ポンコツ公爵令嬢は変人たちから愛されている

大鳳葵生

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第3章 ポンコツしかできないこと

35話 私はポンコツなんかじゃない

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 矢が刺さったアンジェリカは、それでも倒れることなくその場に立ち続ける。

「やっと隙ができましたね、おばあ様」

 そこにいたのは、矢を持った赤い髪の女性。眼がアンジェリカにそっくりなところと、おばあ様と呼んだことからアンジェリカの孫で間違いないでしょう。

「エディータでごぜぇますか。不意打ちでの王位を継承は認められないでごぜぇますよ」

 そういえば、ここに来る前にグレイ様からお聞きしましたね。

 ジバジデオ王国での王位継承は、現在の王より強い者が継承する。そしてアンジェリカは実際に強く、四十年の時も王座に君臨した最強の女王。

 孫が矢で不意打ちするくらいには、強かったのね。それにしても自分の祖母を躊躇なく……いえ、アルデマグラ公国とは、倫理観が違うのでしょう。理解するしないの次元じゃないわ。

「アンジェリカ、王位なんてどうでも良いから手当すべきよ」

「どうでもよくねぇでごぜぇますよ」

「そんなに王でいる必要があるの?」

 そう問いかけると、アンジェリカは私の方に目を合わせて深く息を吐く。

「強き者が王であるべきでごぜぇます。しかし、不意打ちなぞもっての他でごぜぇますよ。だがその不意打ちも、目撃者がいなければ問題ないでごぜぇます。必要なのは私の亡骸と目撃者のいない事実」

「……え? それって」

 私は、さきほど不意打ちを決めたお孫さんの方に顔を向けますと、その矢はこちらに向いていました。

「では目撃者の皆様。このエディータと第二ラウンドと行きましょうか」

 先ほどの光景を見ていたはずのエディータです。私達、いえグレイ様、ヨハンネス、メルヒオール様の三人がかりに対して勝機があるのでしょう。

 それに三人とも、アンジェリカと戦ったばかりで疲弊しています。もう一度私のヴァイオリンで行けるのでしょうか。いえ、あの距離ですし、グレイ様達の方がダメージが大きいはず。

 矢が射られ、すぐさまグレイ様が私の前に現れ剣で弾き、ヨハンネス達がすぐに前にでて応戦するために、エディータに向かって走っていきました。

「おい、小娘。名前はなんでごぜぇますか?」

「へ?」

 突然アンジェリカが私の名前を訪ねてきました。私は、一瞬ぽかんとしましたが、とりあえず名乗ることにしました。

「ルクレシアよ。ルクレシア・ボレアリス・ベッケンシュタイン。今聞くこと?」

「……そうでごぜぇましたか。やはり。似ているでごぜぇます。お前が、あいつの……ハッ。ルクレシア、よく聞くでごぜぇますよ。お前が知るべき真実を、教えてやるでごぜぇます」

 そしてアンジェリカは私の耳元であることをつぶやきました。

 アンジェリカから伝え聞いたことは、私のこれまでの人生を覆すほどのことでした。もしアンジェリカの言うことが本当のことだというのでしたら、私の本当の敵は……

「あなたを信用するのは難しいわ。いきなりすぎるし、なんでそんなことを知っているというの?」

「……アルデマグラ猿の中には、私の弟子がいるでごぜぇます。そのバカ弟子からの手紙が、私の部屋にあるでごぜぇます。バカ弟子がもし生きているなら確認するといいでごぜぇますよ」

 お弟子さん?

 アンジェリカに教えをこうとしたら、それこそ戦争前になるでしょう。その年代から騎士だった人で、アンジェリカのように強そうな人ってこと?

「私の部屋は……そこから入って、真っすぐ突き当りの……大きな扉でごぜぇます。手紙は……机の三番目のひきだしでごぜぇます」

「え? 案内してくれないの?」

「いくら私でもわかるでごぜぇますよ。貫通した矢が刺さったまま、自室まで生きていることなんてできないと」

 アンジェリカは、刺さった矢を見ながら肩で呼吸をしている。もうじき死ぬ。それがアンジェリカの運命。

「さて、エディータ相手に、あの小僧ども三人では厳しいでごぜぇますね」

 アンジェリカは転がっていた大剣を広い、それを杖にしながらエディータ達の方に向かいました。

「ちょっ。さすがにあなたはもう無理よ。大人しくしてなさい」

「ルクレシア。ジバジデオ王国の女王があんな弱い小娘に継承させる訳にはいかないでごぜぇますよ。不意打ちをする心の弱い王は、この国を統治できないでごぜぇます。強さこそルール。それがこの国を統治できる唯一の手段でごぜぇます。宗派の都合でごぜぇますね。エディータが王になれば、国として成り立たないでごぜぇます」

 通り過ぎ様にエディータはマリアの縄を剣で斬る。解放されたマリアに何かを支持して、胸に矢が刺さったままエディータの元に駆け出した。

「マリア?」

「お嬢様、行きましょう。アンジェリカ女王の私室に」

「え? ええ」

 あなたはグレイ様達の方に加勢してくださらないのですね。

 アンジェリカに言われた通り、アンジェリカの私室に向かいます。

 大きな扉を頑張って押し込むも、開かない。鍵がかかっているじゃない!

