黒のシャンタル 第二話 「新しい嵐の中へ」<完結>

小椋夏己

文字の大きさ
242 / 354
第三章 第二部 侍女たちの行方

14 麝香

しおりを挟む
「わけ、わっかんねえ!」

 ベルが口癖を叫ぶ。

「ほんっと男ってやだ! きれいな女見たらすーぐそんなこと! 触るだのなんだの」
「ちょい待て」

 トーヤが真剣な顔でベルを止める。

「今は真面目な話してんだから、腰折るようなこと言うんじゃねえ」
「なんだよ!」
「黙って聞いとけ、後でなんぼでも言われてやるから。そんで、アラン、どんな感じだった」
「あ、ああ」

 アランは一瞬躊躇するが、これはそういう話ではないのだと息を整える。

「なんだろうな、ふらふら~っと、ついていっちまいそうな、ほんの少しだがそんな気がした」
「ああ、そういう感じだな」

 ミーヤとベルは男二人が言っている意味がよく分からない。

「ちょっと思い出したことがある」

 トーヤが続ける。

「香水ってあるだろ? 宮の侍女たちはつけてるかどうか知らんが、多分王宮とか貴族の女とかはつけてるよな?」
「え、ええ」
「その香水だがな、いい匂いするだろ?」
「はい。時々すごくきつい方もいらっしゃいますが、大抵はほんのりと花のような良い香りがしていますね」
「いるな、そういうのも」

 トーヤが愉快そうに笑う。

「あの香水を作るのにな、ほんの少し、本当にすこーしだけ、臭いもんを入れるんだよ」
「ええっ、どうしてそんなこと!」

 ミーヤが信じられないという風に言う。

「たとえば麝香じゃこう、聞いたことあるか?」
「いえ」
「そうか、ないか。それを香水にほんのすこーし入れるとな、えも言われぬいい匂いになるんだそうだ」
「本当なのですか?」
「ああ、本当だ」
「そんなこと、信じられないんですが……」
「いやいや、マジだって」
「そもそもその『じゃこう』というのは何なんですか?」
「麝香か、うーん、なんてのかな、なんか鹿の内臓みたいなすごく臭いもんだ」
「ええっ!」
「ほんとだってば。それをな、ほんのすこーし入れると、そりゃもういい匂いになるんだとよ」
「うそだろ?」
 
 ベルも疑わしそうにそう言う。

「いやいや、マジだって」
「信じられねえけど、でも『じゃこう』ってのは聞いたことある。いい匂いだって言ってたぜ?」
「それをほんの少し入れた香水はな。でも現物はそりゃもうくっさいもんだ」
「トーヤは嗅いだことあんのかよ?」
「ある」
「なんでだ?」
「臭いけどな、他にも薬としても使えるし、結構高価なんだよ。そんで、それ運ぶやつの用心棒したことがある。その時に臭わせてもらったんが、そりゃもう臭かったぞ」
「本当かなあ……」

 まだ疑わしそうに見るベルと、その横で同じように信じていいものかどうかという顔のミーヤを見て、トーヤがため息をつく。

「ほんとだってば」
「まあ、それが嘘かほんとかは置いといてだな」

 いつものように話を本筋に戻すのはアランだ。

「その香水だの麝香だのってのがどうしたって?」
「うん、だからな、マユリアもそんな感じがした」
「そんな失礼な!」

 ミーヤが思わず声を荒げる。

「マユリアは尊いお方です。そんな風に言われるような、そんな穢れた物に触れるような……」

 そこまで言って、思い当たったことがあるように黙ってしまった。

「思い出したか?」
「……ええ……」

 認めるしかない。

「そうだ、穢れだよ」
「ええ……」

 本来ならマユリアの任期は十年だ。その前にシャンタルとして十年の務めを終えたらマユリアとして十年、それが限界のはずだった。
 それが、当代のマユリアはさらに八年、その身に女神マユリアを宿し続けている。

「穢れで命を縮めるんだよな、シャンタルもマユリアも」
「はい、そうです……」
「その穢れの影響が出てるのかも知れん」

 トーヤの言葉にミーヤがつらそうに顔を伏せる。

「そして、皮肉なことに、その穢れによってマユリアは一層美しくなった。聖なる女神、触れることもできぬ尊い存在から、艷やかな美しい存在に、もっと美しい存在になったのかも知れん」
「ですが、見たところお体に障りはないように見受けられます。お元気そうです」
「だから、そういう出方じゃねえのかも知れねえな」
「え?」
「見たところは病気のようには見えない、確かに健康に見える。だが、本人が平気かどうかは分からんだろう」
「そんな、そんなことが……」
「ない、とは言えないってぐらいのことだがな」
「お元気でいらっしゃると、そう思いたいです」
「俺もだ」

