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3話 忘れていて欲しかったんだけどなぁ

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 歓迎会ではミシェーラ様に話しかけられたこと以外は無事、誰とも会話することなく終了しました。

 一安心したところで、また別の誰かに声をかけられます。彼女は父の親戚にあたる方。学園理事長のエミリア・リンナンコスキ公爵夫人様です。

「マリーちゃん。ほとんど壁際だったけど、体調がすぐれなかったのかしら?」

「あ、いえそういう訳ではなく」

「困ったら私に何でも言ってくださいね」

「あり、ありがとうございます」

 私はそれだけ言って理事長から後ずさりしてしまいどこかに走って逃げてしまいました。

 そんな私を、理事長は微笑ましく眺めているだけでした。

 理事長は幼い頃から私のことを可愛がってくださるとても優しい方なのはご存じなのですが、やはり爵位も上ですし、怖い時は怖いです。

 我が国にある三つの公爵家。いわゆる三大名門の方々。今日だけで全ての家の方と会話してしまいました。

 恐ろしい。特にバルツァー様は関わり合いがほぼなかった方で、雰囲気も怖い。

 ミシェーラ様もお怒りの様子でしたし、やはり盗み聞きしてしまったことはしっかり謝るべきでしょう。

「はぁ。逢いたくない」

「それは私にでしょうか?」

「ひぇ!?」

 ふいに後ろから話しかけられたことに驚きますと、そこにはミシェーラ様のお姿がありました。

 私と会う約束、忘れていても良かったんですよ?

 少しジト目の彼女は、綺麗な赤いドレスで可愛らしさというよりは美しさを意識したお化粧をしています。

 まだ十三歳とお若く、少しだけ背伸びしていることがわかりますが、それは言えないですよね。

「ミシェーラ様、あのこの後はそのどちらに向かえば宜しいのでしょうか?」

「我が家の馬車に乗りなさい」

「は、はい」

 ミシェーラ様に連れられ、ベッケンシュタイン家の馬車に一緒に乗り込みました。

 恐怖のあまりずっとブルブル震えている私を、ミシェーラ様は少しきつめに睨みながらお隣を歩いています。

 怖い。怖い怖い。背筋が凍りそうです。

 公爵家の豪華な馬車に乗せられた私は、ミシェーラ様に座る許可を頂き、対面するように腰をおろしました。

 さすがは公爵家の馬車。伯爵家の我が家が使っている馬車と違い、座り心地が段違いです。こんな馬車に乗れる方。経済力の壁が、私をまた一段と恐怖させてきました。

 帰りたいなぁと思いつつ、それが許される状況でないことは理解しています。

 先に沈黙を破ったのは、ミシェーラ様でした。

「昼間の件ですが、聞いてしまいましたよね?」

「は、はい」

「本来、あのようなお話を聞いてしまった貴女には少々口封じをと思いましたが…………」

「口封じ!?」

 私がその言葉を聞いた瞬間、一気に震え上がりました。その様子を見たミシェーラ様は深くため息を吐いてこちらを真っすぐ見つめます。

「幼少の頃から、貴女が目立って行動をしている姿は存じ上げていませんでしたが、今日確信しました。貴女、お友達がいらっしゃいませんね?」

「ひぃ。そうですけど、それが何か?」

「万が一、私が五年間フラれ続けていることを、誰かに話したら公爵家の力をフル活用してコースフェルト伯爵家を潰します」

「ひぇ!? お許しを!! どうか! どうか我が家だけは!!」

「そんなに泣きさけばなくても、誰にも話さなければいいだけじゃない。貴女にはそういうお友達もいらっしゃらないのでしょう?」

「あっ……そうでした」

 ミシェーラ様は、何かを期待するような眼で私を見つめていますが、私にはそれは「貴女は一生お友達を作りませんよね」と解釈してお返事しました。

「私は一生お友達を作りませんので! ご安心してください!!」

 しかし、どうやらご希望されていた答えではなかったどころか、彼女はムッとした表情になってしまいました。

「もういいですわ!! マリー・コースフェルト! どっかにいってらっしゃい!!」

「は、はいいい!! 失礼しましたぁ!!」

 私は飛び出す様に馬車を出て、王都にあるコースフェルト伯爵家の別館に、走って帰宅しました。

「ミシェーラ様は私になんて言って欲しかったのでしょうか?」

 その夜、ベッドに潜って考えましたが、何も答えは出ませんでした。
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