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終章 有史以前から人々が紡いできたこと

2話 公爵令嬢であり続けること

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 すべての兵たちの出兵歴から旅行歴。出身を洗い出し、アンジェリカ協力のもと、王宮内の方々も調査したところ。

 ユリエのすぐそばで働いていた経験がある者が実に十三人も発覚。うち、アルデマグラ公国の騎士団は二名ほどでした。

「なんて情報網。でもまだ天啓の正体が掴める気がしません」

「いやぁ驚いたね」

 騎士たちの素性調査の為、グレイ様にも事情をお伝えしましたが、声の調子から察することはできませんが、あまり穏やかじゃない雰囲気。

「おそらくいらっしゃいますよね。公国の王宮や、もしかしたら我が家の使用人にも……なんて女なのかしら」

「まちがいなくいるでごぜぇますね」

 アンジェリカが、大剣を杖のように使いこちらに近づいてきました。日常でもその大剣を持ち歩く様子は見慣れこそしますが、正直恐怖の象徴でしかありませんね。

 マリアとヨハンネスは扉の前で警備。エミリアさんは無意識に窓の外にいらっしゃいましたので、あまり必要ないかと思いましが窓の外の警備も万全。

 ここ、王宮の最上階ですけどね。

 さすがのアンジェリカも、エミリアさんを見た時はぎょっとした表情をしていましたが、深く考えていない様子。化け物同士は通じ合うのね。

「これから先の行動が読まれているでごぜぇますなら正面突破しかねぇでごぜぇますね」

「あなたじゃないんだから無理よ」

 もしこの化け物女王がいれば一騎当千なのでしょうけど、そもそも負傷させる原因を作った私たちが連れだすわけにはいきませんし、一応一国の王なのよね。

「武者修行も悪くねぇでございます。うちの馬鹿孫をお貸ししましょう」

「え? あのエディータとかいう卑怯者?」

 いらない。確かに味方になってくださるなら戦力にはなるのでしょうけど、はっきり言っていらない。邪魔。もっと猿園でおさるさんしていて欲しい。

「あれで実力はお前らの総戦力並みでごぜぇますし、お前の傍にいれば、あのバカも一人前になる気がするでごぜぇますよ」

 うーむ。でも、殺そうとしてきた上に、自分の祖母に躊躇なく矢を放つような方はちょっと嫌なのよね。

「ルー。女王の意見を聞こう。なりふり構っている場合じゃないだろう? それにジェスカ君がいなくなった今。情報筒抜けの僕らには少しでも戦力が必要になる」

「そうね。わかったわアンジェリカ。エディータにあってくるわね」

 王宮の中庭まで向かい、ヨハンネスとマリアが一定の距離を保ちながら護衛。おそらく遠方の壁に見える赤い毛のあれはエミリアさん。

 隣りを歩くグレイ様も、既にエミリアさんの奇行を気にしていない様子。変人達め。

「グレイ様。あの女いうこと聞くかしら?」

「女王をいきなり襲うくらいだからね。制御は難しいんじゃないかな? ま、慌てふためくルーが見たいから女王の案は受けたけど」

「はぁ?」

 ブチギレ寸前の私に対して、その表情も最高だよと耳元で囁くグレイ様。私の顔はあなたのオモチャじゃありませんけど、お役に立てて光栄です。やっぱり、殴らせてください。

 握り拳を掲げるもなお、どんどん可愛くなるねと声をかけてくるグレイ様。どういう脳みそをしていらっしゃるのかしら。

 軽く一発拳を振りかざすものの、あっさり腕を掴まれて止められてしまいます。

 その後、しばらく私の腕を握りしめる力を強くしたり弱くしたりしながら、しばらくお互いを見つめ合いました。

 ふふん。その程度で慌てふためくルクレシアではありませんよ。

「あれ? 嫌がらないんだね」

「え? 別に何も嫌ではありませんが? グレイ様に触られているだけですよね?」

 何かおかしな発言をしてしまったのでしょうか?

 グレイ様のお顔が完全に紅い。何故ここまで紅潮されているのか、察してしまいこちらも段々熱くなってきました。

 それに気付いたグレイ様は、より顔を紅くし、黙って私のことを抱きしめました。

「ああ、もう本当に可愛いなルー!」

「へ? 何を当たり前のことを……あと、私達これからエディータのところに向かう途中であってこのようなことをするのは後にしてください」

 私がそういいますと、グレイ様はゆっくりと離れてくださりましたが、小さな声で確かに聴いたよと言われてしまいました。

「?」

 なんのことかいまいちよくわかりませんが、猿園の鉄柵が見えます。そして隅には丸まっているエディータの姿。

「エディータ! バナナよ!」

「さすがに怒りますよ?」

 さすがにって、あなたどうせ元から短気でしょ?

 バナナを投げ渡し、それをしっかりキャッチするエディータ。ただし、投げ返された上に、グレイ様が私の肩をがっちりホールド。

 バナナは私の顔面にクリーンヒット!

