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第3話 運命的な書物との出会い
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ルイの右腕にいったい何が起きたのか?
実はそんなに難しい話じゃない。
何かが起きていたのは右腕ではなく、彼の頭の中だ。
この世界には魔法というものが存在している。
とは言っても、誰しもが扱えるというものではない。非常に限られた一部の人間だけが扱える特殊な能力だ。しかし、その効力は絶大であり、各国は一人でも多くの優秀な魔術師を登用したがっている。
僕はと言えば、そこそこの魔術師にはなれるだろうと言ってもいいほどには魔術を扱える素質があるようだ。
しかしこれは、諸刃の剣だ。魔法の素質が豊富だからと言って、何でも魔法を使えるわけではない。そんなに世の中は甘くない。
魔法を扱えるものは各国がこぞって登用しようとする反面、他国にわたるととてつもない脅威ともなる為、若くして暗殺されたりすることが多いのだ。
当然のことだが、家族も危険にさらすことになりかねない。
ルイに起きたこと、そうだったな。
あれは小さな魔法だ。ただの幻術に過ぎない。脳内に魔力を少し流し、暗示にかける。ルイには現実ではないことが事実かのように思い起こさせた。いわば幻覚である。腕が肩からもぎ取られ、踏みつぶされる様を目の当たりにすれば、さすがに動揺もする。しかも幻術だから、痛みすら感じないのは当然だ。
実際にはなにも起きていないのだから。
それでも人の思い込みというのは馬鹿にはできない。普通に空気中にいるのに、水中にいると錯覚を起こさせた幻術によって、窒息死するという事案はこれまでも様々な文献で報告されている。
僕が大学へ通っている目的は、ただ本が読みたいだけだった。
王立大学にはこれまでの様々な分野での研究や、歴史や伝説に関するものまで途轍もない数の本が収められている。王立図書館よりももっと高度で専門的な書物まである。そんな中、ある時、その本に出会ってしまった。
『真魔術式総覧』 ロバート・エルダー・ボウン
ボウンは伝説の魔術師だ。彼の名は、おとぎ話の中に出てくる。大抵の戦記物や、伝説の魔物の話などの中に、決まってボウンの名前がでてくるほどの有名な魔術師の名だが、一般論としては、彼は想像上の人物とされている。
というのも、彼の名前が出てくる話に一貫性はなく、時代考証も合わない。数千年前の伝説に出てくるかと思えば、数百年前の戦記にも出てくることがある。
つまりは、せいぜいその時に活躍した有能な魔術師を誇張するために彼の名を使っているのだろうというのが通説だ。
いや、「だった」だ。
彼の名の書物があるということは、彼は実在していたという証だ。しかもこれが王立大学の書庫にあったというのだから、信憑性もかなり高いと言える。
僕はその本をひそかに隠しながら読み進めている。
というのも、その本は、本当は王立大学の書庫に実在していないはずだからだ。書庫目録をあたってみたがどこにもその書物の記録はなかった。しかし、それは実際に存在していて、今現在、僕のロッカーの中に厳重に保管されている。
誰かに奪われないように、おもて表紙をすり替え、読むときは必ず個室で読むという厳戒態勢で読み進めているのだ。
その中の一つ、幻惑魔法が昨日の種明かしだ。
なにぶん古い文献で、言語も古代文字なので判別が難しいのだが、少しずつ解読しながら進めているうちに、いくつかの魔法については解読できた。
昨日使ったのは、そのうちの一つだ。
僕も初めて使ってみたのだが、昨日のルイの様子を見る限り、途轍もない効果があるように見える。幻術魔法は相手の頭を混乱させ、実際にはないものや起きていないことをあたかも事実かのように思いこませる魔法だ。効果時間はそれほど長くはないが、昨日のルイの場合だと数分程度は持続するみたいだ。
あの程度では死んだりはしないと思うが、見せる幻覚によっては命を奪いかねない危険も孕んでいるだろう。あまり調子に乗らないように自制しないといけない。
だけど、これであの書物に書かれていることが本物であることが明らかになった。どうしてあの書物に出会ってしまったのか、どうして自分に魔術師の素質があるのか、わからないことばかりだけど、魔術師の素質が諸刃の剣であることは違いない。
(気を引き締めて、多用しないように気を付けないと――)
それにまだまだ『総覧』の解読は始まったばかりなのだ。もしあの『総覧』のすべてを解読できたら、いったいどんな力を手に入れることができるのだろう。そして、自分はそれをどこまで扱えるようになれるのだろう。
僕は本を読むのが好きだ。読む速度はとてつもなく遅いが、本が好きなのは揺るがない。
そして今、誰もその存在すら知らないかもしれない伝説の魔術師ボウンの書を持っている。
これを読まないという選択はないだろう。
(そうなんだ、別に全部が実現できなくても構わないさ。そこに何が書いてあるかを知りたいだけなんだから。読書ってそういうものだろう? これまでたくさんの本を読んできたけど、一言一句まで記憶している本なんて一冊もありやしない。でも、その時そこから何かを感じたことは嘘じゃない。そうやって今の僕があるんだから――)
魔術師ボウンはあの『総覧』で、それを手に取る人に何が伝えたかったのか?
そして、それを手にした人は彼の伝えたいことをどこまで受け止められるのか?
