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第337話 炎竜ジョドと貴族令嬢
しおりを挟む「ちょっと、ジョド。どこへ行くのよ!?」
「いいから黙ってついてくるのじゃ。おおー、あそこじゃあそこ」
デリウス教授が一時の休暇を消化し、エランの港に戻って行ったのは10月半ばを過ぎた頃のことだった。
その後、ミリアは来たるヘラルドカッツへの遠征の準備を進めつつ過ごしている。
10月下旬に入れば程なく、ヘラルドカッツへ向けて出立しなければならない。
そう、クリストファーに今度こそ出会うために――。
いや、本当のところは、ヘラルドカッツの『音声通信技術』のお披露目会が目的であり、『英雄王』やエリザベス教授、ニデリック院長やネインリヒさんらに同行することになるのだが、ミリアにとってはその技術の内容よりも、ただ、クリストファーに出会うことができるかもしれないという思いの方がはるかに重要だった。
旅の支度はかなり面倒だ。
『お披露目会』とは言うが、それだけで終わらないことをミリアはよく知っている。
貴族の世界にいればそういうことは自然と身につくものだ。
おそらく各国の首脳、王族、近臣貴族や、著名な学者、魔術師など、そうそうたる面々がヘラルドカッツのカインズベルクに勢揃いすることになる。
そうなれば、必然的に行われる行事と言うものがある。
「懇親会」だ。
「夜会」とも言われるそれは、各国の王族貴族たちが毎夜毎夜、自分の別荘や大使館にて、舞踏会を執り行うのが一般的である。
「むす……、いや、ミリアもその「夜会」に出るのじゃろう? そして、長年別れていた男と出会うわけだ。なれば、それなりの格好というものが必要じゃ、わしに任せておけ――」
ジョドがそう語りかけてきたのは今朝のことだった。
「じゃから、今日はわしに付き合うのじゃ」
と言う訳で、朝からミリアはメストリルの郊外へと連れ出されている。
そしてようやくその目的地に到達したようだった。
「なに? 何もないじゃない?」
ジョドが言う「あそこ」には何か特別なものがあるようには見えない。ただ、丘がそこで終わっていて、その先は谷になっている。
確かにかなり登ってきたから、その丘の先端からの眺めは結構気持ちのいいものだが、谷がただ広がっているだけで、特にめぼしいものは見当たらない。しかも、この丘の向こう側は基本的には人があまり立ち入らない鬱蒼とした山岳地帯だ。
「ここからは、空じゃ」
「空? って、私飛べないわよ?」
「わかっておる。じゃからここまで来たのじゃ。ここなら、人目につかぬじゃろう?」
「え? それってもしかして――」
「そうじゃ、こっからはわしの背に乗ってゆくのじゃ」
「え、ええ~~~!?」
「大丈夫じゃ、初めから速くは飛ばぬ。慣れるまではゆっくりと飛ぶから安心せぃ」
「本気で言ってるの?」
「本気も損気もあるか。目的地はもう目前じゃ。飛んで行けば言うてる間に着くわ。ほれ、見えるじゃろう? この谷の先にひと際高い峰があるのが」
言われて視線を先へ向けると、はるか遠くに白い山頂が見て取れる。ここからまっすぐ飛んで行けるのなら、確かにそれほどの距離ではないかもしれないとも思えるが――。
「目前、って、あそこまでどのくらいあると思ってるのよ? 裕に、数十キロはあるじゃない!?」
「こんなもの、ものの数分じゃ、行くぞ?」
そう言うとジョドは魔法光に包まれると5メートルほどもある巨大な竜の姿へと戻った。
『ほれ、その翼から、わしの背中へ乗るんじゃ。背中へ跨ったら、適当な鱗の間にでも手と足を入れるが良い。わしがしっかりと支えておるから、間違っても落ちることはないから安心するのじゃ』
と、声色が若干変化するが、よく聞くと「ちびドラのジョド」の声に違いない。
(そう言えばあの時の声もこれだったわね。よく聞くと確かに女子っぽい声色だわ……)
と、そう思い、この際だから尋ねてみるかとミリアは思った。
「ねえ、ジョド。前から気になってることがあるんだけど、聞いてもいいかな?」
『な、なんじゃ? 急に。少し警戒するではないか』
「いや別に大したことじゃないんだけど、あなたってオスなの? メスなの?」
『はあ、オスとかメスとか言われると、まるで野獣か何かのように聞こえるのう?』
「あ、ごめんなさい、つい……」
『わしらドラゴン族には雌雄の差はない。両性具有というのとも少し違うがの。つまり、人で言うところの男女のようなものはそれぞれ各々の性格によるところが大きいのじゃ』
「へぇ、そうなんだ? で、あなたはどちらかというと、女の子っぽいってことかしら?」
『――!? ど、どうしてそう思ったのじゃ!?』
「だって、この腕輪くれたじゃない。この黒水晶の腕輪の意匠なんて、かなりこちら方面に興味を持っていないとなかなかこうはならないわよ?」
と、ミリアは左腕にはめている黒水晶のちりばめられた腕輪をジョドの眼前にかざす。
「こんなアクセサリーに興味を持つなんて、どちらかといえば女子っぽいかなって。意匠の具合も、優雅というよりチャーミングで可愛らしいし……」
『ぐ……。可愛いと言われるのは悪い気分じゃないのう。自分でもあまり考えたことはなかったが、そう言われればそのようにも思えるのぅ』
「やっぱり! じゃあ、ジョドは女の子で決定ね。わたしもさすがに男の背に跨るのは……ほら、やっぱり、抵抗あるじゃない?」
『わかった、わかった。ではそういうことにしておくわ。わしはミリア、お前と同じようなものじゃ』
その言葉を聞いた瞬間だった。
ミリアはタンタンっとジョドの翼に足をかけ、ジョドの背に跨った。
「さあ、ジョド、いつでもいいわよ? 行きましょう!」
なにを躊躇っていたのかと思えば、そこだったのか、とジョドは半ば呆れたが、どうやらこの娘は心根から「姫」なのだろう。
女性として気品と優雅さと美しさを求める。そういう質なのだ。
そう思うと、背から感じる優しい温かさにも納得がいった。
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