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世界を滅ぼす出産
しおりを挟む葉山基紀はゆいなの報告を受けて牛頭神霊会の本部に向かった。
(どういう事だよ)
報告を受けたときには頭を抱えた。
(牛頭神霊会は〈喜びの子供たち〉を倒す組織じゃなかったのか?)
本部に着くと罍天源が出迎えた。
「罍さん」
葉山は挨拶を抜きに話しだした。
「教えてください。エニグマ叡智保存協会の本当の隠れ蓑は牛頭神霊会だったのですか?」
天源は目を剥いた。
「何を言っておる」
「ムーンプレス社の黒沢が湯野陽光の生まれ故郷に行ってきたんです」
「なに」
「そこで湯野が双子の片割れであることを突きとめました」
天源は声にならない呻きを漏らす。
「双子を取りあげた産婆は罍ウシ。あなたの奥さんですね」
天源は覚悟を決めたのか無言で頷いた。
「その双子の片割れが生きていたとすれば今度の湯野陽光の復活という茶番劇にも説明がつく」
「迂闊じゃった」
天源の体から、わずかに力が抜けたように感じられた。
〝迂闊じゃった〟という天源の言葉の意味を葉山は推し量れずにいる。
「拉致されたのじゃ。もう一人の湯野陽光を」
天源が何を言っているのか、ますます判らなくなった。
「あの村では双子は獣腹と言って嫌われていた」
聞いたことがある。江戸時代、一度に複数の子どもが生まれるのは犬や猫と同じだということで嫌う風習があったと。その風習が現代でも生きている地域があったというのか。
「だから湯野の家に双子が生まれたとき、それを隠そうとして死産と偽り一人は里子に出されたのだ」
「死産じゃなかったんですか?」
「ちがう。湯野陽光の双子の兄弟は別の場所で育てられたのだ」
「その人物が先日、死んだ湯野陽光ですか?」
「そうなる」
葉山は湯野陽光がビルの屋上から飛び降りた事件を思いだそうと勤めた。
「あの日、湯野陽光はビルの屋上で演説をした後、いったん奥へ引っこんだ」
「ええ。一瞬ですが視界から消えました」
「その時に入れ替わったのじゃろう」
「演説をしたのが湯野陽光でビルから飛び降りたのが双子の兄弟ということですか」
「正確には飛び降りたのではなく落とされたのだ」
葉山は頷いた。
「湯野は自分の兄弟を殺したんですね」
天源は沈痛な面持ちで頷いた。
「そのことが証明されれば〈喜びの子供たち〉は潰せますよ」
「どう証明する」
葉山は返事ができない。
「〈喜びの子供たち〉には切札がある」
「切札?」
「神の子じゃよ」
天源の目がギラリとした光を帯びる。
「〈喜びの子供たち〉は消えてもエニグマ叡智保存協会は消えない。神の子を手に入れたらエニグマ叡智保存協会は裏の存在から表の存在になるじゃろう」
「イエスが復活するからですか」
天源の目の光がさらに増した。
「そうじゃ」
葉山の体がブルッと震える。
「考えられるか? イエス・キリストが現代に復活するんじゃぞ」
「そんなことが可能なのでしょうか」
「それを可能にするのがエニグマ叡智保存協会なのじゃ」
「エニグマ叡智保存協会は本当にイエスの遺伝子を保存しているんでしょうか?」
「エニグマ叡智保存協会はイエスが日本にやってきたその日にできたといってもいいじゃろう」
「その日に?」
「もちろんエニグマ叡智保存協会という名前はまだない。だがイエスの信者が一人でも日本にできたら、それがエニグマ叡智保存協会の母胎なのじゃ」
ドアが開いて若い男が入ってきた。SYO――罍翔一である。
「話は聞いてたぜ」
SYOは天源の隣りに腰を下ろした。
「エニグマ叡智保存協会は最初はたった一人が信者だったのさ。二千年前の話だ」
SYOが言う。
その頃のことは推測に過ぎないが信者ができなければエニグマ叡智保存協会も誕生しないことになる。
「エニグマ叡智保存協会の母胎は徐々にその規模を拡大させたのじゃろう。じゃが、あまり目立つと迫害を受けることも学んだはずじゃ」
「当時、外国人を信奉しているだけで怪しまれただろうしイエスが生きていたらイエス自体が迫害の対象になった」
「それで自らの存在を隠すようになったのですか?」
「そうじゃ。それも巧みにな。エニグマ叡智保存協会は規模を拡大させつつ力を蓄えた。経済力。政治力。科学力。イエスが亡くなったときにはミイラを作るだけの経済力と科学力はあったのじゃろう」
「それでイエスの遺体を保存したと?」
「イエスの墓にな」
「イエスの墓には本当にイエスの遺体が埋葬されていたんですね」
「牛頭神霊会に伝わる秘密の一つじゃ」
牛頭神霊会も独自の力を蓄え情報網を整備していた。おそらく遠い過去のどこかでエニグマ叡智保存協会の信者と牛頭神霊会の信者が互いに入れ替わったことが幾度かあるのかもしれない。
「じゃがイエスの墓が掘り返されたとなると奴らは母胎を見つけたのじゃ」
「それが森原みらいです」
「奴らはやるぞ。イエスを現代に甦らせる積もりじゃ」
「イエスが甦るか。見てみたいもんだ」
「翔一」
天源が鋭い声を発する。
「それこそ大不況に喘ぐ現代の救世主になってくれるんじゃないのか?」
「それはどうかな」
葉山が疑問を呈した。
「新興宗教は誕生したときはカルト的な性格を帯びた教団だったというものが少なくない」
葉山は二、三、例を挙げた。
「キリスト教がそうでないという保証はどこにもないよ」
「キリスト教がカルト?」
葉山は頷く。
「キリスト教は誕生当時は異端視されていたんだ。もしかしたらカルトだったのかもしれない。だけど二千年経つうちに愛の教団に徐々に変化を遂げた」
「山内一豊が愛情に満ちた人物でも十五代後の山内容堂は郷士を差別する尊大な藩主になってしまったようなものじゃな。その逆のケースもありうるということじゃ」
「それにイエスが復活すると言っても成人のイエスがいきなり甦るわけじゃない。生まれるのは赤ん坊だ」
「なるほど。それを育てるのは……」
「エニグマ叡智保存協会」
「ペテロ……すなわち湯野陽光か」
「奴らは聖書を曲解しておる」
再び天源が言葉を挟む。
「イエスが湯野陽光に育てられたらどうなると思う」
「逆にイエスは曲解された聖書の教えを吸収して育つかもしれない」
「そうなったら日本は、いや世界は歪んだ正義感の持ち主であるエニグマ叡智保存協会に牛耳られることになる」
「なにしろイエスだから、むしろ日本より世界を牛耳りやすい」
「世界の暗黒時代がやってくるぞ」
「どんな子なのじゃ。母胎になる子は」
「母胎に相応しい子だよ」
葉山は静かに言った。。
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