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22.二人にしか分からないもの
ずるい、と言った一条は、すねた子供のようにふてくされた顔をして、うつむいている。
「ボクは父親がいないから、じいちゃんは一人しかいなかった。そのじいちゃんが、中学の入学式の日の朝、亡くなった」
「聞いた。明翔が起こしに行ったら、すでに亡くなってたって……」
「ボクは遠くに引っ越したばかりだった。すぐに駆けつけたかったのに、母親の彼氏が『俺が父親役してやるのに、死んだジジイのところなんか行くのか』ってごねだした。まだ一緒に暮らし始めたばかりだったし、母親は波風立てたくなかったんだろう、入学式に行くことになった。終わったらじいちゃんのところに行けると思って我慢してたら、お祝いにいいもん食わせてやるとか言い出して、結局、お通夜にもお葬式にも間に合わなかった」
最期に顔を見ることもできなかったのか……。
「じいちゃんは双子のボクたちの母親しか子供がいなかったから、よく明翔とキャッチボールしてた。『男の子と野球やるのが夢だった』って言って」
「うん」
「明翔にはパパもいた。すごくおもしろい人で、ボクも大好きだった。でも、男兄弟で育ったから、女の子にはどう接したらいいのか分からないって、ボクにはよそよそしかった。優しいんだけど、明翔とは違った」
一条がキッと顔を上げた。
「ずるいでしょ。明翔は男ってだけで、じいちゃんにもパパにもかわいがられて」
「それは……気持ちは分かるけど、明翔にはどうしようもないことだろ。明翔だっていっぱい我慢してんだよ。亜衣ちゃんのために毎日メシ作って待ってんだぞ」
「亜衣ちゃんには感謝してる。ママがDVに遭ってるって相談したら、すぐ迎えに来てくれて、明翔の家の近くにアパート借りて、ママが直接彼氏と会わずに済むようにしてくれた」
「だったら明翔にも感謝しろよ。亜衣ちゃんがママのところにいる間、明翔は一人で待ってたんだから」
「待ってないで来れば良かったんだよ。すぐ近くにいるのに、来なかったのは明翔の方だ」
……一条からすれば、そうなるのか……。本当に、二人にしか分からないものがあるもんだ。
「明翔が言ったの? 俺は一人で待ってたんだ、寂しかったんだって」
「明翔はそんなこと言わない。寂しかったなんて、一度も聞いたことねえよ」
でも……。
そうだ、きっと、明翔は寂しかった。
明翔の十二歳の誕生日までは、家には亜衣ちゃんがいて、パパがいて、近くにはじいちゃんと一条母子がいて。
だけど、誕生日にパパがいなくなり、一条たちは遠くへ引っ越し、中学の入学式の朝にはじいちゃんも……。残ったのは、自分よりも妹を優先するのが沁みついた母親だけ。
俺は、自分を孤独だと思ってた。母親のせいで親戚連中から避けられ、離婚で中里さんがいなくなり、母親は単身赴任。
でも、俺に何かあったら、中里さんだけは何をほっぽってでも駆けつけてくれるだろう。不倫が発覚した時に、交際終了を条件に中里さんは会社に残った。中里さんは、長く交際するつもりはなかったんだと思う。今も、中里さんに特定の相手はいないっぽい。
明翔には、いるんだろうか。何をおいても、自分を最優先してくれる人が……。
「明翔、呂久村の気を引きたくて必死なんだね」
「は?」
俺、そんな風に取れる言い方したかな。
「明翔はそんな打算が働くヤツじゃねえ。明翔は寂しい気持ちを隠して、一人で乗り越えようとしてる」
「ははっ。美談だね。呂久村の好感度アップに成功してる」
一条には一条の積り積もった思いがあることは、理解した。でも、いちいち明翔への言葉がとげとげしい。腹立ってきた。
「俺は関係ない。明翔は一条みたいに、自分の思いを一条にぶつけられない。一人で抱え込んで、苦しんでんだよ。なんで分かんねえの」
「関係ない? 明翔は呂久村が好きなのに?」
俺をまっすぐ見つめる一条は、本当に明翔によく似てる。
ほとんど同じ顔なのに。顔だけで一条を好きになったくせに。
「でも、明翔は男じゃん」
明翔にはどうしようもないことを、俺は言ってしまった。
「とにかく、ここへの転校だって、明翔が言い出したことなんだろ? 明翔にも一条に対していろんな気持ちがあるけど、飲み込んで一条のために」
「明翔優しい、明翔我慢強い、明翔偉い」
「そんなことが言いたいんじゃない。ちゃんと聞けって」
「明翔に同情してるの?」
また笑って、一条が俺を見上げた。
「いいかげんにしろ!」
ドン! と力いっぱい壁を殴る。そうでもしないと、怒りを一条にぶつけてしまいそう。
「一条、気付いてないのかもしれないけど、思いっきり明翔と張り合ってるよ! それも、最っ低なやり方で! 俺は明翔に同情なんかしてねえし、お前に何を言われても、俺は俺が見た明翔しか信じてねえ!」
キーンコーンカーンコーン、と授業終了のチャイムが鳴る。
「お! 良い感じに授業をサボれた!」
「は?!」
一条が軽やかに小躍りしている。
「素晴らしかったよ、呂久村! やっぱり紙面や画面よりも、ライブだね! 迫力が違う!」
「……一条?」
「君となら、ボクの理想のBLが見られそうだ!」
「……BL?!」
いつから?!
