黒のシャンタル 第二話 「新しい嵐の中へ」<完結>

小椋夏己

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第一章 第三部 絶海の孤島

15 土産物 

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 その日の昼食前に奥様御一行はゆっくりと温泉に浸かってリフレッシュし、昼食後に荷物を積んでもらったら、もう宿を出ることにした。

「お早いお立ちで、さびしくなりますです」

 立っていると丸い体の宿の主ランマトが、本心からさびしそうに言う。 
 普段から客の少ないだろう「偉い人」用の高級な宿、次の船が着くまではもちろんのこと、次の船でもそういう上客が来るかどうかは分からない。

「まあそう言うなって、帰りにはまた寄らせてもらうよ」
「はい、ぜひとも」

 そう言ってまた腰より低く頭を下げると、なぜか平たくなってカエルのように見える。

「そんじゃ世話になった、またな」
「はい、どうぞ旅のご無事を、再会をお待ちしていたしておりますです」

 馬車は山の中の別荘のような宿を出て、ゆっくりと町に入る。

「あ、ちょっと待って、もう一軒お買い物」
「なんだあ、またかよ」

 「奥様」のお言葉に「侍女」がげんなりした風に言う。

「もう散々買っただろ、これ以上何がいるってんだよ」
「うん、ちょっとね」

 そう言って最初に入った店、トーヤがハンカチとカップを買い、その後で色々と買い込んだ店に寄ってほしいと言う。

「ちょっと降りるね」
「おい」

 トーヤが止めるが、

「奥様は気まぐれなんだよ?」

 そう言ってクスクス笑い、頭から丁寧にベールをかぶり直すと手袋をした手を差し出し、トーヤにエスコートの催促をする。

「ちっ、しゃあねえなあ」

 そう言ってシャンタルの手を取りながら、トーヤもまんざらではないような顔をして、すまして奥様を店にご案内した。

「おお、これはこれは、あ、あの、お、奥様で」
「そうだ、なんでも直々にお話になりたいことがあるそうで、お連れした」

 「直々」と言ってももちろん侍女を介してではあるが、今まで馬車の中にいてちらりと布が見えるだけだった「奥様」の姿を直接見て、店主がどぎまぎとした顔になる。良い香りがほんのりと流れてくる。

「こちらではとても良い品をいただきました。特にこの島の意匠の着いた品々、あちらで旦那様へのよいお土産になることでしょう、だそうです」
「あ、ありがとうございます」

 店主が深く深く頭を下げる。
 まるで、シャンタリオの王族や宮の主たちにでも声をかけていただいたかのような感激ぶりだ。

「それで一つお聞きしたいことが、と」
「はい、なんでございましょう?」
わたくしは先に行かれた旦那様から遅れて船に乗っているのですが、旦那様らしき方がこの店に寄られた、という事実はありませんか?とお聞きです」
「さようでございますねえ……」

 店主が首を捻って考えるが、

「奥様と同じようなお国の方がこちらにお寄りになった、という記憶はございません。申し訳ありません」

 気の毒そうに頭を下げる。

「そうですか。ではこの島に寄らずに行かれたのかも知れませんね。それではこの島の土産もきっと喜んでくださることでしょう、とおっしゃっていられます」
「はい、はい、それはもうきっと」

 店主が話の趣旨を知り、ホッとしたように満面の笑顔で答える。

「ありがとう、時間を取らせました」
「いえいえ、こちらこそ、わざわざお声をおかけいただきありがとうございます」
「え?」

 侍女が奥様の言葉に驚くような声を上げる。

「どうされました?」
「いえ、あの……」

 侍女が店主に言う。

「私に、おまえも何か気に入ったものがあるなら買うように、とのことです。もう私にもすでに色々くださっておりますのに」
「それはそれは」

 店主がますます笑顔を輝かせる。

「なんとお優しい奥様でいらっしゃるのでしょう」
「え、ええ、それはそうなのですが……」
「では、どうぞ、せっかくのお言葉に甘えてはいかがでしょう」
「え、ええ」

 侍女が伺うようにし、護衛も目で合図をする。

「では、何か少し見せていただきます。奥様はどうぞ馬車にお戻りに」

 護衛が奥様の手を取り、馬車の中へと案内した。

 侍女は自分もゆっくりと店の中を見て回る。
 土産物も扱ってはいるが、少し高級な装飾品や衣類などが本来の取扱品のようだ。

「あ……」

 侍女がふと足を止める。

 そこにあったのは手鏡であった。

「おお、お目がお高い」

 女性の手の中にも収まるぐらいの小さな手鏡ではあるが、色とりどりの石で象嵌のように飾ってあるフタの部分を開くと3枚の鏡が並び、正面、左、右の3面に覗いた顔が映るようになっている。

「へえ、いいじゃないか」

 奥様を馬車の中に送って戻ってきた護衛が後ろから覗き込んだ。

 侍女が手に持っていたのは薄い赤が基調に色々な石が埋め込まれたものであったが、色違いがいくつか並んでいる。
 護衛がそのうちの一つ、オレンジの鏡にすっと手を伸ばして取り上げ、侍女の鏡と同じように広げて見てみる。
 3枚並んだ鏡を見て、そこに映る誰かの顔を思い浮かべているようだった。

「俺もこれもらおうか」
「はい、ありがとうございます。あの、そちらは」
「あ、はい、私も……」

 ベルも色違いの鏡を店主に渡す。

 値段は土産物よりもはるかに高いが、それだけの値打ちはあると思える品であった。

「ありがとう」

 きれいな紙で包んでくれたそれを、護衛が一つ侍女に渡し、店主に頭を下げて馬車へと戻っていった。
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