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第234話 確信
しおりを挟む「どうだ? 何か分かったか?」
ネインリヒは諜報員に尋ねたが、諜報員は首を横に振るのみだった。
やはり、魔術師の仕業ともなれば、足取りは掴めないか。
「――しかし、クリストファーの部屋の様子から、寝ている間に連れ去られたという事が分かりました。彼の部屋は片付けられていませんでした。自分から出奔したのではないものと思われます」
諜報員がそう言ったのを聞いたネインリヒはもう下がってよいという合図を送る。諜報員は一礼するとネインリヒの下を辞した。
「――どうです? 何か分かりましたか?」
と聞いてきたのはニデリックだった。
執務室から体を半分ほど覘かせて廊下にいるネインリヒに声を掛けてきたのだ。
ネインリヒはそのニデリックに応えた。
「拉致された――という事が確定的になりました」
「――そう、ですか。まあ、そうでしょうね。ヘラルドカッツかウォルデラン、あるいはシェーランネルでしょうか……。いずれにせよ、彼の身が危険にさらされることはないでしょう。命が目的ならその場で殺せてるはずですから。つまり、目的は――」
「彼の知識……ですね」
「でしょうね。ここのところのヘア教授の研究の進展は明らかに彼の力によるところが大きい――と、まわりから見ればそう見えるのは当然でしょうからね。それに彼はヘア教授の研究の全てを熟知している」
「どこでしょうか?」
ネインリヒの問いはどの国がクリストファーを拉致したのか、と言うものだ。
「それはすぐには分からないでしょうが――。あとは彼の気持ち次第というところでしょうね」
ニデリックが言っているのは、どこの国であるにせよ、戻ろうと思えば戻れる、もしくは、なんらかの痕跡を残すこともできようという事だが、もし彼がそれを望まなければ、おそらく彼はもうメストリルには戻らないだろう。
「ミリアは悲しむでしょうね……」
とネインリヒが零した。
「でしょうね。でも、彼にも想いと言うものはあるでしょうからね――。どの道を選ぶのかは彼次第でしょう。残念ですが、今の我々にできることはもう無いと言わざるを得ません」
とニデリックの表情も冴えないままだった。
――――――
いつもの時間いつもの場所、だけど今日は、いつもの5人ではなかった。
クリストファーがいつも座っている席に、今日はエリザベスが座っている。
「クリスが消息を絶ちました……」
エリザベスが悲痛な面持ちでこの部屋にいる4人に告げた。
「消息を、って、どういうことですか?」
キールがその言葉に即座に反応して問い返したが、ミリアは言葉の意味を受け止めきれず、困惑してて声が出せない様子だ。
「え? クリストファーさんが家出したってことですか? どうして急に?」
アステリッドが続いて声を発した。デリウスはエリザベスの言葉を待っている。
「――わからないの。でも、すぐに戻ってくるに違いないわ、私はそう信じてる」
エリザベスはそう告げただけだった。
ネインリヒとのやり取りの中で、エリザベスは今回の件を大事にせず、少し状況を見守ろうという事で意見を合わせている。こちらが騒ぎ立てると連れ去った側としても簡単に返すわけにはいかなくなるかもしれないからだ。ここは騒ぎ立てず静観することで、相手の出方を見極めたい、と、ネインリヒがそう言ってきたのだ。
「クリス――どうして……?」
ミリアがようやく声を出したが、言葉と言うにはあまりに短い。
「自分から出て行ったという事ですか? 誰かに攫われたとかじゃなくて?」
キールはなおも食い下がって見せたが、それに対するエリザベスの答えは、
「部屋は片付けられていたの。身支度をして出て行ったという感じだったそうよ。だから、攫われたとかではないと思うと、ネインリヒさんが――」
というものだった。
キールは知っているのだ、彼や彼の周囲にいるものに魔術院の監視が付いていることを。だから、何ごとかが起きれば、魔術院、つまり、ネインリヒが知らないわけはないとそう思ったのだろう。
「そう、ですか――。それじゃあ、待つしかないんですね……、クリストファーから何かしらの連絡が来るのを」
キールの言葉にエリザベスは大きく頷いた。
「ええ。彼がどうして出て行ったのか、どこへ向かったのか、何も分からないの。でも、部屋は片付いていたけどそのままの状況だったとも聞いているわ。だから、私は彼を待つことにするわ――」
「あ――」
ミリアは思い出していた。キールが消息を絶った時のことを。あの時も部屋は片付いていたがそのままの状況だった。もしかするとクリスも同じなのかもしれない。
「戻って、来ますよね――?」
ミリアがようやく絞り出した声でエリザベスに問いかける。
「ええ、必ず戻ってくるわ。だって、あの子にはここでやらないといけないことがまだまだたくさん在るんですもの」
エリザベスが即座にミリアの言葉に反応した。
結局は待つ以外に方法はないのだろう。
実はただ急用を思い出して実家に帰っているだけかもしれないし、急に旅行へ出たいと思ったのかもしれない。
おそらくそんなことはありえないだろうと思いもするが、今は彼を追うにはあまりにも情報がなさすぎる。
引き続き魔術院がクリストファーの行方を追ってくれるという事で話はまとまっていると、エリザベスはそう言い残すとデリウスの教授室を出て戻っていった。
「クリス、どこに行ったの――」
「ミリア、今は連絡を待ってみよう。数日のうちに何らかの報告があるに違いないよ」
「そ、そんなこと! どうしてわかるのよ!? あなただって、わたしに何も連絡をよこさなかったじゃない!?」
ミリアが押さえきれない衝動を吐き出すように叫んだ。
「ミリア……」
「ミリアさん?」
「どうして連絡が来るなんて、そんな、根拠のないことが言えるのよ……」
「――ごめん。そう、だね」
「しかし――、待つしかあるまい……。彼だってみんなが心配するだろうことは分かっているだろうさ。それが分かっててそのままにできるようなそんな子じゃないと、私は思うがね?」
デリウスがこの場をまとめる発言をする。
(教授の言う通りだ。クリストファーは人一倍責任感が強くて、何より優しい。僕たち、いや、ミリアが心配するのをわかっていてそのままにしては置けないだろう。だって、クリストファーは……)
キールはそう思い、彼からの連絡が来ることを確信していた。
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