すっかり頭が混乱させられている。
待って、てことは、一条はわざと俺を怒らせて、理想のBLとやらを実演させようとしたってことなの?
冗談じゃねえわ!
そんなもんのために、人の感情をもてあそぶんじゃねえ!
「あのな、一条。これだけは言っておく」
「なに?」
一条がニコッと笑う。
うっ……。
ずるいのはお前だ。その明翔そっくりな顔で、邪心のない笑顔しやがって。
「明翔が転校を勧めたのは、一条のためだと思うから……感謝しろよ」
「感謝しているとも! こんな素晴らしい媒体に出会えた!」
「媒体ゆーな!」
教室に戻り明翔の席を見ると、明翔は西郷アンド淀橋としゃべっている。
「明翔!」
西郷と淀橋の間に割って入り、明翔の机に両手を着いた。俺の陣地。
「今、深月から話しかけたよね。離れないことにしたの?」
「離れるわけねえだろ。親友なんだから。なあ?」
西郷と淀橋がキョトンとしながら、目を合わせた。
「親友で離れるって、何?」
「だよなー。ありえねえっての」
「ふうん。ありえねえの?」
「ありえねえ!」
やっぱり、本物の笑顔は格が違う。
俺たちは、ガシッと腕と腕をぶつけ合った。
「ボクは父親がいないから、じいちゃんは一人しかいなかった。そのじいちゃんが、中学の入学式の日の朝、亡くなった」
「聞いた。明翔が起こしに行ったら、すでに亡くなってたって……」
「ボクは遠くに引っ越したばかりだった。すぐに駆けつけたかったのに、母親の彼氏が『俺が父親役してやるのに、死んだジジイのところなんか行くのか』ってごねだした。まだ一緒に暮らし始めたばかりだったし、母親は波風立てたくなかったんだろう、入学式に行くことになった。終わったらじいちゃんのところに行けると思って我慢してたら、お祝いにいいもん食わせてやるとか言い出して、結局、お通夜にもお葬式にも間に合わなかった」
最期に顔を見ることもできなかったのか……。
「じいちゃんは双子のボクたちの母親しか子供がいなかったから、よく明翔とキャッチボールしてた。『男の子と野球やるのが夢だった』って言って」
「うん」
「明翔にはパパもいた。すごくおもしろい人で、ボクも大好きだった。でも、男兄弟で育ったから、女の子にはどう接したらいいのか分からないって、ボクにはよそよそしかった。優しいんだけど、明翔とは違った」
一条がキッと顔を上げた。
「ずるいでしょ。明翔は男ってだけで、じいちゃんにもパパにもかわいがられて」
「それは……気持ちは分かるけど、明翔にはどうしようもないことだろ。明翔だっていっぱい我慢してんだよ。亜衣ちゃんのために毎日メシ作って待ってんだぞ」
「亜衣ちゃんには感謝してる。ママがDVに遭ってるって相談したら、すぐ迎えに来てくれて、明翔の家の近くにアパート借りて、ママが直接彼氏と会わずに済むようにしてくれた」
「だったら明翔にも感謝しろよ。亜衣ちゃんがママのところにいる間、明翔は一人で待ってたんだから」
「待ってないで来れば良かったんだよ。すぐ近くにいるのに、来なかったのは明翔の方だ」
……一条からすれば、そうなるのか……。本当に、二人にしか分からないものがあるもんだ。
「明翔が言ったの? 俺は一人で待ってたんだ、寂しかったんだって」
「明翔はそんなこと言わない。寂しかったなんて、一度も聞いたことねえよ」
でも……。
そうだ、きっと、明翔は寂しかった。
明翔の十二歳の誕生日までは、家には亜衣ちゃんがいて、パパがいて、近くにはじいちゃんと一条母子がいて。
だけど、誕生日にパパがいなくなり、一条たちは遠くへ引っ越し、中学の入学式の朝にはじいちゃんも……。残ったのは、自分よりも妹を優先するのが沁みついた母親だけ。
