【本編完結】完璧アルファの寮長が、僕に本気でパートナー申請なんてするわけない

中村梅雨(ナカムラツユ)

文字の大きさ
23 / 42
後編ークリスマス演習編ー

第二十二話

しおりを挟む


「あの人形は、本来この通路にあったのが船が揺れて落ちてしまったので、救助対象外になった。教官に言われて注意書きを貼りに来た。無茶をするな」 

声の主ーーアーサー・ケインは早口にそれだけ言うと、向かい合ったまま硬直しているリースとネイサンの横を無言で通り過ぎ、手元に持っていた紙を端の手すりに手際よく貼り付けた。そしてコツコツと整った足音と共に、再び入口の方へと消えていった。
 息の詰まるような数秒が過ぎ去り、リースとネイサンは思わず顔を見合わせた。

「……なあ、お前寮長と付き合ってるの?」
「はあ?……そんなわけないだろ」
「いやいや、目めっちゃ怖かったし。殺されるかと思った」

 確かに、今のアーサーは怖かった。最後に聞いた声よりーーずっと低くて、冷たい目をしていたような気がする。リースの胸に不穏なざわめきが走った。

 --なんでそんな顔するんだよ。

 ただ無茶を咎められただけだ--そう思いたいのに、どうしてもそれ以上の何かを含んでいる気がしてならなかった。あの日の処理室が、一気に頭に蘇る。あの妙に優しい声。何か愛しいものでも見るかのような表情ーー。
 
「俺、ただでさえ目つけられてんだよな。寮規破りまくってるから」

少しシワになった制服をパンパンと払いながら、ネイサンが参ったように言う。

「ごめん、僕が無茶したせいで……」
「そうだな。お前は一人で無茶しすぎ」

おでこをツンと突つかれて、素直によろめいた。確かにネイサンにちょっと苛立ったからって、一人で突っ走りすぎてしまった。反論の余地もない。もう一度丁寧に謝って、二人は機関区を後にした。



 
 午後の探索訓練は結局、ドレイク寮の勝利に終わった。例年こういう探索や体力勝負の種目は、彼らに軍配が上がることが多いらしい。

「俺らのも、見つけたってだけでも点数入れてくりゃ良かったのにな」
「いや、あんな無茶しちゃったんだから……減点されてもおかしくないくらいだよ」
「いやーでもよ。落ちてなかったら俺らが取ってたわけじゃん」

ネイサンが不満げにそんなことをぼやいていた時、わらわらと散っていく人混みの中からジュリアンとレオンの二人が手を振って駆け寄ってきた。

「お疲れ。俺ら人形、見ることもできなかったよ。お前らは?」

そう言って肩を落とすレオンに、ネイサンはニヤリと笑った。
 
「俺らは見つけたんだけど、取れなかった。邪魔が入ったぜ」

余計なことを。その妙な含みのあるネイサンのセリフに、レオンが眉を顰める。
 
「邪魔って?」

まんまと食いついたレオンに、ネイサンは楽しそうにさらに口角を上げた。全く、碌でもないことを考えているに違いない。
 
「気になるだろ?あとで教えてやるよ」
「ちょっと、何言う気だよ」

リースがため息混じりにそう言うと、ネイサンは悪戯っ子のように笑ってレオンの肩を叩き、二人でどこかへ消えていった。

「大丈夫だった?ネイサンと二人で」

その背中を見送ったところで、心配そうな声色で話しかけてきたのはジュリアンだった。
 
「うん、まあ……。確かにモラルは低いけど、悪い奴ではない……のかな」
「ほんと?絶対リースとは合わないだろうなと思って心配してたんだけど。ネイサンの最後のアレ、何?何かあっただろ」
「や、別に……。大したことじゃないよ。どうせ後で、ベラベラ言うだろうし……」

そう言うと、ジュリアンはやや怪訝な表情を浮かべてしばらくリースを見つめていた。だがリースが口を割らないと見るや否や、ポンと肩を叩いて「ご飯食べに行こう」と艦内の方へと歩き出した。

