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第二章 第二部 宮と神殿
3 存在価値
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「分かってくれたのですか?」
マユリアは確認のためにもう一度セルマに尋ねた。
「はい、マユリアの御心、このセルマ、よく分かりました。わたく……私のために言ってくださっているのだということ、私がどれほど宮のために心を砕いているのか理解してくださっているのだということを」
どれほど本心かは分からないが、口に出してそう言うことに、もうこれ以上言えることはない。
「分かってくれればよいのです。頭をお上げなさい」
「はい」
セルマは言われるままに頭を上げる。
「それで、話はそのことだけなのですね?」
「あ、いえ……」
どうやらそれだけではなかったらしい。
「あの、神官長からお話がございませんでしたか?」
聞いて、マユリアは美しい眉をほんの少し歪める。
「神官長からのお話とは、どれのことでしょう?」
「皇太子殿下が、マユリアに後宮に入っていただきたいとおっしゃっている、というお話です」
やはりそれか、そしてセルマもそれに関わっているのだろう。
それが不快であるかのように、マユリアは深いため息をついた。
「そのお話ならば、何度もお断りしているはずですが」
「ですが民のため、国のためです」
神官長と何か示し合わせているかのように、同じ言葉を口にする。
「おまえもそれを言うのですね」
「え?」
「民のため、国のため、と」
「はい。そのように思っております」
セルマは何の濁りもなく言う。
「なぜ、わたくしが皇太子殿下の後宮に入ることが国のためなのです?」
「それは、民がみなマユリアを慕い、尊敬申し上げているからです。そのような方が王家の一員になってくださる、それが喜びでなくてなんでしょう」
「王家の血は尊い蒼い血です」
マユリアが言う。
「わたくしがマユリアとして尊ばれるのは、今のこの地位にいるから、それだけの理由です。人の身に戻れば、私もまた民の血を持つ一人に過ぎません」
「いえ、そんなことはありません」
セルマが力を入れて言う。
「マユリアほどお美しい方がこの世におられるでしょうか。そのお美しさは神なればこそのもの、人に戻られたとて変わるものではありません」
セルマとしては精一杯、言葉を尽くして褒めそやしたつもりであったのだ。だが、効果としては逆であったようだ。
「史上最も美しいシャンタル」
さらりとマユリアがつぶやく。
「ええ、そうです。みなそう思っております。マユリア、あなたほどお美しい存在は他にございません」
「それで?」
「え?」
セルマはマユリアの問いの意味を測りかねる。
「それで、とは?」
「自分で言うのもなんですが、何度も耳にいたしました、その言葉」
「はい、それはみなが真実そのように思っておるからです」
「そのことに対しては礼を言います。みながわたくしを美しいと思ってくれていること」
「はい」
「ですが、それがわたくしのすべてなのですか?」
「え?」
再度セルマが戸惑う。
「わたくしもみなと同じ。もしも天寿を全うできる身であるならば、この先は老い、人の生を終える、それだけの人間です。そして老いていくと人は美しいとは言われなくなる。そうなった時、わたくしにどのような価値があるのでしょうね」
セルマには皮肉を込めた言葉に聞こえた。
「マユリアは、お年を召されても、きっとお美しいご老人になられると思います。ですから、ご心配なされることは」
「それでは」
マユリアがキッとセルマを見据えて言う。
「真実、わたくしが美しい老人になると思うのなら、今と価値が変わらぬと言うのなら、その時になってまた後宮入りのお声をかけてください」
そう言い放つマユリアの言葉にセルマは絶句した。
「今は後宮に参るつもりはございません。ですが、この先、わたくしが60、70、80の齢を迎えた時ならば、その時ならばその気になるかも知れません」
セルマは困惑し、どう答えていいのか分からない。
「おまえの言うように、真実わたくしが『お美しいご老人』になるというのなら、美しさが普遍の価値だというのなら、それでも構いませんよね」
「いえ、それは……」
なんという無茶を言うのだ。そんなことがあろうはずがない。
「いえ、今ならまだ御子も望めましょう。ですが、お年を召されてからでは、それは無理というもの」
急いで何か理由をと考え出す。
「皇太子殿下にはもう世継ぎの王子様だけではなく、その下にも2人の王子様がいらっしゃいます。他に王女様も。今から新しい御子が必要とは思えませんが」
「いえ、王家の血に、マユリアのその美しい血が入ることが重要かと」
「では、わたくしが子を持てなかった時はどうなります?わたくしの存在にどのような意味が?」
「それは……」
なんという傲慢な。
セルマはそう思った。
ただでさえ人にはあらぬほどの美しさ。
その上に神として二十八年もの間を宮に君臨し続けてきて、その上まだその先の栄誉だけではなく、それ以上のものまで求めるのか、このお方は。
「ですが、八年前には一度はお受けになった話ではありませんか。それなのになぜ今回はそのように頑なにお断りになられるのです」
素直な気持ちであった。
