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第30話 異変

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 北の聖獣はいつも穏やかで優しい子だった。
 強大な力を持ちながら誰かを傷付ける事は好まず、モンスターが相手でも攻撃する所を見たことが無いほどなのだ。

「そっか、会いたいけど……北の国へは……」

「うむ、行けないであろうな」

 どの位での意思決定された結果なのかは判らないが傭兵達をけしかけて来た国が友好的に接してくれるとは思えない。

「ヴォラスかぁ……」

 寒い土地の多い国だった。いくつもの街や小国が集まって出来た多文化な国、という印象がある。
 尤も、私があの国を旅した頃から随分と時間が経っているので今の状態は解らない。

「デュシス王国を出てヴォラス共和国に引っ越すとか言わないで下さいよ」

 いきなり言われて飛び上がりそうになる。

「そんな訳……って、エーゲルさん!」

「いやいや、用事を済ませていたら遅くなりました。陛下から話は聞きました……私が護衛でも付けておくべきでした。申し訳ない」

 そう言って頭を下げるエーゲルさんに慌ててしまう。

「そんな、予想出来るような事じゃ無いですし、私だって自分の身を守る事を考えておくべきだったのに」

 貴族になる事を拒み、この場所に残る事を決めた以上は私は私の身を守るために努力をする義務があるはずだ。
 おかしな動きがあって、私の関わった事のある人間も絡んでいる以上……巻き込まれる可能性は考えられたのに。

「では、お互いに今後はもっと用心深くするという事にしましょうか。……それで、ヴォラスがどうかしたんですか?」

「あ、えと……北の聖獣が目覚めたそうで……会い……会ってみたいなぁ、って!」

「なるほど。しかし流石に国境を越えていくには危険もありますからね」

 そんなやり取りをした後、エーゲルさんと一緒に建設用の土地や今後農地にする予定の土地について馬に乗りながら地図に書き込んで回った。

「いやいや、お疲れ様でした。お嬢さんのお陰でとても仕事が捗りました」

「お役に立てたなら良かったです。それに領主様に恩を売っておけば何かあった時に自分の為になりますから」

 冗談でエーゲルさんを苦笑させていると、不意に痛みに似た感覚が走る。
 左手の甲……聖女の印がある部分が灼けるように熱い。

「うっ……なに、これ……」

「お嬢さん?」

 心配そうにこちらを見るエーゲルさんに返事を返す事も出来ない。

 (手が……熱い……それに何か……気持ち悪い……)

 立って居られずに膝をついてしまう。
 左手を抱くようにして、倒れ込む。

「お嬢さん!? 大丈夫ですか! アイリスさん!」

 呼ばれる声が遠く聴こえる。
 私はそのまま意識を失った。

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「取り敢えず集中して作った宿舎が仮とはいえ使えるようで良かったね。いつまでも天幕生活だと辛いだろうし」

「ええ。うちの団員も職人さん方もやっと落ち着いて寝られますぜ。まあ、暫くは雑魚寝のままですがね……それより、聖女様の様子はどうなんですかい?」

「……正直解らない。もうじき倒れてから丸一日経つし……様子見もそろそろ限界だ。夜になっても目を覚さなかったら私の手で城の医者のとこまで連れて行くつもりだ」

「その時は俺達の中から何人か護衛を選んで下せえや。聖女様のために何かしたいんでさぁ」

「ああ、わかったよ」

 応えつつもエーゲルは思う。
 これは病等では無いのではないかと。
 
 倒れた少女、それと同時に姿を見せなくなった聖獣。
 自分の知らない所で何かが動いている。
 そんな予感にどうしても溜息が出てしまうのであった。
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