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第1章 何もできない公爵令嬢

3話 好きな子をいじめても相手に気持ちは伝わりません

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 それは王宮での夜会の翌朝のことでした。私はお父様に呼び出され、自宅のサロンに向かいましたわ。

 グレイ様とのことを思い出しますと、頭が痛くなりますわ。お父様はグレイ様がエスコートして頂くようにお願いしたということは、昨日のことは把握しているはずですわ。

 つまりこの呼出しは昨日の話ということになるのかしら?

 サロンに入室すると、すでにお父様がくつろいでいましたわ。

「おはようございますお父様」

「おはよう可愛いルクレシア」

 お父様は和やかな笑顔を私に向けていますわ。よほどご機嫌の様子です。普段の社交の場では強張った顔をしていらっしゃいますので、威厳のあるようにみえますが、家族に対してはどうも甘い方なのよね。

 私の前にいつもの紅茶が用意され、一息ついたところでお父様が話かけてきましたわ。

「ルクレシア、昨日の夜会のことなのだが、王子殿下とお前はその……恋仲であったりするのかい?」

 やはりその質問が来ましたか。なんて答えましょう。そもそも、私とグレイ様は幼馴染以上の関係にはなっていないはずです。それでしたら悩む必要はございませんね。

 昨日の夜会だってどうせいつのもイタズラに決まっていますわ。ああ、お父様の期待の込めた眼差しが胸に刺さります。

「いえ、私にはなんのことやら。正直、あの方がいらっしゃったことは想定外過ぎて頭が真っ白になりましたわ」

 まあ、一番真っ白になったのは、あえて私の敵になりえる方々ばかりを狙ったような挨拶回りでしたが。

「そうなのかい? となると、あれは王子殿下の強い希望ということか。それほどルクレシアのことを…………」

「それであながち間違いはないと思います。ですが、お父様が考えるような意味なんてありません。絶対!」

 グレイ様も恋愛感情などで私に近づいてくるはずなどありえません。絶対にありえない。きっと私達はお互い別々の相手を選ぶ。そういう未来が来ると思います。もし仮にどこかで互いのことが惹かれていたとしても、きっと恋と気付けない。

 グレイ様の行動は、美しい私に対して行われるものではありませんわ。恋をしていたらもう少し紳士的に来て欲しいものですね。

 きっとあの方は趣味が悪いから、私を愛でるようにすることができないのですわ。おかわいそうに。

「ルクレシア、君が嫁に行くのは寂しいが、どうだ? 王子殿下と婚約してみようと思わないか?」

「グレイ様と私が婚約ですか?」

 それは一度や二度は考えましたわ。王子様と結婚だなんてなんて素敵なのでしょうと。ですが、お相手があのような方では、私の身が持ちません。私をおもちゃにすることが娯楽の王子なんて耐えられません。

「まさか嫌なのかい?」

 グレイ様は狡猾な方です。お父様はおろか、私以外の方には本性を晒していないのでしょうね。
  
 なぜばれないのか不思議で仕方ありませんわ。

 ここでグレイ様の話をして信じて頂いた試しなし。といっても他にお慕いしている方はいらっしゃらないし、ですがあの方とよりマシな方なんて。
  
 たくさんいるのでしょうね。マシというよりは、私を大切に扱ってくださる方といいますか。

 とにかくお父様になんて説明しましょうか。

「グレイ様は素敵な方に違いありませんが、私まだ結婚などとても」

 お父様の前ではとりあえずグレイ様のことは肯定しておきましょう。

「何も今結婚等とは言ってないのだよ。婚約するだけさ。他の令嬢なんてうんと小さい頃には婚約者がいてもおかしくないのだぞ。まあ、今までは、お前の息子にうちの可愛いルクレシアを渡せるかと断ってきたが、そろそろお前にも婚約者がいてもいい頃だろう。昨日の夜会のように、私やエリオットがお前をエスコートできない時に、毎回婚約者でもない王子殿下を呼ぶわけにいかないだろう?」

「まあ、そうですわね」

 そもそも王子殿下を呼ばなければいいのではと思ってしまいましたわ。

「そうですわ! まだ婚約者のいない貴族男子とその、お見合いなどどうでしょうか?」

「可愛いルクレシアの肖像画を送り付けられる訳ないだろう?」

 この親バカっぷりを是非我が国の王子相手にも向けてほしいものですわ。
  
 王妃になることに抵抗はありませんし、私より相応しい女性などいらっしゃらないかもしれませんが、グレイ様はダメですわ。それでしたら他国に嫁ぎます。他国って姫ばかりで年の近い王子っていなかった気がしますけど。

