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悲しみのケイロス岬
第40話 遂げられぬ想い
しおりを挟む「あ、冒険者証――」
ケイコはさっき見つけた金級冒険者証を取り出して、裏面を確認した。
冒険者証は、ネームプレートだ。
裏面にはその持ち主の名前が刻まれている。冒険者は冒険中に魔物と出会ったり行方不明になったりすることが往々にして起きるものだ。そんな時遺体は損壊して回収できなかったり、もしくは発見された時にはすでに腐敗している場合もある。そういう時、このプレートが形見となるわけだ。そうして回収されたプレートはギルドへ帰り、仲間の元へ引き渡される。
仲間の元へ戻ったプレートは遺体と同じように手厚く葬られるか、または形見として仲間の元に留まるだろう。
このプレートは後者の方ではなかったか?
つまり、このポーチは彼女のもので、冒険者証は彼女の仲間のものだったかもしれない。
裏には2行でこう書かれていた。
『アンドリュー・ベンガル ケイロス岬洞窟内で発見』
プレートの裏に「2行ある」ということは、その冒険者がすでにこの世にいないことを示している。通常は名前だけしか刻まれていない。冒険者証がギルドに戻ってきたとき、登録の抹消と共に発見された場所が刻まれることになっているからだ。
「あなたの想い人の名前は、アンドリュー、アンドリュー・ベンガル――」
ケイコはそう言った。
その白い靄は、頭上を旋回するのをやめて、泉の上で静止した。
『アンドリュー……。ああ、アンドリュー、どうして私を置いて行ってしまったの……。私もあなたと共に逝きたかった。だからこの泉まで来て、そして泉に移るあなたを見つけて飛び込んだというのに――。どうして私はここにいるの――。どうして、あなたの場所へ行けないの……』
白い靄はそう言うなり、また頭上を駆け回りだした。
靄に触れると冷気を感じる。触れたところに痛みを感じる。
「ケイコ! これ、やばいわよ?」
「ええ、冷気属性の魔法障害だわ――」
『アンドリュー! 私を置いていかないでぇ! わた、しをおおおおおおおお!!』
「ぐ、ぐううう!」
「あ、あああ!」
ケイコとエルフィーリエの頭の中に声が響き渡る。頭が割れるように痛い。
「ま、まって! 落ち着いて! わ、私たちが話を聞くから!」
ケイコは必死に叫んだ。
『話を、聞く?』
「え、ええ、ちゃんと聞くわ。そしてあなたをなんとか送ってあげる――」
「ケ、ケイコ?」
「たぶんあなたは、ここに何かが原因でしばりつけられているのよ……。それを取り払わないと、逝けないんだわ――」
ケイコがつぶやく。
「な? どういうこと?」
エルフィーリエには話が通じていないようだ。
「私の世界、日本では、こういうのを『地縛霊』って言ってね。何らかの原因で、その土地にしばりつけられて成仏できないってことがある、らしいのよ――」
「ごめん、ちょっと何言ってるかわかんないわ?」
「ああ、そりゃそうでしょうね。私も言っててホントかどうかよくわかんないんだから」
ケイコ、いや圭子自身そんなものは見たこともなければ供養とかしたこともない。
「少なくともこんな魔物はバウガルドにはいないわよ? 見たことも聞いたこともないもの――」
エルフィーリエがケイコに向かって問い返す。
「たぶん、彼女は魔物じゃないのよ。私も信じられないけど、見るの初めてだし――。でも、なんか、切なくって助けてあげたいって思っちゃったのよね」
そう言って、ケイコはエルフィーリエに微笑みかけた。
「ね、ねえエリーヌさん? あなたの想い人、アンドリューが見つかった場所について詳しく話を聞かせて?」
『アンドリュー、アンドリューはこの洞窟で死んだ――。そう聞いた。だから、だからあぁぁぁあ!』
「があ! ちょ、ちょっと大きな声で話さないで! よく聞こえないから!」
『あ、ああぁぁ。ごめんなさい――』
「ちょ、この子いま謝ったわよ?」
エルフィーリエは信じられないといった表情だ。
その後、ケイコとエルフィーリエは、エリーヌ(の声)から話を聞くことに成功した。
アンドリューの冒険者証が見つかったのは洞窟の中の最下層だったと聞いているという。すでに遺体はなく、冒険者証だけが見つかった。それを見つけた冒険者一行もとりあえず冒険者証だけを回収してギルドへ持ち帰ったという。
そうして、エリーヌは一人でここまで何とかたどり着いた。泉を覗くと彼の姿が見えたため、ここから彼の元へ逝けると信じて、荷物を置いて泉に身を投げた。
ところが気が付いたらこの洞窟から出られなくなってずっとさまよい続けているというのだ。もちろん、アンドリューにも出会ってはいない。
「もしかして、彼もここにとどまっているとか――。だから、エリーヌをしばりつけている? よくわからないけど、なんかありそうだわね」
ケイコがつぶやく。
「でも、彼の冒険者証が見つかったのは最下層だと発見者は言ったのでしょ? 最下層って、ここじゃないかも?」
エルフィーリエの機転が働く。この子の勘の良さにはこれまでも何度も助けられている。
「そういえば、あのエルフ男のパーティメンバーも、何事か叫んで洞窟に駆け込んだって言ってなかったっけ?」
エルフィーリエが思い出す。
「たしか――」
「「エリーヌ!!」」
二人は顔を見合わせる。
話をよく思い出してみる。たしか狩りをしていた時に何かにとりつかれたかのように急に叫びだして走り出したといっていた。
「エリーヌ。もしかしたらあなた、思い違いをしていたのかもしれないわよ?」
ケイコが何ごとかを思いついたようだ。
「え?」
『え?』
エルフィーリエとエリーヌの二人はそろって返事を返した。
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