怖がり伯爵令嬢は逃げも隠れもしますので構わないでください!

大鳳葵生

文字の大きさ
32 / 80

28話 名前呼びは恥ずかしいんだけどなぁ

しおりを挟む
 放課後になる頃、ミシェーラ様とお別れをしいつものようにバルツァー様の所に向かおうとしたところで、私の前に二人の女生徒が現れました。

 そこにいたのは、メリッサ様とオリーブ様でした。ルビー様はいらっしゃらないようです。

「あの? そこを通して頂けませんか?」

「貴女、調子に乗りすぎなのよ」

 私の言葉を一切聞こうとせずにルビー様は自らの主張をしてきました。別に調子に乗っているつもりなんてありません。

 でも、ここを通らなければバルツァー様にお会いすることもできません。一度ここから離れれば、どいてくださるでしょうか。

 正直、関わりたくありませんし、授業中はミシェーラ様の陰に隠れてひっそりしていたので目立った嫌がらせなんてありませんでしたが、やはりいなくなった途端こうなるのですね。

 案外、走って突っ切れば通り抜けられたりするのでしょうか?

 いえ、やめておきましょう。ここは一度引いてバルツァー様には遅れましたと謝りましょう。

「では私はこれで」

 そういって振り返ると、水が並々入った桶を持ったルビー様が、私目掛けてその水をぶっかけてきました。

「え?」

「やだぁきたなぁい。マリーちゃんそれ掃除しといてね」

「え? え?」

「あ、先生には私達が言っておくね? マリーちゃんが水をこぼしたので掃除してますって」

「きゃはははは」「ヒドーイ」

 お三方はどこかに行ってしまいましたが、私は茫然と立ち尽くすことしかできませんでした。

 濡れた髪と制服。床に広がる水たまり。どうしていいかわからずその場で固まっていると、誰かの足音が聞こえ、私はとっさに掃除を始めようと、近くにあった用具入れの所まで駆け込みました。

 そんな時、勢いよくスリップしてしまいます。

 ふわっとした感覚が、体が落下していく前兆であると理解し、そのままストンと二本の腕に収まりました。

「へ?」

「何をしている?」

 そこには金色の髪に青い瞳の眉間にしわをつけた男性。

「バルツァー様?」

「なんでお前はこんなにびしょ濡れなんだ?」

 何故か。水をかけられましただなんて言えば、私がバルツァー様に告げ口したことを、ルビー様方にバレてしまいます。どうしましょうか。

 きっとバルツァー様はお優しいからやめるようにとお声がけして終わる。そしてルビー様方からより分かりにくく陰湿な嫌がらせを受けるかもしれません。

 今は耐えるべきでしょう。

「水をこぼしてしまいました。盛大に」

 私がそう言って、なんとかバルツァー様に笑顔を向けますと、彼は少し怒った表情で嘘をつくなと呟きました。

「何故そう思いましたか?」

「もしコースフェルト嬢が水をこぼしたのであれば、君は最初におろおろしながら謝る」

 私の癖、お見通しなんですね。

 私を一度床に立たせ、バルツァー様は思い切り私を抱きしめました。

「服が濡れてしまいますよ?」

「君が冷えるよりはいい」

「…………お互いびしょびしょですし、今日はこれを片付けてもう帰りましょうか? 今、綺麗にしますのでバルツァー様はお先におかえりください」

 私がそう言いますと、バルツァー様は一緒に掃除用具を手に取り、黙って掃除を始めました。

「いえ、ここは私がやっておきます! 一人で大丈夫です!」

 私がそう言ったにもかかわらず、彼は手を動かすことをやめません。ええい、もうどうにでもなれ。

 下手に止めるように声をかけるよりは、より早く手を動かし、さっさと終わらせた方が良いでしょう。

「コースフェルト嬢。もしよければだが」

「はい?」

 彼は何かを言おうとして、ただその何かを口にするのが恥ずかしいのか上手く言えずに固まっています。

「もしよければ。君のことをファーストネームで呼んでもいいだろうか?」

 え?