 

『海の向こうを見てみたい、海を渡ってみたい、そう思っていました』



 この世のものとも思えぬほど美しい女神がそう言った。
 二人でその言葉を聞いた。
 その夢を叶えてもらいたい、そう思った。

「聖なる美しさにほんの少し穢れが混じったら、さらに美しくなったってのか……」

 アランが言葉をなくしながらそう聞く。

「分からんがな、なんとなくそんな風に見えた」

 元があまりに美しすぎる存在であった。
 そのために、この世のものならぬ美しさがさらに美しくなったからとて、誰もそのことに気がつかなかったのかも知れない。
 ただ、外の世界にいて、そして以前のマユリアを知っていたトーヤだけが、その違和感になんとなく気がついたのかも知れない。

「どうして差し上げればいいのでしょうか」
「分からん。ただ、交代が二年も早まってるってのは、もしかしたら、その状態からマユリアを助けるためもあるのかもな」
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

おっさん武闘家、幼女の教え子達と十年後に再会、実はそれぞれ炎・氷・雷の精霊の王女だった彼女達に言い寄られつつ世界を救い英雄になってしまう

お餅ミトコンドリア
ファンタジー
 パーチ、三十五歳。五歳の時から三十年間修行してきた武闘家。  だが、全くの無名。  彼は、とある村で武闘家の道場を経営しており、〝拳を使った戦い方〟を弟子たちに教えている。  若い時には「冒険者になって、有名になるんだ!」などと大きな夢を持っていたものだが、自分の道場に来る若者たちが全員〝天才〟で、自分との才能の差を感じて、もう諦めてしまった。  弟子たちとの、のんびりとした穏やかな日々。  独身の彼は、そんな彼ら彼女らのことを〝家族〟のように感じており、「こんな毎日も悪くない」と思っていた。  が、ある日。 「お久しぶりです、師匠!」  絶世の美少女が家を訪れた。  彼女は、十年前に、他の二人の幼い少女と一緒に山の中で獣(とパーチは思い込んでいるが、実はモンスター)に襲われていたところをパーチが助けて、その場で数時間ほど稽古をつけて、自分たちだけで戦える力をつけさせた、という女の子だった。 「私は今、アイスブラット王国の〝守護精霊〟をやっていまして」  精霊を自称する彼女は、「ちょ、ちょっと待ってくれ」と混乱するパーチに構わず、ニッコリ笑いながら畳み掛ける。 「そこで師匠には、私たちと一緒に〝魔王〟を倒して欲しいんです!」  これは、〝弟子たちがあっと言う間に強くなるのは、師匠である自分の特殊な力ゆえ〟であることに気付かず、〝実は最強の実力を持っている〟ことにも全く気付いていない男が、〝実は精霊だった美少女たち〟と再会し、言い寄られ、弟子たちに愛され、弟子以外の者たちからも尊敬され、世界を救って英雄になってしまう物語。 (※第18回ファンタジー小説大賞に参加しています。 もし宜しければ【お気に入り登録】で応援して頂けましたら嬉しいです! 何卒宜しくお願いいたします!)

【魔女ローゼマリー伝説】~5歳で存在を忘れられた元王女の私だけど、自称美少女天才魔女として世界を救うために冒険したいと思います!~

ハムえっぐ
ファンタジー
かつて魔族が降臨し、7人の英雄によって平和がもたらされた大陸。その一国、ベルガー王国で物語は始まる。 王国の第一王女ローゼマリーは、5歳の誕生日の夜、幸せな時間のさなかに王宮を襲撃され、目の前で両親である国王夫妻を「漆黒の剣を持つ謎の黒髪の女」に殺害される。母が最後の力で放った転移魔法と「魔女ディルを頼れ」という遺言によりローゼマリーは辛くも死地を脱した。 15歳になったローゼは師ディルと別れ、両親の仇である黒髪の女を探し出すため、そして悪政により荒廃しつつある祖国の現状を確かめるため旅立つ。 国境の街ビオレールで冒険者として活動を始めたローゼは、運命的な出会いを果たす。因縁の仇と同じ黒髪と漆黒の剣を持つ少年傭兵リョウ。自由奔放で可愛いが、何か秘密を抱えていそうなエルフの美少女ベレニス。クセの強い仲間たちと共にローゼの新たな人生が動き出す。 これは王女の身分を失った最強天才魔女ローゼが、復讐の誓いを胸に仲間たちとの絆を育みながら、王国の闇や自らの運命に立ち向かう物語。友情、復讐、恋愛、魔法、剣戟、謀略が織りなす、ダークファンタジー英雄譚が、今、幕を開ける。  