「何をするのですか」

「この方がルーが怒るかなって」

 奇行王子め。夜な夜な眠りについたあなたのお顔にバナナを投げつけてさしあげますから期待していなさい。

「おかしな人たちですね。笑いに来たのですか?」

「違うわ。あなたを勧誘しにきました。一緒にデークルーガ帝国に行って戦ってくださりませんか?」

「……私にメリットがありません」

「ええ、そうよ。だから来なさい」

「なんて女。王族ですよ?」

「そうね! でも私は公爵令嬢! 偏見通りのワガママなの! 王族だって関係ありません。ね? グレイ様!」

「まあそうだね」

 私の暴論まがいの発言に対し、エディータはあきれた様子でしたが、不思議と表情は柔らかく、その目は初対面の時に感じなかったものを感じました。

「どうかしら? 私と一緒に外に出て、今度こそ真の強さを学び女王に挑むというのは?」

「あなたから学ぶ? ふふっ。何もなさそうですが、そうですね。退屈しさなそうですし、おばあ様に挑むにはここから出る必要がありますね」

 そういったエディータの言葉を聞き、ひとまず信用することにし、開錠。

「いきなり襲ってきませんよね?」

「あなた方を殺す理由がありませんので。あの時はほら、不意打ちの目撃者でしたがもう関係ありません」

 それもそうよね。念のためマリアとヨハンネスも傍に来ていますが、エディータが何かをする気配はありません。

「そう警戒しないでください。あなた方では
私に勝てませんが、さすがに不快です」

 エディータの言うことは本当のことなのでしょう。アンジェリカが認める化け物。きっとその気になればこんな牢も破っていたのでしょう。さすがに無理よね。

 でもアンジェリカが破ったところはすぐに修復されましたが、あそこはきっと脆い。エディータなら壊してしまうのでしょう。

「それに不意打ちでも勝てないという驚愕の事実に震えているところですので、少し王宮から離れたいです」

 どうやら自らの祖母がトラウマになっている様子です。でしたら問題ありませんね。問題ないのかしら?

「行きましょうエディータ。あなたは常識人枠から飛び出ないでくださいね」

「はい?」

 この時のエディータは、私の言葉の意味が一切通じていませんでした。ですよね。ジェスカを置いていくと決めた今、あなたがツッコミです。

 でもちょっと不安です。だってジバジデオ王国の方ですもの。ですがやり遂げましょう。今までだって国内でやってきたじゃない。異文化交流。

 そしてみんなで出発準備を進めていく中、私は彼女の様子が気になって仕方ありませんでした。

 なんとなく事情が詳しいのではないかと思い、私はヨハンネスをこっそりと呼び出しました。

「ダンゴムシ。ダンゴムシ」

「何でしょうかお嬢様」

 ダンゴムシに抵抗なさすぎではなくて?

 貴方がお嫌でないのでしたら気にしませんが。この愛称はもっとその嫌そうな顔をしてもいいのよ。その、嬉しそうにされると、どうリアクションしていいのかわからないじゃない。

「ジェスカのところにずっといた貴方にお聞きしたいのですが」

「え? ちょっとそれは訂正しても良いですか? そんなにいませんよ」

「今はそんなことどうでも良いのです。それより、日に何度も訪問している方はあなた以外にいらっしゃるのかしら?」

「そういえばエレナさんが通り過ぎるたびにいらっしゃいましたよ?」

「そう」

 やっぱりそうでしたか。薄々気付いていたのです。エレナはここ最近。

 それにジバジデオ王国に入る前に合流した際もジェスカ経由。いつの間にこんなに仲良くなったのかしら。聞いていませんよ?

「ありがとう。エレナを呼んできてちょうだい」

「わかりました。あのお嬢様。もしかして」

「ええ。貴方の考えている通りになるわ」

 私はエレナを待っている間、窓の外に目を移します。出発は夜中。王宮内には明日と報告してありますが、ユリエのことだからこの程度の小細工じゃ通用しないのですよね。

 気がつけば夕暮れ。赤い空には何度か見た血の色を思い出します。

 でもそうですね。ここまで視界一面が赤くなったのは、お父様が全力で私を護ってくださった時だけですね。

 急に痛みだした胸を抑え、ノックの音に振り替えり、声をかけますとエレナが入室してきました。

「エレナ。あのね……あなたも少しだけ休暇をさしあげます。前回とは違い置いていく訳ではありません。ただ私の帰るべき場所を護っていて欲しいのです」

「ったくよぉ。急に呼び出されたと思えばこれだ。どうしたルクレシア。私はもういらないってか?」

 エレナは私といる時だけ出てくる人格になり私と話します。思えば昔はほとんど二人きりでしたから、ほぼ毎日そちらのエレナとも顔を合わせていましたね。

「必要よ。バカなこと言うわね! 必要でも、必要だとしても! あなたジェスカのことが好きなんじゃなくて?」

「……あ? いやいや、違う違う! そうじゃねえ。えっと……」

 エレナにしては珍しい動揺の仕方。

「ではジェスカのところにはもう行く必要はありませんよ。私に付いて来てください」

 エレナはなんだかもじもじとしてる様子。本当に可愛い人。

「ルクレシア。お前ちょっと意地悪になったな」

「平民の娘ですから」

「誇らしげに。わかったわかった。本当のこと話す。確かにあの黒髪のことが好きだ。悪いか。だからルクレシアの言おうとしていることがわかる。大丈夫だ。黒髪と一緒に待っててやるよ」

 エレナの表情はなんだかまだ引っ掛かりのある感じがしましたが、彼女にとって私よりジェスカを優先することで、自らのプライドが許さないのでしょう。

 それでも、好きだと気付いたなら傍から離れるだなんてよくありません。

 私には彼女が必要ですが、それ以上にエレナの幸せだって願っています。頑張ってくださいエレナ。

「あとなルクレシア。お前は養子だろうがなんだろうが、私が仕える公爵令嬢だ。やめるときは一定の身分は持っとけよ。私が仕えられなくなるだろ?」

「そうね、少なくともあと百日は公爵令嬢よ」

 全く、あなたって人はどこまで私についていくつもりなのかしら?

 エレナのためにも残り僅かな時間。可能な限り公爵令嬢でい続けましょう。

 ですが、私は騎士の娘であることに何よりも誇りを感じているのです。
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