 ジュリアンは、本当にいい奴だと思う。勘が鋭い奴だから色々考えている所もあるのだろうし、取り留めもないことなら素直に指摘してくることも多い。だが、本当にリースが触れて欲しくない場所には、絶対に踏み込んでこない。それに申し訳なさを感じていない訳ではないけれど、実際ジュリアンからしても相談されても困ることばかりだろうーーと思うから、なかなか勇気を出して言う気にもなれないのだ。
 リースは内心ごめんと謝りながら、ジュリアンの後を追った。

 夕食のあと順番にぬるくて水圧の弱いシャワーを浴びると、あっという間に就寝の時間が近づいていた。四人に割り当てられたのは狭い居住区の一角、二段ベッドが二つ並ぶ部屋だ。
 やっと四人が部屋に揃った、就寝一時間前。左側下段にドカンと座ったネイサンが、待ってましたとばかりに口を開いた。

「聞きたいだろ?今日の話。なあ、リース、言っていい?」
「別に……。そんなもったいぶるほど、大したことじゃないってば」
「おい、なんなんだよお前ら。早く言えよ」
 
 ネイサンの隣に座るレオンが、痺れを切らしたように膝を叩いた。
 リースはため息をついた。まあ、適当に喋らせておけばいい。こんなことを頑なに拒否して、雰囲気を悪くするよりは。
 そう思って、どうぞ、とジェスチャーをすると、ネイサンは嬉々として今日の出来事を話しはじめた。

「な?だからさあ。俺は絶対寮長はリースに気があると思うんだよ」

 興奮気味にそう言うネイサンに、レオンは期待はずれだとばかりに首を振った。
 
「なんだ、そんなことかよ。そりゃそうだろ、あの寮長がパートナー申請なんかする時点でそうに決まってる。てか付き合ってるんじゃねえの?」
「本当に、そんなんじゃないよ」
「えー、ホントかよ」

 付き合うとか気があるとか、リースにはどうしたって遠い世界の話なのだ。たとえ、処理のあの瞬間に、とてつもない衝動が襲ってきたのは事実だとしてもーーそれ以上の意味なんてないと、たとえそうだとしてもどう考えても野暮なものだと、この二週間しっかりと自分に言い聞かせてきた。
そして、それを彼らに分かってほしいなんて思わない。それぞれ全く見えている世界が違うのだから、お互いに分かり合えるはずもない--それを分かっているから、これまでずっと距離を置いてきた。だから別に、アーサーとの関係をみんなにどう思われていても、どうだっていい話なのだ。自分自身でしっかりと線を引いて、道を踏み外さずにさえいれば。
 いつの間にか話は、レオンと彼のパートナーについての話に変わっていた。いつから付き合ってるとか、どんなところが好きだとか。あまりに遠い世界の話。リースはぼんやりと彼の話を聞きながら、このままこの話題が終わればいいと思っていた。

「パートナーになって、それ以上進まないとか不可能だろ」
 
 それなのに、レオンがそう言った瞬間、不意に目頭が熱くなってしまった。
 この二週間必死に押し殺してきた『可能性』が、再び一気に脳内を駆け巡る。

「リースはさ、マジでないの?」

 よりにもよって今、急に話がリースに戻ってきて、僅かに肩が揺れてしまった。三人に涙の気配を悟られないよう、必死に喉を締める。
 
「ほんとに……ないよ」
「マジで?なんでだよ、超優良物件じゃん。番になればいいのに」
「いや、だからーー」

もう一度小さく息を吸い込んで、軽く笑って否定しようとした。きっとこれから先も、何度もしなければならないことだ。それでみんなが納得するかどうかなんてどうでもいい。ただ、雰囲気を悪くさえしなければ。
だがその時、これまでじっと黙って話を聞いていたジュリアンが突然、話を遮るように立ち上がった。驚いて思わず彼を見上げると、ジュリアンは明るく屈託のない笑顔を浮かべて、リースの肩をポンと叩いた。
 
「リースは艦隊志望だから。なっ?」

 その瞬間、途端に空気がしんと静まりかえった。船がぐらりと波に揺れる。リースはしばらく、ジュリアンから目が離せずにいた。
 
 --なんでお前が。
 
 分かってくれているなんて思っていなかった。そんなこと、期待もしていなかった。オメガ以外の間では--とりわけベータになど、あまりにも関係のない話なのだから。
 しばらくしてレオンがハッとしたような顔をして、ネイサンを小さく小突く。

「……そうか、そうだよな。ごめん……」

 レオンに数秒遅れて、やっと意味を理解したのだろう。弱々しく謝ってくるネイサンに、慌てて首を振る。別に謝って欲しいわけじゃない、本当に。

「いや、別に、みんなには関係ない話だし……」

 知らなくて当然だ。本当に、そう思っている。それなのに。

「ちょっと、甲板に忘れ物したのを思い出したんだ。リース、一緒に来てくれよ」

 それなのに、どうしてこんなに泣きたいくらいに嬉しいと思ってしまうんだろう。手を引かれる。抵抗なんてできなかった。リースの手を掴むその手が、どうしようもなく煌めいて見えた。
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

結婚初夜に相手が舌打ちして寝室出て行こうとした

BL
十数年間続いた王国と帝国の戦争の終結と和平の形として、元敵国の皇帝と結婚することになったカイル。 実家にはもう帰ってくるなと言われるし、結婚相手は心底嫌そうに舌打ちしてくるし、マジ最悪ってところから始まる話。 オメガバースでオメガの立場が低い世界 こんなあらすじとタイトルですが、主人公が可哀そうって感じは全然ないです 強くたくましくメンタルがオリハルコンな主人公です 主人公は耐える我慢する許す許容するということがあんまり出来ない人間です 倫理観もちょっと薄いです というか、他人の事を自分と同じ人間だと思ってない部分があります ※この主人公は受けです

転化オメガの優等生はアルファの頂点に組み敷かれる

さち喜
BL
優等生・聖利(ひじり)と校則破りの常習犯・來(らい)は、ともに優秀なアルファ。 ライバルとして競い合ってきたふたりは、高等部寮でルームメイトに。 來を意識してしまう聖利は、あるとき自分の身体に妙な変化を感じる。 すると、來が獣のように押し倒してきて……。 「その顔、煽ってんだろ? 俺を」 アルファからオメガに転化してしまった聖利と、過保護に執着する來の焦れ恋物語。 ※性描写がありますので、苦手な方はご注意ください。 ※2021年に他サイトで連載した作品です。ラストに番外編を加筆予定です。 ☆登場人物☆ 楠見野聖利(くすみのひじり) 高校一年、175センチ、黒髪の美少年アルファ。 中等部から学年トップの秀才。 來に好意があるが、叶わぬ気持ちだと諦めている。 ある日、バース性が転化しアルファからオメガになってしまう。 海瀬來(かいせらい) 高校一年、185センチ、端正な顔立ちのアルファ。 聖利のライバルで、身体能力は聖利より上。 海瀬グループの御曹司。さらに成績優秀なため、多少素行が悪くても教師も生徒も手出しできない。 聖利のオメガ転化を前にして自身を抑えきれず……。

平凡なぼくが男子校でイケメンたちに囲まれています

七瀬
BL
あらすじ 春の空の下、名門私立蒼嶺(そうれい)学園に入学した柊凛音(ひいらぎ りおん)。全寮制男子校という新しい環境で、彼の無自覚な美しさと天然な魅力が、周囲の男たちを次々と虜にしていく——。 政治家や実業家の子息が通う格式高い学園で、凛音は完璧な兄・蒼真(そうま)への憧れを胸に、新たな青春を歩み始める。しかし、彼の純粋で愛らしい存在は、学園の秩序を静かに揺るがしていく。 **** 初投稿なので優しい目で見守ってくださると助かります‼️ご指摘などございましたら、気軽にコメントよろしくお願いしますm(_ _)m

【BL】『Ωである俺』に居場所をくれたのは、貴男が初めてのひとでした

圭琴子
BL
 この世界は、αとβとΩで出来てる。  生まれながらにエリートのαや、人口の大多数を占める『普通』のβにはさして意識するほどの事でもないだろうけど、俺たちΩにとっては、この世界はけして優しくはなかった。  今日も寝坊した。二学期の初め、転校初日だったけど、ワクワクもドキドキも、期待に胸を膨らませる事もない。何故なら、高校三年生にして、もう七度目の転校だったから。    βの両親から生まれてしまったΩの一人息子の行く末を心配して、若かった父さんと母さんは、一つの罪を犯した。  小学校に入る時に義務付けられている血液検査日に、俺の血液と父さんの血液をすり替えるという罪を。  従って俺は戸籍上、β籍になっている。  あとは、一度吐(つ)いてしまった嘘がバレないよう、嘘を上塗りするばかりだった。  俺がΩとバレそうになる度に転校を繰り返し、流れ流れていつの間にか、東京の一大エスカレーター式私立校、小鳥遊(たかなし)学園に通う事になっていた。  今まで、俺に『好き』と言った連中は、みんなΩの発情期に当てられた奴らばかりだった。  だから『好き』と言われて、ピンときたことはない。  だけど。優しいキスに、心が動いて、いつの間にかそのひとを『好き』になっていた。  学園の事実上のトップで、生まれた時から許嫁が居て、俺のことを遊びだと言い切るあいつを。  どんなに酷いことをされても、一度愛したあのひとを、忘れることは出来なかった。  『Ωである俺』に居場所をくれたのは、貴男が初めてのひとだったから。

起きたらオメガバースの世界になっていました

さくら優
BL
眞野新はテレビのニュースを見て驚愕する。当たり前のように報道される同性同士の芸能人の結婚。飛び交うα、Ωといった言葉。どうして、なんで急にオメガバースの世界になってしまったのか。 しかもその夜、誘われていた合コンに行くと、そこにいたのは女の子ではなくイケメンαのグループで――。

セカンドライフ!

みなみ ゆうき
BL
主人公 光希《みつき》(高1)は恵まれた容姿で常に女の子に囲まれる生活を送っていた。 来るもの拒まず去るもの追わずというスタンスでリア充を満喫しているつもりだったのだが、 ある日、それまで自分で認識していた自分というものが全て崩れ去る出来事が。 全てに嫌気がさし、引きこもりになろうと考えた光希だったが、あえなく断念。 従兄弟が理事長を務める山奥の全寮制男子校で今までの自分を全て捨て、修行僧のような生活を送ることを決意する。 下半身ゆるめ、気紛れ、自己中、ちょっとナルシストな主人公が今までと全く違う自分になって地味で真面目なセカンドライフを送ろうと奮闘するが、色んな意味で目を付けられトラブルになっていく話。 2019/7/26 本編完結。 番外編も投入予定。 ムーンライトノベルズ様にも同時投稿。

転生先は、BLゲームの世界ですか?

鬼塚ベジータ
BL
ティト・ロタリオは前世の記憶を思い出した。そしてこの世界がBLゲームの世界であることを知る。 ティトは幸せになりたかった。前世では家族もなく、恋愛をしても、好きな人に好きになってもらったこともない。だからこそティトは今世では幸せになりたくて、早く物語を終わらせることを決意する。 そんな中、ティトはすでに自身が「悪役令息に階段から突き落とされた」という状況であると知り、物語の違和感を覚えた。 このシナリオは、どこかおかしい。 というところから始まる、ティトが幸せになるまでの、少しだけ悲しいお話。 ※第25回角川ルビー小説大賞最終選考作品です

病み墜ちした騎士を救う方法

無月陸兎
BL
目が覚めたら、友人が作ったゲームの“ハズレ神子”になっていた。 死亡フラグを回避しようと動くも、思うようにいかず、最終的には原作ルートから離脱。 死んだことにして田舎でのんびりスローライフを送っていた俺のもとに、ある噂が届く。 どうやら、かつてのバディだった騎士の様子が、どうもおかしいとか……? ※欠損表現有。本編が始まるのは実質中盤頃です

処理中です...