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第三章 第二部 侍女たちの行方
2 柳に風
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セルマは神具室を出ると、そのまま奥宮の前の宮寄りにある「侍女棟」へと向かった。
正式の名前ではないが、侍女の控室やその他仕事に必要な部屋などが集まっているので通称としてそう呼ばれている。
その侍女棟の最奥、奥宮の聖なる領域に一番近い場所にキリエの私室はあった。侍女の中で一番最奥、一番位の高い部屋である。
セルマは一度部屋の前で立ち止まると、ゆっくりとその扉を見つめた。
近々、この部屋は自分の部屋になるはずだ。
そう思って心を落ち着かせていた。
「突然ですが失礼いたします」
そう声をかけ、扉を3回叩いた。
中から誰かが近づく気配がし、ゆっくりと扉が、少しだけ開けられる。
この自分が、取次役が声をかけているのに急いで来ないとはと、いらだつ心にさらに水をかけられたような気持ちになったセルマだが、顔を覗かせた侍女の顔を見て、ああ仕方ないとどこかで納得をした。
顔を見せたのはフウであった。
奥宮の侍女の中でも変わり者の中の変わり者。フウに何かを言える者などこの宮の中にはいない。例え侍女頭のキリエであったとしても、だ。
「お静かに願えますか? 今、キリエ様はお休みになっておられます」
まるで風邪で寝ている子どもを遊びに誘いの来た友達を追い返すような、そんな感じでそう言い放つ。
さすがのセルマもフウはこれが普通の状態だと知っているだけに、ムッとすることすらない。もうそんな時代はずっと前に過ぎてしまっている。この人はこういう人なのだ。
「お加減はいかがなのです」
セルマから見てフウは何年も先輩にあたるが、あえて尊大に、見下すように尋ねる。
「ああ、大丈夫ですよ。さきほどまで一緒に話をしていましたが、今は少しお昼寝をなさるようです。それで、どんな用なのです?」
他の先輩侍女ならば、セルマがそのような態度を取ると、一瞬ムッとしたような顔になり、それから今の立場の違いをあらためて思い出すようにし、人によると悔しそうな、人によると諦めたような表情を浮かべる。
だがフウにはそれがない。何があろうと変わらない。相手が誰であろうと、何を言われようと柳に風と受け流し、いつもと同じ受け答えをする。
「少しキリエ殿にお聞きしたいことが」
「キリエ様でしょう!」
セルマに最後まで言わせず厳しく言う。
「この宮で一番えらい方はキリエ様です。情けない、まるで今日、昨日、宮に入ったばかりの新米のような失敗をするなんて。もう何年この宮にいるのです?」
声だけは大きくなっているが、言い方はまるで子どもに言って聞かせるかのようだ。
セルマがあえて「キリエ殿」と呼び、その立場が侍女頭と同じかそれより上と示そうとする意図などなく、うっかりと小さな物が分からぬ子どもがいい間違えたかのように諭す。
「今度から気をつけることです。それで、お聞きしたいこととは?」
セルマの返事など聞かず、とっとと話を進める。
「いえ、また後ほど参ります」
「伝言があれば聞きますよ?」
話の内容が気になるのか、すんなりとセルマを帰してくれようとはしない。
「気になりますね」
ずばりと思っていることを口にする。
「今、お加減が悪いのは分かっているのですよね?」
「え、ええ」
思わずセルマが答える。
「それを分かった上で、わざわざ足を向けてまで聞きたいこと。キリエ様のお加減を悪くするようなことではないですね?」
フウが気になるのは唯一つ、その話の内容でまたキリエが体調を崩さぬかどうか、それだけのようだ。
「どうなのです?」
厳しい口調でもう一度聞く。
セルマはどう答えたものかと迷う。
キリエが自分に嫌がらせをしたのかどうか詰問するつもりで来ている。
同時に、どうして自分がこのように気後れせねばならないのだ、とカッともした。
「とにかくご本人にお聞きしたいことがあるのです」
と、敬称にとやかく言われないように言い方を変えて続ける。
「フウ、誰か来ているのですか?」
扉を開けたままで言い合っていたからだろうか、キリエが目を覚ましたようだ。
「ほら、大きな声を出すから」
フウがムッとした目をセルマに向ける。
セルマが大きな声を出していたのは自分の方だろう、とこっちもムッとする。
「セルマがお見舞いに来ているのですよ」
フウはセルマの表情など気にせぬように、姿勢をキリエの方に向いて言う。
「セルマが?」
「ええ、お聞きになりたいことがあるようです」
「入ってもらいなさい」
そう聞いて、フウはまたムッとしたような顔をセルマに向けると、
「お加減が悪いのですからね」
と、言いながら中に通した。
キリエは寝台の上でソファを重ね、上体を起こすようにして、セルマの方を見ていた。
セルマの目にはキリエは小さく見えた。小さな、頼りない老女に過ぎない。
だが、その老女をフウは尊敬し、シャンタルに捧げるのと同じように自分の命を捧げているように見えた。
そう言えばあの侍女、ミーヤとか言ったあの例の侍女、あれも自分の言うことに逆らったのを思い出した。
