異世界旅行は命がけですがよろしいですか?―バウガルドの酒場冒険譚

永礼 経

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悲しみのケイロス岬

第42話 人はいつか別れを迎える、そしてまた歩く

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 ケイコとエルフィーリエの冒険はそろそろ終わりを告げる。

 あの後、ケイロス岬洞窟は冒険者ギルドによって「要探索迷宮」として登録された。
 これは、冒険者ギルドの公式依頼となる、「ダンジョン探索」クエストの対象ダンジョンとなったということだ。
 つまり、この洞窟内の構造をしっかりと探索してマッピングすることで報酬を得られる対象となったというわけだ。
 これまでにも様々な場所でこのように「要探索迷宮」に登録されている箇所はある。そのどれもが、構造が複雑であったり、強力なモンスターが巣食っていたりしていて、いわゆる「初見殺し」的な側面を持つ「要注意探索対象」である。

 ケイロス岬洞窟もその構造が複雑で分岐も多く、かなり入り組んでいるとみられるため、ケイコとエルフィーリエがその認定を申請したのだ。
 あのエルフ男のパーティの行方はケイコたち二人では探し当てられなかったが、その構造の特徴についてはギルドに報告しておいたので、それほど時間もかからず、何らかの痕跡が見つかるだろうと思われる。

 これにて、ケイロス岬洞窟におけるケイコとエルフィーリエの仕事は終わった。

 今二人はジェノアの酒場に戻っており、次の目的地を思案していた。

「ケイコ、やっぱり、、じゃない?」
、ねぇ」
「だってもうここまで来てしまってるんだよ? あとはホントかどうか確かめる必要はあるんじゃないの? あんたの仕事的には」

 エルフィーリエのいうケイコの仕事とは「テスター」のことを指して言っているのは明白だ。そして、「あれ」というのは――。

「北にするか東にするか――。どっちも大体同じぐらいの距離だよ?」

「そうねぇ。でも、たぶん、手も足も出ないよ?」
「でも、やっぱ、確かめないと、だよねぇ。いるのかいないのか――」
「う~ん。そうだよねぇ。いるといないとでは全然違うもんねぇ」
「見るだけ見たら、ハイトで逃げましょ。あんたは緊急帰還使えばいいじゃん。それで、この冒険は終わり。はじまりの酒場リノズバルで落ち合いましょ」

「…………」

「ケイコ? いい? わかったわね?」

「……。エリー、私、あなたともっと冒険したい……。ダメ? かな――」

「ありがとうね、ケイコ。そういってくれるのはうれしいのよ。でもね、私たちはそもそも住んでいる世界が違うの。いつまでも一緒には歩けないのよ」

 エルフィーリエはテーブルの上に投げ出されたケイコの両手を包むように握った。 

「私も、そろそろ引退しようと思っているの。子供も欲しいしね。エルフ族は確かに長寿の部類に入るわ。私だってまだ220歳ぐらいだし。でもね、そのエルフがこうやって前線で活躍できるのは意外と短いのよね。たぶん300歳ぐらいが限界かな。それと同時に、出産適齢期も短いのよ、これも300歳ぐらいまでなの。つまり、このまま冒険者をやってると、子供を産むことができなくなっちゃうのよ」

「エリー、まさかあなた――」

「あーあーあー、それはまだないわ。これから、よ。だから、前線からは引退しようと思う。少し引いたエリアで、職人か商人をして稼ぎつつ伴侶を探そうと思うわ。お相手は職人か商人がいいわね。冒険者経験者は私一人で充分よ。子供がもしこれを目指すなら、私が稽古をつけるし、職人の道を選ぶならその伴侶が面倒を見るでしょう」

「で、でも、私の仕事はまだ、終わらないのよ? この最果てのエリアを一通り見て回らないとだし――」

「だからよ。他のメンバーとともに歩みなさい。前線のパーティに入って、前線の冒険者と一緒に行きなさい。私といるより多くのことを学べるはず。あなたももうわかってるはずよ?」

「いや、いやだ、エリー、まだ一緒にいたいよ」

「ったく、しょうがない甘えん坊さんね。でも、あなたの目的は何? この世界を日本の人たちに届けることでしょう? 私は早くあなたのような「人間」たちにもっとたくさん出会いたいわ」

「でも――。でも――」

「ケイコ、人はいつか別れるものよ。でも、その別れを先延ばしにして、今歩むことをやめるのは私は違うと思うの。ケイコにもそう思ってほしいと、私は望んでいる。だいじょうぶ! 私はいつも街にいるわよ。会えなくなるわけじゃない。また一緒においしいもの食べたり、旅行行ったりしましょう。そのためにも安全な観光地、あなたが見つけてよね」
 そう言ったのを最後にエルフィーリエは、名残惜しそうに、しかし、決意を込めてケイコの手を離した。


******


 それからまた、10年が経過した。日本時間では1年だ。

 最果てエリアの探索はほぼ完了した。ある程度の危険個所もすべてマップデータに登録されている。このマップデータがあれば、この後、バウガルドに訪れるダイバーたちも安心して世界を満喫できるだろう。

 西暦2032年9月――。
 『バウガルドの酒場』の正式サービス開始まであと一月となっていた。

 圭子と「ダイシイ」のメンバーたちは最終確認に入っている。
 結局最果てエリアに到達したテスターは圭子一人だけだった。この一年の間に、前線の冒険者パーティに交じりながら最果てエリアの探索を終えたケイコのデータをもとに、バウガルドのマップデータが構築されて行っている。

 この作業が終われば、圭子の仕事も一段落する。正直、この一月ほどは「ダイブ」している時間的余裕はなかった。データ作業の確認と訂正箇所の洗い出しに時間が溶けていった。

 それでも圭子は毎日が充実していた。
 もうすぐだ、もうすぐあの世界を日本のみんなに披露できる。新しい世界と新しい人類、生の体験ができるバウガルドそこはまさしく夢のような現実の世界だ。

「ケイコ君~。このホーラッド渓谷なんだけど、危険レベル3でいいかな? 4じゃなくても大丈夫?」
店長の声が開店前の「ダイシイ」店内に木霊こだまする。

 また私が呼ばれているようだ。

「はーい、ちょっと見に行きますから、待っててくださいー」
ケイコは今手にしていた、冒険者証プレートを素早くポケットに放り込んで、返事をした。

 そのポケットの中の白金級冒険者証プラチナプレートの裏には次の2行が彫られている。

『エルフィーリエ・リートクライフ、
東の極点にてアイスドラゴンの存在確認。これをもって引退す』 
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