅することができるという点は自信をもって勧められる。
しかし、即死、あるいはコマンド発動不可状態はこれの限りではない。
それが「ダイバー」にとっては最大の危険である。
幸いなことに、これまでのエリアにおいて、そういった「即死」オブジェクトやトラップ、呪文、効果その他は発見されていない。し、冒険者たちの間でもそのような情報は皆無だ。
ただ、一定エリアやモンスターの中に、「麻痺」系のスキルや特殊効果をもつものが存在していることが確認されている。この「麻痺」系の効果は「ダイバー」たちに限らず、冒険者たちにとっても非常に危険な生命の危機に直結する効果だ。
「麻痺」効果を受けたものは一定時間、運動不能及び感覚喪失の状態に陥る。
つまり、ダイバーにとっての命綱、「緊急帰還コマンド」が使用不可能の状況になるのだ。
これを担保する方法は、無くはない。
一番わかりやすく手っ取り早い方法は、パーティ行動だ。
仲間が即座に状態回復系の魔法や防御魔法、回復魔法、あるいは小瓶《ポーション》を使って回復させればいい。
しかしいつもそうできるとは限らない。
そうなればやはり、それには近づかないことが一番の方法だ。
そういった情報を収集することがケイコの「仕事」だった――。
「だった」、はずなのにケイコはいつしかこの世界の住人になっていた。毎日が当たり前に過ぎてゆく。当たり前に異人種とおしゃべりをして、新しい情報が入ると一番に駆け付けた。まわりの冒険者からはそのあまりの行動の早さ故にいつしか二つ名を冠せられるまでになった。
『疾風』――。
ケイコの戦闘スタイルがそれのように速く直線的でまさしく吹き抜ける風のようであったからというのが異名の初めでもあるのは確かなのだが、あまりに探索に手を付けるのが速いという「忌み語」でもあるのだろう。
そしてその脇を固め、生命維持の役割を担っているのがエルフィーリエなのだ。
エルフィーリエはエルフ族の女性神官だ。神官職というのはいわゆる治癒系魔法の使い手で、様々な防御系支援系状態補強魔法や、状態回復魔法、治療回復魔法を操る「治療術士」で、前線パートナーの戦闘を支援しつつ、状況把握や生命維持を担う役回りだ。エルフィーリエの年齢は出会ったときに190歳と言っていたから、今では220歳ほどになる。冒険者ランクもケイコと同じプラチナ級だ。
『疾風』というケイコの二つ名に合わせて、エルフィーリエにも二つ名がつけられたが、その容姿の美しさもあってついた二つ名は『銀嶺』。肌の白さが輝くほどであることと、その銀色の長髪、溢れる気高さからつけられたという。
そうして二人はついに「最果てのフィールドエリア」と呼ばれるエリアにまであと一歩というところまで来ていた。
そのエリアは現在のバウガルドにおいて世界の端と言われている最外周エリアである。東西南北の極点には竜の住処とよばれる自然造形物が存在している。その極点と極点の間にはいくつかの果ての拠点群と呼ばれる拠点が点在していて、最果てエリアの探索拠点となっていた。
バウガルドの各エリアには様々な迷宮が点在しており、どの拠点周辺エリアにおいても未だ未発見の探索ポイントがそれこそ星の数ほどあると言われている。それほどに広大で、また、冒険者の活動もまだまだ限定的なのだ。世界の形がケルンを中心とした円形の形状をしているらしいということも最近になってようやくわかってきたところだという。
まったくもって不思議な世界だ。
明らかにリアルであるのに、なんというかどことなく人工創造物のような感じもしないわけではない。
いずれにしても、ケイコの仕事はそんな世界の探索であることに変わりはない。
「最果てエリア」をぐるりと周回すれば、そんな長い時間をかけてやってきた仕事も終わりを告げる。そしてその先には、この世界に人類が訪れる新しい時代が来るのだ。
そしてその足掛かりとなる、最果てエリア初めの拠点に、ケイコとエルフィーリエは温泉のある町、ジェノアを選択した。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
40歳のおじさん 旅行に行ったら異世界でした どうやら私はスキル習得が早いようです
カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
部長に傷つけられ続けた私
とうとうキレてしまいました
なんで旅行ということで大型連休を取ったのですが
飛行機に乗って寝て起きたら異世界でした……
スキルが簡単に得られるようなので頑張っていきます
最強の異世界やりすぎ旅行記
萩場ぬし
ファンタジー
主人公こと小鳥遊 綾人(たかなし あやと)はある理由から毎日のように体を鍛えていた。
そんなある日、突然知らない真っ白な場所で目を覚ます。そこで綾人が目撃したものは幼い少年の容姿をした何か。そこで彼は告げられる。
「なんと! 君に異世界へ行く権利を与えようと思います!」
バトルあり!笑いあり!ハーレムもあり!?