 お好きにどうぞ?

 そんな軽い気持ちくらいしかなく、私はどうぞと頷きますと、彼は何か大切な物の名前を言う様に、優しく声を出しました。

「マリー」

 その声が耳を通り、頭に響き渡る頃、私の中では経験したことのないような高揚感と、普段失敗した時とは一味違う羞恥が私を一気に襲いました。

「ハァ!? ちょっとちょっとなんですかその言い方はダメです! 恥ずかしすぎます!!!」

「そうかマリー」

「だから!!」

「マリー」

「もう!」

 お互いびしょ濡れのまま、意味のないやり取りをしすぎてしまいました。掃除用具を片付け、早めにバルツァー家の馬車に乗せて頂きました。 
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

前世の記憶を取り戻した元クズ令嬢は毎日が楽しくてたまりません

Karamimi
恋愛
公爵令嬢のソフィーナは、非常に我が儘で傲慢で、どしうようもないクズ令嬢だった。そんなソフィーナだったが、事故の影響で前世の記憶をとり戻す。 前世では体が弱く、やりたい事も何もできずに短い生涯を終えた彼女は、過去の自分の行いを恥、真面目に生きるとともに前世でできなかったと事を目いっぱい楽しもうと、新たな人生を歩み始めた。 外を出て美味しい空気を吸う、綺麗な花々を見る、些細な事でも幸せを感じるソフィーナは、険悪だった兄との関係もあっという間に改善させた。 もちろん、本人にはそんな自覚はない。ただ、今までの行いを詫びただけだ。そう、なぜか彼女には、人を魅了させる力を持っていたのだ。 そんな中、この国の王太子でもあるファラオ殿下の15歳のお誕生日パーティに参加する事になったソフィーナは… どうしようもないクズだった令嬢が、前世の記憶を取り戻し、次々と周りを虜にしながら本当の幸せを掴むまでのお話しです。 カクヨムでも同時連載してます。 よろしくお願いします。

好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】

皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」 「っ――――!!」 「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」 クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。 ****** ・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。

転生しましたが悪役令嬢な気がするんですけど⁉︎

水月華
恋愛
ヘンリエッタ・スタンホープは8歳の時に前世の記憶を思い出す。最初は混乱したが、じきに貴族生活に順応し始める。・・・が、ある時気づく。 もしかして‘’私‘’って悪役令嬢ポジションでは?整った容姿。申し分ない身分。・・・だけなら疑わなかったが、ある時ふと言われたのである。「昔のヘンリエッタは我儘だったのにこんなに立派になって」と。 振り返れば記憶が戻る前は嫌いな食べ物が出ると癇癪を起こし、着たいドレスがないと癇癪を起こし…。私めっちゃ性格悪かった!! え?記憶戻らなかったらそのままだった=悪役令嬢!?いやいや確かに前世では転生して悪役令嬢とか流行ってたけどまさか自分が!? でもヘンリエッタ・スタンホープなんて知らないし、私どうすればいいのー!? と、とにかく攻略対象者候補たちには必要以上に近づかない様にしよう! 前世の記憶のせいで恋愛なんて面倒くさいし、政略結婚じゃないなら出来れば避けたい! だからこっちに熱い眼差しを送らないで! 答えられないんです! これは悪役令嬢(?)の侯爵令嬢があるかもしれない破滅フラグを手探りで回避しようとするお話。 または前世の記憶から臆病になっている彼女が再び大切な人を見つけるお話。 小説家になろうでも投稿してます。 こちらは全話投稿してますので、先を読みたいと思ってくださればそちらからもよろしくお願いします。

ワンチャンあるかな、って転生先で推しにアタックしてるのがこちらの令嬢です

山口三
恋愛
恋愛ゲームの世界に転生した主人公。中世異世界のアカデミーを中心に繰り広げられるゲームだが、大好きな推しを目の前にして、ついつい欲が出てしまう。「私が転生したキャラは主人公じゃなくて、たたのモブ悪役。どうせ攻略対象の相手にはフラれて婚約破棄されるんだから・・・」 ひょんな事からクラスメイトのアロイスと協力して、主人公は推し様と、アロイスはゲームの主人公である聖女様との相思相愛を目指すが・・・。

前世で私を嫌っていた番の彼が何故か迫って来ます!