それが、僕が本を読むのが好きな理由なのだから。
実はそんなに難しい話じゃない。
何かが起きていたのは右腕ではなく、彼の頭の中だ。
この世界には魔法というものが存在している。
とは言っても、誰しもが扱えるというものではない。非常に限られた一部の人間だけが扱える特殊な能力だ。しかし、その効力は絶大であり、各国は一人でも多くの優秀な魔術師を登用したがっている。
僕はと言えば、そこそこの魔術師にはなれるだろうと言ってもいいほどには魔術を扱える素質があるようだ。
しかしこれは、諸刃の剣だ。魔法の素質が豊富だからと言って、何でも魔法を使えるわけではない。そんなに世の中は甘くない。
魔法を扱えるものは各国がこぞって登用しようとする反面、他国にわたるととてつもない脅威ともなる為、若くして暗殺されたりすることが多いのだ。
当然のことだが、家族も危険にさらすことになりかねない。
ルイに起きたこと、そうだったな。
あれは小さな魔法だ。ただの幻術に過ぎない。脳内に魔力を少し流し、暗示にかける。ルイには現実ではないことが事実かのように思い起こさせた。いわば幻覚である。腕が肩からもぎ取られ、踏みつぶされる様を目の当たりにすれば、さすがに動揺もする。しかも幻術だから、痛みすら感じないのは当然だ。
実際にはなにも起きていないのだから。
それでも人の思い込みというのは馬鹿にはできない。普通に空気中にいるのに、水中にいると錯覚を起こさせた幻術によって、窒息死するという事案はこれまでも様々な文献で報告されている。
僕が大学へ通っている目的は、ただ本が読みたいだけだった。
王立大学にはこれまでの様々な分野での研究や、歴史や伝説に関するものまで途轍もない数の本が収められている。王立図書館よりももっと高度で専門的な書物まである。そんな中、ある時、その本に出会ってしまった。
『真魔術式総覧』 ロバート・エルダー・ボウン
ボウンは伝説の魔術師だ。彼の名は、おとぎ話の中に出てくる。大抵の戦記物や、伝説の魔物の話などの中に、決まってボウンの名前がでてくるほどの有名な魔術師の名だが、一般論としては、彼は想像上の人物とされている。
というのも、彼の名前が出てくる話に一貫性はなく、時代考証も合わない。数千年前の伝説に出てくるかと思えば、数百年前の戦記にも出てくることがある。
つまりは、せいぜいその時に活躍した有能な魔術師を誇張するために彼の名を使っているのだろうというのが通説だ。
いや、「だった」だ。
彼の名の書物があるということは、彼は実在していたという証だ。しかもこれが王立大学の書庫にあったというのだから、信憑性もかなり高いと言える。
僕はその本をひそかに隠しながら読み進めている。
というのも、その本は、本当は王立大学の書庫に実在していないはずだからだ。書庫目録をあたってみたがどこにもその書物の記録はなかった。しかし、それは実際に存在していて、今現在、僕のロッカーの中に厳重に保管されている。
誰かに奪われないように、おもて表紙をすり替え、読むときは必ず個室で読むという厳戒態勢で読み進めているのだ。
その中の一つ、幻惑魔法が昨日の種明かしだ。
なにぶん古い文献で、言語も古代文字なので判別が難しいのだが、少しずつ解読しながら進めているうちに、いくつかの魔法については解読できた。
昨日使ったのは、そのうちの一つだ。
僕も初めて使ってみたのだが、昨日のルイの様子を見る限り、途轍もない効果があるように見える。幻術魔法は相手の頭を混乱させ、実際にはないものや起きていないことをあたかも事実かのように思いこませる魔法だ。効果時間はそれほど長くはないが、昨日のルイの場合だと数分程度は持続するみたいだ。
あの程度では死んだりはしないと思うが、見せる幻覚によっては命を奪いかねない危険も孕んでいるだろう。あまり調子に乗らないように自制しないといけない。
だけど、これであの書物に書かれていることが本物であることが明らかになった。どうしてあの書物に出会ってしまったのか、どうして自分に魔術師の素質があるのか、わからないことばかりだけど、魔術師の素質が諸刃の剣であることは違いない。
(気を引き締めて、多用しないように気を付けないと――)
それにまだまだ『総覧』の解読は始まったばかりなのだ。もしあの『総覧』のすべてを解読できたら、いったいどんな力を手に入れることができるのだろう。そして、自分はそれをどこまで扱えるようになれるのだろう。
僕は本を読むのが好きだ。読む速度はとてつもなく遅いが、本が好きなのは揺るがない。
そして今、誰もその存在すら知らないかもしれない伝説の魔術師ボウンの書を持っている。
これを読まないという選択はないだろう。
(そうなんだ、別に全部が実現できなくても構わないさ。そこに何が書いてあるかを知りたいだけなんだから。読書ってそういうものだろう? これまでたくさんの本を読んできたけど、一言一句まで記憶している本なんて一冊もありやしない。でも、その時そこから何かを感じたことは嘘じゃない。そうやって今の僕があるんだから――)
魔術師ボウンはあの『総覧』で、それを手に取る人に何が伝えたかったのか?
そして、それを手にした人は彼の伝えたいことをどこまで受け止められるのか?
それが、僕が本を読むのが好きな理由なのだから。
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