56 / 60
56
鍵を握る河西芳紀の原稿
しおりを挟む黒沢ゆいなと葉山、生田目の三人はムーンプレス社の会議室で密談を続けていた。
「森原みらいがいる場所はJC美術館の地下以外にはない」
航空写真と独自に入手した間取りを記した平面図を検討していた生田目が断言した。
「同感です」
葉山が続く。
「〈喜びの子供たち〉すなわちエニグマ叡智保存協会が所有する施設、不動産の中で規模から言って将来のマリアと目する人物を秘匿する場所はないでしょう」
「同感です」
三人の意見が一致した。
「後はJC美術館地下のどこか」
「一般人が入りこまない場所ですね」
「空調室とか?」
「いや目的がハッキリしている部屋は空きスペースが少ない。もっと広い部屋だ」
「となると……」
ゆいなは見取り図を凝視する。
「資材置き場は?」
「それだ」
「資材置き場も資材を置くという目的がハッキリとありますよ」
「だがスペースに融通が利く。それに資材置き場は一つじゃない」
「三部屋ありますね」
ゆいなが見取り図を見ながら言う。
「この中のどの部屋でしょう?」
「物を隠すなら心理的にも論理的にも……」
「いちばん奥の資材置き場ですね」
「そうだ」
「そこに行きましょう」
「でも」
生田目が二人を見る。
「部屋に入れるか? 鍵がかかっているだろうし」
「建物の入口の鍵じゃありません。建物内の、それも資材置き場の鍵です。俺が開けますよ」
生田目は一瞬、顔を顰めたが何も言わなかった。
*
一行はJC美術館に押しかけた。
チケットを買って入館すると、それぞれトイレで自演に入手していた従業員用の制服に着替えて出てくる。
地下への階段および地下見取り図は頭に叩きこんでいる。
三人は地下に降り細い通路の奥まで進んだ。
鉄板の扉があり〝資材置き場 関係者以外立ち入り禁止〟のプレートがかかっている。
ゆいなが逸る気持ちでドアノブを回そうとしたが鍵がかかっている。
「どいて」
葉山が鞄から金具を取りだして鍵穴に差しこみ作業を始める。
ジリジリする時間が過ぎ、やがてカチリと音がして錠が開いた。
葉山はドアノブを回し扉をゆっくりと開けた。
様々な工具、資材が大きな部屋一杯に設置されている。
係員はいないようだ。
機械を避けながら部屋の奥へと進む。
前方に更にドアが見えた。
「まだドアがあるわ」
「鍵を開ける」
葉山が再び錠を解いてドアを開けた。地下への階段が伸びていた。
葉山が階段を下りる。ゆいなと生田目も続く。降りきると突きあたりにドアが見える。
「開けます」
再び葉山が鍵穴に道具を入れながら操作すると施錠された音が小さく響いた。
ドアの向こうには部屋が広がっていた。
「みらい!」
ゆいなが叫びながら葉山を押しのけて部屋に入る。だが森原みらいの姿はどこにもなかった。
「これは……研究室あるいは手術室か」
葉山が言う。
「森原さんはいないようだ」
葉山の言葉に唯奈の顔が曇る。
「他に通路はないようだな」
生田目が言う。
「だけど、ここはどうやら研究室、あるいは手術室のようだよ。ここで奴らが、なんらかの研究をしていたことは確かだろうね」
「どうして誰もいないんでしょうか」
「逃げたんだろう」
生田目が答える。
「逃げた?」
「そうだ。ここはそろそろ危ないと踏んでいたに違いない。だからイエスの遺伝子に関するあらゆる証拠を隠滅したんだと思う」
「あらゆる証拠って、みらいは?」
「無事だろう」
生田目は断言した。
「その子はイエスを産むという使命を背負っている。どんな事があっても死にはしない」
「絶対に見つけだすわ」
スマホの着信音が鳴った。
葉山がポケットからスマホを取りだす。
――葉山さんか?
――誰?
――中原だ。
葉山はその名前を思いだした。河西芳紀の担当だった編集者だ。
――伝えたい事があってな。
――どうしてこの番号を?