 グレイ様と婚約するのであれば、せめてあのお戯れを受け入れられるほど、彼を愛せないといけませんもの。

「しかし、お前がそこまで王子殿下を嫌がるとは」

「仕方ありませんわ。その、えっとそうですわね。えっと、ほら私あれですわ、あの……ロマンチックなプロポーズをしてくださる殿方がいいですわ! そう! それよ!!」

 私はかなり適当なことを言ってしまった気がしていますわ。ですがこれでしたらグレイ様が婚約者になるはずがありませんわ。グレイ様が私にロマンチックな告白をなさるなど想像もできませんもの。

「では、なるべく貴族男性と会う機会を設けよう。なんか今考えましたという感じがするが、お前の希望はなるべく聞こうではないか。だがその条件なら別に王子殿下でも…………」

「お、お願いしますわお父様」

 そんなに早く私に婚約して欲しいのですね。これはもしかしなくても家の体裁を守るためですわね。

「ああ、それとお昼から王子殿下がいらっしゃるから昼食は一緒に取るように」

「わかりましたわ……今なんと申しましたか?」

 聞き間違うはずもありませんが、理解もできましたが、納得はできない言葉が聞こえました。

「だから王子殿下がお前と昼食を取りたいと申し出があってだな。それでしたら王宮にルクレシアを送ると話したら、是非我が家でお前と二人がいいと」

「そうですか。わかりましたわ」

 今からお断りを入れることは不可能ですわ。別に私はお断りを入れてもいいのですが、それが許されるわけではないものですね。立場くらいわかっています。

 グレイ様とお昼を取ることになり、私はメイド達に化粧やらドレスやらと着せ替え人形状態になってしまいました。あの王子の為に着飾るのは妙に屈辱ね。

 私専属メイドのエレナを筆頭に、若いメイド達が髪型のセットをしている状態ですわ。

「お嬢様、今日も昨日以上に素敵になられましたわ」

「ありがとうエレナ」

 エレナは私の髪を整え終えると、支度に使った道具などを他のメイド達と一緒に片付け始めましたわ。最後にエレナだけが残り、いつものように私に語りかけてきましたわ。

 そう、二人きりの時限定のいつものように。

「ルクレシア、やっぱ王子と結婚しとけって。確かにお前の話だと王子は糞めんどくせー野郎だけどな。そもそも王子の方はお前のこと好きすぎるだろ」

「エレナ、グレイ様が私のことを好きな訳ないでしょう?」

 彼女の豹変も大概ですわね。どうして私の周りには一対一になった途端に化けの皮が剥がれる人が多いのかしら。

 エレナの戯言や口調はともかく、彼女の救いは口調に問題があるだけで、私に実害が発生しないことと、私が考える以上に私に有益になるように動いてくれる優秀な従者であることね。

 そして彼女からしてもお父様からしても、私こそ王妃に相応しいと思っているからこそ、グレイ様のことを勧めてくるのね。

 ですが、ダメですわ。私は私の平穏のために、決してあの方との婚姻は避けなくてはいけません。
  
 勿論、私が頑張るまでもなく、グレイ様が一蹴してくださることもありえますのにね。

「王子も大変な女を好きになったよな」

「それは私のことですか? いいですか? グレイ様は私のことなんて好いていません。それから私は素直で良き令嬢ではないですか」

 エレナが私のことを何やら不思議なものを見るような目で見てきていますわ。そんなに私は神秘的な魅力を仄めかしているのですね。

 エレナは神秘的な私を見て深くため息をはいてしまい、すぐに退室しましたわ。
  
 表情が困っていたようだけど、よほど緊張して上手く表情が作れなかったのですね。

 グレイ様が来るまで何をしていましょうか。今日は読書の気分ではありませんし、刺繍はやめておきましょう。
  
 白いハンカチに赤い水玉? 血渋き? 模様ができてしまいましたのよね。あの時のエレナは、悲鳴をあげるほどびっくりしてすぐに応急処置をしてくださったのよね。

 楽器の演奏は、家族から猛反対されていますのよね。うっとりしすぎて何も手がつかなくなるのかしら。
 
 自分の才能が怖いわ。でも仕方ないわね。こうなれば私ができることも少ないわ。気分でなくても読書にしましょう。
  
 グレイ様がいらっしゃらないのであれば、劇場等に足を運びましたのに。こうなればグレイ様にはうっぷん晴らしに何か付き合って貰おうかしら。多分うっぷんがたまりますけど。

 読みかけの本がない為、屋敷内の書庫に足を運び、私は気に入った恋愛小説などを数冊手に取って、ゆっくりと午前を過ごしましたわ。

 そしてエレナが私を呼びに来ましたわ。

「王子来たから早く表でな。出迎えもできないのかと思われるぞ」

「……わかりましたわ」

 彼女、一応辺境伯の令嬢でしたよね。行儀見習いで私の専属メイドになっているはずなのですが。行儀とは…………
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