黒沢ゆいなと森原みらいと女神をめぐる三角関係の内角の和

奥野とびら

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奇蹟は近づいている

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 宇田川聖美は震えていた。
「ここは考えどころですよ幹事長」
〈よろこび党〉の、いや、日本の運命が大きく動こうとしている。
「たしかに次の選挙で我々と日本党が逆転すれば立場が逆になりますね」
「逆ではありません」
 聖美の言葉に浦郡幹事長は〝おや?〟というように首を傾げた。
「まったく別の立場になります」
「どういう事ですか?」
「連立の相手は日本党ばかりではないという事ですよ」
 一瞬、何を言われたのか理解できなかったのか浦郡幹事長は言葉に詰まった。
「まさか……」
 聖美は震える口元に微かな笑みを浮かべた。
「我々にはリベラル党と手を結ぶ選択肢も出てくるではありませんか」
「しかしそれは」
 あまりにも節操がない。浦郡はその言葉を呑みこんだ。「日本党と手を結ぶのがやりやすいか。それともリベラル党と手を結ぶのがやりやすいのか。長年、第二党の位置に甘んじてきた私たちには判るはずです」
 あまりに大胆な転換に浦郡は返事をすることもできない。
「それがエニグマの示す道なのです」
「エニグマの……」
 聖美は頷いた。
「奇跡は近づいているのです」
 聖美の言葉に浦郡は頭を垂れた。
 
    *

 約束の焼き肉屋に着くと若い二人はすでに来て食べ始めていた。
 安斎亮太と吉岡優穂。西山智之墜落死の目撃者である。
 葉山基紀は自分の分を注文する。安斎は食べるのに夢中で先程から「うめえ、うめえ」と焼き肉を頬張っている。
「それで、君たちは、そんな時間に何をやってたんだ?」
「だからデートですよ」
 安斎が答える。
「まあいい。それで何か気づいた点はなかったか?」
 葉山は注文した肉が運ばれると適当に焼きながら質問を続ける。
「呻き声」
「呻き声?」
「こいつは俺が大きな呻き声を出したって言うんすよ」
「やめてったら」
 優穂は本気で怒っている。
「でも俺は、そんな声、出してない。本人だから判りますよ」
「本人だって、あの時は無意識のうちに出すことはあるでしょ」
「あの時?」
 葉山が聞き咎める。
「イヤ、だから」
 優穂が慌てている。
「あれは絶対、空中の西山が出したんだって」
 優穂の焦る声を無視して安斎が話を続ける。葉山は二人の言ったことを素早く検討する。
「西山は誰かに突き落とされたのかもしれないわね」
「だろ?」
 安斎は満足そうに笑みを浮かべた。
「そんなことあるかな亮太。警察が自殺だって断定したんだよ?」
「まだ断定してないよ」
 葉山が訂正する。
「それに」
 安斎は言葉を切って優穂を見た。優穂も見つめ返す。
「これ、言っちゃダメだって言われてんだけど」
「気にするな。大曽根刑事とは知りあいだから」
「だったら言うけど西山は死ぬ間際に〝エニグマ〟って言ったんだ」
「エニグマ?」
 二人は頷いた。
「何だそれ?」
「知らねーよ。そう聞いたんだ」
「エニグマ……」
 葉山はその言葉を頭の中で検討する。
「なんだか聞いた事があるような気がするな」
 だがそれ以上は、思いだせなかった。

