黒のシャンタル 第二話 「新しい嵐の中へ」<完結>

小椋夏己

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第三章 第二部 侍女たちの行方

16 定位置

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(不覚……)

 トーヤはベルが自分の顔を見て、表情を変えて行ってしまったことでそう思った。

 自分でも自覚があった。
 そんなこと、今までにあったかどうか思い出すこともできないぐらいだ、そう思っていたが、自分が明らかに涙ぐんでいるのに気がついたからだ。

(戦場でこんなことになってたら一瞬でやられてんな)

 そんなことを考えながら、なかなか顔が上げられない。

「あの、トーヤ」

 ミーヤの声が聞こえる。

「みなさん、どうなさったのでしょう」

 トーヤはミーヤの鈍さに感謝した。
 3人共、自分のこんな状態に気がついて、それで知らない顔をしてくれたのだ。まあ、アランはおそらく気づいてないだろう、ベルの様子が変なのでそっちにつられただけだろうが。
 そう考えて、やっと少しだけ笑えた。

「あの、トーヤ?」

 ミーヤは3人がいなくなってしまったこと、そしてトーヤが下を向いて顔を上げないことに、さすがにちょっとどうしたものかという顔になる。

「あ、いやな」

 トーヤは一つ鼻をすすりあげると、

「まあ、いつものこった、話が終わったらとっととみんな休みにいく。戦場じゃあ、のんびりしてたら休む時間もなくなるからな」
「まあ、そうなのですか」

 ミーヤはトーヤがやっと話したことにホッとしていた。

「いや、なんか久しぶりでな、こんなの」

 そう言ってやっと顔を上げる。
 大丈夫だ、何も変な顔はしていないつもりだ。

「そうなのですか?」
「ああ、こっち来るって決めてから、こんな風に話したことはなかったからなあ」
「それは、そうなのかも知れませんね」

 なんでもないような話をしながら、ふと気がついた。
 ミーヤと並んで座っていることに。



 いつからそうなったかもう覚えてはいないが、4人で座る時にはほぼ定位置が決まっていた。
 トーヤの右にシャンタル、テーブルを挟んで向かい側にアラン、アランの向かって右隣、トーヤから見て右斜め向かい側にベルだ。今日もその形で座っていたので、トーヤの左横に少しだけ斜めにして椅子を置き、そこにミーヤが座っていた。
 3人がいなくなったので、2人並んで座っているような形になっていた。

 八年前、座って話をする時はいつも向かい合わせに座っていた。間にテーブルを挟み、その上には時にはお茶、茶菓子、そんな物が乗っていた。花だけの時もあれば、何もないこともあったがテーブルの長さだけの距離がいつもあった。

 だが今は、すっと横に手を伸ばせば届く距離にミーヤがいる。

 トーヤはいきなりそのことに緊張をしてきてしまった。
 なんとなくミーヤの緊張も伝わってきた気もする。

「あの」
「あ、なんだ!」

 ミーヤに話しかけられ、思わず声が大きくなる。

「あの、あちらではどんな風にしてらっしゃったのかな、って……」
「ああ」

 ミーヤが話をふってくれたことにホッとした。

「そうだなあ、あっち着いた時は大変だったぞ」
「何があったんですか?」

 ミーヤが心配そうな声で聞く。

「あいつだよ」
「あいつ?」
「エリス様、な」
「ああ」
 
 誰のことか分かって少し笑う。

「いきなり外へ出て、そんで見たこともないもんばーっかりの場所に行っただろ? どこ行ってもそりゃもう珍しがってなあ」
「そうなんですか」

 ミーヤは少し思い出していた。
 シャンタルが、言葉を話しだしたばかりの頃のことを。

「そういえば、こちらでもそうでした」

 少しクスリと笑う。

「色々な物にご興味をお持ちになって、あれは何? これは何? って」
「そうそう、そんな感じだ」
「とてもお可愛らしかったです。ねえねえ、ってこちらをじっとご覧になって」
「そうか、俺はもっと違ったけどなあ」
「どんな感じだったのですか?」
「あんまりあっち見るこっち見るって進まねえから、無理やり背負ったんだよ。そしたらまだ見る、降ろせってぐいぐい髪の毛引っ張ってな。痛いからやめろって怒ったら、トーヤはシャンタルが大事だから怒るの? ってきたもんだ」
「まあ」

 ミーヤが話を聞いて吹き出した。

 二人でそうしてシャンタルのことを話の種にして、色々な話をする。
 楽しかった。
 すごく幸せな時間を持てている、そんな気がした。

 気がつけばすっかり夜が更けてしまっていた。

「もうそろそろ帰らないと」
「そうか」

 本当はまだまだ話していたい、ずっとこのままの時間が続けばいいのに、トーヤはそう思っていた。

「そうだな、アーダも心配するだろうな」
「ええ」

 今日の夜の当番がミーヤなので、アーダは控室に戻っている。
 だが戻っていても、務めの時間の間はミーヤの動きにも少し気をつけてくれているはずだ。

「何かあって遅くなっているのかもと思いますよね」
「ああ」

 それと、ミーヤとばかり話がはずんでいる、そう思わせてはかわいそうだ、そうも思う。

「では、失礼します」
「おう」
「おやすみなさい」
「おやすみ」

 ミーヤが礼をして扉を開けて出ていく。
 その後姿をトーヤは座ったままで見送った。

 そうして、さっきまでミーヤが座っていた椅子をそっと見た。
 まだミーヤのぬくもりが残る椅子を。

 そばにいるのだ。
 そう思うとなんと表現していいのか分からない感情が湧いてくる。



 ずっとここに、隣にいてほしい。
 素直な心がそう言っているのを聞いた。



 トーヤはそのままじっと椅子を見つめ続けていた。
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