「あのお嬢様、どいて頂けますか?」

「え?」

 マリアが軽々しくその扉を引く。私が一度押したことによりマリアが恥をかかなくてすんだわ。マリアしかいなくてよかった。

「机の三番目の引き出しってこれかしら?」

「おそらくそうですね」

 マリアがその引き出しを引きますと、その中には一つの手紙がありました。手に取ったその手紙にはとある男女の名前がありました。

「二人とも知っている名前」

 何故この二人が?

 その手紙の内容が怖い。さきほどアンジェリカが言っていたことが真実になる。そんな気がする。気がするじゃないのでしょう。

 アンジェリカが私を騙す必要性が感じませんし、この手紙を事前に用意できるとは思えません。

 それでは勝手ながら読ませて頂きます。ヤーコフ。

 私はその手紙を読み終えたあと、思いっきり泣いた。すぐそばにいたマリアに抱き着いて泣き続けた。

 状況が理解できていなかったマリアも、何も言わずに私を抱きしめる。

「マリアッマリア! どうしましょう! 私、私今まで! なんで? どういうこと?」

「どうされたのですか? お嬢様? お嬢様?」

 アンジェリカから聞いた時は皆様の前だったことと、信じ切られなかったことから平常心でいることができました。

 でも、これは無理です。私が信じていたことがそうじゃないと知った時。

「ねえ。聞いて? 私、私って本当は……うわああん!」

「お嬢……様? あのその手紙、私も拝見しても良いでしょうか?」

「…………私は誰を信じればいい?」

 そう問いかけながら、マリアに手紙を渡しました。

 差出人の名前を確認したマリアは、まだピンと来ていない雰囲気でしたが、手紙の中を見たマリアは目を見開いて驚きました。

「これが真実だとしましたら、何だといのですか?」

「え?」

「確かに驚きましたが、私には関係ないことです。だってお嬢様が誰を信じられなくなっても、私はお嬢様に信じて貰えなくても、お嬢様を護ると決めたのです。それはベッケンシュタイン家の令嬢だからではありません。お嬢様が例え何者であったとしても、私はあなたのような人を護りたいし、他の皆様も同じだと思います」

 マリアはそっと私の頭の上に手をのせてポンポンとすると、手を私の背中に回し、そのまま強く私を抱きしめました。

「私達が護るべき存在は、あなた以外他ならない。私はあなたが誰と戦おうとも、あなたの槍になります。本当にずるいお嬢様です。お嬢様と一緒にいて、お嬢様を好きにならない選択肢ってどこにあるのですか? どうして独身男性じゃないのですか?」

 本音をいいますと、手紙を読まれるのは怖かった。怖くて怖くて仕方なかった。だって、みんな私の元から離れて行ってしまいそうな気がしたのですから。あと、何気にマリアやっぱりそこはブレないのですね。

「戻りましょう。真実は知りました。あとはなるようになれです」

 行ってきます。お父様、お母様。ルクレシアはこんなに成長しましたよ。

 手紙に書かれたヤーコフの文字とヨランデ叔母様の名前をもう一度見てからその手紙の文字を何度も眺めました。

「マリア、私はルクレシア。ルクレシア・ボレアリス・ベッケンシュタイン! 十六年そう信じて生きてきました。だからこれからもルクレシア・ボレアリス・ベッケンシュタインで生きていくつもりです。ですが、胸の内は違います。父のような人になります。私が尊敬した最高の男性です」

 私は中庭に向かいました。すべての決着を見届ける必要があります。

 中庭にたどり着きますと、ボコボコにされたエディータと、未だに立ったままのアンジェリカがいました。

「まだ生きていたのね」

「…………」

「アンジェリカ?」

 まさか、死んでいる?

「ああ、ルクレシアでごぜぇますか」

「生きてた」

 他のみんなの縄も解かれ、どこかから解放されたお兄様も連れてこられます。アンジェリカの言いつけで服も用意され、猿園に捕まっていた方々がそれに袖を通し始めました。一部の子供たちが服の着方がわからないみたいで手伝ってあげたり…………私以外がね。ほら、私手伝うと大変なことになるって。みんなひどいわ。

 とにかく、落ち着いたところで一言。

「あなた胸に刺さった矢はどうなったのよ」

「完治はしてねぇでごぜぇますし、二度と剣も持てないでごぜぇますが、生き延びてしまったでごぜぇますね」

 応急処置だけでなく、ちゃんとした治療を受けて戻ってきたアンジェリカは、騎士たちに運ばれて自分で歩くことすらできない状態になっていました。

 猿園には服を着たままのエディータが幽閉され、皆で円になって話し合いが始まりました。

「ルクレシア……それにみんな…………ありがとう」

「エリオットォ!」

 お兄様に飛びつくお義姉様。本当にうれしいのでしょうね。

「アンジェリカ。この手紙。一応あなた宛てですが、皆様に内容を教えても宜しいかしら?」

「構わねぇでごぜぇますよ」

「では失礼」

 手紙にはこう書かれていました。

――拝啓。わが師アンジェリカ女王陛下。戦後、アルデマグラ公国とジバジデオ王国にはあまり良い関係ではなくなり、私も気軽に会いに行ける立場ではないため、このようなご挨拶をお許しください。
 私、ヤーコフ・クエンカはこのたび子を授かりました。綺麗な紫紺の瞳をした女の子です。名をルクレシアとし、妻であるヨランデと共に幸せな家庭を築けるようになりました。