    *

 それは不思議な光景だった。
 種田龍太朗とSYOが向かい合って坐っている。
 種田龍太朗は六十二歳。日本の首相である。デップリと太って目の周りの皮膚は弛んでいる。その異様な弛みが種田の存在感の源となっているようだ。
 対するSYOはまだ十代。だがSYOは臆することなく種田を見つめている。
「このかたが……」
 種田はSYOの隣に坐る罍天源に声をかけた。
「二代目なのですね?」
 ここは千葉県にある牛頭神霊会本部である。
「そうだ」
 SYOは辞儀もせずに、ただ無表情に種田を見つめている。種田はニヤリと笑った。
「肝が据わったおかただ」
 いつもステージで大観衆を相手にしている。少々のことでは動じない度胸を身につけているようだ。
「我らは共に日本を支配してきた」
 長い間、日本の与党として日本を牛耳ってきた日本党には牛頭神霊会という強力な後ろ盾があった。
 戦後、罍天源、本名、罍征太郎はヒロポンを売りさばいて大儲けをした。ヒロポンとは塩酸メタンフェタミンのことで、いわゆる覚醒剤である。この白い粉は長らく合法薬剤として薬局で売られていた。もちろん現在では特例を除いて使用が禁じられている。
 罍征太郎はヒロポンで築いた財産を元に、かねてからの念願であった牛頭神霊会という宗教法人を立ちあげた。牛頭天王を主宰神とする新興宗教で牛頭神霊会が日本を守ることを基本理念としていた。
 征太郎はその名を罍天源と改め教祖に収まった。
 やがて結成して間もない日本党を、その理念に共感して政治資金提供などで援護するようになった。
 牛頭神霊会は、その豊富な資金を日本党に注ぎこみ、やがて日本党は与党となり牛頭神霊会と二人三脚で日本を牛耳ってきたのだ。
 だが、このことは表だってはあまり知られていない。献金があることは公表されているが代々、日本党の総裁が罍天源に個人的な資金援助受け助言を仰いでいることは総裁になった者にしか伝えられていないのだ。
「その支配が終わろうとしている」
「まさか」
 罍天源の言葉を種田は一笑に付した。
「我が党は揺るぎもしない第一党です」
「〈よろこび党〉の存在をどうする」
「それは……」
 世論調査によれば支持者を急激に増やしている。次の総選挙では日本党を抜いて第一党に躍り出るのではないかとも噂されている。
「それなりの対策は考えていただけるのでは?」
 種田はギロリと天源を見た。今まで牛頭神霊会は時には非合法的手段に訴えるなどして数々の援助を行ってきたのだ。
「山火事があったな」
 種田は慎重に頷いた。たしかに数日前、八ヶ岳で山火事があった。しかし、それがどういう意味を持つのだろう?
「あの映像を見たか」
「見ました。緊急避難命令を出す可能性もありましたから注視していました。火はまだ消えていませんが不幸中の幸いと言いますか、あの辺りに人家はなく人的被害はないようです」
「火の形だ」
「形?」
「上空から山火事を捉えた映像があっただろう」
「ありましたな」
「その燃えている範囲。それが日本列島を形作っておった。火は日本列島の形に燃えていたのじゃ」
「日本列島の……」
 気がつかなかった。
「それは何かを暗示しているのでしょうか」
「これが暗示でなくて何ぞ!」
 天源が大声を出した。種田の巨体がビクッと震える。
「奴らが動き出しておる」
「〈喜びの子供たち〉ですか?」
 すでに種田はいつもの迫力をなくし恐る恐る質問を発する。
「もっと恐ろしい組織じゃ」
 種田の顔色が変わった。
 日本党が牛頭神霊会を後ろ盾にしているように、〈よろこび党〉は長い間〈喜びの子供たち〉と相思相愛の関係にあった。日本党と〈よろこび党〉は連立与党として手を携えてきた。必然的に新興宗教同志である〈喜びの子供たち〉と牛頭神霊会も友好的な繋がりを持っていた。だがそれはあくまで表面的なもので〈喜びの子供たち〉は、そして〈よろこび党〉も本来、ライバル関係にある牛頭神霊会を潰そうと狙っているのである。
 だが天源は〈喜びの子供たち〉よりも、さらに恐ろしい組織の存在を匂わせている。
「まさか……」
「エニグマじゃ」
 種田はゴクリと唾を飲みこんだ。
「奴らが動きだした」
「山火事は、その暗示だと?」
「暗示じゃないかもしれないぜ」
 SYOが口を開いた。
「どういう事じゃ」
 天源がSYOに視線を移す。
「山火事は予め日本列島の形に燃えるように仕組まれていたのかもってこと」
 種田はハッとした。SYOがどのような根拠があってそう思ったのかは判らないが天性の勘のようなものを持っているのかもしれない。
「エニグマが仕組んだというのか」
「親父の勘が当たっていれば、そうなるね」
 もともと天源も天性の勘の冴えを持っていた。だからこそ教祖として信頼を得ているのだ。SYOの勘の良さも父親譲りなのかもしれない。
「エニグマは、なぜそのような事をする」
「宣戦布告だよ」
 種田の顔が蒼ざめる。
「日本は、どうなるのです?」
 種田は天源の言葉を待つ。
「向こうがその気なら戦うまでだな」
 無言の天源に代わってSYOが答えた。その顔には、うっすらと笑みを浮かんでいた。
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