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第3章 ポンコツしかできないこと

21話 豪傑の英雄 ~彼が誇りに感じたモノ~

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 馬車が向かう先にあるのはプランAポイント。
  
「あの大きな体の動物は、ここより先にある落とし穴まで誘導するわ」

 本来の作戦用に事前に用意していた罠。第七騎士団が協力する前はこれ一本で戦うつもりでしたわ。
  
 問題は先ほどのプランBでカモフラージュされた地点が警戒されかねないということなのよね。
  
 御者さんに誘導はお任せしましょう。
  
「あの大きな動物、馬車では逃げ切れないわよね。私が少しでも足を鈍らせようと思います。信頼してくださりますか?」

 私の問いかけに、必ず無言で頷く御者さん。
  
 そうよね。わかってくださるのですよね。では、その信頼に応えましょう。
  
 馬車には隠し収納スペース以外にももう一つ不思議機能が備わっているのです。私が知らないだけで他に何かありませんよね?
  
 備わってます? 馬車ですよね?
  
 本来なら脱出機構として用意して貰ったそうですが、馬車ですよね?
  
 色々言いたいことはありますが、この馬車を譲り受けた日にグレイ様から教えて頂いた機構。
  
 後方からの追手に対しても、有効なのですよ? 私の馬車って何を想定しているのかしら?
  
 いえ、設計した王子には今だけ感謝しましょう。今だけですからね!
  
 ゾウと思われる大きなそれは一直線にこちらに向かって走ってきています。
  
 巨体の割には速いそれは、馬車に向かって鼻を伸ばしてきました。
  
 後方の窓から直前まで来ている鼻に対し、私は先ほどの光景を思い出してしまいました。
  
「マルッティの仇……そして、私の生涯の妨げとなるのであれば! 貴方に悪意がございませんでも!!」

 私は馬車の座席のすぐ近くにある壁をめくり、そこにあるレバーを引きましたわ。
  
 本来でしたら騎馬隊に対してやるつもりでしたので、あのゾウにどこまで有効かわかりませんが、やってみる価値はありますわよね。
  
「くらいなさい!」

 馬車の後方が開きますと、後方側の座席したにある隠し収納の中身が散布されましたわ。
  
 ガランゴロンガランゴロン。音をたてて転がるのは鎧兜。
  
 本来なら、後方からくる馬を転ばせることが目的であったため、鎧や兜にはあらかじめ油も塗っておきましたわ。踏めば足を滑らすこと間違いなしよ。
  
  ゾウと思われる動物はそれらをなんなく踏みつぶしていきます。
  
 多少は速度が落ちたことと、金属同士がぶつかる騒音がゾウをひるませることに一役買ってくださりましたわ。
  
 全然だめね。馬車の重量が落ちただけ良しとしましょう。速度アップ! 誤差よね。
  
「他に何か……何か?」

 ちらりと御者さんの方を見ましたが、彼はノーリアクションでした。
  
「ねえ! 何か作戦は御座いませんの?」

 御者さんは一切反応致しません。もういいです! 私でなんとか致しましょう!
  
 他の収納には何かありませんでしょうか? あるいは訳の分からないレバーとかそういうのでいいのですが
  
 ……訳のわからないもの使ってなんとかなります? いえ! 何も好転しない今よりは良し! 探しましょう!
  
 そんなことを考えていますと、御者さんがご自分のお隣を指さしましたわ。 
  
 え? 走行中にそちらに移るのですか? 馬鹿なの? ……私を信じた貴方を信じましょうか。
  
 私は前面のスペースから御者さんの隣りに飛び込みましたわ。
  
 直ぐに変な方向に体が落ちそうになりましたが、御者さんが腕を掴んで引き上げてくださいましたわ。
 
「第七騎士団が突然協力したのはあなたのせいですよね?」

「なんでもお見通しだね。じゃあ、次はどうなるかわかる?」

「それよりその茶髪……いえ、わかりませんわ」

 わからないことだらけなのよ。でもいいでしょ? だってあなたがなんとかしてくださるのでしょう?
  
