黒のシャンタル 第二話 「新しい嵐の中へ」<完結>

小椋夏己

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第二章 第六部 つながる時

16 伝える色

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(そんな理由だったのか)

 トーヤも仮面の下で驚いていた。

 トーヤが「カースに礼と墓参りに行きたい」と言って実現したカース行き、あの行きの馬車の中で何気なく聞いた一言にミーヤが機嫌を損ねたのだ。
 聞いてみたら「どうして自分が」と言っていた。ずっとそれで悩んでいた、と。

「あの、それが理由だったのですか?」
「そうです」
「その、そんな理由で?」

 困ったように言うミーヤにマユリアが楽しそうに笑った。

「やはりミーヤはミーヤですね、八年前と全然変わっていない。うれしいことです。いつもトーヤとそうしてわたくしを楽しませてくれていました」
「あ、あの……」

 そう言われてミーヤが赤くなって下を向いてしまう。



『マユリアが2人が話しているのが面白いって言ってたなあと思って』


 
 ほんの2日前のことだ、シャンタルがそう言って愉快そうに笑っていたことをベルは思い出していた。

 八年前、自分たちと出会う五年前、確かにここに、シャンタル宮にトーヤがいたのだということを、あらためて認識した。

(本当のことだったんだよな)

 ベルは心の奥で密かに驚いている自分に驚いていた。

 ベルは、トーヤとシャンタルに聞いた話を疑ったことはなかった。不思議なことだとは思ったが、嘘だとは一切思ったことはなかった。

 それなのにどうだろう? 実際にこんな扮装で忍び込むのに成功し、まるで前からのここの住人みたいな顔でいるうちに、自分の現実は現実として、八年前のことはなんだか夢の中のような、そんな気がしてしまっていたのだ。
 実際に話に聞いた人々、ミーヤやダル、リル、キリエ、それに女神たちとも実際に会って現実の人なのだと知ってからも、なんというのか、聞いた話の中とは少し乖離かいりしていると言うのだろうか、現在と八年前がくっつくことなく、別物のようにベルの心の中に存在していたような気がする。

 それが今くっついた、そう感じていた。

「あの」

 思わずベルが口を開く。

「どうなさいました?」

 マユリアがくるっとベルと振り向いて言う。
 やはりその一瞬で釘付けになるほど美しい……

「あ、あの」
 
 ハッと気を取り直してベルが言う。

「もしも、ミーヤ様のお衣装がその色ではなかったとしたら、他の方がそのオレンジを着ていらっしゃったとしたら、それはミーヤ様ではなかった、そういうことでしょうか?」

 もしかしたら言ってはいけないことだったのかも知れない。
 ミーヤの衣装が「たまたまその色だっただけ」で選ばれたのだ、などとミーヤを傷つけることになるのかも知れない。少しはそう思いもしたのだが、どうしても知りたいと思ってしまったのだ。

「いいえ」

 マユリアはベルから目を離さずにはっきりと言う。

「これは、ミーヤを選ぶために神から伝えられた色でした。もしも、ミーヤが他の色の衣装を身につけていたとしたら、その時は他の色として神がお伝えくださったことでしょう」

 そう言ってからミーヤを振り返り、にっこりと笑った。

「マユリア……」

 ミーヤが感激をしてその瞳が潤む。

「ミーヤもずっと悩んで苦しんでいたのでしょうか」

 そう言ってミーヤをじっと見る。

「いえ、いいえ……」

 そう言いながら、ミーヤの涙はそうであったと告げていた。

「ミーヤにも申し訳ないことをいたしました……」

 マユリアが立ち上がり、ミーヤのそばに来る。

「マユリア……」
「ずっと、シャンタルと同じようにおまえも苦しんでいたのですね、どうして自分だったのか、と」

 そう言ってやさしくミーヤの頬に触れる。

「長い間苦しめてしまったことを許してくださいね。でも本当のことなのです、あの時見たあののぼる朝陽の色、一瞬でわたくしの心に焼き付いたあの色が、あの廊下で、並んだ侍女の中でおまえを見つけさせてくれたのです。その時のわたくしの心、感動がおまえに分かるでしょうか?」

 ミーヤは黙ったままじっとマユリアを見上げる。

「もしもおまえが青い衣装であったなら、それはそのあとの日が昇り切った後の澄み渡る空の色であったでしょう。もしもおまえが緑の衣装であったのなら、それは窓から見下ろした木々の色であったでしょう。もしも赤い色だったのなら、それはもしかすると日が落ちる本当に寸前の、空を焼く赤い色だったかも知れない、そう思いますよ」
「マユリア」

 ミーヤが声を詰まらせ下を向く。

「はい、正直に申し上げます。ずっと、ずっと、どうして自分であったのだろうと思っておりました。何かの間違いで、本当はもっと立派な方が選ばれるべきところを、自分のような無力な小さな侍女が間違えて選ばれたのではないだろうか、と。そしてその後にあった何人もの人たちとの出会いも、本当は自分のものではないのではないか、誰かの機会を奪ってしまっているのではないか、何かの折にそう思うことがございました」
「やはりミーヤはミーヤですね。いいえ、間違いなどありません。おまえで間違いはないのです」
「はい、ありがとうございます」

 ミーヤが声を詰まらせながらやっと答える。

「心が晴れた気がいたします。これで自信を持って前へ進める、あらためてそう思えました。出会った方たちとのこと、間違いではなかった、出会ってよかったのだ、そう思えます」
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