今回も栄誉と受け止めるであろう、そう思っていたのになぜ。
これだけはセルマの真実隠さぬ、心からの疑問であった。
マユリアは確認のためにもう一度セルマに尋ねた。
「はい、マユリアの御心、このセルマ、よく分かりました。わたく……私のために言ってくださっているのだということ、私がどれほど宮のために心を砕いているのか理解してくださっているのだということを」
どれほど本心かは分からないが、口に出してそう言うことに、もうこれ以上言えることはない。
「分かってくれればよいのです。頭をお上げなさい」
「はい」
セルマは言われるままに頭を上げる。
「それで、話はそのことだけなのですね?」
「あ、いえ……」
どうやらそれだけではなかったらしい。
「あの、神官長からお話がございませんでしたか?」
聞いて、マユリアは美しい眉をほんの少し歪める。
「神官長からのお話とは、どれのことでしょう?」
「皇太子殿下が、マユリアに後宮に入っていただきたいとおっしゃっている、というお話です」
やはりそれか、そしてセルマもそれに関わっているのだろう。
それが不快であるかのように、マユリアは深いため息をついた。
「そのお話ならば、何度もお断りしているはずですが」
「ですが民のため、国のためです」
神官長と何か示し合わせているかのように、同じ言葉を口にする。
「おまえもそれを言うのですね」
「え?」
「民のため、国のため、と」
「はい。そのように思っております」
セルマは何の濁りもなく言う。
「なぜ、わたくしが皇太子殿下の後宮に入ることが国のためなのです?」
「それは、民がみなマユリアを慕い、尊敬申し上げているからです。そのような方が王家の一員になってくださる、それが喜びでなくてなんでしょう」
「王家の血は尊い蒼い血です」
マユリアが言う。
「わたくしがマユリアとして尊ばれるのは、今のこの地位にいるから、それだけの理由です。人の身に戻れば、私もまた民の血を持つ一人に過ぎません」
「いえ、そんなことはありません」
セルマが力を入れて言う。
「マユリアほどお美しい方がこの世におられるでしょうか。そのお美しさは神なればこそのもの、人に戻られたとて変わるものではありません」
セルマとしては精一杯、言葉を尽くして褒めそやしたつもりであったのだ。だが、効果としては逆であったようだ。
「史上最も美しいシャンタル」
さらりとマユリアがつぶやく。
「ええ、そうです。みなそう思っております。マユリア、あなたほどお美しい存在は他にございません」
「それで?」
「え?」
セルマはマユリアの問いの意味を測りかねる。
「それで、とは?」
「自分で言うのもなんですが、何度も耳にいたしました、その言葉」
「はい、それはみなが真実そのように思っておるからです」
「そのことに対しては礼を言います。みながわたくしを美しいと思ってくれていること」
「はい」
「ですが、それがわたくしのすべてなのですか?」
「え?」
再度セルマが戸惑う。
「わたくしもみなと同じ。もしも天寿を全うできる身であるならば、この先は老い、人の生を終える、それだけの人間です。そして老いていくと人は美しいとは言われなくなる。そうなった時、わたくしにどのような価値があるのでしょうね」
セルマには皮肉を込めた言葉に聞こえた。
「マユリアは、お年を召されても、きっとお美しいご老人になられると思います。ですから、ご心配なされることは」
「それでは」
マユリアがキッとセルマを見据えて言う。
「真実、わたくしが美しい老人になると思うのなら、今と価値が変わらぬと言うのなら、その時になってまた後宮入りのお声をかけてください」
そう言い放つマユリアの言葉にセルマは絶句した。
「今は後宮に参るつもりはございません。ですが、この先、わたくしが60、70、80の齢を迎えた時ならば、その時ならばその気になるかも知れません」
セルマは困惑し、どう答えていいのか分からない。
「おまえの言うように、真実わたくしが『お美しいご老人』になるというのなら、美しさが普遍の価値だというのなら、それでも構いませんよね」
「いえ、それは……」
なんという無茶を言うのだ。そんなことがあろうはずがない。
「いえ、今ならまだ御子も望めましょう。ですが、お年を召されてからでは、それは無理というもの」
急いで何か理由をと考え出す。
「皇太子殿下にはもう世継ぎの王子様だけではなく、その下にも2人の王子様がいらっしゃいます。他に王女様も。今から新しい御子が必要とは思えませんが」
「いえ、王家の血に、マユリアのその美しい血が入ることが重要かと」
「では、わたくしが子を持てなかった時はどうなります?わたくしの存在にどのような意味が?」
「それは……」
なんという傲慢な。
セルマはそう思った。
ただでさえ人にはあらぬほどの美しさ。
その上に神として二十八年もの間を宮に君臨し続けてきて、その上まだその先の栄誉だけではなく、それ以上のものまで求めるのか、このお方は。
「ですが、八年前には一度はお受けになった話ではありませんか。それなのになぜ今回はそのように頑なにお断りになられるのです」
素直な気持ちであった。
今回も栄誉と受け止めるであろう、そう思っていたのになぜ。
これだけはセルマの真実隠さぬ、心からの疑問であった。
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