――あんたの名刺を見たんだ。
アパートに置いてきたことを思いだした。中原は一度、アパートに帰ったらしい。
――俺は河西芳紀の原稿を預かっている。
――え?
――そこにはエニグマ叡智保存協会のことが細かく書かれているんだ。
――なに?
――浅沼稲次郎のことも書かれている。
――浅沼……。
――詳しいことは読めば判る。
――今どこにいるの?
短い叫び声のようなものが聞こえ通話が切れた。
――おい!
返事はない。
葉山は諦めてスマホを閉じた。
「どうした?」
生田目の問に葉山は電話の内容をかいつまんで説明する。
「その編集者も危ないぞ」
だが葉山には編集者の居場所を突きとめる術がなかった。
0
あなたにおすすめの小説
せんせいとおばさん
悠生ゆう
恋愛
創作百合
樹梨は小学校の教師をしている。今年になりはじめてクラス担任を持つことになった。毎日張り詰めている中、クラスの児童の流里が怪我をした。母親に連絡をしたところ、引き取りに現れたのは流里の叔母のすみ枝だった。樹梨は、飄々としたすみ枝に惹かれていく。
※学校の先生のお仕事の実情は知りませんので、間違っている部分がっあたらすみません。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
放課後の約束と秘密 ~温もり重ねる二人の時間~
楠富 つかさ
恋愛
中学二年生の佑奈は、母子家庭で家事をこなしながら日々を過ごしていた。友達はいるが、特別に誰かと深く関わることはなく、学校と家を行き来するだけの平凡な毎日。そんな佑奈に、同じクラスの大波多佳子が積極的に距離を縮めてくる。
佳子は華やかで、成績も良く、家は裕福。けれど両親は海外赴任中で、一人暮らしをしている。人懐っこい笑顔の裏で、彼女が抱えているのは、誰にも言えない「寂しさ」だった。
「ねぇ、明日から私の部屋で勉強しない?」
放課後、二人は図書室ではなく、佳子の部屋で過ごすようになる。最初は勉強のためだったはずが、いつの間にか、それはただ一緒にいる時間になり、互いにとってかけがえのないものになっていく。
――けれど、佑奈は思う。
「私なんかが、佳子ちゃんの隣にいていいの?」
特別になりたい。でも、特別になるのが怖い。
放課後、少しずつ距離を縮める二人の、静かであたたかな日々の物語。
4/6以降、8/31の完結まで毎週日曜日更新です。
義姉妹百合恋愛
沢谷 暖日
青春
姫川瑞樹はある日、母親を交通事故でなくした。
「再婚するから」
そう言った父親が1ヶ月後連れてきたのは、新しい母親と、美人で可愛らしい義理の妹、楓だった。
次の日から、唐突に楓が急に積極的になる。
それもそのはず、楓にとっての瑞樹は幼稚園の頃の初恋相手だったのだ。
※他サイトにも掲載しております
春に狂(くる)う
転生新語
恋愛
先輩と後輩、というだけの関係。後輩の少女の体を、私はホテルで時間を掛けて味わう。
小説家になろう、カクヨムに投稿しています。
小説家になろう→https://ncode.syosetu.com/n5251id/
カクヨム→https://kakuyomu.jp/works/16817330654752443761
〈社会人百合〉アキとハル
みなはらつかさ
恋愛
女の子拾いました――。
ある朝起きたら、隣にネイキッドな女の子が寝ていた!?
主人公・紅(くれない)アキは、どういったことかと問いただすと、酔っ払った勢いで、彼女・葵(あおい)ハルと一夜をともにしたらしい。
しかも、ハルは失踪中の大企業令嬢で……?
絵:Novel AI
小さくなって寝ている先輩にキスをしようとしたら、バレて逆にキスをされてしまった話
穂鈴 えい
恋愛
ある日の放課後、部室に入ったわたしは、普段しっかりとした先輩が無防備な姿で眠っているのに気がついた。ひっそりと片思いを抱いている先輩にキスがしたくて縮小薬を飲んで100分の1サイズで近づくのだが、途中で気づかれてしまったわたしは、逆に先輩に弄ばれてしまい……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる