黒沢ゆいなと森原みらいと女神をめぐる三角関係の内角の和

奥野とびら

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黒沢ゆいなが〈喜びの子供たち〉本部に突入

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 黒沢ゆいなは白い建物を見上げた。
 東京郊外に建てられた白亜の殿堂である。屋上近くに〝JC〟という大きなロゴが掲げられている。〈喜びの子供たち〉すなわちジョイフル・チルドレンのイニシャルから採られた略称らしい。
 南側の塀の外はトラックが行き交う大通りだが三方は長閑な風景が広がっていた。
 玄関でブザーを押すと女性の声で誰何される。
「ムーンプレスの黒沢と申します。お話をお伺いに来ました」
 ドアが開いた。ゆいなは緊張した面持ちで建物の中に入る。
 受付で名前を名乗ると応接室に通された。
 一人で待っていると女性が入ってきた。手に書類らしき紙の束を持っている。
「あなたが教祖さんですか?」
 ゆいなはその女性に尋ねた。女性は目を丸くしてゆいなを見つめたが、やがて噴きだした。
「ちがいます」
 女性は書類をガラステーブルの上に置いた。
「〈喜びの子供たち〉のパンフレットです。お読みになってください」
 女性はお辞儀をして去っていった。
 しばらく一人で待っていると別の女性が入ってきた。
(この女性は!)
 中肉中背で目が大きく溌剌とした印象を受ける。その背後から先ほど書類を持ってきた女性が今度は飲物を持ってついてきた。女性は二人分の麦茶を置くと部屋を出た。
「どうぞ」
 残った女性がゆいなに麦茶を勧める。その張りのある声だ。
「十文字と申します」
 女性は頭を下げると名刺を出した。ゆいなはその名刺を受け取る。

――〈喜びの子供たち〉
   十文字真生子

 やはり十文字真生子だった。写真で見ただけだが印象に残る顔だ。
「ジュウモンジ、マオコさんですか?」
「そうです」
 十文字真生子はニッコリと笑った。
「今日はお話をお伺いしたいと思いまして、お訪ねいたしました」
 ゆいなも自分の名刺を十文字真生子に渡す。
「黒沢さん……珍しいお名前ですね」
「ええ。フリガナがないと読んでもらえないから名刺にもフリガナを入れてます」
 ゆいなはうち解けた様子を装いながら話しだした。
「早速ですけど、この教団は何かと世間を騒がせていますよね」
「そういうお話ですか」
 十文字真生子はさして厭そうでもなく言った。
「すみません」
「いいんです。慣れていますから」
「わが子をこの教団に取られたというご両親が大勢います」
「誤解です。信者さんたちはすべて自由意志でこの教団に来ています」
「でも、まだ未成年のお子さんもいらっしゃるんじゃないですか?」
「いませんよ」
 十文字真生子は驚いた様な顔で言った。
「未成年の信者さんは、すべてその親御さんも信者さんなんです」
「そうなんですか?」
「あなた、取材をする前に下調べはしてきたんですか?」
「すみません」
 ゆいなは慌ててパンフレットをパラパラとめくる。寮の写真が載っているページが目についた。
「〈喜びの子供たち〉の信者さんたちは多くは寮生活を送っていますが、それは何故ですか?」
「いけませんか?」
 十文字真生子はキョトンとした顔を見せた。
「わたしたちは一つの家族です。一緒に住むのは当たり前じゃないですか?」
「一つの家族、ですか」
「そうです」
 とたんに真生子の目が輝きだした。
「わたしたちは家族なんです。教祖様の元、一つになるんです」
「その教祖ですが」
「教祖様と呼んでください」
「すみません。教団の教義に神の子を増やすこと、という名目がありますよね。その神とは教祖、いえ、教祖様のことなんですか?」
 真生子は溜息をついた。
「もう少し勉強してから来てください」
「教えてほしい事があるんです」
「自分で勉強するのが先よ」
「みらいはどこ?」
 真生子の目が見開いた。
「何の話?」
「とぼけないで」
「何事?」
 また一人部屋に入ってきた。若い女性だ。十文字真生子よりもさらに若そうだ。
(この目……)
 二十歳そこそこだろう。だが真生子よりも背が高く目は爛々と強い光を宿し戦闘的な雰囲気を全身から発している。
「レナ……」
 真生子は入ってきた女性を〝レナ〟と呼んだ。
「あなたでもいいわ。みらいを返して」
「人聞きの悪いことを言うな」
 レナがゆいなに言った。
「みらいなどという娘はここにはいない」
「嘘よ」
「出ていくんだ」
 レナがゆいなの腕を掴んだ。
「暴行罪よ」
「うるさい」
 レナがゆいなをドアの外に連れだす。ゆいなは抵抗するがレナの力の方が強いようだ。
 ゆいなは建物の外に放りだされた。

    *

 強烈なスポットライトを浴びてSYOはステージの上でシャウトしていた。
 観客席では若い男女が熱狂して両手を振りあげてSYOと一体化している。
 SYOは十九歳だが、すでにミュージックシーンでの地位を確立していた。白く化粧して表情を消した顔からは心の中を窺い知ることはできないが、その声は虹色に染めた長い髪のように聴く者を魅了した。
 やがて最後の曲が終わりSYO、そしてCO2のメンバーはバックステージへと戻っていった。
「気がついたか? SYO。すっげえ美人の客がいたぜ」
「知ってるよ」
 別のメンバーが答える。
「打ちあげに呼んでみようか? きっとまだ裏口に屯してるぜ」
「そうだな」
 CO2の最初のヒット曲のイントロが流れた。SYOはテーブルの上に無造作に置かれていた自分のバッグからスマホを取りだした。

――翔一か。

 父親の声だった。

――どうした?
――帰ってこい。
――え?
――恐ろしいことが起きる。
――何を言ってるんだよ。
――いいから帰ってくるんだ。
――いったい何が起きるって言うんだよ。
――日本が滅びる。

 電話の主は牛頭神霊会教主、罍天源。SYOはその一人息子にして牛頭神霊会の二代目を継ぐべき罍翔一だった。
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