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鍵を握る謎の作家
しおりを挟む代々木署の表玄関から深松と葉山が出てきた。
「まさか米倉さんが撃たれるとはな」
そう言うと深松は煙草を口に銜えた。
すでに米倉と葉山が発見されたときの事情は警察で聞いている。葉山は診察の結果、退院許可が出て、すぐさま代々木署に移送されたのだ。米倉はまだ集中治療室である。
担当している刑事の大曽根は葉山への疑いを解いたわけではないらしいが証拠と思われた葉山の硝煙反応に不自然な点がある、すなわち証拠不充分である上、逃亡の怖れがないと判断され釈放されたのだ。
「これからどうする?」
煙草に火を点けて深松が訊いた。
「米倉先生からはエニグマ叡智保存協会の会員である作家の話を聞きました」
豊島署、表玄関の階段を下りながら葉山が言う。
「誰だそれは」
「河西芳紀という作家です」
「なに」
「知ってるんですか?」
「ああ」
深松は煙を吐きだした。
「サンカの作家だ」
「サンカ?」
「山の民……」
「そのサンカですか」
サンカとは山々を漂泊して暮らす漂泊民のことだ。
学研国語辞典には次のように説明されている。
――日本の山間・河原などを転々と移動して自然人のような生活を送り、一般の人々と交渉をもたない独自の社会を作っていた民。竹細工・狩猟などを生業とした。
漢字で書けば山窩となる。なお明治以降は定住奨励政策が採られているが、その後も彼らは長い間、漂泊を続けた。
このサンカは驚くべき生活形態を続けている。
山や河川敷を渡り歩く生活だから市役所などとも無縁で戸籍にも入っていない。
河原に茅葺き屋根を直接地面に置いただけのような、まるで古代人の住処のような小屋に住んでいる。埼玉県の吉見百穴に住んでいたことも確認されている。
女性も上半身は裸でいることが多い。
また、どのような病気になろうと医者にかからないのが彼らの生きかただから出産の際にも、へその緒は自分で切る。
「最初、河西芳紀はサンカ研究者として世に出てきた。そのうちサンカをテーマにした小説を書き始めて知る人ぞ知ると言った感じの作家だったんだ。ところが河西芳紀自身がサンカの出だという噂が出て」
「確認は取れてないんですか?」
「もともとマイナーな作家だから情報もないし、それこそ話題も一瞬で消えた」
葉山は頷いた。
「その作家の出身は? 米倉先生は河西芳紀と青森で会ったと言ってましたが」
「さあ」
葉山は足を止めた。葉山の脳裏に、ある考えが閃いたのだ。
「どうした?」
「西山と矢沢亜紀が目撃されたのも青森です」
深松は葉山の言った言葉の意味をしばらく考えている。
「米倉が河西芳紀に会ったのは青森のどこだ?」
「それを訊く前に撃たれたんです」
深松は頷いた。
「西山もエニグマ叡智保存協会に関係しているとしたら青森に何か接点があるのかもしれんな」
「青森のどこかを特定する必要があります」
「それが判れば一気に近づけるかもしれんな。エニグマ叡智保存協会に」
深松は煙を吐きだした。
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