黒のシャンタル 第二話 「新しい嵐の中へ」<完結>

小椋夏己

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第一章 第三部 絶海の孤島

17 月夜の酒盛り

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 出港の夜、船客たちも多くが甲板に出て月明かりの中、先行きをじっと見に来ていた。

 残り半分の旅路が無事であるように、穏やかであるように、嵐が来ぬように。
 みんながそう祈っているように見えた。

 時刻はまだ夜半には遠い。あまりに小さな子ども以外はまだ十分活動時間であった。

「おや、奥様もお出ましか」

 いつものように頭からストールやベールをかぶりながら、護衛と侍女を連れた奥様が甲板に出てきた。

 護衛の茶色い髪の若者が酒樽を、侍女が重くはなさそうだが木箱を持っているために、いつもは誰かに手を引かれている奥様が1人で歩いている。

「あ、やば、仕事だ」

 トーヤが急いで駆け寄りその手を取る。
 奥様は大人しく手を渡し、船長の近くまでやってきた。

「こんばんは」

 船長が声をかけると奥様がゆっくりと、優雅に頭を下げる。その仕草ももう船のみんなが見慣れたものだ。

「奥様からです」

 侍女が木箱を船長の足元に置くとそう言った。

「奥様から?」
「はい、船に乗っている方々に、と」

 木箱から何かが入った手提げを取り出して船長に手渡す。

「船客と、それから船員の皆さまに、と」
「え?」

 どうやら全員に配るようにとのことであった。

 最初に寄った店で準備してもらった手提げ袋100組である。ハンカチとカップが入ったそこに、日持ちがする菓子や、他にも色々な物が入れられている。

「おい、おまえら!」

 ディレンが船員たちに声をかけ、みんなに配るようにと指示した。

「こりゃあ」
「俺たちにまで」
「いやあ、ありがとうございます」
「いいえ、それとこれを」

 アランが持って来た酒樽を示して侍女が、

「お仕事にある方は我慢していただかなくてはいけませんが、出港を祝ってこれでお祝いをと」

 と、どうやら中のカップはそのために使えということらしい。

「先の乗船の時には時間がなくて何もできなくて、とのことです」

 さすがに大金持ちの奥様は違う、と船員たちが口々に言いながら、船客たちにも声をかけていく。

「ありがとうございます。ほら、奥様にお礼を言いなさい」
「あり、あ、ありがとう、ございます」
 
 若い母親に連れられた子どもがたどたどしくそう言って頭を下げ、ほほえましさに笑い声があがる。

「あの、こちらを」

 侍女がもう一つの箱(護衛2人がせっせと運んでいる)から瑞々みずみずしい果物を取り出して子どもに渡した。

幼子おさなごはお酒が飲めぬでしょうから、とのことです」
「まあ、ありがとうございます」
「ありあとう!」

 今度は自分の言葉で子どもがうれしそうに礼を言う。またその様子に温かい笑い声が広がった。

 いつの間にかアランが持ってきた空箱に奥様はお座りになっている。次々に船客たちがベルから手提げを受け取り、開けられた酒樽からカップに酒を注いでもらい、あっちこっちで輪ができて飲み始める。

「こちらもどうぞとのことだ」

 その輪に黒髪の護衛が魚や肉の干したものや、木の実などをつまみとして届けて回る。

「いやいや、これは、こんなものまで」
「ちょっと護衛さんも一緒に飲もうや」
「いや、俺、酒が飲めないもんで」
「嘘だろ、そんなに飲めそうな顔してさ」
「いやいや、マジなんです」
「ありゃあ、そりゃ人生半分損してるな」

 どこかで聞いたことがある言葉にトーヤが顔をほころばせる。

「だもんで、俺はあっちでなんか甘いもんでもいただきますよ。どうぞごゆっくり」

 今日の当番で飲めない船員たちには、また明日にでもゆっくりと飲んでくれと、別の酒樽とつまみが渡された。

「至れり尽くせりだなあ、いや、すまん。そういや昨日も酒もらって飲んだってのに」
「あれは手間かけさせた礼だからこれとは別だそうだぞ。これは出港祝いの景気づけと、これからの旅の安全を祈って、だそうだ」
「そうか、じゃあ遠慮なくいただく。今日当番のやつらと明日にでもゆっくりやるさ」
「ああ、そうしてくれ」
 
 誰もが和やかに、飲み、食い、中には歌う者、踊る者も現れ、月夜の下の宴は大いに盛り上がった。

 早々に酔っ払ってそのへんでつぶれる者、子どもを連れているのでもう一度奥様にお礼を言って早めに客室に戻る者などが出て、そうして段々と人数は減り、月が天高く上り切り、日付が翌日に変わろうという頃には半分以下の人数になっていた。

 奥様はみんなが楽しむ様子をしばらくは見ていたが、自分は人前で飲み食いもできぬこととて、子ども連れの親が部屋に戻る頃に自分も客室へと戻っていた。侍女は少し遅れて戻ったが、2人の護衛はそのまま宴席に残り、代わりに船長が部屋の前の護衛を買って出た。

「おまえらもちっと息抜きしろ。まあ飲めねえやつはしょうがねえけど、そんなやつは月でも眺めてろ」

 そう言って、やはり自分も下戸の船長は、一度は廊下の前に座ったものの、元船長室の中に呼ばれ、持ってきた果物と木の実をちびちびとつまみながら楽しそうに番をする。

 茶色い髪の護衛はあっちこっちの輪に誘われ、そこそこいける口らしく、乱れることもなくカップを合わせては一杯ひっかけるが、黒髪の酒が飲めない護衛の方は、船長と同じようにやはりちびちびと果物と木の実をつまみながら楽しそうな様子を横目に、朝が近くなるまで月の下で進行方向に向かって座り続けていた。
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