追放貴族少年リュウキの成り上がり~魔力を全部奪われたけど、代わりに『闘気』を手に入れました~

さとう
ファンタジー
とある王国貴族に生まれた少年リュウキ。彼は生まれながらにして『大賢者』に匹敵する魔力を持って生まれた……が、義弟を溺愛する継母によって全ての魔力を奪われ、次期当主の座も奪われ追放されてしまう。 全てを失ったリュウキ。家も、婚約者も、母の形見すら奪われ涙する。もう生きる力もなくなり、全てを終わらせようと『龍の森』へ踏み込むと、そこにいたのは死にかけたドラゴンだった。 ドラゴンは、リュウキの境遇を憐れみ、ドラゴンしか使うことのできない『闘気』を命をかけて与えた。 これは、ドラゴンの力を得た少年リュウキが、新しい人生を歩む物語。

【完結】異世界で魔道具チートでのんびり商売生活

シマセイ
ファンタジー
大学生・誠也は工事現場の穴に落ちて異世界へ。 物体に魔力を付与できるチートスキルを見つけ、 能力を隠しつつ魔道具を作って商業ギルドで商売開始。 のんびりスローライフを目指す毎日が幕を開ける!

【完結】異世界転移した私がドラゴンの魔女と呼ばれるまでの話

yuzuku
ファンタジー
ベランダから落ちて死んだ私は知らない森にいた。 知らない生物、知らない植物、知らない言語。 何もかもを失った私が唯一見つけた希望の光、それはドラゴンだった。 臆病で自信もないどこにでもいるような平凡な私は、そのドラゴンとの出会いで次第に変わっていく。 いや、変わらなければならない。 ほんの少しの勇気を持った女性と青いドラゴンが冒険する異世界ファンタジー。 彼女は後にこう呼ばれることになる。 「ドラゴンの魔女」と。 ※この物語はフィクションです。 実在の人物・団体とは一切関係ありません。

廃城の泣き虫アデリー

今野綾
ファンタジー
領主の娘だったアデリーはある日家族を殺され育った領地から命からがら逃げ出した。辿り着いた先は廃城。ひとり、ふたりと住人が増える中、問題が次々とおこって… 表紙はフリー素材です

チート無しっ!?黒髪の少女の異世界冒険記

ノン・タロー
ファンタジー
 ごく普通の女子高生である「武久 佳奈」は、通学途中に突然異世界へと飛ばされてしまう。  これは何の特殊な能力もチートなスキルも持たない、ただごく普通の女子高生が、自力で会得した魔法やスキルを駆使し、元の世界へと帰る方法を探すべく見ず知らずの異世界で様々な人々や、様々な仲間たちとの出会いと別れを繰り返し、成長していく記録である……。 設定 この世界は人間、エルフ、妖怪、獣人、ドワーフ、魔物等が共存する世界となっています。 その為か男性だけでなく、女性も性に対する抵抗がわりと低くなっております。

99歳で亡くなり異世界に転生した老人は7歳の子供に生まれ変わり、召喚魔法でドラゴンや前世の世界の物を召喚して世界を変える

ハーフのクロエ
ファンタジー
 夫が病気で長期入院したので夫が途中まで書いていた小説を私なりに書き直して完結まで投稿しますので応援よろしくお願いいたします。  主人公は建築会社を55歳で取り締まり役常務をしていたが惜しげもなく早期退職し田舎で大好きな農業をしていた。99歳で亡くなった老人は前世の記憶を持ったまま7歳の少年マリュウスとして異世界の僻地の男爵家に生まれ変わる。10歳の鑑定の儀で、火、水、風、土、木の5大魔法ではなく、この世界で初めての召喚魔法を授かる。最初に召喚出来たのは弱いスライム、モグラ魔獣でマリウスはガッカリしたが優しい家族に見守られ次第に色んな魔獣や地球の、物などを召喚出来るようになり、僻地の男爵家を発展させ気が付けば大陸一豊かで最強の小さい王国を起こしていた。

処理中です...