 その後は何気ない日常の手紙が綴られていました。

「ここに記されているルクレシアという少女は私のことで間違いありませんか?」

「……そうでごぜぇますね。偶然名前が一致しただけかもと思いもしたでごぜぇますし、瞳の色も違うでごぜぇます」

「手紙は十六年前のものでごぜぇます」

「私が産まれたのも十六年前ね」

「だったらなおさらでごぜぇますよ。同じ年にヨランデ・ファンデル・ベッケンシュタインが、自分の兄の娘と同じ名前を自分の娘につけると思うでごぜぇますか?」

「…………それもそうね」

 手紙にはヨランデ叔母様のことも紹介されています。まぎれもなくお父様。いえ、私が今までお父様と信じていた方の妹で間違いないでしょう。そして私の本当の母親。

「次の手紙もあるでごぜぇます」

「それを言いなさいよ」

「そちらの手紙は挨拶程度でごぜぇましたので保管しとくだけで問題ないと思ったでごぜぇますが、もう一通は穏やかな内容ではなかったのでごぜぇますよ」

 アンジェリカをジェスカに運んでもらい、皆で玉座の間の奥にある王の書斎に入れて頂きました。

 しばらくして錠前で開けられないようにされている引き出しの前までやってきました。

「そこの鍵を…………いや、面倒でごぜぇますね」

 アンジェリカは錠前をぶっ壊して引き出しを開けます。鍵いらないじゃない。てゆうか、全然元気じゃない。もう完治した?

「これでごぜぇますよ。ルクレシア。これを読むということは、おめぇ自身の人生全部ひっくり返すことになるでごぜぇます」

 アンジェリカから渡された手紙。差出人の名前はヤーコフのみ。ヨランデ叔母様……まだ叔母様にしておきましょう。とにかくヤーコフの名前だけみたいですね。

 手紙の内容を要約しますと、叔母様の死から綴られていました。父ヘモニモがグレイ様と年の近い美しい娘を欲し、自分の妹を殺したそうです。そして私の親になった。

 ヤーコフはそれでも自分の娘、ルクレシアを生涯護り続けることを誓い、傍に使えることにしたそうです。

 ここからは、本当の両親をお父様お母様とお呼びしましょうか。

 お父様は、ヘロニモの行いをすべて綴っていました。ユディタお義母様から生まれたことにするため、私の目に何度も投薬し、瞳の色を変色させました。

 幸い、私は失明することはありませんでしたが、その時からバランス感覚や遠近感覚を失い、よく転ぶようになったそうです。

 何度も転んでいるうちに手もダメージを受け、いつしかものもまともに握れない時期があったそうでした。

 そして違和感のない桜色の瞳になった私をヘロニモは、我が娘と公表したそうです。なんて悍ましい。

「許せないわ。許せない。でも、今は時じゃないわ。デークルーガ帝国とユリエの件を片付けないといけません。我々がこの事実に気付いたと言うことは他言無用よ? いいわね?」

 この場には私とグレイ様、エレナにエミリアさん。ヨハンネスにメルヒオール様。エリオットお兄様とオルガお義姉様。ジェスカにマリアとオーロフにバルトローメス。ちょっと多いわね。あとアンジェリカ女王もいらっしゃいます。

 全員が頷いてくれました。そしてお兄様が私に一歩近づきます。

「ルクレシア。……知らなかった。……でも俺は今でも……お前の兄でいたい」

「これでもヘロニモの養子だからお兄様はお兄様に決まっているでしょ? 何を馬鹿なことを」

「ありがとう」

「じゃあ、僕もお義姉様だね?」

「当然です」

 そういいますと、お義姉様がお兄様ごと私のことを思いっきり抱きしめました。

 例え私が、本物の妹じゃないと知ってもお兄様もお義姉様も家族と認めてくれている。グレイ様達も一緒にいてくださります。

「さあユリエ含めて全部片づけましょう!」

 すべてを片付けた時、私は今の気持ちを彼に伝えましょう。いつの間にかすべての枷が取れたと感じた時。私は自分の本心に気が付いてしまいました。

 この秘めた思いは、まぎれもなく本物の私なのだから。作られたものなんかじゃない。私自身の地位も瞳も色も偽物だったけど、私の気持ちと私の周りにいる人々は決して偽物なんかじゃない。

「私はポンコツなんかじゃない」

 私のポンコツは、作られたものでした。ですが返上することはできないでしょう。だからせめてヘロニモと関係者には罪を償ってもらう必要があります。


--第3章 ポンコツしかできないこと Fin
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