最強が無双する異世界ファンタジー開幕!
五十一歳、森の中で家族を作る ~異世界で始める職人ライフ~
よっしぃ
ファンタジー
【ホットランキング1位達成!皆さまのおかげです】
多くの応援、本当にありがとうございます!
職人一筋、五十一歳――現場に出て働き続けた工務店の親方・昭雄(アキオ)は、作業中の地震に巻き込まれ、目覚めたらそこは見知らぬ森の中だった。
持ち物は、現場仕事で鍛えた知恵と経験、そして人や自然を不思議と「調和」させる力だけ。
偶然助けたのは、戦火に追われた五人の子供たち。
「この子たちを見捨てられるか」――そうして始まった、ゼロからの異世界スローライフ。
草木で屋根を組み、石でかまどを作り、土器を焼く。やがて薬師のエルフや、獣人の少女、訳ありの元王女たちも仲間に加わり、アキオの暮らしは「町」と呼べるほどに広がっていく。
頼れる父であり、愛される夫であり、誰かのために動ける男――
年齢なんて関係ない。
五十路の職人が“家族”と共に未来を切り拓く、愛と癒しの異世界共同体ファンタジー!
間違い召喚! 追い出されたけど上位互換スキルでらくらく生活
カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
僕は20歳独身、名は小日向 連(こひなた れん)うだつの上がらないダメ男だ
ひょんなことから異世界に召喚されてしまいました。
間違いで召喚された為にステータスは最初見えない状態だったけどネットのネタバレ防止のように背景をぼかせば見えるようになりました。
多分不具合だとおもう。
召喚した女と王様っぽいのは何も持っていないと言って僕をポイ捨て、なんて世界だ。それも元の世界には戻せないらしい、というか戻さないみたいだ。
そんな僕はこの世界で苦労すると思ったら大間違い、王シリーズのスキルでウハウハ、製作で人助け生活していきます
◇
四巻が販売されました!
今日から四巻の範囲がレンタルとなります
書籍化に伴い一部ウェブ版と違う箇所がございます
追加場面もあります
よろしくお願いします!
一応191話で終わりとなります
最後まで見ていただきありがとうございました
コミカライズもスタートしています
毎月最初の金曜日に更新です
お楽しみください!
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
異世界で貧乏神を守護神に選ぶのは間違っているのだろうか?
石のやっさん
ファンタジー
異世界への転移、僕にはもう祝福を受けた女神様が居ます!
主人公の黒木翼はクラスでは浮いた存在だった。
黒木はある理由から人との関りを最小限に押さえ生活していた。
そんなある日の事、クラス全員が異世界召喚に巻き込まれる。
全員が女神からジョブやチートを貰うなか、黒木はあえて断り、何も貰わずに異世界に行く事にした。
その理由は、彼にはもう『貧乏神』の守護神が居たからだ。
この物語は、貧乏神に恋する少年と少年を愛する貧乏神が異世界で暮す物語。
貧乏神の解釈が独自解釈ですので、その辺りはお許し下さい。
クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる