侍女と令嬢、入れ替わってみました

天然爛漫

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5.エリオ様への気持ち

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 その日、侍女の仕事を終え、自室のベッドに項垂れるように、枕に顔を埋めた。
 明後日で、もうお嬢様との入れ替わりが終わると思っての安堵からのか、何故だか疲労がどっと訪れたように身体が言うことを聞かない。

「次で終わるんだ。」とベッドに仰向けになり、天井に向かって言葉に出していた。
 入れ替わりでお嬢様として会っていたエリオ様のことが、次々と頭の中を駆け巡る。

 入れ替わった時の夜会やお茶会には必ずエリオ様もおり、声を掛けてくれた。ダンスにも誘って頂き、楽しい一時を過ごした。いつも、優しい笑顔を見せてくれていた。今思えば、お嬢様には大変申し訳なく思う。エリオ様との大切な日々を奪ったようなものだ。

告白の言葉。
『貴方に婚約を申し込みたい。貴方に私だけを見てほしい。そして、私は、貴方だけを見ることを誓おう。』

ダンスの最中の甘い言葉。
『私の横で咲いて欲しい花は貴方だけですよ。』

夜会での気にかけてくれた一言。
『大丈夫ですよ。仕事の疲れも貴方の笑顔で癒されましたから。』

さりげない褒め言葉。
『はい。それにしても普段のあなたもまた可愛らしい。』

手作り菓子を褒めてくれた言葉。
『美味しいですね。』


 掛けてくれた声は魔法のように素敵に私を彩ってくれた。いつの間にか、入れ替わりが楽しみだった。

 明日、エリオ様は伯爵様に正式に婚約の申し込みをするのだろうか。もう、あの笑顔が自分に向かないのだと思うと、涙が頬を伝っていた。でも、彼が掛けた言葉も笑顔を向けていたのも、私ではなく、お嬢様に向けてのものだ。

「あぁ、判っていたのになぁ。」
 判っていた。自分が彼に惹かれており、好きになっていたことを。でも、その気持ちに蓋をしていた。何度、本当のことを言おうと思ったか。彼にだけ正直に話せば、入れ替わりのことも許してもらえただろう。お嬢様への気持ちも揺らぐことはなかったとも思う。

 でも、話せなかった。こんな関係でも幸せだと思ってしまっていたから。どのみち、私は平民で侯爵嫡男である彼と結ばれることなんてありえないのだから。報われることなんてないのに、一時的にでも夢を見ていられたらという、そんな厚かましくも浅ましいことを考えていた。

 お嬢様が羨ましい、妬ましいと思ったこともあった。同時にお嬢様には幸せになってもらいたいという矛盾した気持ちもある。
 お嬢様の侍女だから、今まで楽しみながらもいろいろと学ぶこともできたのだから。本当に姉妹のようにも、友人のようにも接してくれたお嬢様だからこそ、僅かにお嬢様に幸せになって欲しいという気持ちが勝っていたのだろう。

 お嬢様が婚姻を結んだら、田舎に帰ろう。伯爵様にもお世話にはなったし、娘のようにも優しくしてくれたが、お嬢様がいないのに留まるのも、寂しい気がする。お嬢様ならもしかしたら、侯爵家にそのまま連れて行ってくれるかもしれないが、意識してしまったエリオ様に毎日会うのも辛い。

 お金も貯まったし、田舎で私でもできる仕事を探そう。他の貴族の侍女だと御二人に万が一でも会うと気まずい。今まで侍女で身に着けた能力があれば、十分にやっていけるだろう。

「うん、そうしよう。」
 少し気持ちもすっきりした気もする。明日で最後なんだから、お嬢様の為に良い所を見せて、気持ちを吹っ切ろう。うん、大丈夫だ。



 翌日は、お嬢様と孤児院に行き、子供達に字を教えて、持って行ったクッキーを一緒に食べた。
 帰宅した際に屋敷の前に侯爵家の馬車が止まっていた。この時間だったのかと。会わないようにしないとここで万が一にでも露見したら、今までの苦労と思いが崩れるような気がした。

 屋敷に戻ると、執事から侯爵家のエリオ様が来ているからお茶を出すように指示された。
 言われた瞬間、身体が固まった。何も私に言わなくても。思わずお嬢様を見る。

「セバス、アリーは今私の付き合いで疲れているのだけど、他のメイドにお願いできないかしら。」
「すいません。今、皆買い出し等で出払っていて、私が出そうとしていましたが、私よりもアリーリアの方がよいかと。」
「セバス様、判りました。私が用意します。」

 仕方がない。流石に執事に出してもらうのも伯爵家としての体面にも関わる。使用人の質や人数を疑われてしまう。伯爵様に恥をかかせるわけにはいかない。さっと、お茶を出し、ささっと下がれば化粧もしていないし、判らないはず。


 お茶の準備をし、伯爵様の執務室を軽くノックしようとした。

『チャンジャー伯爵、私もシャリー嬢も本気です。それをここ一年確かめてきました。』
『二人の気持ちは判った。』

 執務室の中から二人の声が聞こえた。何も考えらず、お茶をださなければという気持ちだけだった。ドアをノックして声を掛けた。

「お茶をお持ち致しました。」
「あぁ、いや、もう帰るそうなので不要だ。」
「承知いたしました。失礼致します。」

 頭の中が真っ白で、ちゃんと受け答えできたのか判らず、そのままお茶を下げていた。執事にもう帰るので、お茶は不要になりましたと告げた。

 そこまでが精一杯だった。一旦部屋に戻ると、身体が重く、頭がふらふらしてベッドに倒れ込んだ。

 起きたらベッドに寝ていた。いつの間にか、着替えていた。まだ、頭がボーっとする。でも、おでこがヒンヤリして気持ちいい。
 あれ? 今何時だろう。食事の準備しなきゃと眼を開けると、横にお嬢様が居た。

「大丈夫? まだ、熱があるみたいよ。」
「すいません。今何時でしょうか。」
「今、朝の十時頃かしら。」

 あれから、丸一日寝てたようだ。丸一日!? あれ? お出かけ今日じゃ。。慌てて起きようとすると、お嬢様に止められた。

「大丈夫よ。 今日は雨降っているから明日にして欲しいってエリオ様から連絡があったわ。」
「そ、そうですか。」

 エリオ様という名を聞くだけで、悲しくなってくる。一昨日の夜に吹っ切ったつもりだったのに。いつの間にか、また涙が止まらない。

「ぅえっ、えぐぅ......」

 布団を被り、我慢しても涙が溢れて、声まで漏れていた。

「もしかして、お茶を出す時に何か聞いたの?」
「ち、違うんです。 当たり前のこと、なのに、判っていたのに......」
「今はゆっくり休みなさい。ごめんね。アリー。」

 お嬢様が頭を優しく撫でてくれた。とても優しく、母親のように。そして、私はまた眠りについていた。


 昼過ぎに起きた。お嬢様は居なかったが、ありがたいことに水差しがおいてあり、一口喉を通した。どうやら熱は下がったようだ。身体を起こし、水差しの水で布を濡らし、身体を拭いて、いつもの侍女の服に着替えた。

 お嬢様に看病してくれた礼を言わないと。それと、自分の気持ちを伝えてしまおうと思った。
 自室からお嬢様の部屋に向かう途中にお嬢様が、執事に使いをお願いしている姿が見えた。お嬢様と執事がこちらを向き、声をかけてくれた。

「大丈夫かい。アリーリア。」
「大丈夫? 熱は下がったようだけど、今日は無理しないでね。」
「お気遣いありがとうございます。」
「あの、お嬢様、少しお話があるんですが。」
「判ったわ。セバス、じゃ、お願いね。」
「畏まりました。お嬢様。」


 執事のセバス様は、使いに行きました。お嬢様と二人になり、部屋に行きましょうとお嬢様の自室に向かった。

「どうしたの、アリー?」

 私は、昨日エリオ様と伯爵様が話していた言葉を伝えた。
『チャンジャー伯爵、私もシャリー嬢も本気です。それをここ一年確かめてきました。』

「......そう。」
「エリオ様からお嬢様への正式な婚約の申し込みの話を聞いてしまいました。それで私は......、自分の気持ちに気付いて、いえ、気付いていてもう諦めたつもりでいました。でも、それでも直ぐにはエリオ様への気持ちが抑えられず、取り乱しました。申し訳ありません。」

「......ごめんね。アリー。貴方の気持ちに気付いてあげられず。入れ替わりも辛かったでしょう。」
「私も夢を見て、楽しんでしまって、止められなかったんです。お嬢様の相手を好きになってしまうとは侍女失格です。私、田舎に帰ろうかと思います。」

「ちょ、ちょっと待って!侍女を辞めるつもりなの?」
「はい。エリオ様に会うのは辛いです。お嬢様が嫁げば、お嬢様付の私は不要になるでしょう? もし、伯爵様が屋敷にいることをお許しになられても、やはりお嬢様と一緒に居られないのも、遣り甲斐が無くなるかと思って。」

 お嬢様が驚きと呆れたような顔をしてこちらを見て、また困った表情をしている。表情が変わり過ぎて、何を考えているかよくわからなかった。

「す、少し落ち着いて、頼むから。」
「私は落ち着いていますよ。お嬢様の方が落ち着きがないように見えますけど。」
「いや、そうだけど! もう、貴女がこんな行動的になるとは。恋って怖いわ。」


 お嬢様は何を仰っているんだろうかと思わず、首を傾げてしまった。恋だけど、もう終わったものだし、失恋ですし。あっ、また悲しくなってきた。

「明日は、いつもの私達で行きましょう。」
「え? いいんですか?」
「アリーがそこまで、思いつめるとは思わなかったし、まだ侍女を止められては困るしね。」

 お嬢様は、やれやれと言った感じで溜息をついていますが、私は安堵で溜息をついていた。

 その後、夕食の仕度の為、部屋を出る際に目の端に見えたのは、何やらぶつぶつ言いながら悪態をついているように見えたお嬢様ですが、気のせいでしょう。
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