俺は、自分を孤独だと思ってた。母親のせいで親戚連中から避けられ、離婚で中里さんがいなくなり、母親は単身赴任。
でも、俺に何かあったら、中里さんだけは何をほっぽってでも駆けつけてくれるだろう。不倫が発覚した時に、交際終了を条件に中里さんは会社に残った。中里さんは、長く交際するつもりはなかったんだと思う。今も、中里さんに特定の相手はいないっぽい。
明翔には、いるんだろうか。何をおいても、自分を最優先してくれる人が……。
「明翔、呂久村の気を引きたくて必死なんだね」
「は?」
俺、そんな風に取れる言い方したかな。
「明翔はそんな打算が働くヤツじゃねえ。明翔は寂しい気持ちを隠して、一人で乗り越えようとしてる」
「ははっ。美談だね。呂久村の好感度アップに成功してる」
一条には一条の積り積もった思いがあることは、理解した。でも、いちいち明翔への言葉がとげとげしい。腹立ってきた。
「俺は関係ない。明翔は一条みたいに、自分の思いを一条にぶつけられない。一人で抱え込んで、苦しんでんだよ。なんで分かんねえの」
「関係ない? 明翔は呂久村が好きなのに?」
俺をまっすぐ見つめる一条は、本当に明翔によく似てる。
ほとんど同じ顔なのに。顔だけで一条を好きになったくせに。
「でも、明翔は男じゃん」
明翔にはどうしようもないことを、俺は言ってしまった。
「とにかく、ここへの転校だって、明翔が言い出したことなんだろ? 明翔にも一条に対していろんな気持ちがあるけど、飲み込んで一条のために」
「明翔優しい、明翔我慢強い、明翔偉い」
「そんなことが言いたいんじゃない。ちゃんと聞けって」
「明翔に同情してるの?」
また笑って、一条が俺を見上げた。
「いいかげんにしろ!」
ドン! と力いっぱい壁を殴る。そうでもしないと、怒りを一条にぶつけてしまいそう。
「一条、気付いてないのかもしれないけど、思いっきり明翔と張り合ってるよ! それも、最っ低なやり方で! 俺は明翔に同情なんかしてねえし、お前に何を言われても、俺は俺が見た明翔しか信じてねえ!」
キーンコーンカーンコーン、と授業終了のチャイムが鳴る。
「お! 良い感じに授業をサボれた!」
「は?!」
一条が軽やかに小躍りしている。
「素晴らしかったよ、呂久村! やっぱり紙面や画面よりも、ライブだね! 迫力が違う!」
「……一条?」
「君となら、ボクの理想のBLが見られそうだ!」
「……BL?!」
いつから?!
すっかり頭が混乱させられている。
待って、てことは、一条はわざと俺を怒らせて、理想のBLとやらを実演させようとしたってことなの?
冗談じゃねえわ!
そんなもんのために、人の感情をもてあそぶんじゃねえ!
「あのな、一条。これだけは言っておく」
「なに?」
一条がニコッと笑う。
うっ……。
ずるいのはお前だ。その明翔そっくりな顔で、邪心のない笑顔しやがって。
「明翔が転校を勧めたのは、一条のためだと思うから……感謝しろよ」
「感謝しているとも! こんな素晴らしい媒体に出会えた!」
「媒体ゆーな!」
教室に戻り明翔の席を見ると、明翔は西郷アンド淀橋としゃべっている。
「明翔!」
西郷と淀橋の間に割って入り、明翔の机に両手を着いた。俺の陣地。
「今、深月から話しかけたよね。離れないことにしたの?」
「離れるわけねえだろ。親友なんだから。なあ?」
西郷と淀橋がキョトンとしながら、目を合わせた。
「親友で離れるって、何?」
「だよなー。ありえねえっての」
「ふうん。ありえねえの?」
「ありえねえ!」
やっぱり、本物の笑顔は格が違う。
俺たちは、ガシッと腕と腕をぶつけ合った。
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