「え? 何その今までに見たことないような信頼しきったような眼。まあ、いいか」

 御者さんは私を抱き寄せた後、すぐそばにある金具らしきものをガチャガチャと音を鳴らしながら操作しましたわ。
  
 次の瞬間、馬と馬車が切り離されました。その機能知らない。

 御者さんは私を抱えそのまま馬車に繋がれていた馬に飛び乗りましたわ。私ってやっぱり軽いのね。安心安心。
  
「って何超怖いことを心の準備もなくやってくださるのですか?」

「いや、事前に言って暴れられてもしょうがないでしょ? それに信じたのは君」

 ふと後方を確認しますと、馬車が大きなゾウの通行の妨げとなり、どうやら急停止や、旋回が苦手な模様。
  
 馬車に衝突してしまいましたわ。また馬車壊れたんですけど!!
  
「次は馬車にどういう機能がつくのかしら?」

「そうだね。工房の人達にまた無茶な依頼が必要だよね……どうしたら驚いてくれるかな」

 あの、私からお話を振ったのは申し訳ありませんが、今はもっと焦ってください。
  
 ゾウはやっとこちらを追いかける体制に戻りましたが、こちらは馬。もうあなたは追いつけませんよ?
  
「この辺でいいですわ!」

 プランAポイントまで到着。
  
 落とし穴なんて用意する余裕などありませんでしたが、元からある物を草原にカモフラージュすることはできましたわ。
  
 ゾウは、それより大きな池に落下しましたわ。動物の上に乗っていた兵士は鎧のまま池に真っ逆さま。
  
 コントロールを失ったゾウは暴れまわりこちらに突進してきました。
  
「本気ですの?」

「騎士団のみんなのところに戻ろう! あの動物はどうやらそれなりに泳げるみたいだ」

「ええ!」

 落とし穴作戦失敗? 待ってください! プランCなんて御座いませんのよ?
  
 この絶望的な状況を覆すには大人数で怒り狂ったあのゾウを抑えるしかないわよね?
  
 あのゾウは完全に私たちを敵と判断しています。どこまで追ってくる気なのでしょうか?
  
 馬なら逃げ切れますが、あんな動物野放しにできませんよね? 放置していれば何とかなるものかしら?
  
 いえ、ここら一帯の兵士たちを襲わないとは限りませんし、民間人だって遭遇するかもしれません。
  
「どうしましょう? あんなのどうやって大人しくすればいいの?」

「落ち着いて。とにかく行動不能にしてあげればいいんだけど」

 第七騎士団の方々の傍まで戻ってきましたわ。敵兵を拘束している者。救護などをしている者がいらっしゃいます。
  
「こちらにあれをお願いする訳に行きませんね。すぐに臨戦態勢に入れるとは思えませんわ」

「いや、こっちで問題ない! 突っ込むよ!」」

 御者さんは何かに気付いたのでしょう。馬を真っすぐ走らせましたわ。その先にあるのは壊れてしまった私の馬車。
  
 はて? まだ何かあるのでしょうか?
  
 馬車を横切った瞬間、中にはさきほどまでなかったものが銀色に光り輝いていました。
  
 ゾウがこちらに接近。さきほどと同様に一直線に突進してきています。
  
 ゾウが馬車の手前まで来た時でしょうか。馬車から銀色の盾が飛び出してきたのです。
  
 そしてゾウの前に、彼は再び立ちふさがりましたわ。
  
 左腕は真っ赤に染まりだらりと垂れています。右足も不自然に鎧を装備。さらに布でぐるぐる巻きにして固定されています。
  
「儂は第一騎士団副団長。マルッティ・ガルータ。儂の生涯は、良き妻を持ち、四人の子宝に恵まれた。孫の顔は見れなかったが、最後の最後に、誰かの為に泣ける令嬢を守るために戦えたことを誇りとし、先に旅立った戦友ばかどもに、自慢してやろうかのう」

「マルッティ!」

 もう立つことも辛いはずの彼は、もう一度あの動物に挑もうとしています。
  
「なぁに? 今度は一撃で仕留めるつもりじゃからお前さんはただ己の志を持ち続けてくれ」

 そういったマルッティはゾウの長い鼻をかわし、足に向かって盾の淵のとがった部分をぶつけましたわ。
  
 ゾウは足の付け根に大きな衝撃が走ったことでバランスを崩し、倒れてしまいましたわ。
  
 そしてその場でもう一人。音もなく倒れてしまった彼は、最後に笑っていたような気がしました。
  
 御者さんは私の目をその手で覆い、少し強めに抱きしめてくださりましたわ。
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