ハルン
恋愛
私には前世の記憶がある。 前世では犬の獣人だった私。 私の番は幼馴染の人間だった。自身の番が愛おしくて仕方なかった。しかし、人間の彼には獣人の番への感情が理解出来ず嫌われていた。それでも諦めずに彼に好きだと告げる日々。 そんな時、とある出来事で命を落とした私。 彼に会えなくなるのは悲しいがこれでもう彼に迷惑をかけなくて済む…。そう思いながら私の人生は幕を閉じた……筈だった。

前世で孵した竜の卵~幼竜が竜王になって迎えに来ました~

高遠すばる
恋愛
エリナには前世の記憶がある。 先代竜王の「仮の伴侶」であり、人間貴族であった「エリスティナ」の記憶。 先代竜王に真の番が現れてからは虐げられる日々、その末に追放され、非業の死を遂げたエリスティナ。 普通の平民に生まれ変わったエリスティナ、改めエリナは強く心に決めている。 「もう二度と、竜種とかかわらないで生きていこう!」 たったひとつ、心残りは前世で捨てられていた卵から孵ったはちみつ色の髪をした竜種の雛のこと。クリスと名付け、かわいがっていたその少年のことだけが忘れられない。 そんなある日、エリナのもとへ、今代竜王の遣いがやってくる。 はちみつ色の髪をした竜王曰く。 「あなたが、僕の運命の番だからです。エリナ。愛しいひと」 番なんてもうこりごり、そんなエリナとエリナを一身に愛する竜王のラブロマンス・ファンタジー!

転生してモブだったから安心してたら最恐王太子に溺愛されました。

琥珀
恋愛
ある日突然小説の世界に転生した事に気づいた主人公、スレイ。 ただのモブだと安心しきって人生を満喫しようとしたら…最恐の王太子が離してくれません!! スレイの兄は重度のシスコンで、スレイに執着するルルドは兄の友人でもあり、王太子でもある。 ヒロインを取り合う筈の物語が何故かモブの私がヒロインポジに!? 氷の様に無表情で周囲に怖がられている王太子ルルドと親しくなってきた時、小説の物語の中である事件が起こる事を思い出す。ルルドの為に必死にフラグを折りに行く主人公スレイ。 このお話は目立ちたくないモブがヒロインになるまでの物語ーーーー。

悪役令嬢に転生したので地味令嬢に変装したら、婚約者が離れてくれないのですが。

槙村まき
恋愛
 スマホ向け乙女ゲーム『時戻りの少女~ささやかな日々をあなたと共に~』の悪役令嬢、リシェリア・オゼリエに転生した主人公は、処刑される未来を変えるために地味に地味で地味な令嬢に変装して生きていくことを決意した。  それなのに学園に入学しても婚約者である王太子ルーカスは付きまとってくるし、ゲームのヒロインからはなぜか「私の代わりにヒロインになって!」とお願いされるし……。  挙句の果てには、ある日隠れていた図書室で、ルーカスに唇を奪われてしまう。  そんな感じで悪役令嬢がヤンデレ気味な王子から逃げようとしながらも、ヒロインと共に攻略対象者たちを助ける? 話になるはず……! 第二章以降は、11時と23時に更新予定です。 他サイトにも掲載しています。 よろしくお願いします。 25.4.25 HOTランキング(女性向け)四位、ありがとうございます!

処理中です...