黒のシャンタル 第二話 「新しい嵐の中へ」<完結>

小椋夏己

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第三章 第一部 見えない敵

16 尊敬する方

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「まあいいや」
 
 キリエの返事を待たずにトーヤが言う。

「どうせ聞いても言いやしねえだろし、こっちが推測ついてんのも分かってんだし、問答するだけ時間の無駄だ」
 
 キリエは表情を変えず、動かずにいる。

「そんじゃ質問を変えるか。あんたが動けない間に何しようとしてると思う?」
「私が動けない間に」

 キリエが少し考える風にしてから、

「マユリアの後宮入りでしょうか」

 そう言うのを聞き、トーヤが、

「はあん、まーだ諦めてねえのかよ、しつっこいな。んで、どっちだ?」
「もちろん両方です」
「やっぱりか」
「聞いたところによると、毎日のように皇太子殿下のお使いが宮に来られるとか」
「親父の方は?」
「八年前の約定が活きているとおっしゃっているらしいです」
「やれやれ、だな。そんで、本人はどう言ってんだ?」
「務めを終えたらご両親のところに戻りたいと」

 トーヤが黙り込んだ。

「両親のところ、か」
「ええ」

 トーヤとキリエが不思議な顔をお互いに見合った。

「あの」

 横からベルが話しかける。

「おれも知ってますから」
「やはりそうですか」

 ミーヤが言っていた通り、トーヤはベルとアランの兄妹には全てを話しているようだ。

「誰と誰が知っていますか?」
「こいつらとアルロス号船長のディレン」
「リルとダルには?」
「あ~なんかなあ」

 トーヤが気まずそうに言う。

「秘密にするのは悪いって気持ちはあるんだが、あいつらにそこまですぐに言っちまうのは、なんか気の毒な気もしてな」
「そうですか」

 キリエも納得をする。

「いつかは話さないといけねえんだろうがなあ」
「ええ」
「今はまだ、な」
「ええ」

 ベルは黙って2人を見ていたが、

「あの~奥様そろそろ戻りませんと」
「ああ、そうでしたわね」

 言われてすぐ、トーヤが品を作ってそう答えたのでキリエが吹き出した。

「このたびはわざわざお見舞いいただきありがとうございました」
「いえいえ、キリエ様にはお世話になっておりますもの」
「おい、奥様は直接お話しにはならねえんだよ」

 調子に乗って奥様を続けていたら侍女に叱られた。

「では、キリエ様、どうぞお大事になさってくださいませ」
「はい、この度はありがとうざいます」

 丁寧に挨拶をし、また今日の当番の侍女、フウに声をかけ、お茶と木の実などを渡して与えられた部屋へと戻っていった。



「なんだかお顔の色が良くなりましたね。そんなに楽しい話をできたのですか?」

 早速いただいたお茶を入れて毒味をしていたフウがそう聞く。

「ええ、なんだか晴れやかな気持ちになれました」
「さようですか、それはよろしかったです……随分と苦いお茶ですね、これ」

 嫌そうに顔をしかめて言うフウにキリエがくすくすと笑った。

「あら、お笑いになれる、やっぱりよくなってらっしゃるようですね。じゃあまた来ていただいても構いませんよ」

 その保護者のような言い方にまたキリエが笑う。

「本当によくお笑いになりますよね、今日。それとこのお茶、お茶というよりは毒下しみたいな。それからこちらの新しいお花、中の国の方からのお見舞いですか?」
「ええ、そうおっしゃってました」
「これも置いている部屋の空気をきれいにしてくれます」
「そうなのですか」

 キリエは驚いていた。ベルからどちらもそのような効果があると聞いてはいたが、フウがそれをずばりと言い当てたからだ。

「こちらの木の実と干し果実、こちらも今のキリエ様のような方の滋養強壮用です。色々とよくご存知ですね」
「ああ、そうでしたね」
「もう古い古い話なので、キリエ様はすっかりお忘れじゃないかと思ってましたが」

 フウは、王都リュセルスの大きな老舗の薬問屋の末娘であった。
 そのおかげで、物心つく頃から色々な薬効のある植物などと慣れ親しんでいたと聞いたことがある。
 そのフウが気づかなかったということは、あの毒の花はこの国の植物ではなかったのかも知れない。

「私、大変できた子どもでしたもので、ゆくゆくは婿でもとらせ、支店の責任者にでもすればよいのではないか、両親はそのように言っておったようです。それが13歳の時、たまたま侍女の募集があったもので応募してみたら、やはりこちらにも優秀さを見破られ、それからずっとお世話になることとなりました。それで残念ながら両親の支店計画は次兄と三兄の2店だけにとどまっておりましたが、今は孫たちの成長後、さらに支店が増えるのを楽しみに、のんびり老後を過ごしております」

 その話を聞いてさらにキリエが笑う。

「それは、ご両親には大変申し訳ないことをいたしましたね」
「ええ、本当ですよ」

 さも当然のようにフウはそう言うと、

「ですから、キリエ様には長生きしていただいて、その責任を一年、一秒でも長く取っていただかなくては困りますの。お分かりですよね?」

 生真面目な顔でキリエにそう言った。

「おまえが宮に選ばれた時、私はまだ侍女頭ではなかったですし、選ぶ者の中にもいなかったと思うのですが」
「ですがその後侍女頭になられて今もそうですし、何より私が尊敬申し上げる方ですからね? それだけでも元気で長生きしていただく義務があるのですよ」
「おまえも無茶を言いますね」

 キリエが本当に楽しそうにそう言って笑った。
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