『もしも、私の報告に問題があるのならば、直接指示を出されたキリエ様からご指摘いただくと思います。ここで勝手に変更することはできません』
はっきりとそう言ったミーヤを思い出し、また頭に血が上るのを感じていた。
正式の名前ではないが、侍女の控室やその他仕事に必要な部屋などが集まっているので通称としてそう呼ばれている。
その侍女棟の最奥、奥宮の聖なる領域に一番近い場所にキリエの私室はあった。侍女の中で一番最奥、一番位の高い部屋である。
セルマは一度部屋の前で立ち止まると、ゆっくりとその扉を見つめた。
近々、この部屋は自分の部屋になるはずだ。
そう思って心を落ち着かせていた。
「突然ですが失礼いたします」
そう声をかけ、扉を3回叩いた。
中から誰かが近づく気配がし、ゆっくりと扉が、少しだけ開けられる。
この自分が、取次役が声をかけているのに急いで来ないとはと、いらだつ心にさらに水をかけられたような気持ちになったセルマだが、顔を覗かせた侍女の顔を見て、ああ仕方ないとどこかで納得をした。
顔を見せたのはフウであった。
奥宮の侍女の中でも変わり者の中の変わり者。フウに何かを言える者などこの宮の中にはいない。例え侍女頭のキリエであったとしても、だ。
「お静かに願えますか? 今、キリエ様はお休みになっておられます」
まるで風邪で寝ている子どもを遊びに誘いの来た友達を追い返すような、そんな感じでそう言い放つ。
さすがのセルマもフウはこれが普通の状態だと知っているだけに、ムッとすることすらない。もうそんな時代はずっと前に過ぎてしまっている。この人はこういう人なのだ。
「お加減はいかがなのです」
セルマから見てフウは何年も先輩にあたるが、あえて尊大に、見下すように尋ねる。
「ああ、大丈夫ですよ。さきほどまで一緒に話をしていましたが、今は少しお昼寝をなさるようです。それで、どんな用なのです?」
他の先輩侍女ならば、セルマがそのような態度を取ると、一瞬ムッとしたような顔になり、それから今の立場の違いをあらためて思い出すようにし、人によると悔しそうな、人によると諦めたような表情を浮かべる。
だがフウにはそれがない。何があろうと変わらない。相手が誰であろうと、何を言われようと柳に風と受け流し、いつもと同じ受け答えをする。
「少しキリエ殿にお聞きしたいことが」
「キリエ様でしょう!」
セルマに最後まで言わせず厳しく言う。
「この宮で一番えらい方はキリエ様です。情けない、まるで今日、昨日、宮に入ったばかりの新米のような失敗をするなんて。もう何年この宮にいるのです?」
声だけは大きくなっているが、言い方はまるで子どもに言って聞かせるかのようだ。
セルマがあえて「キリエ殿」と呼び、その立場が侍女頭と同じかそれより上と示そうとする意図などなく、うっかりと小さな物が分からぬ子どもがいい間違えたかのように諭す。
「今度から気をつけることです。それで、お聞きしたいこととは?」
セルマの返事など聞かず、とっとと話を進める。
「いえ、また後ほど参ります」
「伝言があれば聞きますよ?」
話の内容が気になるのか、すんなりとセルマを帰してくれようとはしない。
「気になりますね」
ずばりと思っていることを口にする。
「今、お加減が悪いのは分かっているのですよね?」
「え、ええ」
思わずセルマが答える。
「それを分かった上で、わざわざ足を向けてまで聞きたいこと。キリエ様のお加減を悪くするようなことではないですね?」
フウが気になるのは唯一つ、その話の内容でまたキリエが体調を崩さぬかどうか、それだけのようだ。
「どうなのです?」
厳しい口調でもう一度聞く。
セルマはどう答えたものかと迷う。
キリエが自分に嫌がらせをしたのかどうか詰問するつもりで来ている。
同時に、どうして自分がこのように気後れせねばならないのだ、とカッともした。
「とにかくご本人にお聞きしたいことがあるのです」
と、敬称にとやかく言われないように言い方を変えて続ける。
「フウ、誰か来ているのですか?」
扉を開けたままで言い合っていたからだろうか、キリエが目を覚ましたようだ。
「ほら、大きな声を出すから」
フウがムッとした目をセルマに向ける。
セルマが大きな声を出していたのは自分の方だろう、とこっちもムッとする。
「セルマがお見舞いに来ているのですよ」
フウはセルマの表情など気にせぬように、姿勢をキリエの方に向いて言う。
「セルマが?」
「ええ、お聞きになりたいことがあるようです」
「入ってもらいなさい」
そう聞いて、フウはまたムッとしたような顔をセルマに向けると、
「お加減が悪いのですからね」
と、言いながら中に通した。
キリエは寝台の上でソファを重ね、上体を起こすようにして、セルマの方を見ていた。
セルマの目にはキリエは小さく見えた。小さな、頼りない老女に過ぎない。
だが、その老女をフウは尊敬し、シャンタルに捧げるのと同じように自分の命を捧げているように見えた。
そう言えばあの侍女、ミーヤとか言ったあの例の侍女、あれも自分の言うことに逆らったのを思い出した。
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